第1359話:捕食者の思考
フイィィーンシュパパパッ。
ラグランドから帰宅後、主席執政官閣下に言われた通り皇宮にやって来た。
「こんにちはー」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
今日はにこやかないつもの土魔法使い近衛兵。
通称サボリ君。
通称とゆーか、あたしが言ってるだけだったわ。
「セウェルス皇子があたしの魅力に抗し切れなくなって、ついに求婚するんじゃないかって聞いた?」
「求婚? いや、セウェルス様は独身だったな」
「そーなんだ?」
「結婚されていたこともあったよ。しかしあの横柄さだろう? 貴族の令嬢には耐えられなかったってことさ」
「あの横柄さ言われても、会ったことないから知らんのだけど?」
「会ったことないのに求婚されるのかい?」
「墓穴を掘った気がする」
アハハと笑い合う。
「セウェルス様に会うのは本当なんだろう?」
「うん。仲人の主席執政官閣下から、第三皇子がぜひあたしに会いたいと聞いて。交際を申し込まれに行かないと」
「それはもういいから」
近衛兵詰め所へゴー。
◇
「こんにちはー」
「来たか、ユーラシア」
今日はウルピウス殿下もいるな。
リモネスのおっちゃんと近衛兵長さん、それと二人の騎士。
青を基調とした制服が格好いい。
ウ殿下が言う。
「紹介しよう。兄フロリアヌスとアーベントロート公爵家の長男アインハルトだ。二人とも騎士団の正隊員として名を馳せている」
「ドーラの美少女冒険者ユーラシアだよ。よろしくお願いしまーす」
「こちらこそ」
握手。
フロリアヌス殿下なら皇宮内部のことはよく知ってるわな。
暗めの金髪はリリーと同じ色だが、ウ殿下やリリーより優しげな目をしている。
皇帝陛下に似てるのかもしれない。
で、こっちがアインハルト君か。
「ありがとう。弟の男爵叙勲を勧めてくれたと聞いた」
「フリードリヒさんの息子さんは皆デカいねえ」
握手。
アインハルト君はヘルムート君と同じくらいの大男だ。
せいぜい二〇歳を少し越えたくらいの年齢のはずなのだが、立派なヒゲを貯えているのでずっと年上にも見える。
「感想はあるか?」
「二人とも女性にモテそう」
「兄上は既に婚約しているのだ」
「そーだったかー」
アインハルト君も婚約間近のお相手がいるとのこと。
うんうん、よっぽどの問題物件じゃない限り、この年齢の皇族や高位貴族の令息にお相手がいないわけはないわな。
「婚約はまさかパウリーネに先を越されるとは思わなかった。気配すらなかったのに」
「だよねえ。でもプリンスルキウスとラブラブなの」
ヴィルがラブい感情吸って寝ちゃうくらいにはねニヤニヤ。
フロリアヌス殿下が言う。
「セウェルス兄上に呼ばれていると聞いたよ。部屋まで案内し、護衛せよとの命令だ」
「案内はわかるけど、護衛って何?」
第三皇子がどんなに失礼なやつであっても、あたしは温厚なのでいきなりぶん殴ったりはしないぞ?
そんなに信用がないのかしらん?
「いや、違うんだ」
第三皇子が何してくるか予想がつかないからということらしい。
超絶美少女精霊使いに対する配慮だったのか。
とゆーかあたしと第三皇子が揉めると、ラグランド情勢の解決に支障をきたすからだろうな。
主席執政官閣下らしい心遣いだ。
ありがたく受けておこう。
「セウェルス殿下ってヤバい人なん?」
直球で聞いちゃう。
だってあたしも第三皇子の情報が欲しいから。
ウ殿下フ殿下アインハルト君が顔を見合わせている。
「どうなんだ? オレは騎士団に入団して以降、セウェルス殿下と顔を合わせた記憶がないのだが」
「予も挨拶以上の会話を、ここしばらくしていない。そもそも二ヶ月以上会っていないな」
「私は……半年ほど前たまたま市中見回り番の時に、酒場でトラブルを起こしていた兄上を保護した。しかし既に正気を失っていたので……」
「へー。フロリアヌス殿下の一人称は『予』じゃないんだ?」
皇室の男子は皆『予』なのかと思った。
フ殿下が笑う。
「騎士団では身分に関係なく、同階級の者に上下はないのが建て前なんだ。慣習として先任者は敬うけどね。となると『予』はちょっと偉そうだろう?」
「なるほどなー」
それ聞いただけでいい騎士団だなってわかるわ。
あるいはフ殿下は次期皇帝候補っていう意識が薄いのかもしれない。
「で、何でセウェルス皇子はレアキャラみたいな扱いなん?」
「あえてトラブルに首突っ込みたがるのはユーラシアくらいだ」
「ひどいなー。あたしが会いたいわけじゃないんだけど」
「尊大な方という印象がある。皇族としてはいいのかもしれんが」
「いや、皇族貴族は民の規範であるべきだろう? 私はセウェルス兄上の振舞いを理解できないし、擁護もできない」
フ殿下の言葉にウ殿下が僅かに頷く。
フ殿下は第三皇子をかなり嫌ってるんだな。
皇妃様呪殺未遂事件の黒幕であることは、おそらく聞いてないだろうに。
しかし第三皇子の詳しい情報が出てこないのは困ったもんだ。
兄弟であるフ殿下やウ殿下ですらほとんど会ってないみたいだから、やむなしなんだが。
尻叩けば使者くらいは務まるのか、一人じゃムリでもコントロールはできるのか。
あるいはまるで使いものにならないのかくらいは知りたかったなー。
「ま、いーや。会いに行こうか。あんまり待たせちゃ悪いだろうし」
どうやら会ってみなきゃわからんようだ。
事前情報があんまりないのは、美少女精霊使いの人生における仕様だろ。
面白いことが待ってると思えば……ん?
リモネスさんの顔に苦悩が見える?
「精霊使い殿」
「何だろ?」
「セウェルス皇子の尊大な自信、根拠のないことではございませぬぞ。私は彼に会うことが恐ろしい」
「どゆこと?」
他人の考えが読める『サトリ』能力者のリモネスさんがこう言うからには、確実に何かある。
リモネスさんが続ける。
「乱れた想念なので、明瞭なことは何も。しかしあれは捕食者の思考ですぞ」
「捕食者の思考?」
「十分に御注意くだされ」
「わかった。ありがとう」
リモネスさんが乱れた想念と断じるなら、第三皇子はポーズじゃなくてマジでおかしい人。
要するに半分狂ってるけど、何かしてくるぞってことらしい。
でもレベルの暴力を覆すことができるのか?
油断して先手取られることだけは避けるべし。
「では、案内するよ」
フ殿下アインハルト君とともに第三皇子の部屋へ。
リモネスのおっちゃんったら、盛り上げてくれるんだから。