第1503話:どすけべえな絵
「お待たせしました」
「遅くなってごめんなさいね」
ルーネとフィフィがほぼ同時にそれぞれの小仕切りから出てきた。
うーん、これは……。
あたしの難しげな表情に気付いたらしいルーネが問いかけてくる。
「ユーラシアさん、どうしました?」
「イシュトバーンさん、どう思う?」
「オレの鋭い眼力によれば、ちょうど同じくらいだぜ」
「あたしの狂いのない眼力も同じ答えを弾き出しているね」
「何の話ですの?」
「おっぱいのサイズ。あたしとフィフィとルーネは互角だってこと」
今更恥ずかしがったって遅いわ。
イシュトバーンさんやあたしの眼力は、湯浴み着くらいじゃ妨げられんわ。
「手遅れだぬ!」
「よしよし、ヴィルいい子」
ヴィルは時々あたしの考えを読んだようなことを言う。
ぎゅっとしたろ。
「前ヘリオスさんの息子のジンが、あたしよりフィフィの方が若干勝ってるみたいなこと言ってたんだよ。そんなことないじゃん」
「私、冒険者活動で身体が引き締まった気はしてますのよ」
「なるほど、身体を動かしているせいか。来年にはルーネに負けそーだけど、冒険者やらせれば全然問題なさそーだな」
「よろしくお願いします!」
何をルーネは喜んでるんだろ?
思ったより冒険者熱に浮かされてるのかな?
「おい、せっかくだから描かせてくれよ」
「うん、どう描く?」
イシュトバーンさんが描かせろと言い出すことはわかってた。
美少女湯浴み着にイシュトバーンさんの煩悩が勝てるわけない。
湯に浸かったあとだと身体冷えそうだから、前の方がいいや。
「三人後ろからを一枚だな。いや、クララちゃんも混ざってくれ」
なるほど。
察するに、『フィフィのドーラ西域紀行珍道中』の挿絵用だな?
精霊であるクララが入った方が、ドーラらしくなるっていう判断か。
後ろ姿の絵で精霊ってわかるかは疑問だけれども。
「もう一枚はルーネロッテ嬢一人で」
「ありがとうございます!」
「完全に趣味だな? 欲張るなあ」
ルーネ大喜びだ。
お父ちゃん閣下を納得させるのはあたしの役目なんだが。
えーとルーネ・フィフィ・あたし・クララの並びで足だけ湯に浸ける?
「精霊使いは両手を後ろにつけてくれ。フィフィリア嬢は軽く右を見て……」
ポーズの注文が細かいなあ。
フィフィだけは横顔が見えるから、見分けがつく感じの絵になるかな。
「足だけ温泉に浸すのでも随分温かいですね」
「うん、あたしも思った」
ポカポカする。
湯が熱めってこともあるけど、今の季節のドーラだと足を浸けているだけで十分温かいな。
リラックスするわー。
眠くなってくる……。
「よし、描けたぜ。御苦労さん」
「え? もう?」
「さっきの絵と同じくらいの時間でしたわよ?」
「あたしちょっと寝ちゃってたかも」
足が温まると気持ちいいってことがわかった。
商売に使えるかな?
で、絵はどうだ?
「うなじの後れ毛がいいのですわ」
「拘りポイントだぜ」
「へー、ちゃんとクララが精霊ってわかる」
うむ、イシュトバーンさんらしいえっちな絵だ。
しかし後姿だけに、塩梅はほどほどに抑えられている。
「最後はルーネロッテ嬢だ」
「はい!」
「嫌な予感がする」
「いい予感の間違いだろ?」
最後だからってえっち度全開で描く気でしょ? よくわかってるじゃねえか。閣下に怒られちゃうんだけど。釈明はあんたの仕事だぜ、というやり取りを目線で行う。
余計な仕事が増えたぞ?
まーでもルーネが喜んでさえくれれば、いくらでも言い逃れようはあるわけだが。
「椅子借りてきてくれ」
「あいあいさー」
最後も座ってるポーズだ。
背筋を伸ばして手を膝に。
目線がやや斜め上か。
おっぱいさんを描いた時のポーズに近いが、イシュトバーンさんの視点が異なるから、全然違った絵になるだろうな。
「ルーネにカゼ引かせると言い訳できなくなるから、早めにお願い」
「おう、わかったぜ」
さて、あたしは湯船にどぼーん。
「あーーーーーーー」
すげー気持ちいい。
『あ』に濁点ついたような声が自然に出ちゃう。
チラッと見たらイシュトバーンさんも上機嫌なのがわかる。
何故ならこんなに気持ちいいあたしのところじゃなくて、イシュトバーンさんのところにヴィルがいるから。
うちの子達も満足してるようだし、温泉に来てよかったなあ。
「ね、ねえ貴方」
「何だろ?」
どうしたフィフィ。
挙動不審だぞ?
「あのイシュトバーンという絵師、ちょっと嫌らしいのではなくて?」
「ちょっとどころじゃなくて、相当どすけべえだよ。初めて会った時、あたしのおっぱい揉んできやがったわ」
「ええ? 大丈夫なの?」
「何が?」
「ほら、私とかルーネロッテ様とか……」
「大丈夫だぞ? イシュトバーンさんは商人根性が染みついてるから、損になるようなことはしないよ。具体的に言うと、フィフィの機嫌を損ねて著書に悪口書かれたり、ルーネに嫌がられて帝国の大実力者に睨まれたりするリスクは冒さない」
多分だけど。
「でも貴方は胸を触られたのでしょう?」
「あれ? とゆーことは、あたしのおっぱいはリスクを冒すだけの価値があったってことか。それはそれで気分がいいなあ」
「貴方の言ってることがよくわからない!」
アハハ、気にすることないって。
「あんまり満喫してるとのぼせそーだわ。一旦身体冷やしがてら、ルーネの絵見てこよ」
「では私も」
ぺたぺたと歩く。
風が心地いいなあ。
「どお?」
「今描けたところだぜ」
「おお、本領発揮だね」
「お、大人です!」
ルーネったら『大人です』だなんて、随分大人しく表現したこと。
どすけべえな絵だぞ?
お父ちゃん閣下を説得するのが大変だわ。
あれ、でも気に入ったみたいだな。
フィフィは本気で首傾げてる。
「不思議……どうしてこういう絵になるのかしら?」
「謎技術だよねえ。絵師の内面から滲み出るエロスが絵を包み込むんじゃないかな」
「お褒めに与り光栄だぜ」
二〇%くらいしか褒めてないわ。
「この絵は完成したら、お父ちゃん閣下にプレゼントするってことでいいかな?」
「はい、ぜひお願いします!」
いいのか?
てっきり手元に残しておきたいかと思ったけど。
「この絵と引き換えなら、お父様も社交デビューを許してくれるはずです」
「頭いい!」
ルーネにはルーネの思惑があったでござる。
閣下もこの絵は欲しいだろうからウィンウィンだな。
温泉は素晴らしいわ。
他の温泉にも行ってみたい。