第1296話:東西両翼の発展を願う
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
昼たくさん食べ過ぎちゃったんで、午後は稼ぐことのんびりすること腹を減らすことを兼ねて出かけていたわけだが。
「今日の午後はよかったなー。魔境でまったりと過ごす時間は、心を洗われるようだったよ。たしかなまんぞく」
『『魔境』と『まったり』と『心を洗われる』がどうにも結びつかないんだが』
「想像力の欠如かな?」
『ユーラシアの現実が想像以上に優雅だからだよ』
「何だそーだったか」
アハハと笑い合う。
『何が驚いたって、ペペさんだな』
「見かけがってこと?」
『まあ。ペペさんについては、ユーラシアに聞く以上の知識がなかったから』
「大体皆ペペさん見ると、何かの冗談だろって顔するね。ペペさん自身はそーゆー反応に慣れちゃってるみたいだけど」
『話には聞いていても驚きだった。パッと見アレクよりずっと年下にしか見えなかったから』
「クララがペペさんの年齢は三八歳だと分析してたよ」
『マジかい? どうしてわかった?』
「ペペさんの書いた本があるんだ。その内容から判断するとってことみたい」
『名探偵クララ?』
「分析官クララだねえ」
本好きクララは細かいところまで読み解くのだ。
『で、今日はどうだったんだい?』
「あれ? アレクから聞いてない?」
『もちろん聞いてるけど、君の話も聞きたい』
「エンタメ目線の話も聞きたかったか」
エンタメ要素ってあったかな?
「……残念ながらサイナスさんの期待に沿えるようなことはなかったけど」
『期待はしてないよ』
「ええ? 気分が萎えちゃう。もっと気分の盛り上げ方を考えてよ」
『ウルトラチャーミングビューティーの滑らない話?』
そうそう、その調子。
でも疑問符いらない。
「スキルスクロールの作製については、手順さえ間違えなきゃ全然問題ないと思うけどな。逆にアレク何か言ってた?」
『量産することになると、作業台が足りなくなりそうだとは言ってたよ』
「あ、なるほど。あたしの手持ちの黒妖石で、今日作業台として設置したものと同じ加工されてるやつがもう一つあるんだ。提供するから、すぐ作業効率倍にはできるよって言っといて」
月二、三〇〇〇本のスキルスクロール生産ならば、作業台が二台もあれば十分なはず。
予備も欲しいかもしれない。
でもガータン産の黒妖石が実際に手に入るようになり、さらにドワーフの協力を得られるようになってからだな。
『ふうむ。ユーラシアはドワーフの協力と言うけど、簡単にいくものなのかい?』
「簡単じゃないのかもしれないけど」
会ってみないとわからんな。
しかし『アトラスの冒険者』がなくなっちゃう可能性がどうやら濃厚。
となれば代替組織のために、デス爺の転移術とドワーフの石工技術は絶対に必要なのだ。
ドワーフとは仲良くなっておかねばならない。
「ドワーフの集落のある場所は教えてもらったんだ」
『アルアさんにかい?』
「いや、パラキアスさんに。エルフとドワーフの争いを仲裁したとかいうエピソードがあるじゃん?」
『聞いたことあるな。アルアさんには教えてもらえなかったのかい?』
「ってわけじゃないけど、アルアさんがどうしてドワーフの集落から出てきたのか知らないからさ。確執があったりしたら嫌じゃん?」
あたしは物事を繊細に考えられる子なのだ。
可憐な美少女であるだけがウリではない。
『確執なんかないはずだぞ。ドワーフは職人気質だから、自分の納得できる製作環境を求めて集落を飛び出すことはよくあるんだそうだ』
「そーなんだ? サイナスさんよく知ってるね。デス爺に聞いたの?」
『ああ』
であるならば、アルアさんが最も人口の多いノーマル人と接触持ってるのもわかるな。
ただでさえパワーカードを使用してる者なんて少ないんだから。
「ちょうど明日アルアさんの工房行くから、アルアさんからも情報もらっていこうかな」
『明日はケスを連れて行政府へ行くと聞いたが』
「ケスをお偉いさんに会わせてくるよ。アルアさんに輸出用のパワーカードを作ってもらってるからさ。回収して行政府に持っていくの。月初めの恒例行事」
『ああ、輸出品を届ける目的だったのか。ケスの紹介だけのために行政府へ行くのは変だと思っていたんだ』
「さすがにそれだけでお昼御飯をごちそーになるのは違う気がするな。いや、決して昼御飯の罪ではないけれども」
『昼を御馳走になるのは前提なんだな?』
「どーして疑問形なのかな? 昼御飯は重要じゃない?」
レストランドーラ行政府の存在価値がなくなっちゃうだろーが。
ユーラシアはずうずうしいってのが言葉の端々から滲み出てるけど、そんなことはないわ。
あたしは御飯分くらいは働いてるわ。
『ケスをドーラの首脳に会わせるというのはちょっと意図がわからないんだが。いや、スキルスクロールの重要性はわかるけれども』
「大した理由じゃないんだ。今後移民が多くなると、どう考えても今のレイノス中心からアルハーン平原中心のドーラになるじゃん? つまんない勢力争いが起きそうだからさ。カラーズや開拓地移民で偉くなりそーな人は、行政府と話ができるといいなーと思ってるんだ。人口の中心がアルハーン平原になろうが、唯一の港のあるレイノスの重要性は変わんないから」
『君はそういうことだけ言っていればすごく賢そうに見えるのに』
「何を言ってるんだ。あたしは誰が何と言おうとすごく賢いわ」
『と言いつつ、それが君にとって都合のいいドーラということなんだな?』
「サイナスさんはたまに族長らしい鋭さを発揮するなー」
ドーラ近海の魚人と仲良くやっていく以上、港町レイノスのポジションは替えが利かないのだ。
レイノスを支点にアルハーン平原と西域が両翼となる現在の体制が、そのまま発展することが望ましい。
しかし西域が地盤沈下すると、レイノスがアルハーンに取り込まれて縮こまったドーラになってしまいそう。
人の流れもものの流れも、東西両方とも大きくなるべきだ。
西域の発展に関して、塔の村の果たす役割にはメッチャ期待したい。
「ま、今日はこれまで。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日は行政府。
おゼゼがなくて行政府が弱いってのがネックなんだよな。
移民に食わせることさえできれば、東が発展することは間違いないのだ。
西はなー。
塔の村の発展と南部街道開通が可能なら。




