第1343話:ちょこれえとメッチャ美味い
「何じゃこれ。メッチャ美味い」
フーゴーさんのおかげでちょこれえとを食べさせてもらえた。
イシュトバーンさんの言ってた、適度な苦味が混ざると甘味が増すってのはこういうことか。
経験したことのない、濃厚で余韻が残る甘みだ。
ちょこれえと侮りがたし。
ピット君が笑う。
「リリー様を巡る『知』の戦いの際、チョコレートメインのケーキを出すべきでしたね」
「帝国でしか提供できないものをメインに据えるのは、レギュレーション違反に決まってるだろ。それにしても……」
かれえを初めて食べた時も思ったけど、世の中には想像できない美味があるなあ。
あたしが世界中のクエストを振ってもらえるとすると、まだまだ様々な美味いもんに出会えちゃうわけか。
実に楽しみだな。
「こんな素晴らしいスイーツを独占しているとは、帝国は罪深いな。まっことけしからん。いや、ラグランドにはちょこれえとがあるのかな?」
「チョコレートは帝国本土で発達したのですぞ」
元々ラグランドでは、儀式用に使う神聖な飲料だったそうな。
偏見のない帝国の探検隊が砂糖やミルクを入れて飲むようになり、さらに本土に伝えられてスイーツとして確立したらしい。
なるほどなあ、ちょこれえとに歴史あり。
「でもドーラでも食べたいな」
「ドーラでもカカオを生産するということですかな?」
「いや、ドーラでカカオを栽培するには、ちょっと温度が足りないみたいなんだよね」
帝国の人は勘違いしてるかもしれないけど、ドーラは熱帯じゃない。
コショウだってドーラのごく一部でしか作られてないからね?
ドーラのノーマル人居住域が帝国より温暖だってのは、まあ合ってる。
「何とかラグランドからカカオを輸入できるようにしたい」
「えっ?」
「ドーラにもカカオを寄越せ。あたしにとって都合がいいから。ラグランド蜂起はそーゆー解決の仕方がいいな」
「ハハハ、やる気が出ましたかな?」
「うん、ありがとう、フーゴーさん」
新聞記者が聞いてくる。
「ラグランドについてですが」
「ラグランドについては今のところ秘密にしなきゃいけないことないな。知ってることは教えるけど、まだ記事にしちゃダメだぞ? 何が知りたい?」
「先ほどの話ですと、ラグランドが蜂起するメリットがないように思えるのですが」
「ないねえ」
「蜂起自体をなくすことはできないんですか?」
「できないみたい」
「それほど……カル帝国が恨まれているということですかな?」
正解です。
察しがいいね。
「ラグランドの人達、皆あたしのこと知ってるんだよ。ドーラ独立の旗手だって」
「事実じゃないですか」
「ピット君は調べたから知ってるのかもしれんけど、普通はあたしの華麗なる活躍なんか知らないじゃん?」
ドーラ人だって何でドーラが独立したのか、細かい事情わかってる人ほとんどいないわ。
もっと言うと、あたしは独立の旗手って持ち上げられるほど働いたわけじゃない。
ドーラビューティーの旗手ならわかるけど。
「要するにユーラシアさんがラグランドでシンボリックな存在として祭り上げられてしまっている、と?」
「あたしを祭り上げるのは実に気分がいいから、もっとやれって言いたいよ? でもドーラが独立できたんだから自分らも、ってのは違うわ」
「状況が、ということですか。ユーラシア殿から見て、ラグランドの独立は不可能ですか?」
「何を犠牲にしても独立したいってことなら可能だよ」
ラグランドを植民地にすることは損だ、将来的にもいいことないと、帝国に思わせればいい。
ただ帝国が手を引くと、食料の足りないラグランドは悲惨なことになるのだ。
輸出すべき穀物のダブつく帝国だっていいことない。
ウィンウィンなら独立したっていいけど、今の帝国とラグランドを巡る状況はまるで逆。
あたしだって独立を応援してやる気になれない。
「まーラグランドの住民が沸騰しちゃってるんだよね」
「指導者層はどうなんですか?」
「ラグランドに向かう艦隊が少なきゃ、攻められる対象を向こうの首都の中央府に限定できる。ならば勝負になると考えてたよ。冷や水浴びせてきたけど」
「どんなです?」
「あたしが帝国軍なら兵糧攻めだ、畑と食料庫焼くぞ輸出止めんぞって」
「ひ、卑怯な……」
「ラグランドでも同じこと言われたな。卑怯に決まってるだろ、憎っくき悪の帝国が自分らの思い通りに動くと思ってるのかよって、追い討ちかけてやったわ」
「……」
しーんとしちゃった。
ヴィルこっちおいで。
「で、今ラグランド人首脳は蜂起を抑える方に回ってる。対話でちょっとでも要求通そうって方向に転換してるよ」
「ラグランド首脳の方針転換を施政館に伝えているのでしょう? 対する施政館の方針はいかがですかな?」
「ソロモコ遠征が失敗って認識は隠しようがないから、ラグランド蜂起の規模が小さくなるなら軍は送らないだろうって。これはついさっき聞いたこと」
「ふむ、施政館も対話重視の姿勢ですな?」
「うん。帝国もラグランドも話し合おうねってなってるから、まずはいい傾向だね」
第一段階としてはだが。
双方の意見のすり合わせに時間かかるかも。
「早く事態を手仕舞いたければ、全権特使を派遣することになりそうですな」
「セウェルス皇子に打診してみるけどどうだろ? って言ってた。めんどくさい皇子なの?」
「ハハハ、プライドの高い方ではありますな」
ここぞとばかりに記者トリオが前に出てきたぞ?
「政治上の業績はないです。有力な人脈があるとも聞きません」
「町の酒場にお忍びで来るという話ですね。休業してる店の木戸を壊したの酔って他の客に殴りかかった等の、酒の上での噂は多いです」
「皇位継承権一位のガレリウス殿下が病弱だったことから、自身が次代の皇帝だという意識が元々強かったと聞きます。今はもっと増長しているかもしれません」
「皇妃カレンシー様に対して不敬な振る舞いがあるらしいですね」
「ダメなやつってことはわかった」
市井の噂もこんなんか。
セウェルス皇子が使者になると拗れそーだな。
辞退してもらった方がいいくらいだけど?
「今あたしが把握してるのは以上だよ」
「ふむ、貴重な情報、助かりましたぞ」
「そろそろあたし帰るね。うちの子達にも食べさせてあげたいから、ちょこれえとケーキ買ってくよ」
ちょこれえとメッチャ美味い。
やる気出た。