第1271話:狼頭の悪魔の存在
魔道士長さんが言う。
「狼頭の悪魔ガルムですぞ」
リモネスさんも大きく頷く。
ガルム、主席執政官たる第二皇子に現在くっついてる悪魔の名か。
どうでもいいけど、悪魔の名前って皆濁った音が含まれてるのかな?
「昔からメルエルに住み着いていたことは知られておりますが、あまり情報のない高位魔族です」
「マーク、ガルムの最近の動向で変わったことはなかったか?」
え? 何で魔道士長さんはマーク青年に聞くの?
マーク青年がこの場にいることさえ疑問だったのに。
「マークはこう見えても多方面の研究で才覚を示しておりましてな。悪魔の研究でもまた帝都一なのですぞ」
「そーなの?」
人は見かけによらないものだ。
こんな目の周りに隈を作った頼りなさそーな男が、透明マントを作ったり帝都一の悪魔のオーソリティだったりするとは。
「特別動きはないですよ。ユーラシアさん、ボクのこと頼りないやつだと思っていませんでした?」
「過去形じゃないわ。現在進行形で思っとるわ」
あれ、リモネスさんが爆笑だ。
人の考えが読めるだけに、不意打ちに弱いのかもな。
「ヴィルカモン! そして大悪魔登場!」
ヴィルを呼び出し、バアルの籠をナップザックから取り出す。
「ハッハッハッ、吾を崇めるがよい!」
「御主人の召喚に応じ、ヴィル参上ぬ!」
よしよし、よく来たね。
ヴィルをぎゅっとしてやる。
マーク青年が感動の声を上げる。
「悪魔ヴィルとバアル、本物だ!」
「本物ぬよ?」
「本物であるぞ」
「すげえ内容のない会話だな」
アハハと笑ってたらマーク青年が聞いてくる。
「ヴィルとバアルは同じ場所にいて平気なんですか?」
「大丈夫だよ。ヴィルをバカにするとあたしが怒って自分の寿命に関わること知ってるからバアルは控えてるし、バアルが認められていい気分になってる感情はヴィルの好物だし」
「なるほど、面白いですねえ」
うん、悪魔はどの子も大変面白いと思う。
悪魔同士の関係もまた、一様に嫌うというわけでもないらしいのが単純じゃなくて興味深い。
研究したくなる気持ちはわかる。
「あんた達に質問だよ。ガルムってどんな子?」
「オオカミだぬ!」
「オオカミである」
「オオカミかーって、それはわかってるんだ。今第二皇子の側付きなんだって。性格とかやったこととかで知ってることない?」
ヴィルとバアルが同時に首を捻る。
もー可愛いんだから。
「言葉は柔らかいぬが、嫌味なやつだぬ。表立って大きな事件を起こしたとは聞いたことがないぬ」
「……思い返してみれば、吾がドミティウス付きであった時、最も遭遇したのがガルムであった気がする。やつがドミティウス付きを目指していたとすれば、納得できるである」
ほう、前々から第二皇子をターゲットにしてたけど、バアルがいたからなかなか近付けなかったってことかな?
じゃあ時間をかけて練られたやり口を仕掛けてくる可能性があるかも?
いや、今まで表立って大きな事件を起こしたことがないのなら、バアルより危険な子ってことはあり得ん。
「狼頭に似合わぬ言葉巧みさが武器であるようです」
「悪感情の中でも羞恥心や破滅的な負力を好むゲスなやつである」
「そうだぬ! ゲスなやつだぬ!」
「言葉巧みでゲスなやつかー。よろしくないな」
第二皇子が簡単に籠絡されるとは思えない。
しかし年がら年中甘い言葉で囁かれれば、ついその気になっちゃうってことはあるんじゃないの?
かといってあたしが悪魔について第二皇子に何か言うのは、どう考えても愚策だ。
より近くにいる悪魔ガルムの意見と対立すると、あたしの今後の活動が制限されそう。
「ガルムって子がいることだけ覚えとこ」
「ソロモコの件はどうなってますかな?」
おお、言い忘れてた。
リモネスのおっちゃんがいると話がスムーズだなあ。
「明後日三艦からなる艦隊がタムポートを進発の予定で、やっぱり目的地はソロモコで決定」
「ふむ、聞いております。宮廷魔道士も三人参加の予定です」
なるほど。
とゆーことは艦隊にも魔道結界を展開する予定なのかもな。
マーク青年にソロモコと魔王の関係を説明っと。
「大変じゃないですか!」
「言うほど大変でもないんだ。魔王バビロンとは話がついたの。魔王と魔王の部下は、魔王島に関わらないところで人間と敵対することはしないって」
「でもソロモコが攻められたら、バビロンが出張ってくるということでしょう?」
「ソロモコが攻められないためにあたしが働くんじゃないか。しかも無償で」
「無償か有償かなんて関係ないですよ!」
「大ありだわ。誰かにねぎらってもらいたいわ」
有償無償って、物事のかなり重要な要素だろ。
うちの悪魔達が言う。
「吾が主の仕事に間違いはないであるぞ? 悪魔的であるからして」
「『悪魔的』とゆーのは褒められてるのかバカにされてるのか、判断できないんだけど?」
「褒めてるんだぬ!」
「そお? いや、でもソロモコは問題ないよ。司令官のツェーザル中将に会ってどんな人かもわかったし」
考えるのはどう仕上げるかだけだぞ?
マーク青年が羨ましそうに言う。
「ユーラシアさんは高位魔族と親しくていいですねえ」
「ウシ子とフクちゃんになら会わせてあげてもいいけど」
「ウシ子とフクちゃんとは?」
「えーとウシみたいな角生えてるザガムムと、フクロウの悪魔ゾラス」
「会いたいです! ぜひにでも!」
魔王島にはさしたる用はないけど、塔の村とソロモコにはある。
マーク青年くらい連れてったって構わないだろ。
「じゃ、明日の午後にウシ子、明後日の昼頃にフクちゃんでどうかな? 明後日は昼御飯を現地でごちそーするよ」
「よろしいんですか? ありがとうございます!」
「ちなみにうちのヴィルは好感情が大好きだから、メッチャ喜んでるマーク君の側が居心地良くてピッタリマークしてる」
「ありがとうヴィル! ぎゅー」
「絵面が汚いわ。あたしの美意識に反するからやめておくれ」
でもヴィルは満更でもなさそう。
魔道士長さんが言う。
「マークよ、良かったな。精霊使い殿、マークをどうぞよろしくお願いします。見所のある魔道士なのです」
暗にレベリングしてくれって言われてるぞ?
貸し作っとくことは好きだからいいけれども。
「じゃ、あたし帰るね。また明日」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して帰宅する。
狼頭の悪魔って恐ろしげだな。