第1244話:アーベントロート公爵家領パッフェル
――――――――――二一〇日目。
「……ここがテンケン山岳地帯でそっちが帝都でしょ? で、パッフェルがここ。いいかな?」
「大体わかったぬ! 行ってくるぬ!」
公爵フリードリヒさんが昨日には領地に戻っているはずなので、今日訪問してみる。
一度も行ったことのないところでも、地図上で確認すればヴィルはワープできるのかの確認を兼ねている。
これが可能だと行動範囲が格段に広がるな。
少々のズレがあったって『遊歩』で飛んでくから構やしないし。
しばらくすると赤プレートに連絡が入る。
『御主人。大きな町があるぬ』
「そこかな。町に入るのに門とかある?」
『あるぬが、出入りする人のチェックはしていないようだぬよ?』
「よしよし、ヴィル偉い。じゃあ人の多い街中じゃない方がいいな。外の目立たないところにビーコン置いてね」
『はいだぬ!』
新しい転移の玉を起動する。
◇
「ふわー。確かに大きな町だね」
イメージとしてはカトマスをデカくしたような町だ。
出入りする人の多いこと多いこと。
こんな町で人のチェックしてたら大渋滞になっちゃうな。
ヴィルに帽子を被せ、肩車して門の方へ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「旅人か? こんにちは」
門兵が挨拶を返してくれる。
門兵必要ない気がするけど、ちょっと離れりゃ山賊とかもいるんだろうからな。
いかにも怪しい風体の人はシャットアウトするのかな?
「ここがパッフェルで合ってる?」
「ん? ああ、そうだ。道に迷ったのか?」
「いや、あたし達ドーラから転移で飛んできたんだよ。パッフェルは初めてだから、うまく来れるか心配だったんだ」
門番が目を見開く。
「ということは、君がユーラシア? ドーラの冒険者だという?」
「そーだよ。こっちの子が悪魔のヴィル。よろしくね」
「よろしくだぬ!」
ヴィルがふよふよと飛んでみせる。
「ふむ、話は聞いている。報告の通り、バカバカしいくらい高レベルの少女。疑う余地もなさそうだな」
「公爵様に呼ばれてるんだ。順調なら昨日パッフェルに到着のはずなんだけど、着いてるかな?」
「ああ」
「宮殿かお屋敷はどこだろ?」
「この大通りを真っ直ぐ行った突き当たりだ」
「ありがとう」
って遠くね?
ここからじゃ影も形も見えないんだが。
カトマスと比べるのは失礼だったわ。
メッチャデカい町だわ。
「ヴィル、飛んで行こう」
「はいだぬ!」
「おお、飛行魔法か?」
「門兵さん、さよならー」
「バイバイぬ!」
賑わう大通りに沿ってびゅーんと飛ぶ。
指差されてるけどどーでもいいや。
◇
「ひょー。でっかい門だなー」
突き当たりにあったのは確かに大きな宮殿だった。
木々で覆われていて中の様子がわからん。
防犯のためかもしれないな。
しかし立派な門なのに閉じられていて、しかも門番がいない。
うろうろしてしてみたけど、中が見えないから警備員が発見できんわ。
「飛んで中に入るぬか?」
「んーちょっと失礼な気がするな」
「鐘があるぬよ」
「おおう、本当だ」
用あらば鳴らせってことだな?
しからば……。
「ガランガランガランガランガランガラーン!」
「うんうん、なかなかいい音だね」
「何事だっ!」
おお、警備員達が集まってきた。
数多いな?
門から見えるところに一人いてくれればいいのに。
「こんにちはー。ドーラの美少女冒険者ユーラシアですよ。公爵に呼ばれてるんで来ました」
「話は聞いている、が?」
何だその胡散臭そうな目は。
あ、帝都公爵邸の警備員とは違う人達だから、あたしのことを知らないのか。
「身分を証明できないあたしのことを信じられないのは理解した。手っ取り早くあたしの芸の肥やしになってくれる?」
「「「「は?」」」」
「ユーラシア君!」
公爵自ら飛び出してきたぞ?
「フリードリヒさん、こんにちはー」
「よく来てくれた。皆の者、彼女がドーラの冒険者、ヤマタノオロチ退治で一躍有名になったユーラシアだ」
「よろしくお願いしまーす」
警備員一同の胡散臭そうな目が変わらないんだが。
これはあれか。
あたしがチャーミング過ぎるから、ヤマタノオロチ退治に関わったなんてとても信じられないってことか。
可憐を極めているというのも困ったもんだ。
「ちょっと警備員さん二人ばかり借りていい?」
「え?」
秘技人間お手玉!
「ひやああああああ!」
「おわああああああ!」
愉快な鳴き声を披露してくれた警備員さんを降ろす。
「お粗末でした」
「これが噂の人間お手玉か。素晴らしいものを見た」
「うーん、これ町でやるとウケるのになあ。場所を選ぶ芸なのかな? 最近ではあたしの身分証明の手段になっちゃってるんだよ」
総じて門番とか警備員にはウケが悪い気がする。
公爵は感心してくれてるけど、警備員達は若干引いてるぞ?
警備員の隊長らしき人が搾り出すような声で言う。
「な、何故通用門の方から入らぬのだ」
「えっ?」
貴族の宮殿は、普通の人は裏門から入るものだそーな。
特別な催しや公爵一家と重要な客人の出入り以外正門が開かれることはなく、あの鐘は公爵一家の帰還の時に鳴らされるものなのだと。
言われてみりゃ皇宮にも裏門あったわ。
通ったことないけど。
「ごめんよ。ドーラには宮殿がないから、そーゆールールを知らなかった。あ、でも皇宮は正門がいつも開かれてるよ?」
「皇宮は高位貴族の訪問者も多いからじゃないかな。特別だと思うよ」
「なるほどー。フリードリヒさんありがとう!」
「鐘も一度鳴らせばいいのだ。ガンガンガンガン、何事かと思ったわ!」
「ドーラでは魔除けのために、鐘は思いっきり打ち鳴らすものなんだよ」
ドーラの風習じゃなかったな。
あたしが海の王国で銅鑼をガンガンしてるだけだった。
「……そちらの異様にレベルの高い幼女は?」
「この子はうちの悪魔の子ヴィルだよ。好感情が好きないい子だから、皆を不快にすることはないでーす。時々遊びに来ると思うからよろしくね」
「よろしくお願いしますぬ!」
どーしてあたしのことを疑わしげに見るのに、ヴィルを見る目は温かいのだ。
いや、ヴィルが仲良くできるのはいいことなんだが、イマイチ納得いかない。
ま、ヴィルが認められてれば、あたしも今度来る時は敷地内に直接飛べるな。
フリードリヒさんが言う。
「入ってくれたまえ」
「おじゃましまーす」
「おじゃましますぬ!」
地図見せて行き来できるなら、これまでヴィルが行ったことのないところへも飛べる。
メッチャ行動範囲が広がるんだが。