第1306話:撤退
魔道士達が不安そうにソワソワしている。
魔道結界は『ファイアーボール』程度の魔法を何万発受けようと、毛ほども効果はないだろう。
しかし『デトネートストライク』を食らって力がどこに逃げるかを考えると自信がないんだろ。
さりげなく押せ。
「帝国の軍艦には魔法の通用しない結界が張られてるんだろうけどさ。魔道士さん達はドルゴス宮廷魔道士長に聞いてない? デカい魔法を海に落とされた時の津波の可能性について」
「き、聞いています!」
「艦隊全滅の可能性があるから、津波の危険が考えられる際には即座に撤退を進言しろと……」
「正直そんな魔法はあり得ないと思っていましたが……」
「以前に海で試し撃ちしてたら、津波が起きて死にそーになったよ。その後大量に魚が浜に打ち上げられて、山ほど一夜干し作ったのはいい思い出」
あれは美味かった。
また食べたいな。
『スパーク』や『エレキング』みたいな強力な雷魔法を使えば、かなりの魚が獲れそうだ。
でも海の王国に怒られちゃうかも。
「戦争になりそうなら穏便に引いてもらおうと思って、前もって魔道士長さんには話しといたの」
「お主は前もってそこまでの準備をしていたのか」
「もちろん魔道士長さんに話した時は、まだソロモコが遠征対象になると調べがついてたわけじゃないけどね。帝国の軍艦が偵察に来てたことはフクちゃんに聞いて知ってたから、侵略先の有力な候補だろうとは思ってた」
呻く中将。
「……対象がソロモコじゃなかったら、お主は介入してこなかったのか?」
「当たり前だよ。征服されちゃう国はかわいそーだと思うけど、お節介焼かなきゃいけない義理がないじゃん。魔王だって出てこないし、あたしとドーラの損得に関係がない」
「……」
「たとえドーラが直接とばっちり受けなくても、帝国が対魔王戦争に突入するのは、ドーラにとってすげえ困ることなんだよ。移民も貿易も細りそうでしょ? ドーラの発展は、万全な帝国と健全なお付き合いをしていく先にあるの」
「ふむ、よくわかる」
「帝国だって魔王と戦争になるのは望むところじゃないんでしょ?」
「無論だ」
大分軟化してきたな。
もう一息だ。
目先を変えて……。
「あたしにも教えて欲しいことがあるんだ。ソロモコ遠征は傍から見ると無用な戦に見えるんだよね。ドーラ遠征が消化不良に終わったから、別の捌け口を探したんじゃないかって説があるんだよ。実際のところどーなの?」
「軍内部に身勝手な思惑があったのは事実だな。兵の士気を保つためという、もっともらしい講釈がくっついてはいたが」
「どうしてソロモコが侵攻対象になったのかな? 事前の軍艦の偵察ルートからすると、他にも候補地いくつかあったはずでしょ?」
「ドーラ貿易に際して、基地として使える地を確保するという説明だったぞ」
中将が大分ぶっちゃけた話をしてくれるようになった。
やっぱソロモコを中継基地に使うという理由だったか。
しかし……。
「おかしいじゃん。ドーラ~帝国間の貿易なんて、月に貨物船二、三往復ってとこでしょ? うわ、そんだけしかないのか。自分で言っててダメージが来るわ」
中継地がいるのなんていつのことやら。
ドーラの人口が一〇倍くらいにならないと、必要になる未来が見えてこないぞ?
「ガハハ。戦略目標設定に関しては政治家の仕事だ。軍人の仕事ではないのでな。命令に異を唱えるのも軍人のすべきことではないのだ」
「中将は軍人の鑑だなあ」
うむ、中将ならそう考えるだろう。
政治的な交渉を任されるだけの能力を持っているにも拘わらず、あえて職責を守って一軍人であろうとする。
「あたしは帝国人でも軍人でもないからガンガン文句言っちゃうぞ? 帝国のソロモコ遠征はすげー迷惑だった」
「許せ。一つ確認しておくが、我らがここで素直に退却すれば、魔王がアクションを起こすことはないのだな?」
「ないよ。魔王バビロンとは話がついてるんだ。魔王と魔王の部下は、魔王島に関わらないところで人間と敵対することはしないって誓わせてある」
「ほう、既にお膳立てができているのか」
中将は感心してくれるけど、ソロモコクエストの影響の及ぶ範囲っておかしくない?
ちょっと間違うと全世界だぞ?
「でも魔王は短気なんだよね。フクちゃんさ、帝国がソロモコに攻めてくること、魔王に隠してたでしょ?」
「魔王様の怒りがどこで爆発するかわからなかったのですホー」
「よーくわかる。でも秘密にしといてバレると即戦争になっちゃいそうだったから、魔王にはあらかじめ言い聞かせてきたんだ」
事前に魔王に会える機会があってよかった。
大きく頷く中将。
「うむ、撤退しよう」
「し、司令官閣下! よろしいのですか?」
「仕方あるまい。戦っても勝てぬ。何かの僥倖で勝っても泥沼。何の利があるか」
「しかし一戦もせずして退却となると、閣下の軍歴に瑕がつくのでは……」
政治家の覚えも悪くなるだろうしな。
魔道士達はともかく、中将の部下達も弱腰を非難されるかもしれない。
「中将ありがとう。これあげる」
「む、何だ?」
「高級魔宝玉だよ。一粒万倍珠、邪鬼王斑珠、雨紫陽花珠、鳳凰双眸珠、幽玄浮島珠を一つずつ。魔道士の助言に従い、占領は不可能と判断した。しかし交渉で魔宝玉を獲得することに成功したって報告すりゃいいよ」
「よいのか? 大変な値打ちものなのだろう?」
「大赤字だよ。でも帝国との友好と世界平和には代えられないから仕方ない」
「うむ、天晴れな心意気だな!」
気持ちいい褒められ方だわ。
何の益もなく撤退したのでなければ、中将がそう責められることもあるまい。
「じゃ、あたし達帰るね」
「我らも帰還するとしよう。ラグランドについてはわからんか?」
「ごめん。あたしもラグランドとは直接関わりがないから、新しい情報が入らないんだ」
「ふむ、残念だな」
相当気がかりらしいな。
ラグランドの不安もまた、中将が撤退を決めた理由の一つだろうが。
「もし中将が帝国に帰り着く前に何かわかったら連絡するよ」
「む? どうやって?」
「うちに連絡係の悪魔がいるんだ。犬耳の可愛い子だよ。名前はヴィル。好感情好きだから悪さしないっていう特徴がある」
「ヴィルか。覚えておこう」
「じゃーねー」
ソロモコに戻って、住民の皆さんに説明だな。
よし、中将の説得には成功した。
これで対魔王戦争に突入することはない。
あたしのお仕事バッチリ!
さて、連絡取れないヴィルはどーした?




