反抗のナイフ
この世は不条理に満ちている。
勝てば官軍、負ければ賊軍。こんな言葉があるように。
第二次世界大戦中に東京や横浜などの大都市を焼け野原にし
た大空襲を指揮したカーチス・ルメイは、
当時の日本国民から「鬼畜ルメイ」や「皆殺しのルメイ」と呼ばれていた。
そんな彼は戦後のとあるインタビューで、
「もし戦争に敗れていたならば、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう、しかし幸運にも我々は勝者になった。」
と残しており、強者又は勝者こそがこの世の上に立つ存在だと歴史が語っている。
また、日本の航空自衛隊育成に協力した為、勲一等旭日大綬章を授与している。
この様な例があるように、この世には不条理が存在する。
一度は言われたことがあると思うが、「何でこうなった」と聞かれ、理由を説明すると、「言い訳をするな」と言われる様に
この世には常に勝者だけが発言を許されている。
そんな僕はこの世の中でいう敗者側の人間だ。
何をするにも要領が悪く、これといった特技もない根暗な僕は、片田舎から親の事情で引っ越してきて、都会の学校に転校する事になった。
そんな田舎者の僕は転校した初日から都会の住人に目をつけられ、そいつらは言葉巧みに僕に近づき、一週間もすれば、僕はそいつらの奴隷になっていた。
呼び方は「田舎者」や「根暗メガネ」、「豚」等、酷い言われようで、パシられるのは当たり前、命令に逆らえば、殴られる、
地獄のような学校生活が始まった。
そんな僕がなぜ学校に行くのかというと、ある一人の女性がいるからだ。
その女性と出会ったのは、僕がいつものように一人とぼとぼと帰っていると、後ろから奴らの一人が僕を蹴り飛ばし、
階段から転がり落ちた、カバンの中身が辺り一面にばら撒かれ、奴らはゲラゲラ笑い走り去る。
僕は立ち上がり、散らばった物を集める。
道行く人は僕を見てクスクスと笑い歩いて行く、そんな惨めな僕が物を拾っていると、一人の女性が立ち止まった。
その女性は髪を金色に染め、耳にはピアスを付け、軽くメイクをしている言わばギャルだった。
僕は一瞬「うわ、ギャルだ」と思ったが、次の瞬間そんな考えは無くなった。
彼女は隣に座ったと思ったら一緒に拾ってくれた、それがその女性との出会いだった。
全てを拾い終えると、彼女は何も言わずに立ち去ろうとする
僕は咄嗟に声を掛けた。
「あ、あの!」
彼女は振り向く、すごく整った顔立ちだった、メイクをしているせいなのかその顔は人間国宝といって差し支えないぐらいのべっぴんさんだった。
僕は顔が赤くなる、何も考えていなかった。
モジモジしている僕を彼女は見て、「大丈夫?」と話しかけてくれる。
僕は、「う、うん。」と返事を返す。
彼女は「なら、よかった、じゃあ気おつけて帰りなよ。」
と歩いていく。
僕は口を開き、「あの、な、名前は!」と喋り、続け様に、
「お、お礼をしたくて。」
彼女は振り返り、「伊藤花菜、それが私の名前、別にお礼なんていいよ、困った時はお互い様だからね!」
ニコッと満面の笑みを浮かべ、時計を見てバイトの時間だ!と言いながらバイバーイ!と走り去っていった。
一人残された僕は、ポツンとたたずみながら胸に手をやる。
僕の心は激しく高鳴っていた、これが恋なのか、この胸の高鳴りが、恋と言わずになんというのか。
それが彼女との最初の出会いで恋に落ちた瞬間だった。
ある日の昼休み、一人でパンを食べている彼女がいた。
僕は彼女にお礼が言いたくて、近づくと彼女は音楽を聴いていた。
名前を呼ぶ………………気づかない。
再度名前を呼ぶが、全然気づかない。
満を持して、肩に手を当てると猫のように飛び上がった。
「うわ!ビックリした!」
根暗な僕は会心の一撃を受けた、くぅ、ここまで自分の影が薄いとは。
「どうしたの?」尋ねる彼女。
「いや、この前はありがと、それを言いたくて。」
彼女は、「いいって言ったのに」
僕は続けて「何聞いてたの?」と話しかけると、彼女は、
「2人はプリティア」と話した。
説明しよう!
2人はプリティアとは、毎週土曜の朝8:30から放送される少女向けアニメであり、2人の中学生が変身して悪を滅する話なのである!内容は至って端的で、1話ごとに違う悪が出てきて変身したプリティアがそれを滅ぼす、変身シーンの演出や声優の声が完璧にマッチしたおり、国民的アニメとして
根強いファンも居るとか居ないとか。
そんな僕もファンの1人であり、静かに語り合える中を探していた。
「2人はプリティア僕も見てるよ」と話すと、
彼女は目の色を変えて、熱く語り出した。
「本当!因みにどっち派?」
僕は、メガネをクイッと上げ、「勿論、ホワイト」
彼女はガッツポーズを掲げ、「同志よ。」と喋る。
そこから彼女との会話は膨らみ、連絡先も交換する事に。
初めて母以外の女性の連絡先が僕の携帯に…この現実に心を喜ばせていると、彼女は「明日もこの場所で話そうね!」と話した、僕は、「うん、分かった」と顔を平静に保ちながら話す心の中では羅王顔負けのガッツポーズを決めた僕がいた。
次の日、奴らの嫌がらせを掻い潜り、例の場所に行くと、
彼女がいた、今日も可愛い、と思いながら近づく。
二人で熱く弁論していると、奴らが来た、見つかってしまった。
「根暗メガネよォ、なに逃げてんだあ。」
ゾロゾロ集まり僕達の周りに5〜6人の男どもが集まる。
「おい、メガネ、この子誰だよ」ニヤニヤしながら伊藤さんに
ちょっかいをかけ始める。
僕は、「やめろよ」と言いたかったが怖くて言えない、ただプルプル震えているだけだった。
その時、彼女が立ち上がり、思いっきり目の前にいた男の股間を蹴りあげた。
男の顔が青ざめる、周りの男どもが近寄り、心配の声をかける。
その隙に彼女は僕の手をとり、走り出した。
暫く走り続け、僕の心臓がはち切れそうだったから彼女に
「ま、待って、止まろう」とゼェゼェ言いながら話しかける
彼女は止まり、使われていない教室に入った。
二人でゼェゼェ息を切らしていると、後ろから足音と共に、どこ行きやがったという声が聞こえる。
僕達は声を潜め、隠れる、足音が遠くなって行く、行ったようだ。
「何で助けてくれたの」という僕の問いかけに
「困った時はお互い様だからね」と彼女は喋る。
しばらくして2人は教室からでて奴らに見つからないように家に帰った。
家に帰り着いた僕は、ベッドに顔を埋める。
また、助けられてしまった。今度は僕が彼女を助ける番だ
そう心に誓いながらも行動できない自分の情けなさに辛くなり、枕を涙で濡らした。
その夜、親父に「もし、母さんが危機的状況になった時、親父はどうするの?」と尋ねると。
「自分を犠牲にしてでも助けるよ」即答だった。
「犠牲にするってどこまで?」
「勿論、自分を犠牲にするんだから俺が死んでも母さんが生き残ればそれでいいよ。」
男の中の男の発言だった。
僕は、分かったと小さく返事をし、部屋に戻った。
その夜、僕はポケットナイフを制服に直した。
次の日、遠くに彼女の姿が見える、いつもの様に一人で歩いている彼女に声をかけようとすると、空き教室に連れ込まれた。
僕は走って見に行くと、そこには奴らがいた。
ケダモノの様な目で伊藤さんを押さえつけている。
「しっかり抑えろよ。今からお楽しみなんだからなぁ…」
とリーダー格の男が話す。
伊藤さんは必死にもがいている、しかし普通の女子高生が男子高生に勝てる訳もなく動けない。
僕と伊藤さんの潤んだ目が合う。
その目は「助けて」と助けを求めていた。
僕の心臓がドクンと大きく高鳴る。
ポケットナイフを握りしめる、ドアをバン!と激しく開け、後ろを振り返ったリーダー格の男の胸元にナイフを突き刺した。
じわりと赤く染る白いシャツ、手にはヌメっとした血の感触
じたばたと暴れ回る男は次第に動きが遅くなり、動かなくなった。
他の二人は青ざめた表情を浮かべたと思ったら走り出し逃げていった、伊藤さんは驚いて状況を理解出来ていない。
僕は、伊藤さんに話しかける。
「ようやく、君を守ることが出来た、奴らはケダモノだ、ケダモノを殺した、殺したんだ。」
両手を震わせながら話す僕に、伊藤さんは泣きながら僕の胸を叩く。
「バカ、バカ、バカ!なんでこんなこと!」
悲痛の叫びが聞こえる、彼女は泣いていた。
「初めて出来た友達だったのに、なんで!」
綺麗に整った顔が涙でぐしゃぐしゃになる、これじゃべっぴんさんが台無しだ。
「君は僕を守ってくれた、救ってくれた、あの地獄のようなような毎日に現れた救世主なんだよ。そんな君を今度は僕が守る番だ」
泣きじゃくる彼女の体を僕は抱きしめ、僕は天に誓う。
もし神がいるとするならば、僕が犯したことは到底許されることではないのかもしれない、しかし、初めて恋に落ちた一人の女性を守ることが出来たのなら僕の行動は間違っていなかったと思いたい。
この世には数多もの不条理があるが、これは弱者の僕が強者の奴らに立てた反抗のナイフなのだ。