第1330話:勝手にしやがってください
「それはそれとして……」
フリードリヒさんったら、娘と将来の皇帝候補のラブ話を軽く追いやったぞ?
もっと重要と見ている話か。
フリードリヒさんの表情が引き締まる。
「パスカル、ガータンの様子は?」
「ベンジャミン殿を領宰に任命し、領政の一切を仕切らせるようです」
次男ヘルムート君の領地ガータンの状況が心配か。
最初が肝心、またフリードリヒさん自身の評価にも繋がるだろうからな。
「うん、実績ある人だからね。ユーラシア君から見てベンジャミン殿はどうだい?」
「真面目で堅実だね。ちょっと頭固い気はするけど、農民にすっごく信頼されてるの。農民は新領主が就任したことで税金上がっちゃうの心配してたんだ。でもベンジャミンさんが重く用いられたことで、皆安心してるんじゃないかな」
「出だしは順調ということだね」
「絶好調って言っていいよ」
「山賊の方も、先ほどユーラシアがほぼ片付けたんだ」
「そーゆー言い方すると退治したみたいじゃないか。皆真面目な領民になってくれそうってことだよ」
「ユーラシアが脅してたんだ」
「違うとゆーのに。こっちのものすごく甘い水とあっちのメッチャ苦い水を選ばせてただけだわ」
「選択の余地がないじゃないか」
「そりゃまあ。こっちだって甘い水にありつきたいから」
ウィンウィンってやつだぞ?
山賊諸兄だって最終的には喜んでたわ。
ドラゴンのエサよりマシだわ。
「最初の一年が大事だね」
「ある程度問題起きるのは仕方ないよ」
「これまでに前例のない施策だからか?」
「そうそう。パスカル君もやるねえ。評判が良ければ、他所からわんさか山賊が居場所を求めて来ちゃうかもしれないじゃん?」
領主のヘルムート君がどっしり構えててベンジャミンさんが実務を担当するなら、すぐ軌道に乗りそうな雰囲気ではあった。
空の民の中で一目置かれてるスイープのお頭が協力的だしな。
「わんさか山賊が来るのは迷惑なことではないんだな?」
「領民候補だからね」
「治安が悪化するかもしれないぞ?」
「初期の『ガータン仮住民登録証』保持者を甘やかして、こっちの言うことよく聞くようにしとこう。で、あとから入ってきた人を躾けさせればいいよ。どうにもなんなきゃドラゴンのエサ」
「見切りがひどい!」
んなこと言われても。
善良な民は欲しいけど、手のかかるトラブルメーカーはいらんのだもん。
「ベンジャミンさん次第だね」
「ふむ、ベンジャミン氏には一度会っておきたいものだが……」
「公爵様とゆっくり会見できるほど時間ないと思うよ。アポなしで押しかけて仕事っぷりを見てくればいい」
ガータンだって忙しい。
隣領の公爵様が視察に来るからなんて準備させちゃ悪いよ。
「あたしが送ってくけど」
「頼めるかい?」
「うん。いつがいい?」
「明日はどうかな?」
「ごめん。ソロモコの件で司令官のツェーザル中将が今日帰還なんだ。明日報告するって言ってたから、あたしも説明しに施政館行く予定なの。時間どうなるかわかんない」
「じゃあ明後日で」
「りょーかーい。明後日の朝、迎えに来るね」
愉快そうな目になるフリードリヒさん。
「ツェーザル中将を巻き込んだのかい?」
「人聞きが悪いなー。中将はすごく優秀だから、あたしの……帝国の安寧と世界の平和のために働いてもらうことにしたんだよ」
「本音が隠せてないなあ」
アハハと笑い合う。
「となると、明日はドミティウス様とかなり突っ込んだ話になる?」
「フリードリヒさんもそう思う? 主席執政官閣下は爆弾発言を連発してくるんだよね。あの人会話にタブーとかないのかしらん?」
「言葉遣いこそフランクだが高圧的だね。そこがいいという人も多い」
「ええ? あたしはやられ上手な趣味はないんだけど?」
「為政者としていいということだよ。しかし……」
何なの?
「爆弾発言って話は聞いたことがないな」
「うーん、飛空艇の話は帝国本土で機密みたいじゃん?」
「調べさせてもこれといった話が出てこないな。緘口令が敷かれていると思う。飛空艇が何か?」
「新聞記者の前で飛空艇のことベラベラ話すの。あたしも突っ込んだ話されたくないから新聞記者連れて施政館行くのに、まるで効果がありゃしない。どうなってんの?」
「ほう、新聞記者には予防策の意味合いがあったのかい? ユーラシア君はよほどドミティウス様に買われているか、あるいは警戒されているんだろうな」
あたしみたいな外国人を警戒してどーするんだ。
「君はルキウス様推しなんだろう?」
「うん」
『次期皇帝として』の文句が抜けているが、パスカル君やパウリーネさんも指摘しない。
「ドミティウス様も君がルキウス様推しなのを知っている?」
「多分」
「よく平気な顔してドミティウス様の相手ができるものだ。どうせヘルムートを男爵にって話も、ドミティウス様を騙すつもりだったんだろう?」
「騙すってのはひどいなー。いきなりあたしに男爵押しつけてありがたがれって言ってきたからだぞ? あの件であたしが騙そーとしたのは、どっちかというとフリードリヒさんの方。フリードリヒさんはのらりくらり躱すけど」
公爵男爵をセットでプリンス派閥にどうですかってことだ。
でもフリードリヒさんは決定的な言質を取らせない。
「ハハッ。イライラしてきたかい?」
「いや、用心深い人の方が頼りになるし」
ん? 戻ってきたか?
「じゃーん! ヴィル再び登場ぬ!」
「お帰り、どうしたの?」
「プリンスの手紙を持ってきたんだぬ!」
「ヴィルちゃん、ありがとう!」
大喜びのパウリーネさん。
フリードリヒさんが首をかしげる。
「おや? 返事が早いね」
「ヴィルはパウリーネさんの部屋に直接お邪魔してたみたいだから知らないと思うけど、手紙は一日三往復くらいしてたみたいだよ」
「三往復も? 道理でパウリーネの気持ちが決まるのが早いと思った。ヴィルちゃん、すまないねえ」
「いいんだぬよ?」
ヴィルもラブい感情を少しは吸いたいんだろう。
「じゃ、あたし帰るね。明後日に来るから。ヴィルはどうする? お返事待ってる?」
「待ってるぬ!」
「まあ大変。早くお返事書かないと!」
いそいそと自室に下がるパウリーネさんについてくヴィル。
それを生温かい目で見守るあたし達。
勝手にしやがってください。
転移の玉を起動し帰宅する。
第二皇子主席執政官閣下とプリンスルキウスは、あたしが見る限り関係が悪いわけではない。
主席執政官閣下からすると、次期皇帝を巡るライバルとしてはプリンスを警戒しなけりゃいかんけど、政治的手腕は頼りになると考えてるからだと思う。