第1505話:悪い友達、いい友達
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
ルーネを送って帰宅後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「はあ~びばのんのん」
『ユーラシアらしくもなく、温泉に浮かれているのはわかった。いや、ユーラシアらしいのかな?』
「どんな評価なのかわかりにくい。もうちょっと素直に褒めてくれていいと思うの」
『褒めてたつもりはこれっぽっちもないんだが』
常に前向きに捉えるのは、ごまんとあるあたしの長所の一つなのだ。
『温泉はどうだったんだい?』
「ノヴォリベツいいとこ一度はおいでって感じ」
『ハハッ、よかったね』
「ただ一度でいいかなって感想だな」
『え?』
もう一つパンチが弱い印象なんだわ。
「あとで話すよ。イシュトバーンさんに絵を描いてもらうという目的は達成したから、一応オーケー」
『不満があるみたいに聞こえるが?』
「いや、不満ではないんな。絵はしっかりバッチリだよ」
『じゃあいいじゃないか』
「ルーネの絵もしっかりバッチリだよ。お父ちゃん閣下にプレゼントする予定」
『イシュトバーン氏の絵だろう? 大丈夫なのかい?』
「あの絵見たら閣下がどういう反応するか楽しみで」
『エンターテインメントを差し込むなあ』
イシュトバーンさんはしっかり絵を仕上げてくるだろう。
となればフィフィの珍道中本は間違いなく売れる。
ルーネも喜んでたしな。
でもエンタメ要素としては……。
「ルーネのツボが獣人に遭えたことだったんだよ。ま、いいんだけど、もうちょっと温泉そのものを楽しんで欲しかったっていうか」
『温泉は物足りないと?』
「ノヴォリベツ全体の評価なら全く物足りないね。レイノスとカトマスの間にある温泉地なら、お客さんかなり来ると思うんだ。でも街道の西の果てまでお客さんを引っ張る力はないな。よっぽど温泉好きの人か話の種に一度行ってみようって人か、あるいは街道往来の途中だから寄ってみよう、くらい?」
『君はすぐ商売目線になるなあ』
「イシュトバーンさんはすぐえっちな目線になるんだよね。そーいやあたしのヒップラインって綺麗? 自分じゃよくわかんないんだ」
『イシュトバーン氏に褒められたのかい?』
「いや、元悪役令嬢フィフィに」
サイナスさんの見解はいかに?
『君はどこを切り出したって綺麗だろ』
「おお?」
『外見だろうが内面だろうが』
「おおう? サイナスさんはいつ乙女心を理解したの?」
あたしとの夜通信がサイナスさんの乙女心理考察力を鍛えたかと思うと涙ちょちょぎれる。
その技が発揮される機会が他にはないと思うともっと泣ける。
サイナスさんのお嫁さんは、いずれあたしが探してきてあげるからね。
「まーノヴォリベツには問題大ありってのはわかった」
『商売人目線でだな?』
「うん。工夫の余地がいくらでもある。手を入れたくなってくるね」
『政治家目線だとどうだ?』
「移民に食べさせることと輸出品発掘が先だな。ノヴォリベツ再開発は、ドーラの人口がもっと増えてからでいい」
目先はどうしても移民の食料だ。
今いる移民の分の食料はどうにでもなる。
問題は夏以降に来る移民の分だ。
一〇〇年以上になるドーラの歴史の中でも、食料事情のよろしくない季節に大量の移民が訪れるなんてことはこれまでなかったはずだ。
常識ではあり得ないからな。
特に今年はノウハウがないことと移民の急増による種不足で、厳しいことはわかっている。
夏の間に魔境クレソンがわさっと増えてくれれば……。
「開拓地はどうなのかな?」
『例の魔境クレソンと急速成長ダイコンは好評だぞ? 肥料の安定供給ができるまで、ダイコンを大きく作付けることは控えさせているが』
「肥料の供給も始めてるんだ?」
『様々なことが始まってるぞ。白の民主導でニワトリを急激に増やしている最中なんだ』
「鶏糞利用かー」
『繁殖シーズンということもあって、ヒヨコが多い多い。早速ヒヨコの世話に従事してもらってる移民が何人もいる』
順調だな。
『イネも随分芽が出てきてるんだ。移民の中に米農家がいるからな。話を聞きながら、また帝国のやり方がドーラで適しているかはわからないから、レイノス東の自由開拓民集落の農家の指導も受けているんだ』
「うんうん。イネの大規模栽培が可能になるといいね。米をどうやってレイノスに売り込もうかと思ってたけど、移民だけで捌けそうな気もする」
これから色々問題も出るだろうけど、今のところやれることはやれているのだ。
開拓地の米が余らないなら、比較的水の豊富なレイノス東の自由開拓民集落で、イネの大規模栽培をしてもらってもいい。
今後はレイノスの人口も増えるだろうし、独特の食感の米食を流行らせたいものだ。
とゆーか商業工業を発達させるために、レイノスの人口がもっと欲しい。
レイノスは東西に拡張すべきだろ。
あるいはグームやリレイヤみたいな、レイノスのすぐ近くの自由開拓民集落を大きくするとか。
考えてると楽しいなあ。
『帝国施政館の要請でガリアへ行くんじゃなかったかい?』
「明日行ってくる。今日は温泉に行くという、この上なく大切な用があったから」
『優先順位が……』
「ひどくない!」
ガリアへ行くのは、天使国アンヘルモーセンがガリアの子分サラセニアに進出しようとしている件についてだ。
帝国サイドはガリアの思惑を測りかねてるところがあるから、あたしが聞いてくるとゆーお役目。
もっともガリアで様子聞いてくるのは、さほど急ぎでもなかろうっていう考えがあった。
そーいやツェーザル中将のタルガ行きと新造軍艦の就役がいつになるか聞いてなかったな。
報告の時に聞いてくるべきか。
「ガリアの王様が王宮に帰ってくるの、午後三時くらいなんだよね。だから行くのそれ以降だよ」
『つまり夕御飯を御馳走になってくるんだな?』
「わかる? 明日は帝国のお使いだから、ちょっと帰り遅くても許されそう。ルーネも一緒なんだ。少しずつ帰りが遅くなるのに、お父ちゃん閣下を慣らそうと思って」
『悪い友達みたいだ』
「いい友達だとゆーのに」
明日はお肉を持参しよう。
思い出した、プニル君にニンジン持っていってやらないと。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はガリア。
明日午前中はどうしようかな?