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恋に落ちる音がした
やってしまった。
叫ぶ、腰を抜かす、走り出す。恐慌に陥った人々を見上げながら、ルルーミネはぼんやりと思った。
首を切断されたが、ルルーミネは死んでいない。
それにはきちんと理由があるが、生首が何を言っても聞かないだろう。
だから、確実に来る迎えを待つ間、遺体のように振舞っていた。
しかし、レイドという少年の登場で計算が狂った。
王族と公爵という遥かに高い身分相手に、自分の身を省みずルルーミネを擁護する。
それもその原動力が、ルルーミネへの恋心だという。
彼の言葉、一つ一つが胸を打つ。離れた胴体でも、心臓が高鳴っていく様が手に取るようにわかった。
感情表現は苦手だ。意識してもそこは上手くいかず、早い内に諦めたものだ。
だが、レイドは僅かな変化に気づいていた。同時に思い出すのは、日常で楽しみにしていた小さな出来事。
図書室で決まった席に座るルルーミネ。そこへ、贈り物が置かれるようになったのだ。
中身はラズベリーパイや、青い花。自分の好きな物だと、心が温かくなっていた。
今の話から、レイドが贈り主だろう。トクトクと胸が痛い程に早く鼓動する。
連れ去ってほしい。レイドの叫びに心からそう思った時には、口から言葉となって零れていた。
短いが温かい夢だった。ルルーミネは自身にそう言い聞かせる。いくら恋焦がれていようと、生首で話す姿を見たら一瞬で想いも霧散するだろう。
悲しみを紛らわせるべく、視線をエイダン達へ向けた。
エイダンとキティは抱き合って座り込んで震え、ジェナスも剣を持つ手の震えが酷い。
化け物と言って切り捨てた癖に、人ならざる光景に腰を抜かす様は無様としか言えない。
ふと、誰かが体を揺らして近づいてきた。ふらつく体で何とか歩いている人物は、件のレイドだった。
嬉しさと不安が一気に押し寄せる。どう説明するべきか、素早く頭を回転させるルルーミネの前で、レイドはへにゃっと破顔した。
「生き、てる……! よかった…………!」
心から安堵した表情と声色。笑った拍子に、一筋の涙が頬を伝った。思わぬ反応に、ルルーミネは困惑する。
「怖くありませんか? 私、生首で生きていますわよ?」
「怖いですし、驚いてもいます。でも、それよりも、ルルーミネ様が生きている喜びの方が勝っています」
嘘偽りのない言葉が、ルルーミネの胸を撃ち抜いた。
ここまで想ってくれる人などいなかった。これからもいないだろう。
単純と思われても構わない。たった今、ルルーミネはレイドに心奪われた。
レイドの全てが欲しい。レイドに全てをあげたい。
早くレイドを自分の物にしなければ。彼の良さを気づかない周りは愚かだが、今はそれが有難い。
恋心を理解した途端に、独占欲が溢れ出てくる。満面の笑顔をレイドに向けたいが、長年動かさなかった表情筋はびくともしない。
大の苦手でそのままにしていたが、今更ながらに悔やむとは思わなかった。
至福の時間だが、BGMが喧しい所が難点である。
その中で、一際大きな声が聞こえた。
「なんだなんだ? ヒトの式典というのは、乱癡気騒ぎのお祭り状態なのかぁ?」
高らかに響き渡った声に誰もが止まる。
声量だけではない。聞こえた途端に、体にかかる重圧。
圧倒的な強者だと、それだけでこの場にいる人間に告げている。
カツンカツンと音を立て、歩いてくるのは男女一人ずつだ。
先を歩くは、威風堂々たる青年。
輝く銀髪に釣り合う美しい顏。しかし、飄々とした表情とポケットに手を突っ込み歩く様は、醸し出す雰囲気とは異なる印象を与えてくる。
その後ろを歩く、一人の少女。艶やかな髪は、赤みが強いストロベリーブロンド。
愛らしい顔つきだが、キティとは違い洗練された所作だとわかる。少しだけ口角を上げた表情は、まさに淑女の微笑といえるだろう。
この場の主役をかっさらった二人。揃いでつけている、後頭部を覆う黒のベール。
それが、二人の立場を物語っている。
そう、理解したら何も言えないはずなのだ。
「きゃあ、素敵な人!」
「なっ、おい! 誰だか知らないけれど、キティは渡さないぞ!」
「エイダン殿下とキティの仲を裂くつもりか!? 化け物の仲間だな!?」
空気を読まない三人の言葉に、引き攣った悲鳴が上がった。
他国の文化も知らない愚か者だと、自分達で証明している。今まではルルーミネがフォローに回っていた。
覚えろと言ってものらりくらりと躱した結果がこれだ。呆れてため息が出る。
それに比べ、レイドは畏まって二人に頭を下げている。情報と状況を上手く捌いている姿に、また胸が高鳴った。
「聞いているのか!?」
「……ん? なぁ、我が最愛」
「なぁに?」
「こいつら本気で、オレ達を知らない上にそこの股ユル女を狙っていると言ってるのか?」
「おつむのネジもゆるゆるだからぁ、本気だと思うよぉ? 笑えない冗談だよねぇ? 相手にしたら汚れちゃうからぁ、お義父様に任せてルルちゃんを治そ?」
「それもそうだな! 俺の最愛は賢くて可愛くて困るな!」
人々の視線を一身に集めておきながら、口から出た言葉は盛大な惚気である。甘くて吐きそうだ。まだ何か言いそうな三人を、近くにいた貴族や騎士が止めにかかる。
これ以上の事態悪化を避けたいようだ。
しかし、もう遅いと思う。
わちゃわちゃしている三人を見物していると、不意に視線が上がった。どうやら、少女に持ち上げられたらしい。
「ルルちゃん、久しぶりぃ」
「久しぶりね、メラン」
「首チョンパとかぁ、この国、ホントに終わってるねぇ? でもぉ、そこの彼? ルルちゃん想いな点がいいって、遠見水晶越しにお義父様もリューくんも褒めてたよぉ」
「あら。それは嬉しいわね。それよりも、早く繋げてちょうだい、聖女様」
「はぁい」
聖女という言葉に、周りが再びざわめいた。少女はそれを無視し、ルルーミネの頭を持って切断面に合わせる。
次の瞬間、目を開けていられないほどの強く白い光が放たれた
強烈な光だが、不思議と暖かい。
それが収まると同時に、ルルーミネは立ち上がった。斬られたと思えない程に、胴体はスムーズに動く。
「神なる光…………」
ぽつりと呟かれた誰かの言葉は、ルルーミネが立ち上がった光景と相まって戸惑いを大きくさせた。
聖女が使う癒しの力は、まさに神に遣わされたが如く美しい。
誰もが知る教典の一文だ。少女の癒しの力は、それに当てはまる神々しさと強さを持っていた。
何せ、切断された首をいとも簡単に繋げたのだ。通常、切断された腕や足を治せる人物は僅かしかおらず、多大な労力を必要とする。
それを基準にすれば、少女は規格外だ。
あの少女こそ聖女だ。
では、キティという少女の発言は嘘だ。
そうなると、他の発言も信用出来ない。
まずは嘘一つが明るみに