第1285話:偽名
「フクちゃんはあんな子なんだ」
「確かに高位魔族らしくないですね。ユーラシアさんが人間的という理由がわかりましたよ」
ソロモコからあたしん家へ帰ってきての会話だ。
マーク青年も満足そう。
フクちゃんがどういう子か知ったからか、それともお腹が膨れたからかはわからんが。
眩しい美少女が目の前にいるからかもしれないな。
「武器所持の申請が通ったんです」
「即日で許可されるものなんだ? 帝国の制度ゆるくね?」
「レベルの高い魔道士は歓迎のようで」
「言われてみればなるほどだね」
従軍可能なレベルの魔道士が誕生したと考えりゃ、ウェルカムどんと来いだわな。
許可なんかすぐ出すわ。
「パワーカードを買いたいんです。塔の村連れていってくださいよ」
「オーケー。行こうか」
◇
フイィィーンシュパパパッ。
塔の村へやって来た。
あの丸い帽子は……。
「おーい、エル!」
「ユーラシアじゃないか。そちらは誰だい?」
「帝国の宮廷魔道士マーク君だよ。パワーカード買いに来たの。こっちはドーラのもう一人の精霊使いエルね」
「よろしく」
「こちらこそ」
危うく『ない方の精霊使い』って紹介するところだったわ。
ヴィルがいない時は、サディスティック精霊コケシを喜ばせるような行為は自重しないと。
「マーク君、パワーカード屋の場所覚えてる?」
「もちろんです」
「ちょっとエルと内緒の話があるんだ。先にカード屋行っててよ」
「了解です」
「ごめんね。一〇分経ったらあたしも行くから」
マーク君が去る。
「内緒の話って何だい?」
「エルに追っ手がかかってる」
エルのパーティー四人の表情が引き締まる。
ある程度予期していたか。
これ今の段階で言うのが正解かは迷うところだが、エルの顔見たら言いたくなった。
あたしは直感を大事にするのだ。
「知っていることを話してくれ」
「『アトラスの冒険者』がエルの世界の事業だってことは話したっけ? その最初の転送先が『チュートリアルルーム』っていう、向こうの世界の出張所みたいなものなんだ。追っ手とはそこで会った。絶対に逃げられないはずの場所に閉じ込めたのに消え失せた、『精霊使い』の固有能力持ちを探してる」
「エル様のことに相違ありませんね」
コケシの言葉に全員が頷く。
「まだこっちの世界にエルがいることを疑ってる、っていう段階じゃないな。一応係員に通知出しとくってくらいだと思う。誤魔化して退散してもらったからとりあえずいいけど、何か証拠掴んで迫られると、次は誤魔化せないな」
「ユーラシア殿なら言いくるめられるのではござらんか?」
「ムリだわ。追っ手の人『ダウト』っていう固有能力持ちなんだ。ウソ吐くと見破られる」
「えっ? その人って……」
「エルの母ちゃんじゃない? エルと同じ髪色で、エンジェルって名前だったけど」
「「「!」」」
数秒の沈黙の後、エルが言う。
「ボクの母だ。何か言ってきたか?」
「一方的に質問されたな。名前聞いてきたから『エル』だって教えたら別人だと思ったみたい」
「どういうことだぴょーん?」
「エルって偽名なんでしょ?」
「「「!」」」
「ああ。ユーラシアは知ってたのか?」
「何となくわかってた」
自分とこのパーティーメンバーにも偽名だと明かしてなかったのか。
グッジョブです。
「だから『ダウト』持ちの母をたばかることができたのか」
「エルと弱点が一緒だったからね。知らんぷりしてガンガン口撃してやったら、調子が悪くなって帰っちゃったんだ」
「ボクと弱点が一緒? とは?」
「だからあんたはツッコミ耐性が弱いクセに、無防備に振ってくるなとゆーのに。コケシがスタンバってるだろーが」
ヴィルがいないんだってば。
目をキラキラさせながらコケシが言う。
「ユーラシアさん、すごいですね? エル様が偽名を名乗ってるなんて、思いつきもしませんでしたよ」
「あたしはすごいんだよ。でもエルが偽名使ってるのは追っ手を撒くためじゃないよね。もっと意外でデリケートな理由の気がする」
「まあ、そうだ。ボクの本当の名前は……」
「ああ、いいよ。聞いちゃうと今度はマジで追及から逃れられなくなっちゃうから」
精霊達が残念そうだが、エルの本名なんて知らなくていい。
エルはエルだ。
「ボクは何故閉じ込められ、追われるのだろう?」
「理由は知らないのか。あたしも完全に把握してるわけじゃないんだけど、エルは向こうの世界の旧王族らしいぞ? 察するに父ちゃんの方がってことだと思うけど」
「……父のことは何も知らないんだ。ボクが生まれる前に亡くなったとしか聞いてない」
「ユーラシア殿、旧王族だと追われるのでござるか?」
「あたしもその辺の事情がよくわかんないんだよ。こっちの世界に赤眼族ってのがいるんだけど、彼らはエルの世界から追放された旧王族なんだ。で、赤眼族を監視するために作られたのが『アトラスの冒険者』なの。旧王族が相当警戒されてるのは理解できるんだけどね」
何故大昔のことを警戒するのか?
いや、『アトラスの冒険者』みたいな便利なもんを作ってくれたんだから、異世界に文句はないよ?
でもわからん部分があるとムズムズするじゃん。
エルがためらいつつ話す。
「固有能力は遺伝するから、だと思う」
何それ、どゆこと?
「遺伝ってのは、親から子に受け継がれるっていうやつ?」
「ああ。残虐の限りを尽くした古き王は、複数の固有能力持ちだったと聞く。故に複数の固有能力持ちは忌むべきものとされている。古き王の血統であれば、同じことを繰り返すのではないかと恐れられているんだ」
「それは母ちゃんから聞いたんだ?」
「ああ」
バエちゃんもシスターも複数の固有能力持ちを嫌ってる素振りはない。
が、言われてみれば赤眼天使エンジェルはあたしに注意を向けていた。
おそらく現在のエルの世界で複数の固有能力持ちを忌むというのは、一般的な考え方ではないんだろう。
でも旧王族が根こそぎ追放され、今でも警戒されている背景には、そうした固有能力に対する考え方があったのかもしれないな。
エルも複数の固有能力持ちということか。
「オーケー、ちょっとわかってきた。今日のことは他言無用ね。あたらしい情報が入ったらまた知らせに来るよ」
「ありがとう」
「じゃーねー」
さて、コルム兄んとこ行くか。
『エル』の本名はこの物語が大団円を迎えてからも明かされません。
何故ならユーラシアが、『エル』より長いなら覚えるの面倒だからって聞かなかったからです(笑)。