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デレが強くなるルルーミネ
所狭しと道を挟んで並ぶ露店。商人が客を呼び、値下げ交渉が行われ、売買が成立していく。
活気あるマーケットに足を踏み入れた途端、その場にいた人々がこちらを見てざわめき始める。
一瞬、建国記念パーティーを思い出したが、内容が聞こえてすぐに上書きされた。
「リュシオン・ドクマール皇太子様だ!」
「一ヶ月ぶりかしらねぇ? 今日は奥方様へ何を買われるのかしら?」
「いつ見てもお熱い二人、羨ましいわぁ……」
「尊い……」
密着して先を歩くリュシオンとメランコリーに視線が向いている。
考えてみれば、変装も何もしていないからすぐにわかってしまう。ただ、聞こえてくる話からは、いつも変装などしてないようだ。
概ね好意的に捉えられている二人の後ろに、ルルーミネとレイド。周りの視線がこちらに向いた。
「まぁ! 後ろのお嬢様、すっごい別嬪さんだ!」
「皇妃様に似てらっしゃる。もしや、聖側で育ってた皇女様では?」
「だろうな! あの顏、スノーの血が濃く出てるぜ!」
「「じゃあ、隣の冴えない小僧は?」」
冴えないのではない。能力を隠しているだけだ。
そう告げてやろうとしたが、ルルーミネだけが知っていればいいので止めた。
だが、レイドにも聞こえていたらしい。目を輝かせて周りを見渡していたが、声に怯えて明らかに気落ちしている。
貴族の陰口を思い返したのだろうか。
落ち込むレイドを見ていると、ルルーミネも悲しくなる。
元気づけと周りからの視線を隠す為、レイドをすっぽりと腕の中に収めた。周りから感嘆が響く。
「る、る、ルミさ、ま?」
「気にしないで、レイド様。私の声だけ、聞いていて?」
「ひぇっ、あの、近いです近いです! お、お、お胸、が!」
「レイド様の物ですわ。いくらでも、欲望のままに、お触りくださいませ?」
「ご自分を大切になさってください!?」
腕に力を込め、できる限り密着する。無駄に育った胸がレイドの後頭部に当たり、レイドは湯気が出そうな程に赤くなった。
自分の行動ですぐ赤くなるレイドは、何度見ても可愛いとしか言えない。飽きることは無いだろう。
レイドを存分に堪能していると、次第に周りの声が変わった。
「おい、あれがスノーのお気に入りってやつか? 初めて見たぜ」
「オレもだ。いやー珍しいもんだ」
「やだ〜あの子、反応が初心すぎてかーわいー」
「ちょっとよしなよ。スノーに氷漬けにされるわよ?」
「尊みが二つとか尊死するしかない」
ルルーミネありきの評価だが、先程の陰口より遥かにいい。現に、茹でダコ状態で腕の中にいるレイドから、緊張が解けた雰囲気を感じた。
それでも、レイドに目をつけた女がいるようなので、このまま離さないようにしなければ。
ふと、レイドが戸惑いがちにルルーミネを見上げてきた。赤面の上目遣い、腹部の奥が疼く。
「あ、の…………勉強不足で、申し訳ないのですが………………スノーとは、何でしょうか……?」
「マイナーな種だから仕方ないさ。よし、オレが説明してあげよう!」
「急に入らないでお兄様。私がするわ」
「別にいいだろ? 義弟との交流も重要だ!」
「リューくん、飲み物買いたいわぁ」
「すまん義弟。急用ができた」
「え、あ、大丈夫、です」
メランコリーのお強請りに、手の平をくるりと返したリュシオン。そのまま、メランコリーの腰を抱いて希望の露店へと向かっていく。
一瞬メランコリーが振り返り、Vサインを送ってきた。またもや、気遣ってくれたらしい。後でお礼をすると決め、レイドに耳打ちする。
「ドクマール魔帝国の王族には、ヴァンパイアの血が強く出る。馬車の中で、お話しましたわね?」
「は、はい。聞きました。だから、ルミ様はあの状態でも生きておられたと……」
「ええ、父方が王族でヴァンパイアの血筋。スノーは母方の血筋ですの。氷魔法に長けているけれど、代わりに感情の表現力を失ったと言われておりますわ」
「そうなのですか? ルミ様は分かりづらいだけで、感情豊かな方ですのに……」
ルルーミネの事を自分のことの様に思い、悲しそうな表情をするレイド。なんて優しいのだろうか。堪らず、さらに身体を強く抱きしめた。
コルセットで邪魔をされているが、丁度胸の中心に頭が来るように抱える。そのまま自身の心臓の音を聞いて欲しい。
レイドも抵抗するが、ルルーミネを傷つけない為か手足をばたつかせるだけだ。腕を無理やり押しのけようとはしない。優しさの塊だ。
暫くして、レイドが弱々しい抵抗を止めてから、話を再開する。
「スノーの血が濃く出ると感情が全く表に出ず、亜人達からも氷と揶揄されるそうですわ。でも、スノーはとても一途ですの。心から愛したい、愛されたいと思った相手を決して手離す事無く、生涯共に居続けますわ。その執着も、血が濃い程に強く出ましてね? 傍から見てもわかるから、スノーのお気に入り、そう呼ばれますの。今のレイド様のように」
そう言って覗き込めば、レイドはまた顔から熱を発して固まった。
それさえも愛らしくて、口角を上げようと力を入れた。残念ながら動かなかった。
スノーの一途さなど、数時間前までは信じていなかった。
残念な頭の婚約者に、兄という立場のはずなのにろくでもない男、それらを騙して上を目指す平民女。
見た目の異質さに陰口を叩く、地位しかない男女達。大国との縁に目が眩みルルーミネ自身を見ない国王夫婦。
カーマイン公爵はまともだが、それ以外が酷すぎた。もはや感情を出す必要性すら感じない環境で、つまらない世界。
早く本当の国に戻りたいと思っていたが、王命で結ばれた婚約は自分から切ることが出来ず。
やっと向こうが破棄の方向に動いたと思ったら、まさかの斬首。
呆れてため息も枯れ果てた。だからこそ、そこに現れたレイドは輝いていた。
遠くからでもルルーミネの感情の起伏を読み取る程に愛してくれる、愛するが故に理不尽に唯一逆らった勇気ある人物。
惚れない女などいるはずない。
スノーは雪女を想像してください。
混血でいろいろな血がある中、占める割合が多い亜人の特徴が発現します