第1325話:代替組織の構想を話しておく
フイィィーンシュパパパッ。
魔境にとうちゃーく。
「オニオンさん、こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」
幸せオーラ全開のオニオンさん。
おっぱいさんとの新生活開始の計画も順調なのだろう。
おめでとうございまーす。
「今日も稼ぎにお出ででしたか?」
「稼ぐのはもちろんなんだけど、お腹一杯で。昼に海の王国でお肉食べて、今ドワーフの集落で宴会だったんだ。このままだと夕御飯を食べ損ねてしまうから、お腹を減らしに来たの」
「ハハハ、ユーラシアさんらしいですね」
あたしらしいか。
美味いもんをお腹一杯食べて魔境の風情を楽しむ、セレブな生活だもんな。
「ドワーフの集落というのは新クエストですか?」
「いや、別口。ドワーフと仲良くなっておく必要があってさ」
「ほう、差し支えなければ理由をお聞きしても?」
差し支えあるんだが。
まあギルドの職員一人くらいには知ってもらってた方がいいな。
魔境ガイドで他人と接触の少ないオニオンさんは適任か。
「数ヶ月以内に『アトラスの冒険者』がなくなる可能性があるんだ」
「えっ?」
そりゃまあオニオンさんにとってみれば、新婚早々失職の危機だもんな。
ビックリするのもわかる。
「これまだ誰にも言わないでね。おっぱいさんにも内緒だぞ?」
「ど、どこからの情報で?」
「チュートリアルルームの係員だよ」
たわわ姫も数ヶ月以内に撤退って言ってた。
でも夢の中の話だから情報ソースとしてはな。
あたしは本当だと思ってるけど。
「何が理由なんです? 前の期は黒字を計上したじゃないですか」
「あ、そーゆー考えになっちゃうよね」
普通は事業の存続って、儲かってるか否かによるもんな。
「オニオンさんは、『アトラスの冒険者』が異世界の人達によって運営されてるってことは知ってるんだよね?」
「はい」
おそらくこれもギルド職員の守秘義務なんだろう。
答えは短い。
「理由の一つは、もう『アトラスの冒険者』の存在意義がなくなっちゃったってことなんだ」
「存在意義、ですか?」
「『アトラスの冒険者』は、赤眼族監視のために作られた組織なんだって」
「あっ、だからレポートを……他のクエストはダミーということですか?」
「信頼できる情報を得るために冒険者を育てたいとか、万一の際は赤眼族を抑える防波堤にするとか? あるいは単に事業自体を黒字にして異世界の運営本部が投入する資金を小さくしたい、みたいな目論見はあるんだろうけど」
「ふむ……赤眼族とは何なのです? ドーラの先住亜人ではなく、異世界が関係あるのですか?」
『アトラスの冒険者』の核心に迫る謎だ。
しかしこっちの世界にとってみればどうでもいいとゆーか。
全然ピンと来ない理由なんだよなあ。
「向こうの世界の旧王族だって。こっちの世界に追放されたの」
「旧体制の支配者ということですか。しかし『アトラスの冒険者』は一〇〇年以上運営されてますよね? それほど長い期間監視が必要なものなのでしょうか?」
「あたしも疑問に思って聞いたら、宗教が絡んでるんだって。今の政権を信じますか、旧王族を信じますかみたいな対立関係にあってさ。で、旧王族を信じます派が、今でもバカにならない勢力らしいんだ」
何で勢力が衰えないのかとか、詳しいことはわからんけど。
「ユーラシアさんは赤眼族クエストを請けていらっしゃいましたよね?」
「うん、だからこそわかってきたこともあるんだ。ただ赤眼族の方は、何回かあった火事で過去の記録を失っちゃってるの。どこかから追放された一族だって伝承だけは残ってるけど、異世界のことも知らんし、もちろん恨んでもいない」
「ははあ、よって赤眼族を監視する『アトラスの冒険者』の存在意義がないと」
「そゆこと。もう一つの理由が、現政権内での勢力争い」
「というのは?」
エルのことは話す必要なかろう。
「『アトラスの冒険者』のトップが、旧王族関係のスキャンダルを抱えているんだ。ここから先はあたしの想像が入るけど、どうも政敵にそれを感付かれてるっぽい。でも旧王族関係のスキャンダルなんて、向こうの世界にとっては政権自体がひっくり返りかねない大ネタだから、ライバルも迂闊に触れないじゃん? で、矛先が『アトラスの冒険者』に向いて、潰せって話になってるっぽい」
「ポストがなくなれば実績も勢力もということですか」
「みたいだねえ。こっちはすげー迷惑だよ」
もっとも『アトラスの冒険者』の重要性が薄れてることを、異世界も重々承知なんだろう。
だから潰せという論が出てくるんだと見た。
遅かれ早かれ『アトラスの冒険者』は廃止されると思った方がいい。
「かなり突っ込んだ事情ですけど、それもチュートリアルルームで?」
「そうそう。『アトラスの冒険者』トップのエンジェルさんって人にたまたま会ってさ」
「エンジェル所長ですね。ワタクシも一度だけお会いしたことがあります」
赤眼天使は職員の人事にも関わってるって言ってたっけ。
「あたしは『アトラスの冒険者』がなくなってもいいように、代わりを考えているんだよ」
「代わり、と言いますと?」
「塔の村のデス爺の技術があれば、転移の玉や転移石碑は作れるじゃん? 所属冒険者にホームとギルドに行ける転移の玉を渡してさ。ギルドに各地へ飛べる転移石碑を設置すれば、似たような組織は作れるよ」
「ゆ、ユーラシアさんは先のことまで考えていたんですか」
「うん。転移の玉や転移石碑に使う黒妖石の入手にも心当たりあるし、石工担当のドワーフと仲良くなれれば実現できるって寸法だよ」
「何とまあ……」
あ、ヴィルが来た。
よしよし、いい子だね。
「この『アトラスの冒険者』がなくなるかもという話は、他に誰が知っているのですか?」
「パラキアスさんにはチラッと話したな。それだけ。『アトラスの冒険者』の関係者にも一人知ってて欲しかったんだ。今のところ、かもしれないってレベルの話だよ? でももしこの件が現実になりそうで皆が動揺したら、あたしが代替組織作るために動いてるから心配すんなって言っといてよ」
「わかりました。お任せください」
オニオンさんなら安心。
「じゃ、行ってくる!」
「行ってくるぬ!」
「行ってらっしゃいませ」
ユーラシア隊及びふよふよいい子出撃。
かもしれないレベルと言ったけど、『アトラスの冒険者』廃止はほぼ間違いないと思ってる。




