最強の勇者から見た最弱の魔王 ~私を愛したいのか倒したいのかどっちなのよ~
……その戦いは、いつもの緑溢れる平原で行われた。
「今日こそ決着をつけるぞ勇者よ!!」
悠々とした態度で鎧を付けた女性をピッと指差す男、彼は『ハーデス』と呼ばれており、役職は中央国の『魔王支部代表取締』である、人間を脅かす魔王らしい鋭い牙と、紫色の髪の上に生えた2本のツノがトレードマークだった。
「今日は洗濯物干したいんだから、手短にね」
クルリと剣を1回転し、先ほどのハーデスとは打って変わって余裕そうな態度で応対する女性、彼女はとても美しい顔立ちをしており、後ろに結んでいた赤いポニーテールが風に靡くと、面倒くさそうに剣を魔王に向けて構える。
「魔王様いけー!!」
「まーた負けるでしょ」
魔王に向け声援と呆れ声が飛んだ、2人、いや魔物の2匹は『レジャーシート』を敷き、気持ちの良いポカポカの太陽を浴びつつ。
「来い、勇者アティア!」
「いやめんどいからアンタから来て」
「ふははは、恐怖のあまり動けぬか!?」
「な訳あるかっての」
鳥の鳴き声を聞き、おにぎりを食べながら『サーカスの見せ物』でも見るかのように、配下達は魔王と勇者のやり取りを眺めていた。
「行くぞ!!」
先に仕掛けたのは魔王だった、自慢の爪を伸ばしアティアに向かって斬りつけようとする。
「始まった! 魔王様そこだーいけー!!」
「綺麗に弾かれた」
「あっー!!」
部下の応援も虚しく、魔王の攻撃はあっさりと勇者に剣で弾かれてしまい。
「痛い、痛ーいっ!!」
手刀で頭を叩かれあっさりと倒されてしまった。
「これで私の99勝0敗ね、最近運動がわりにもならないわよ」
「くっ……貴様ァアアア!!」
起死回生の一手、最後の飛びつき攻撃も平然とした顔のアティアに腕を掴まれ。
「せいっ」
柔道の一本背負いのように軽く投げられてしまい、近くにあった色の悪い溜め池にドボンと着水した、これが魔王ハーデスと、勇者アティアとの日常風景である……。
「今回はかなり追い詰めていた、次は勝てるぞ!」
平原からの帰り道、近くの魔物酒場でいつもの『勇者討伐作戦』は卓を囲んで練られた。
「僕、お肉とビールで」
「畏まりましたぁ!!」
一体どこに勝機を見つけられたのかとテーブルに肘をつき、圧倒的な力の差を理解していた1人の女性は興味がなさそうな顔で、メニューにあった1つの料理を店員に頼む、彼女はサラマンダーと呼ばれていて、仲間内では『サラ』と愛称を込められていた。
特徴は尻尾が大蛇のようにベロンと垂れており、気怠そうなタレ目とやる気の無さそうな態度が印象的である。
「いけます、絶対いけますって魔王様! だって勇者びびってましたもん!!」
「そ、そうだよな!?」
「ええ、あと1歩でしたよ!」
「うむうむ!!」
そしてさっきからずっとハーデスを持ち上げるのは、紫色の丸い炎の塊をした『ガイコツ』、性別はわからず配属時期はサラマンダーと同じで、挨拶したときに名前が無かったのでサラが勝手に名付けてしまった。
ちなみにガイコツと付けられたのは炎の塊に骸骨の顔が浮かんでいるからで、一応元人間らしい。
「さてみんな、次の作戦だが……」
椅子に座ったまま両手でぐっと姿勢を前のめりにして、次の計画を部下達に説明するハーデス、前回は落とし穴を掘り、買い物帰りの勇者を狙ったが逆にボコボコにされ、前々回は勇者の一軒家を遠距離魔法で破壊した途端、鬼のような顔でアジトまで走ってきては袋叩きにされてしまう散々な結果。
しかし今回はいつもと違った、内容は北の魔王本部から精鋭、つまり助っ人が来るという特別な話だったのだが。
「すいません、お酒おかわり」
その作戦も失敗するだろうとサラは興味なく、料理を食べながら店員に酒のおかわりを注文する。
「必ず、いや明日で奴の肉、心臓をも奪ってやろう、ふははははは!!」
「あのー、他の魔物に迷惑なんで声小さく出来ますか?」
ハーデスは笑いをピタリと止めた。
「あ、すいません」
注意され、ゴホンと1つ咳払いしてテーブルに寄りかかったハーデスは先ほどより声を小さくして、明日はお前達も頼むぞ、と部下達が勇者撃滅に奮起するよう呼びかける。
「明日こそは我ら魔王軍に勝利を!!」
「「勝利を!!」
「だからうるさいです」
店員は再度魔王とその掛け声に合わせる部下に注意をした。
……迎えた次の日、白い髪をしたロリっ子少女が、北国で人気のお土産を持ったまま中央国まで魔王のアジトまで訪問してきた、さっそくハーデスは勇者に向けてお前の命もあと数日だ、という内容がわからない手紙を送り、返事がなかったので日が昇りかけの朝方に勇者の家までやってくる。
「おい勇者!! やるぞ!!」
「んー……」
「今回は北国の魔王、ミスト様がお前の相手をする!!」
「んー? んーっ」
アティアは凄く眠そうで、同じ言葉しか返事をしなかった。
「へんてこな服を着てないで鎧を着ろ、やるぞ!!」
「うるさいなあ……」
しばらくして目があまり開かないまま、フラフラと魔王の後を歩くアティアは両者が戦いやすい条件である広い平原まで連れてこられる。
「よくきたな勇者アティア! 可愛い後輩の借り、返させてもらうぞ!!」
ふああ、と眠そうにあくびをする勇者アティアの前に腕を組んだまま偉そうに立つミスト、北の魔王代表取締役であり、ハーデスとは先輩後輩の関係性となっている。
「昨日……あれ、干した洗濯物取り込みたいから、手短にね」
もはやアティアの頭には敗北や死亡という2文字はなかった、それどころか昨日の洗濯物が誰かに盗まれないかぼんやりと心配しており、その余裕そうな態度にプルプルと身体を震わせるミスト。
「おい……あいつ魔王をナメてるだろ?」
「まあハーデス様が相当負けましたからね、相手にされなくても仕方ないかと」
と、ハーデスの近くで立っていたサラは戦う気力もなく言う、ハーデス達の先頭に立っていたミストは後ろに向けて今から本当の恐怖を見せてやると、どやっとした顔で勇者に向かって行ったが。
「ちょ……まいった!! って痛い痛い痛い折れる!!」
ハーデス達が見れたのは勇者の死体ではなく、片腕をアティアの両方の足で固定されたまま、曲がってはいけない方向に曲げられている涙目のミストだった。
「ねえハーデス、弱すぎないこいつ?」
「痛い痛いいたいーっ!!」
正確にはミストもハーデスも弱くはない、『人間が住んでいる地域では最強』の存在が魔王になるので、間違いなくアティア以外だったらあっさりと決着がつくはず。
ただアティアがそれ以上に異質だった、幼少期から剣の天才と言われ、近辺にいた男子達は力でも敵わず、大人になる頃には世界最強とまで言われていた、なぜこの名前が世に広まらないのかと言うと、アティア自身魔王を倒す旅をするより、農業してイチゴやジャガイモ、可愛い花を育てる方が好きだったからだ。
「はい私の100勝、で、あんた達今日ひま?」
パンパンと芝生を叩くミストを見捨てるように立ち上がったアティアは、既に魔王達と勝負をする気はなく、畑の手伝いをさせようとする。
「黙れ勇者! 我が同胞の仇を――」
ハーデスが言い終わる前に勇者が『無詠唱』で放った龍の形をする極炎の魔法が頬をカスめ、直撃すれば即死級に間違いなく。
「暇なのか暇じゃないかって聞いてるんだけど?」
勇者はニッコリと微笑み、カチコチになったハーデスの肩を軽く叩きながら……片方の手には炎の塊を脅しの道具として見せつけていた。
「ひ、暇ではあるが」
「あーよかった、それじゃ畑仕事手伝って、そのちっこいのもね」
「誰がちっこい――」
ずんずんと笑顔で近寄って来るアティアに怯えたミストは言葉を止め、わ、わーいやりたーいお姉ちゃんと顔に焦りを浮かべながら発言した、その様子にサラだけがやれやれという身振りをする。
「まあこんなもんね、しかしあのちっこいの……全く役に立たないじゃない」
額に溜まった汗を拭い、伸びをしながらアティアは途中で転移魔法を使って北国へと逃げ帰ったミストをけなす、それもそのはずで、クワを持って日が沈むまで『敵』である人間の手伝いをされれば、嫌な顔一つしないというのもおかしな話である。
「じゃあ我らはこの辺で……」
「待ちなさい」
「ひっ」
帰ろうとするハーデス達だったが、アティアは逃さないとハーデスの腕を掴んだ。
「今夜奢るわよ、手伝ったお礼に」
当然断るつもりだったハーデスの口をパッと塞ぎ、サラが喜んでお願いをしたので3匹は円陣を組むように耳打ちをする。
「ど、どうしてだサラ」
「魔王様、酒を飲まして勇者の弱点を吐かすというのはどうでしょう?」
「おお!! さすがだサラ!!」
感心するハーデスにガイコツもまた素晴らしい、とサラを褒めるが彼女の本音はタダ飯と酒を頂きたかったからだけど、という真実を胸の内に隠されたまま勇者共々飯の食える街へと向かった。
「お、おいアティア、そいつら魔物と魔王じゃないか!?」
「魔王です」
「その部下です」
幸いなのか夜は人通りがなく、魔王と気付かれずに済み、その立ち振る舞いはまるで人間のように丁寧に返事をするハーデス達に店のマスターは動揺を隠せなかった、マスターはアティアに人間と魔王が争っている今の世界情勢について話すが、世界の事についてアティアはあまり興味がなく。
「いいじゃない別に」
と、勇者である使命でさえ興味ないかのような、無責任な発言をした。
「いいじゃないってお前なあ……みんなが期待している勇者様がそんな事を――」
「いいの、さあマスター、全部私が払うから適当に料理を出して頂戴」
ジロジロと魔王達を見たところ、一応人間に危害は加えなさそうだと判断したマスターは、ドアに付けられた看板を『閉店』として渋々迎え入れることにする。
「だぁーかぁーらぁー、私だって勇者の責任をぉしつけられて、腹が立ってんのよお」
しばらく酒を飲み、顔が真っ赤になったアティアに対しハーデスはもう飲まない方が良いぞと優しく止めたが。
「これなにー? たづなー?」
「や、やめろアティア!」
「走りなさい、馬みたいにさあー!!」
「いたたっ!! 引っ張るな愚か者!!」
止めた事が逆効果で、乗り物のように酔っ払ったアティアにハーデスはいじられる、2本のツノをハンドルのように右へ左へと振られるのを見ていたサラはクスリと笑い。
「勇者は酒に弱いね」
11杯目の一升瓶をテーブルに置き、他人事のように述べた。
「おい、そろそろ日が上がる頃だ、酔った勇者なんて迷惑だからどっかで寝かしてやんな」
どこか、と言われてもという顔のハーデスに、サラとガイコツは優しく言葉をかける。
「私達のアジトでいいんじゃないー?」
「しかしサラ……」
「優しく介抱するのは男の務めです魔王様」
「ガイコツまで……むう、仕方あるまい」
おんぶして勇者を運んできたハーデスは、鎧を外してアティアをベッドまで寝かしつける、それが終わる頃にはすっかりと朝になり、乱れた服とすーすーと眠るアティアを見て、ハーデスは何かやらしい事をした後のように見えたのか頬を赤くした。
「こうして見ればただの女なのにな……」
そこでハーデスはピンと閃く、今ここで無防備のアティアを仕留めてしまえば良いと。
「長きに渡った願いが、こんな形で叶うとは」
爪を立て攻撃モードになるハーデス、ゆっくりと寝顔のアティアに近づき、喉元の皮膚まで爪が近づいた途端……ピタリと止まった。
どうして止まったのかは本人もわからなかった、ただ今までの戦いで勇者は不意打ちや卑怯な真似など一切していない、これではフェアになっていないと魔王は伸ばした爪を引っ込める。
「まあ、いつでもやれるだろう……」
そう言って一緒のベッドに入らず、ハーデスは床で眠った。
「コーヒー、それとお菓子」
次の日、優雅に2階のバルコニーで昼過ぎの時間を楽しみながらアティアはハーデスに様々な申しつけを繰り返す。
「やはりあの時殺しておくべきだった……」
とブツブツと後悔を述べながら、矢のように振ってくる要求に応えるエプロン姿のハーデス。
「それにしてもあんた、立派な屋敷に住んでるのねー」
「逆になんで貴様はあんな貧乏な家なんだ、人類が誇る勇者だろう? 豪邸だって国から保証されてもいいはずだ」
渡されたコーヒーをスッと手に取って一口頂くと、アティアは2階のバルコニーから小さくなった中央国を眺める。
「私がいらないって言ったの、勇者なんて自分の手を汚したくない者達がなすりつけた身勝手な役職よ」
1人ぼっちのように少し切なそうに風景を眺めていたアティアは、ハーデスのような自由気ままな暮らしを求めているかのようにも見えた、その様子を静観していたハーデスはアティアの対面に座ると、人間は自由に生きられないものなのだなと感じ取る。
「子供の頃からあそこで生まれて、天才だの最強だのはやし立てられ……気が付いたら私に戦いを挑む者なんて1人もいなくなっていた、影では早く魔王を倒せ勇者だの、あいつこそ魔物に近い化け物だとか、言われたい放題よ」
椅子から立ち、国の方へ目線を外したアティアはハーデスを見て、嘘偽り無い本音を伝える。
「アンタ達魔物だけよ、”対等に”私を見ていたのはね」
「……」
「コーヒーとお菓子おいしかったわ、じゃあ」
勇者と魔王の間に上下関係はなく、むしろ清々しさを感じるほど勇者は対等であろうとしてくれた、それは今までの100戦で感じ取っていたハーデスは、彼女の気休めになるような言葉を気が付いたらかけていた。
「また、食べに来い……いつでも、待っている」
ポリポリと頭をかき、照れながらハーデスの放った言葉はとても小さい声だったが、しっかりと聞こえたのかアティアは振り返らず手を上げて軽く振り、屋敷を出る。
その様子を部屋の中から見ていたサラは、でろーんと椅子に寛ぎ、食べ物に痺れ毒とか入れないのが魔王様の甘いとこだよなあともっともらしい事を呟いた。
「え、全魔王を集結して勇者を倒す?」
突然行われた各地域の最強魔王達が集う作戦会議にて言われた一言に、キョトンと困惑するハーデス。
「ああ、貴様達では不甲斐ないからナ」
「お前達は魔王軍の中でも最弱ダ……」
西の魔王支部、東の魔王支部が口々に不平を言う、それに対しミストとハーデスは何も言い返せず、じゃあアンタ達がどうにかしなさいよとミストが言ったのが計画の発端だった。
作戦は中央国に住む街の者達を人質にし、手が出せなくなったところで一方的に勇者をなぶり殺すという理不尽な内容だったが、既に失敗しまくっているハーデスに発言権はない。
「これはまずいぞ……」
会議が終わり、上空を飛行しながらハーデスは呟く、唯一出来る事は作戦を邪魔せず、国から少し離れた勇者の家に訪れて恐ろしい作戦内容を伝えるのみ、少しでも早くとキョロキョロと見渡して勇者の家を探していた。
「あった、おいアティア!! 貴様に――」
ドシン、と地上まで降りてきたのは良かったが、その風圧と勢いで辺りに干していた洗濯物は吹き飛び、土の汚れが付着して干し直しになってしまった、するとニコニコ気分だったアティアの表情は怒りの顔に変貌する。
「あ……アンタねえ!!」
「はうあっ!!」
渾身の右ストレートにハーデスはクルクルと2回転して顔から落下する、なにをすると立ち上がると汚れた洗濯物を見せるとお昼の快晴の中、しばらく2人の怒声が飛び交った。
「ふう、ふう、喧嘩している場合ではないのだ!!」
「じゃあ何よ!! さっさと洗濯物集めなさい!!」
言われた通り仕方なくハーデスは洗濯物を集め、2人でせっせとカゴに入れながらハーデスは伝えなければいけない事を言った。
「魔王軍が集結して貴様の国に攻めてきている、民を人質にし、無抵抗な貴様をおびき出そうとしているのだ!!」
「はあ? なんでアンタがそんな人間側に有利な事を言うのよ?」
「貴様とはフェアに戦いたいからだ、こんな形での決着は望んでいない」
「なるほどねえ……まあアンタの事だから嘘は言ってないんだろうけど」
落ちた洗濯物をカゴに入れ終わると、アティアは再度洗おうと川がある森の方へと向かう、それは街から反対方向であるのにハーデスは警告をする。
「お、おい! どこへ行く!?」
「もっかい洗うの、どっかの誰かさんが汚したから」
「話を聞いていなかったのか!?」
「聞いてたわよ、街の人達が困ってるのは今まで散々勇者に頼っていた罰でしょ?」
「お前の同族が死ぬかも知れないんだぞ!!」
「あのね……人間はあまり同族意識がないの、だから私の知らない人が殺されようが知った事じゃない」
「それでも勇者か!?」
勇者だから、その一言はアティアにとって一番聞きたくもないし、まして人間側ではない魔王に言われてほしくなかった、吐き出したい言葉達が急に湧き上がると、カゴを落としたのにも気付かないほど文句を叫ぶ。
「勇者勇者って、みんなうるさいのよ!! 勇者だから何、街を救えって!? 強いんだから人間達が安全に暮らせるように務めろ!? だったらあんた達が強くなればいいじゃない、誰かを守れないなら守れるほど強くなってよ!! ……私の自由って、一体どこにあるのよ」
私だけに全てを押しつけないで、と泣きそうな顔でカゴを拾い、言葉を失ったハーデスにアティアは魔物のアンタには一生わからない問題よね、と最後に捨て台詞を吐き、森の中へと入っていった。
「アティア……」
対等だからハーデスには本音を言えた、種族と立場は違えど、お互いがお互いの事を理解しているから言葉でぶつかり合えた。
勇者と魔王の苦労が違っているからこそ、ハーデスはアティアの事をわかろうとした、魔王軍は『魔物』であるハーデスに期待などされていない、死んだら死んだで代わりの『魔物』が魔王になる。
……でもアティアは違う、死んだら『勇者』の代わりはいない、人間達が安全に暮らせるよう力を振るい、人間達が困っていたら『勇者』として、どんな絶望的な状況でも剣を持たなければいけない。
だから、その負担を軽くしたい?
ハーデスの思考の底から出てきたのは、アティアを思う優しさだった、彼女が幸せに暮らせるにはどうしたら良いのか、そんな事を立ち尽くしながら考えていると、空の色が怪しげな紫へと変わる。
「始まってしまったか……!!」
いよいよ魔王軍が動き出した、人類に絶望を植え付ける為、中央国を狙って何百匹の魔物達と各地域の魔王が編隊を組んで飛行する。
「ハーデス、お前はこの状況をどうする? 魔物に逆らうか、魔物として受け入れるのか……」
チラリと視界に映った複雑な顔で見上げるハーデスに、ミストは風の音にかき消されるほど小さな声で言った。
「みんな逃げろー!!」
「魔王だ! 魔王軍が攻めてきたー!!」
カンカンと非常を知らせるベルが鳴り響く中央国、辺り一面は炎に包まれ逃げ出す者達は魔物達に捕まり、次々と建物を攻撃魔法で破壊していった。
「ふははは!! これが魔王軍の力ダ!!」
「人間共よ、怯えろ、泣き喚くが良いワ!!」
怯える子供達の目と、ガクガクに震える人間達を見て喜びの声をあげる魔王達、その近くにいたミストはこんなやり方では勝利とは思えないという表情で、仕方なく街を攻撃していると。
「……来たわよ」
ミストが言った途端、1匹の魔物が悲鳴をあげた、全員がその場所を見ると剣で真っ二つに斬ったのか、消失していく魔物と青色の血が鎧に付着したまま子供を守ろうとする『真剣な』表情のアティアの姿が映った。
「さっさと来なさいよ、洗濯物洗わないといけないんだから」
その姿はいつもの気怠そうな勇者ではなく、街を守る使命を背負わされている諦めでもあり、自分を必死に殺しているようにも感じ取れた。
「来たか勇者ヨ!!」
「今日こそがお前の命日ダ!!」
ミストはこんな卑怯なやり方は望んでおらず、手を出す気はなかったが作戦通り人質の国王を魔王軍の1人が片手で掲げ、反抗すればこいつの命はないとアティアに脅しつける。
「……ったく、真面目なあいつと違ってコイツらは卑怯の極みね」
「何とでも言うが良い! 勝てばよいのダ!」
やはりこの勝ち方では納得がいかない、そう思って止めようとしたミストだったが、上から聞こえた叫び声に希望の叫びを放つ。
「ハーデス!!」
上空から飛んで来たのはハーデスだった、アティアとすれ違い、地上スレスレに滑空しながら魔王が掴んでいた人質を奪い取り再度空へと登っていく、笑顔を見せたミストは追いかけるように空を飛んでしまい、何が起こったのかと裏切られ困惑した魔王達は動き止めてしまった。
……そのスキをアティアは見逃さない、素早い剣撃により2匹の魔王を瞬殺し、消えていく際に覚えていろよと三下のような捨て台詞を吐き、空は綺麗な青色を取り戻す。
「やったあ!!」
「ありがとう勇者様!!」
そんな事より消火活動を、と叫ぶアティア、感謝の言葉を受け取る前に人々の安全と不安を拭う為に、勇者は必死に力を振るい、奇跡的にも犠牲者は出ずに済む。
「……どうして人間を助けたの?」
その夜、いつもの緑溢れる平原でアティアとハーデスの2人は対峙していた。
「まともではない戦いに納得がいかなかった、恐らくミストも同じ気持ちだったであろう」
「魔物ってのは卑怯なイメージがあるけどね」
「勇者はもっと真面目なイメージを持っていたが?」
「じゃあお互い勘違いしてるみたいね、アンタは意外と誰かを思ったりする」
「貴様は……責任を背負い過ぎるな」
地面に座り込み、月を眺めるハーデスに合わせるように近寄ったアティアは隣に座った。
「勇者だからね、仕方ないのよ」
「もし……もしだ」
「ん?」
ハーデスは照れそうに言う。
「貴様が今の使命を捨て、我と暮らそうと言ったらどうする?」
「……それ、プロポーズ?」
「ち、違う! だが貴様が辛そうにしてるの見て思った、アティアは……勇者は幸せになってほしいと」
輝く月から目線を外したアティアはぷにっとハーデスの頬に一指し指を当てると、その意外な行動に思わずビクリと距離を取るハーデス、そんな慌てたハーデス顔を見て、アティアはニコッと嬉しそうにして。
「気持ちだけ受け取っとく、私は勇者だからさ、死ぬまで背負っていくよ」
「アティア……」
な、なに、と言いながらも何となくハーデスからの好意を受け入れようとしていたアティアは、一言名前を告げた後、黙ったまま手を伸ばしてくるハーデスの手が優しくアティアの肩に触れ、近づいてくる顔に拒絶をしなかった。
「ち、近いよハーデス」
2人の唇はゆっくりと近づき、触れそうになったその瞬間にアジトのドアが勢いよく開かれ。
「魔王様素晴らしい作戦を思いつきましたよ!! ……なんで2人で抱き合ってるんです?」
バッと両者は顔を赤くして離れ、動揺して立ち上がるとガイコツに強く返事をする。
「勇者と魔王が仲良くなれば、種族の争いも無くなるという作戦を考えてみたんですけど……」
上手いこと顔に重なるようにガイコツを持っていたサラは、横にズラして思いついた作戦を伝えたが。
「その作戦は既に行われていたみたいですね」
なっ……と驚いた顔をしたアティアは、これが作戦の一部だと勘違いして眉を歪ませると怒りの感情が溢れ、拳をハーデス目掛けて構えた。
「まっ、待て! 別にお前を思ったのは作戦なんかではなく――」
ドゴンと鈍い音がし、サラはよく飛んだなあと星のように消えていくハーデスを平然とした顔で眺める。
「ま……魔王さまー!!」
ガイコツの叫び声が3回響き、ぷんすかと頭の上に煙を出しながらアティアは歩いて家まで帰っていく、仲良くなれそうだった両者は振り出しに戻り。
「今日こそ終わらせてやるぞ勇者よ!!」
迎えた次の日、既に片目がぷくっと腫れていたが、今日もハーデスは呆れ顔のアティアに戦いを挑む。
「アンタ、なかなか懲りないわよね」
「今度こそ奪ってやる、貴様の心臓をな!!」
「簡単にやるかっての」
クルリと剣を1回転し、いつもの余裕そうな態度で応対するアティア、しかしどこか悪くはないという顔をしていた。
「魔王様、今度こそ勝てますよ!!」
「うーん、まーた負けるでしょ」
レジャーシートを敷いて、気持ちの良いポカポカの太陽を浴びつつおにぎりを一口頬張るサラ。
「「行くぞ!!」」
剣と魔法が飛び交い、成長したのか魔王はいつもよりやられずに粘っていた、最強の勇者から見た最弱の魔王……立場も生まれた環境も違ったが、2人はどこかで通じ合う部分が何度もあった、通じ合うからこそこれまでお互い気持ちをぶつけられた。
私を倒したい?
私を愛したい?
どっちかよくわからないハーデスの思いに、アティアは私と同じ不器用な人なんだなとクスリと笑うと、いつかハーデスが勇者としての責任を断ち切ってくれる事を望んでいた、もしそれが出来るのなら。
「……貴方を愛そうかな」
「何の話だ!!」
「こっちの話……よ!!」
「ぐはあ!!」
魔法をはじき返し、吹き飛ばされたハーデスに向け、これで私の101勝目ねとアティアは呟くと、上空から降りてくるミスト。
「今度は私が相手よ!!」
満更でもなさそうな顔でアティアは剣を握り直す、ほんとアンタ達は自由ねと言って。
干した洗濯物の事を考えつつ、面倒くさそうな態度でアティアは戦いに挑んだ。
【最強の勇者から見た最弱の魔王 ~私を愛したいのか倒したいのかどっちなのよ~】
おわり。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
お気に召しましたら他の作品もどうぞ。
『999人で組むパーティの最後尾、その999人目の俺はパーティから抜けたら急に覚醒して、入る人数によって弱くなっていく。 ~今更パーティに戻ってきてくれと言われても今の暮らしが気に入っているから断る~』
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『【ファンタジー多め】短編集とネタ帳置き場』
https://ncode.syosetu.com/n2890gy/
→短編物は全部ここにまとめました、皆さんの暇つぶしに少しだけなると思いますので是非読んでみてください。