第1320話:どこまで介入していいか
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
『えらいことの方はどうなった?』
「おっ、今日はメインディッシュの方から食べたい気分なの?」
『宿題を早めに片付けたい気分なんだ』
「なるほど?」
わかるようでわからないようで。
サイナスさんの心情も複雑のようだ。
『ラグランドへは今日も行ったんだろう?』
「行った。古きラグランド王家の正統な血を引く唯一の王女と、その取り巻き連中に会ったんだ」
『ラグランド植民地人側のトップだな?』
「多分。ちょっとまだ上下関係がわかんないけれども」
帝国から派遣されてるラグランド総督の周りにも、現地人がいるんじゃないだろうか?
とすればそっちの人達の権力が強いのかもしれないしな?
でもラグランド人は帝国を嫌ってるから、総督はラグランド人を近付けていないのかもしれない。
総督にも早めに会っておきたいが、施政館で了解取っとくのが先か。
「ただ蜂起を起こそうって側のトップであることは確かみたいだよ」
『蜂起の規模が大きくなるとどうしようもないな』
「だよねえ。帝国としても放っとくしかなくなる」
放っとくだけでラグランドは飢えて弱るのだ。
わざわざ手を出して火傷する意味がない。
ただ帝国が放置した場合、ラグランドは食料が足りなくなって悲惨なことになるという、パラキアスさんの予想だ。
大いなる慈悲の心を持つ聖女のあたしは、なるべく人死にを少なくしたいしな?
「まあでも蜂起は大きくならないはず。首都近辺だけじゃないかな」
『何故だ? また何か画策したのか?』
「あたしが運命を弄ぶ女神みたいに」
『策謀を巡らす悪魔のようだ』
「悪魔ってよく言われるなあ。最近褒め言葉だと思えてきたよ」
『思うだけは自由だ』
「つれないなー」
たわわ姫も悪魔の言い分に似てるって言ってたな。
悪魔って駆け引きはシビアでも取り引きはフェアだから、あたしにはわかりやすい。
「大したことじゃないんだ。帝国軍は畑を焼きに来るかもしれないぞ、畑を守れーって通達してもらうことにしたの。ラグランドは食料に大きな不安のある植民地だから」
『ははあ。農村の武装蜂起は、畑の守備に手を取られてなくなる?』
「全部農村みたいなもんだからね」
『どうして農村ばかりなのに食料が足りなくなるんだ?』
「人口の割に耕作地が小さいとは感じたな。とゆーか、居住可能面積に比して人口が多過ぎるのかな? ドーラと逆だね」
ツェーザル中将によれば、換金作物の栽培を強要されているらしいしな。
旧ドーラ植民地と比べて、ラグランド統治は随分と帝国の干渉の多い手法が取られているようだ。
おそらく栽培を強制されている換金作物は、帝国の欲しがる特産品なんだろう。
特産品も良し悪しだなあ。
「ラグランドの上の方の人は、局地戦なら勝てるみたいな気でいたんだよ」
『局地戦で勝ったってムダだろ』
「うん。トータルで要求を通さないとダメだってことを、わかってない人がいるんだよね。言うこと聞いてくれるなら、必ずしも蜂起なんて必要ないわけじゃん? 話し合いに持っていかないとどうにもなんないぞーとは言ってきた」
『極めて正論だな?』
「何で疑問形なのよ?」
『いや、ユーラシアはもっと派手な作戦が好きそうだから』
「ラグランドの人にも言われたな。お前はそんなやり方に耐えられるのかって。耐えられるわけないだろって言ったったけど」
『ええ? 無責任だな』
「あたしの戦いじゃないんだもん」
まともじゃ勝てないのだ。
損害少なくなる方法を伝授するわ。
「とゆーか、今回あたし当事者じゃないじゃん?」
『当事者じゃないのか?』
「だから何で疑問形なのよ?」
『いや、ユーラシアは何故か主役になることが多いから』
「おいこら、変なフラグ立てるのやめろ」
帝国とは仲良くしたいのだ。
あたしが矢面に立つのはよろしくないだろーが。
「ソロモコは魔王が関わってることを知ったから、介入しないとドーラも被害受ける可能性が高かったじゃん? でもラグランドはなー」
『関わりが薄いと?』
「うん。あたしが割り込むのも差し出がましいでしょ」
『しかし『アトラスの冒険者』のクエストなんだろう?』
「だから最低限は手を出すけど。どこまで介入していいか、あたし自身も測りかねてるんだよね。まだ」
むしろサイナスさんの意見も聞きたいくらい。
「一応、ソロモコ遠征の司令官ツェーザル中将とも話したんだけどさ」
『ああ、何だ。もう帝国サイドとも通じてるんじゃないか。じゃあ問題ないだろ』
「え?」
そーゆーもんかな?
『要するに自分やドーラの利益と直接結びつかないから、モチベーションが上がらないんだろう? 調整者として都合のいいように立ち回ればいい』
「どうすれば都合がよくなるかな?」
『帝国にはユーラシアお得意の、貸しを押しつける戦法でいいじゃないか。ラグランドから導入したいものはないのかい? 手に入れられるなら十分なメリットだ』
「欲しいものあるなあ」
ラグランドで作ってるカカオは、ある種のスイーツに必要みたいなことをイシュトバーンさんが言ってた。
ラグランドから移民が来てくれるんでも嬉しいし。
「このクエストは、あたしが間に入ってやらなきゃダメだなーとは考えてたんだよ。うまいこと仲介してやるから、あんたらは貢ぎ物寄越せってことにすればいいのか。サイナスさんはあくどいなー」
『やめてくれ。君にあくどいって言われると、途轍もなく悪いことをしている気になる』
「悪魔じみてるなー」
『……』
黙っちゃったけど、悪魔じみてるって褒め言葉だぞ?
少なくともうちのヴィルやバアルはそう思ってるぞ?
『アレク達が、スキルスクロール生産を始めた時の、ユーラシアへの利益配分をどうするのかって聞いてきたが』
「あたしはいらないよ。いずれ汎用スキルのスクロール生産を全部やってもらおうかと思ってるから、そのつもりでいてって言っといてよ」
生産を独占するのはよろしくないのかなあ。
適正な小売価格を定める組織があるといいけど、今のドーラじゃ難しいな。
必要性を考えてアバウトに決めるしかないか。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日はどーすべ?
つまり帝国とラグランドの両方から謝礼をいただけばいいらしい。
ちょっと楽しくなってきたな。