第1331話:不幸は……訪れる
フイィィーンシュパパパッ。
「やあ、ユーラシアさんいらっしゃい。雨の日もチャーミングだね」
「こんにちはー、ポロックさん」
ガータンから帰宅後、ギルドにやって来た。
『雨の日もチャーミング』のフレーズはいいじゃないか。
さすがはポロックさんのセンス。
水も滴るいい女の香りがする。
滴らないけど。
「あれ、ポーラ機嫌悪くない? どうしたの?」
「そんなことないのでつ!」
明らかに怒ってるだろ。
ポロックさんも困った顔してるじゃん。
マジでどーした?
「先ほどマウさんが来てね。ポーラがクエストについて行きたいって言い出したんだ」
「マウさんの?」
マウ爺は上級冒険者だから、クエストもかなりの難易度だぞ?
フィールドを熟知してるならともかく、新しい転送先なら危ないと思う。
しかしマウ爺、半分引退みたいなスタイルかと思ってたら、クエストにも行ってるんだな。
「いや、以前のゴブリンクエストの転送先だって言ってたんだが」
「ああ、知ってる。あたしゴブリンを見たことなくて、連れてってもらったことがあるの。あそこならさほど難易度高くないよ。誰かが見てればポーラがいても大丈夫だと思うけど」
ジーク君とレノアでも平気だったくらいだ。
罠さえ気をつければ特に問題はない。
「それがトラブルのようで」
「トラブルかー。何だかうまそーな香りがしてきたね」
「ハハッ。まあユーラシアさんがついて行くというなら心配はないんだが」
「そお? じゃあポーラおいで。マウさんの話聞きに行こう」
「はいでつ!」
ギルド内部へ。
マウ爺は食堂かな?
あ、いたいた。
あたし達も注文、と。
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
ギルドにいたのか。
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
「マウさん、こんにちはー。今日はジーク君達も一緒なんだねえ」
モブ顔のジーク君が不機嫌そうに言う。
「午後からクエストなんだヨゥ」
「何で憂鬱そうなの。不幸はしょぼくれたやつに訪れるんだぞ?」
「そうですっ! 今から張り切ってマウさんのお手伝いなのですっ!」
「レノア、不幸は不注意なやつにも訪れるから、ちょっとは落ち着け」
マウ爺とチトー君が笑う。
ポーラもワクワク顔だね、よしよし。
「嬢に以前付き合ってもらったゴブリンの森があったじゃろう?」
「あったねえ。すげえ面白かったよ」
主にジーク君とレノアが罠に引っかかったことが、とは言わないけど。
ゴブリンは単体では弱いけど、罠や集団戦を仕掛けてくる小ズルい魔物とされているそーな。
実際に会ってみりゃ話も通じるし、可愛いところもあった。
ゴブリン面白い。
「久しぶりに行ってみたら、何とゴブリンに助けを求められてな」
「えっ?」
賢いな。
いや、意外とゴブリンは高度な文化を持ってると感じはしたが。
しかし助けを求めてくるとは何があった?
「嬢達と行って以来、仲間扱いのようじゃ」
「へー、仲間の危機とあっちゃ捨てて置けないな」
「ずうずうしいゴブリンなんか仲間じゃないんだヨゥ!」
ははあ、余計な面倒ごとだからジーク君の機嫌が悪いのか。
でもゴブリンの依頼でクエストなんて、滅多にない楽しいイベントだと思うぞ?
冒険者は経験が財産。
「ゴブリンの言うことなので正確に意味は掴めん。しかし強い敵か、おそらくは魔物の脅威ということのようじゃ」
レノアが叫ぶ。
「強敵上等なのですっ! 我が剣の錆にしてくれるっ!」
「だから落ち着け。不幸は定食屋の息子に訪れるんだぞ?」
急に慌て出すチトー君。
「お、オレは何の関係もなかったですよね?」
「まあまあ。チトー君も参加させてやらないと、『ダヤン食堂』のフライにかけて不公平な気がしたから」
「気がしたんだぬ!」
アハハと笑い合う。
クエスト前の雰囲気はこうじゃないとな。
「でもゴブリンの敵かー」
「む? 嬢は心当たりがあるのか?」
「とゆーことじゃないんだけど」
ユー様は相手が肉食魔獣っぽいからテンション下がってるんですよねって顔をクララがしてるけど、その通りなんだよ。
だって依頼相手がゴブリンだよ?
報酬に期待できない以上、うまそーなお肉にありつけないと損した気がしちゃう。
ラグランドでも肉食魔獣だったしなー。
もっとおいしそうな魔物がいいという、乙女の切なる願い。
「ゴブリンの身振り手振りからすると、その脅威はどうやら角を持つ魔物のようじゃ」
「えっ、角?」
「師匠、いきなりテンション上がりましたねっ?」
「わかっちゃう? あたしの中には角の生えてる魔物おいしい説があるんだよ」
角ウサギにしてもマッドオーロックスにしてもキメラにしても美味いのだ。
肉食魔獣は角じゃなくて牙や爪が発達してるしな。
しかしジーク君がいらんことを言う。
「カタツムリやグレーターデーモンは美味いのかヨゥ? 角があるヨゥ」
「あーあー、聞こえないー」
「まったく調子がいいヨゥ」
「いいに決まってるだろ。あたしは常に絶好調だわ」
どうやらおいしい魔物に決まったしな。
とゆーかあたしが決めた。
マウ爺が言う。
「ポーラはどうするのじゃ?」
「ついていきたいでつ!」
「あたしが行くならってことで、ポロックさんの許可もらったんだ」
「まあ、嬢が同行するなら問題ないじゃろ」
「やたっ! ポーラよかったねえ」
「よかったでつ! たのしみでつ!」
ポロックさんはポーラのことを『すっかりお転婆だ』って言ってたけど、ギルドでの様子を見る限りそんな風には思えなかった。
でもクエストに行きたがるところは確かにお転婆だな。
現冒険者シバさんや元冒険者ポロックさんの血かもしれない。
「元気なことはいいことだよねえ」
「うむ」
マウ爺も目を細めてポーラを見ている。
マウ爺もポーラが虚弱だったことは知っているんだろう。
あたしのあげた凄草がきっかけで元気になったって聞いたけど、シバさんはその後もステータスアップ薬草を食べさせてるんだろうな。
凄草をしょっちゅう手に入れることはできなくても、その他のステータスアップ薬草はシバさんほどの実力者なら入手は難しくないだろうから。
「御飯来たっ! 皆も食べてよ。大皿だから」
「いただきます」
「では、食後に出発じゃ」
チトー君は身体大きいだけあってよく食べるんだろうなあ。
いいことだ。
不幸は目の前の御飯を食べ損ねるやつに訪れるのだ。
誰が何と言おうと絶対にだ。
御飯を食べたらゴブリンだ!