2
第一話だけでも、ブクマやいいねが多くて驚いております
続きへのモチベーションになります
鈍い音が立て続けに響く。切り裂かれたルルーミネ公爵令嬢の体と首が、それぞれ床に落ちた音だ。
瞬きする間の出来事。現実味を帯びない状況に、誰もが固まっていた。徐々に硬直が解け、脳が動き出す。
それを知ってか分からないが、エイダン王子が高らかに叫ぶ。
「怯えなくていいんだ! ボク達を誑かす悪魔を、排除しただけだ! 罪人を成敗したジェナス・カーマイン公爵令息に盛大な拍手を!」
「さすがお兄様ですわ!」
エイダンの誇らしげな声の後に、キティが嬉しそうに拍手をする。それを受けて、ジェナスは胸を張った。
だが、目の前で行われた殺人は、とてもでは無いが讃えられない。
若い者は惨劇のショックで、年老いた者はこの先の不穏にどよめいている。
静まり返った室内で、キティとその周りを囲む令息の小さな拍手だけが鳴り響いた。
「どうしたのだ皆の者! 記念すべき建国の日に、悪を討ち取った英雄を讃えるんだ!」
「ふざけないでください!」
エイダンの促す声の直後、反発の声が叫ばれた。勝利の余韻を消され、三人の顔が険しくなる。
そして、声がした方を睨みつけた。鋭い視線に、関係ない人達が左右に避ける。
そうしてできた空間で、一人の少年が肩を震わせていた。
あどけなさが残る少年だ。貴族らしからぬ少し大きい服は、家計の財状が良くないとわかってしまう。
グレープ色の髪は無造作に伸び、毛先が傷んでいる。それより薄い瞳は黒縁メガネの奥で、怒りを滾らせていた。
下位貴族が王族と高位貴族を睨む。ありえない事態に、周りは混乱しつつも見守るしかできない。
「無礼者! エイダン殿下のお言葉を遮るとは、不敬である! 名を名乗れ、愚か者めが!」
「れ、レイド・シェーダンです!」
その名前に、貴族達はまたざわめいた。
シェーダン家といえば、キティの前に噂の的となっていた男爵家だ。
現当主がメイドに手をつけ、産まれた子。
本妻との間に娘しかいないことを聞きつけ、男爵家に押し入り養子になった恥知らず。
その噂を思い出し、三人は余裕を取り戻した。エイダンに至っては、威勢だけのレイドを鼻で笑う。
「おやおや? 男爵家では、身分が上の者に対する礼儀を教えていないのか?」
「所詮、愛人の子ですから、金を注がれなかったんでしょうね」
「やだ、カワイソー」
馬鹿にする態度の三人に対し、レイドは冷静なままだ。
冷ややかな視線を送り、やがて大きなため息をついた。
「敬意を持つ方へならきちんと対応します。でも、身分だけの貴方達に表す礼儀なんてありません!」
「なっ……!?」
「そもそも! 貴族なんて興味ありません! クズ父が母の死後に勝手に引き取っただけです! その噂は本妻様と異母姉妹が流したもの! 少し調べれば分かることです!」
さっと顔を背ける貴族が数十人。散々噂をした後に真実を知り、いたたまれなくなった者達だ。
レイドは周りの様子に目もくれず、思わずたじろいだ三人へ冷静な言葉を吐く。
「まぁ、貴方達は調べていないと思いましたよ。ルルーミネ様の噂もそこの聖女の噂も、全く裏取りしてないでしょう? そうでなければ、こんな愚行するはずがないですから」
「はぁ!? そんなの、あんたに関係ないでしょ!」
「そうだ、キティの言う通りだ!」
「話を摩り替える気か!?」
キティのヒステリックをきっかけに、エイダンとジェナスは勢いを取り戻した。
喚き散らす語彙力の少ない暴言に、レイドは負けじと口を開く。
「では確認しますが! ルルーミネ様が偽者でそちらの女性が本物かつ聖女だと! その根拠を示してください!」
「キティがそう言っているだろう!?」
「当事者の言葉など当てになりません! 罪人など、裁判で有罪となった者を指します! それに今日は、初代が長き戦いを終えて平和と繁栄を願った日です! わざわざ平和を祝うこの日に! 他国の方々もいる前で! 反論もさせずに令嬢を斬り殺す! そこまでするに値する物的証拠をお出しください! そうでなければ、貴方達が邪魔なルルーミネ様を殺す為の茶番じゃないですか!」
一言一句、強調するように叫ぶレイド。その言葉に、同調する声が聞こえ始めた。
ルルーミネ・カーマイン公爵令嬢が捕縛された。
裁判にかけられた。死罪を言い渡された。
そのような話は全く出ていない。
疑惑の目が向けられ始め、エイダンはキティを視線から隠すように胸に抱く。
更にその前にジェナスが立ち、レイドを睨みつけた。
剣技も立つジェナスの眼光は鋭く、レイドの体が震える。自分の手で震えを押さえながら、レイドは毅然と立ち向かう。
「あの女は悪魔だ! あの不気味な色合い、全く動かない表情! カーマイン公爵家の血筋とは思えない!」
「それは貴方個人の感情でしょう!? カーマイン公爵は認めていらっしゃるのに! それに、表情が全く変わらないというのは、貴方達の色眼鏡有りきです!」
そこで一度言葉を区切り、レイドは悲しげに表情を変えた。
開いた口から出る声は先程の大声に比べれば小さいが、はっきりと周りの耳に届く。
「昼食にベリー系、特にラズベリーがあると、ふんわりと微笑んでいました。青い花が好きなようで、青のサルビアが咲き誇っている所を見た時、足取りが軽くなっていました。ご自身は何を言われても気に止めて居ないようでしたが、ルルーミネ様を通したカーマイン公爵への陰口には悲しげに目を伏せていました。どれもこれも数秒の変化でしたが、近くにいれば感じ取れたはずです!」
「ん? 待て。何故お前が知っているんだ? まさか、あの化け物が好きなのか! これは面白い!」
エイダンがレイドを見下し、腹を抱えて笑い出す。連られてキティも冷笑した。
馬鹿にしきった笑いに、レイドは拳に力を込める。
エイダン達というよりは、自分に対して怒りを向けているように見えた。
「ええ、そうですよ。急に貴族にされて、ネチネチと嫌がらせされて。苦痛の日々の中、俺以上に酷い現状でも毅然とした態度のルルーミネ様は、正に憧れの人でした。あの人だけが、この生活の光でした……! いずれは、王妃となる方の幸せを遠くから望むだけで良かったんです……!」
ギリィと歯を食いしばる音がした。これ以上、感情のままに叫ばない様にしたのかもしれない。
だが、ルルーミネの死に様が、レイドの感情を昂らせて止まらない。
「こんな、こんな屈辱的に死んでいい人ではない! ルルーミネ様の立場を考えて、ずっと気持ちを抑えていたのに…………! こんな事になるなら! 俺に力があれば! どこかに連れ去ってしまえたのに!」
「では、今からでも連れ去ってくださいますか?」
凛とした声が、響く。聞こえるはずのない声。
紛れもなく、ルルーミネの声だった。
喋る生首。
詳しくは徐々に明らかになります