第1250話:えぐい世間は鬼ばかり
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
ちなみに塔の村から帰ったあと、魔境で一稼ぎしている。
何故ならおゼゼが減っていくことは乙女の心に負担をかけるから。
魔境は心にもサイフにも優しい、いいところなのだ。
『昨日の開拓地の五人だが』
移民頭であるサブローのおっちゃんに突っかかってた、元辺境開拓民だという新規の移民達のことだろう。
「何かやらかした? ドラゴンのエサになりたがってるのかな?」
『いや、従順だ。とりあえず生活が先だということで、移民頭たるサブロー氏に従うことに決めたらしい』
「何だつまらん」
『ユーラシア好みのエンターテインメントじゃなかったことは、ひとまず置くよ? あの五人にとってもドーラは心細い遠隔地で、サブロー氏は数少ない知人だろう? サブロー氏も面倒見がいいから、急速に近付いたようだ』
「ふーん」
互いの実力も性格も知ってるだろうし、変な拘りがなければ仲良くなるの早いかもな。
『ドーラにはドラゴンより恐ろしい存在がいると、骨身に叩き込まれたらしいな』
「あれ? ひょっとしてあたしのこと? ちゃんと手加減してるとゆーのに」
『恐ろしいユーラシアと仲のいいサブロー氏と敵対するのは、どう考えても得策ではないと』
「おかしいな? 狙い通りなのに面白くない気がするのは何でだろ?」
美しくて可憐なあたしと仲のいいサブローのおっちゃんと敵対するのは得策ではない。
うん、これならしっくりくる。
『パワーカードの存在をサブロー氏から知って、いたく気に入ったようだ』
「ほーん?」
サブローさんのマネ。
辺境開拓民というのは、魔物を狩ったり畑耕したりするお仕事のようだ。
常に武器を携帯できるパワーカードの良さにはすぐ気付くだろうな。
『欲しければ君に言えばいいと話したところ、もう二度と関わるのは嫌だと』
「ふむふむ、可愛い娘には邪険にしたがるやつだね?」
『そう思うのは勝手だ』
「つれないなー」
パワーカードが装備品としては安いとしても、移民にとっては安価と言えない。
あの五人は一応装備品を持ってたけど、いずれパワーカードに切り替えたいのかもしれないな。
ドーラに来てまで魔物退治をやりたいとゆー殊勝な考えは応援してやりたい。
移民の開拓地にも魔物と戦える人材が欲しいという、ドーラ側の考えにも合致する。
「また開拓地であたしの手が必要そうなら教えてよ。今のところはうまく回ってるんでしょ?」
『もちろんだ。問題は今後来る移民の食料だな』
「まーねえ」
もちろん移民を見越して多めに作ってるのだが、蒔く種が足りないという問題があった。
春の植えつけ時期を過ぎちゃってからの生産増加は難しい。
夏までは何とかなるだろうが、それ以降はなー。
初夏までになるたけ畑の面積を増やして、サツマイモの蔓を植えてくしかないかな?
魔境クレソンがどこまで増えるか。
『で、今日は?』
「大雑把な話の入り方だなー。公爵領行ってきた。帝国本土の真ん中辺りのパッフェルっていうところ。帝国では帝都に次ぐ大きな町なんだって」
『その公爵は、ルキウス皇子のお相手に連なる家だな?』
「うん。貴公子こてんぱんイベントの一人の実家」
ひどい言いようだが事実。
ヘルムート君が領地のガータンに着いたら、一度様子を見に行かないとな。
「人口多いんだけど出入りにはうるさくないところでさ。商業の町だなあって感じた」
『治安維持には工夫を凝らしてるのかもな』
そーかも。
フリードリヒ公爵は元騎士ってことだったから、治安維持にノウハウや伝手があるだろうし。
『公爵に会ってきたのかい?』
「うん。この前会った時、遊びに行くよって言っといたんだ」
『大貴族を友達扱いのコミュニケーション力がえぐい』
あたしはドーラの発展のために人脈を広げなきゃならないだろーが。
必要な能力なのだ。
『何を話してきたんだかは興味あるな』
「世間話だよ。悪魔とかソロモコ遠征とか次期皇帝とかについて」
『世間がえぐい。とにかくえぐい』
えぐい世間は鬼ばかり。
「ソロモコで尊敬の感情を集める魔王システムを理解できれば、今の帝国の状況がまずいことくらいわかるじゃん?」
『帝国とソロモコが関わったのはたまたまだとは思うが。軍隊や征服が統治の根本にある社会は、ドーラ人にとっては違和感あるな』
「やっぱサイナスさんもそう思うよねえ」
『えっ? 君と同じ意見なのか? 悔い改めないと』
「何てことをゆーんだ」
アハハと笑い合う。
「フリードリヒ公爵はプリンスルキウスに好意的な割に、どーも皇帝の位に関しては別って考えてるみたいだったんだよね。商人っぽい人だから、どっちサイドにも寄れる戦略なのかなと思ってたんだけど」
『ふむ、違うのかい?』
「プリンスがお葬式で帝都に帰った際に会ってないみたいなんだ。それだとレベルが上がってることも『威厳』が効くことも理解できないからなー。会ってみりゃ一発でプリンスがやるやつだってわかるのに」
『ルキウス皇子がドーラに来てからの進化を知らないのか』
「進化っていい言葉だな。そゆこと」
フリードリヒさんはプリンスの元々の人柄だけで、パウリーネさんとの付き合いを認めたわけか。
フリードリヒさん自身が政治にあまり関わらないスタンスなのも、勝ってる側にしか乗らないのも当たってると思うけど……。
いや、高レベル『威厳』があったって、プリンスがドーラに島流し中なのは変わんないんだった。
『ルキウス皇子と公爵を会わせることはできないのかい?』
「いずれ会わせたいね。でも今は難しい」
プリンスルキウスは次期皇帝の有力候補とされてはいるけど、目がなくもないという程度だ。
フリードリヒさんの立場を考えるとどうか?
明確にプリンス派であるあたしのプリンスに関する意見は、話半分だろう。
プリンスに会うよう勧めるのは下策だ。
会いたいと思わせるようでなければ。
「輸出用の新しい魔法ができたんだよね。カラーズでスキルスクロールを生産しようと思うと、アレクの力がいるんだ。チラッと話しといてよ」
「ああ、わかった」
うむ、新産業万歳。
「じゃ、サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は魔王島。
魔王島は楽しみだな。
魔王はどんな子だろ?