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短めです
瘴気は目には見えないが、魔側全体を薄く覆っている。その判断は単純で、昼夜が反転しているのだ。
青空を照らす赤い太陽の光を群青に変え、夜を照らす黄色の月や星の仄かな光を橙に変える。
初めて境を超える者で驚かない者はいない。
そう言われている通り、真夜中の空が昼間の空へ変わり、レイドは外を見てはしゃいでいる。ルルーミネはその背中を微笑ましく眺めていた。
後ろ姿でも愛らしさが止まらない。あの王子の不快な背中やあの愚兄の不愉快極まりない背中と大違いだ。
モンポット王国からドクマール魔帝国までは、ペガサスでおよそ六時間。
魔帝国側からの迎えが早かったのは、リュシオンが得意の空間魔法を駆使したからだろう。
亜人には得意な魔法があり、血が濃く出ている程に会得しやすい。空間魔法はヴァンパイアの血筋が得意とする魔法の一つだ。
魔力に比例するが、任意の場所までの空間を切り取り繋げる。そうする事で、転移したも同然の結果を得るのだ。
リュシオンは馬車ごと、モンポット王国へ転移させたようだ。かなりの魔力消費が予想できる。
目的を果たした今、莫大な魔力を使ってまで急ぎ帰る理由はない。
優雅なペガサスによる馬車の旅。時間が掛かったお陰で、いろいろとレイドを知る事が出来た。ルルーミネは満足である。
貴族の洒落た料理よりも、素朴なスープや焼き芋が好き。貴族は嫌いだが、学びは楽しくて好き。
レイドの好きを聞く度に、自分までそれらを好きになりそうだ。
逆に、自分の赤面癖やルルーミネへの恋心の重さをよくないと思っているらしい。
特に後者は、誰もわからないルルーミネの変化に気づくほど目で追って、ストーカーみたいだと自嘲していた。
それの何が悪いか、ルルーミネにはさっぱりだ。
赤面癖は自分とは違って表情変化が豊かな証であり、ルルーミネへの愛情深さはむしろもっと欲しいところである。
むしろ、ルルーミネの恋心は一分一秒と急速に増していっている。
そこに際限はないと、自分の濃い血がそう叫んでいるのだ。もう少ししたら、愛情比率は傾くだろう。
婚約者に対して与える事がなかった分も含め、たっぷりと愛を与えていきたい。それこそ、レイドが溺れてしまう程に。
「あ、大きい街ですね! 活気づいています!」
「ここはぁ、貿易が盛んな大都市、バーレッラですぅ。色んな人がぁ、マーケットで商売しているんですよぉ。ドクマール魔帝国のお隣、メラスト魔国の首都でぇ、国境近くだから気軽に来れまぁす」
「凄いですね!」
メランコリーと楽しげに会話するレイド。他の女相手なら、レイドを腕に閉じ込めて引き剥がしたくなる。だが、メランコリー相手だとその気持ちがわかない。
むしろ、キャッキャッと二人揃って楽しそうな姿が好ましくて仕方ない。
チラッと横目で見れば、同じ感情を抱くリュシオンと目が合う。互いに頷き、愛する人を目に焼きつける作業に没頭した。
「もしかしてぇ……レードくん、気になるぅ? 寄るぅ?」
「えっ! き、気にはなりますけど……リュシオン様やルミ様をお待ちになっている方々がおられますでしょう? なので、暇がある時に来られれば…………」
「遠慮しなぁい。お金はワタシ達が持つしぃ、すっごく楽しいと思うよぉ?」
「………………もしかして、メランコリー様が寄られたいのでは?」
「あ、バレたぁ?」
馬車内で話す事、数時間。すっかりメランコリーの性格を分かっているレイドはやはり賢い。
それ以上に、ルルーミネの方がレイドに分かってもらえているだろうが。
それよりも、先程の会話。
真正面を向き、リュシオンとしっかりと顔を合わせる。そして、何も言わずとも双方の考えは一致する。
愛する人の願いを叶えずして何が王族だ。
「お兄様」
「わかっている。ペガサス! 全速力下降!」
「ふぇ!?」
「リューくん、ありがとぉ!」
「お兄様」
「くっ……お前の迎えだけだとタカをくくって、宝石二、三個を買える金しかない!」
「足りないわ」
「充分ありますよね!? いえ、それよりも早く帰った方がいいでしょう!?」
眉が下がって困惑するレイドも可愛い。
余すところなく可愛らしく、それでいてルルーミネの為なら格好よくなる。ルルーミネを引きつける魅力しかない。
他の人に取られる前でよかったと、改めて思う。
ともあれ、一度も両親に会ったことがないレイドにとっては、大国のトップを待たせているという事が重荷なのかもしれない。
リュシオンとメランコリーは城で共に暮らしており、ルルーミネも月に一度は両親に会っていた。
カーマイン公爵と共に王都の外れにある別荘へ向かい、空間魔法で入国した両親や兄夫婦と楽しんでいたのだ。
不法侵入にはなるが、取り替え子発覚の際に条約として取り付けてある。罪には問われない。
この時にジェナスを連れてくれば事実を知っただろうが、カーマイン公爵はそれを許可していなく、ジェナスも気に障ってわざと用事を作り拒絶していた。
もう、今更どうしようもない過去の事だ。
何度も時を過ごした実の両親。だから、はっきりと言える。帰りが遅くなった程度、気に留めるような両親ではない。
「心配なさらないで、レイド様。寄り道したからといって、とやかく言う親ではありませんわ」
「で、ですが……その、俺の我儘では……」
「違うぞ義弟! 我が最愛の愛らしきお願い故だ!」
「楽しみねぇ」
肩を抱き、誇らしげに胸を張るリュシオンとメランコリー。そこでようやく、レイドは提案に納得してくれた。
実際、メランコリーは自分の欲望半分、レイドの願い半分と言ったところだろう。そこをレイドの負い目にならないよう、上手く立ち回ってくれたようだ。
軽くウインクをするメランコリーに感謝し、レイドの楽しむ様を心待ちに馬車が下に着くまで待った。
終わり方は頭に浮かんでいるけど、文章化が遅い為に途中で毎日更新でなくなる可能性があります。
ご了承ください