第1392話:あたしは罪な女
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「泣かれた。あたしは罪な女」
『は?』
「ショッキングな事柄を先に提示しておいて、相手の興味を引くテクニックだよ」
『種明かしは必要なかったんじゃないか?』
「かもしれないね。あたしは親切だから解説しちゃったけど」
アハハ。
まああたしの親切さなんてのは、美しさや可憐さに比べればどうでもいいことだ。
「帝国からラグランド行きの特使が出発したんだ」
『ああ、見送りに行くって言ってたな』
「泣かれた。あたしは罪な女」
『強めのワードで興味を引くテクニックアゲインだな? 二度は通用しないぞ?』
「もー種明かしはやめてよ。サイナスさんたらえっちなんだから」
アハハと笑い合う。
こーゆー掛け合いは大好き。
心の潤い。
『泣かれたとは? 年少のリキニウス皇子が、別れが寂しくて泣いてしまったということか?』
「現実はそんなに可愛くないんだ。リキニウスちゃんの母方の爺ちゃんグレゴール公爵って人が、孫と離れるのが嫌でわんわん泣いてた」
『リキニウス皇子は未成年だろう? 保護者として公爵を同行させる手はなかったのかい?』
「わしも連れてけ船に乗せろって植民地大臣に詰め寄ってたわ。でもあんなトラブルメーカーを連れてくのはごめんだわ」
『え? トラブルメーカー?』
「あたしの同類じゃないぞ?」
『先回りされたか』
勝った。
いや、何の勝負だよ。
「グレゴールって名前に覚えある?」
『ないな』
「最後のドーラ総督だって。サイナスさん知ってた?」
『いや、知らない』
「だよねえ」
キャラクター的にはメッチャ面白い人ではある。
でもドーラ総督とゆー役職を担った割に、政治的には何もなすところなく去ったんだろう。
だからドーラで知られていないのだ。
「このトンデモ公爵は、リキニウスちゃんを次の皇帝にしろって施政館で言っちゃうくらい考えなしの人」
『主席執政官の皇子の前でか? ユーラシア並みだな』
「おいこら。あたしは考えなしに喋ることはないわ」
計算して煽ってるわ。
「言葉で表現するのが難しいんだけど、ビックリするくらい隙だらけで面倒ごとを招き寄せるような人なんだ。本人がいても、お付きの人にしっかり仕事しろって言いたくなる」
『ユーラシアが苦手なタイプなのか?』
「いや、扱いやすいよ。好きなタイプの人」
『じゃあいいじゃないか』
「よくはないわ! 真面目にシビアなやりとりしなきゃいけないのに、あんなのに場をかき乱されたらどえらい迷惑だわ!」
まったくサイナスさんは傍観者目線なんだから。
現場のあたしは苦労したくないのだ。
エンターテインメント的に好きでも、厄介ごとは好きじゃないわ。
「あたしだけが迷惑してるんじゃないぞ? 主席執政官閣下も同じように辟易してたわ!」
『どうして?』
「だって曲がりなりにも公爵だもん。しかも皇帝陛下の一番の親友みたいな話だったな。次期皇帝を狙う閣下としては敵に回せないじゃん?」
『ははあ、無視できない属性もあるのか』
「属性て。まー閣下も公爵が使者についてくとヤバいくらいは感じてるんだよ。公爵が使者の船に同乗するなんて言い出したら止めてくれって、昨日言われたもん。公爵が植民地大臣の言うこと聞くとは思えないからって」
『植民地大臣が頼りないだけじゃないか』
パラキアスさんも同じようなこと言ってたな。
話聞いてるだけだとそーゆー感想になるのか。
アデラちゃん優秀でいい人だぞ?
「植民地大臣は平民の若い女性なんだ」
『ふむ?』
「公爵は第二皇子の閣下が遠慮せざるを得ないくらいの相手だぞ? 平民じゃムリだわ」
『だから傍若無人で傲岸不遜な君にお鉢が回るのか』
「そうそうって、こら」
『傍若無人で傲岸不遜で純情可憐な君にお鉢が回るのか』
「うーん、セーフ?」
サイナスさんの問題発言はマジでアウトセーフの判定が難しい。
正確に判定できる魔道具を導入できないものだろうか?
「出航後、船に遊びに行ってさ。公爵にリキニウスちゃんの声聞かせてやろうと思ってヴィル飛ばしたら、また泣かれちゃった。リキニウスちゃわああああんって」
『君面白がってるだろ?』
「全然面白くないわ! 悲しみ寂しさの感情を浴びせられるヴィルが可哀そうだから、やめて欲しいわ!」
『迷惑だぬ!』
普段通信に茶々入れてこないヴィルがこうだぞ?
「まーリキニウスちゃんと閣下の娘ルーネはいい子だから救われてる」
『ハハッ、明日も行くのか?』
「船? 明日も行くよ。あ、父ちゃんがタムポートから使者の船追いかけてくるとゆーイベントがあったわ」
『怪しげな船じゃないか』
「距離はあったんだけどね。ラグランドへの航路が知りたかったみたいで」
『つまりドーラ~ラグランド貿易を見越してってことか』
「カカオを輸入して、ちょこれえとをドーラでも普及させたいな」
スイーツは重要だ。
気温はあっても耕地の少ないラグランドに、サトウキビの栽培は向いてない。
サトウキビはドーラの強みになり得る商品作物なのだ。
ガンガン生産して主力輸出品にしたいし、甘味で口の中を満たしたい。
ラグランド貿易は楽しみだ。
ラグランドから移民が来るのも歓迎だしな。
「明日もう一度リリー連れてゼムリヤ行くんだ」
『ん? 何か用があるのかい?』
「ゼムリヤの魔物退治用の人員を塔の村に連れていって、リリーの下で教育するっていう試みだよ。なかなか初心者向きの弱い魔物から順番に戦って、レベル上げていくって難しいんだよね」
『自分のレベルに合わせた魔物が、都合よく生息している地域なんかないもんな』
「だよねえ。塔のダンジョンならバッチリだよ」
『ユーラシアの魂胆がわかった。リリー皇女も使者の船に連れていくんだな?』
「バレたかー。サプライズゲストがいると、リキニウスちゃんとルーネも喜ぶと思うからさ」
ルーネだけじゃなくて、リ殿下も冒険者に興味があるっぽい。
自分も冒険者やってみたいルーネとはスタンスが違うかもしれんけど。
皇族で現役冒険者のリリーの存在は眩しいに違いない。
「眠い。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
リリーは午後だ。
明日午前中は魔境かな。
行く前に行政府に連絡しとくか。
相手の感情が高ぶってる時に、ヴィル通信は向いてない。
ヴィルが可哀そう。