番外編2
王国サイドとエピローグの間、二ヶ月間のどこか。
グレッグ国王とテレサ王妃。
常に国民の為と、様々な政策を考えては実行している。
もちろん、重い税収もない。不作や水害の際には税を下げ、補填を行う。
国を動かす者としては、理想的だろう。
だが、父親と母親としては失格だとエイダンは思う。
エイダンが産まれる時、グレッグは公務を優先して立ち会わなかったらしい。
テレサも元気に産まれた事だけを確認した後、乳母に託して公務に戻ったらしい。
侍女達のお喋りで出た噂だが、真実だ。
物心ついた頃から、エイダンの周りに家族と呼べる人はいなかった。
グレッグもテレサも、エイダンに接する態度は王族としてだったからだ。
「エイダン。この程度はもっと早く解けぬと、立派な王にはなれんぞ」
「エイダン。もっと手先を意識なさい。貴方は王太子ですのよ」
厳しいマナー、教育。こなせて当たり前だと言わんばかりの態度。たまに食事を共にした時には、隅々までマナーを指摘される。
領地視察、公務、記念の催し。出席すると、グレッグとテレサに挟まれ、エイダンはにこやかに笑う。
国民達は、仲のいい王家だと思っていただろう。
だが、グレッグとテレサから感じるのは王族の矜恃。家族の愛情は感じられない。
家族として過ごしたい。
そう思い、父母に直接伝えたことがある。
「父上、母上。三人で食事をしたり、旅行に行ったりしたいです」
それに対して、父母は首を傾げながら答えた。
「食事? ちょうどいい。今度、隣国で立食パーティーがあるな」
「ええ。いつもの視察とは違う場所ですから、いい経験になるでしょう」
違う、そうでは無い。他愛のない話をしながら楽しく食事をしたり、観光目的で出かけたりしたいのだ。
しかし、この二人に伝えた所で意味が無い。理解されない。
返答の内容は、エイダンに諦めさせるには十分だった。
「殿下はいつも頑張っております。私は分かりますよ。今度、一緒にお茶でもしましょう」
婚約者の兄ということで知り合ったジェナスは、エイダンの苦悩を理解してくれた。父母から得られなかった情があると、嬉しくなった。
ジェナスは自分を理解してくれる。ジェナスの言う事は正しいんだ。
そう思うまで、時間はかからなかった。
「殿下。婚約者とされるあの女は、私の妹なんかじゃありません! 表情一つも変えない、薄気味悪い化け物です!」
直接会ったことはないが、ジェナスが言うならそうなのだろう。
だから、テレサに手紙を送るように言われてもしなかった。
グレッグに誕生日の品を贈るように言われてもしなかった。
エイダンの態度に、父母は揃って口にする。
「エイダン! それが婚約者に対する態度か!? 大切にしないか!」
「婚約者であるルルーミネ・カーマイン令嬢は、大切にしないといけません!」
理由も聞かずに、頭ごなしに怒鳴りつける。思えば、婚約者関係にだけ、いつもは落ち着いている父母は怒鳴った。
逆に理由を問えば、言葉を濁す。
理由を言わず聞かれず、ただ大切にしろの一点張り。
それよりも、エイダンの不安を対面できちんと聞き、意見を述べるジェナスの方が信じられる。
薄気味悪い化け物。そんな漠然とした思いを抱え、初対面する日がやってきた。
「初めまして、エイダン殿下。ルルーミネ・カーマインです」
二つ下の婚約者は、それは美しいカーテシーを披露した。
色が全くない見た目に動かない端正な顔立ち。誰かの芸術作品と見間違いそうだ。
白に近い眼が、エイダンを見定めている気がする。立ち振る舞い、雰囲気、全てが完璧な少女。
エイダンが抱いた感情は、恐怖だった。
ジェナスから聞いた悪印象もある。しかし、それがなかったとしても抱いた感情は変わらなかったと断言できる。
少女と結婚して、情もないまま国王として、王国の歯車となる。曖昧ながらも、そんなイメージが浮かんできた。
嬉々として王国を動かす父母のように、エイダンはなれない。なりたくない。
そして、目の前の少女が隣にいる未来が全く予想できない。
「ジェナスの言う通り不気味な女だ! 冗談じゃない! ボクはもっと可愛い子がいい!」
怯えを隠し、そう叫んだ。青ざめてエイダンを諌める父母。驚くカーマイン公爵。
少女はじっとエイダンを見つめている。少しして、一つ瞬きをした。
瞬間、少女は自分に関心をなくした。そう察して、エイダンは心から安堵した。
「それからは、会う前以上に彼女を避け続けた。本当のカーマイン公爵令嬢だとジェナスがキティを紹介した時、コロコロと変わる表情を好きになったんだ。こういう子なら、望んでいた家庭になれる、と。彼女の斬首を言い出したジェナスに賛同したのも、彼女への恐怖心だ」
エイダンは過去を思い出しながら、言葉を選んで吐露する。
盲目的で愚かだったと、今ならいくらでも言える。だが、あの時はそれが最善だと思っていた。
「ジェナスを信じていたかったんだ。ボクの親友で、ボクを理解してくれる唯一の人。だから、連れ込み宿にキティと入った時も、わざわざパーティーの場で斬首を勧めた時も、違和感を無視した。でも、ジェナスの主張を聞いてゾッとした。思考が狂っている。その様を見て、モヤが晴れた気分だった。そのまま牢に入って過去を思い出して、やっと愚かさを思い知ったさ。ジェナスといい、キティといい、ボクの目が節穴だったようだ」
自嘲して小さく笑う。喉の渇きを感じ、前に置かれたカップに手を伸ばした。
少し温くなった紅茶はラズベリーの酸味が感じられ、さっぱりとした味わいだ。数口飲み、元に位置に戻す。
そして、これを持ってきた来訪者に苦笑を向けた。
「だから、ボクがスノーのお気に入りになる可能性はなかった。これが答えだよ、レイド・デュアリス伯爵子息」
そう告げると、対面に座るレイドは考え込んだまま、首を縦に振った。
顔が険しいが、エイダンの過去話が思ったよりも重いと感じたのだろう。優しい少年だと、エイダンは笑った。
「あの……」
「ボクの過去に同情はいらない。それより、あまり長居するのは良くないのでは?」
言葉を遮れば、口を噤んだ。そもそも、皇女が溺愛する婚約者が、罪人を軟禁する塔で同じ茶を飲んでいる事が問題だ。
レイドの懇願で監視役が目を瞑っているが、本来なら監視役のクビが飛ぶ案件だ。
そう伝えれば、名残り惜しそうにレイドは席を立った。
「お話、ありがとうございました。誰にも言いません」
「こちらこそ、美味しいお茶をありがとうございます。伯爵子息様」
最後だからと、正しい態度で返答する。エイダンの態度に、居心地悪そうにレイドは去っていった。
立場が逆転してから日が経っていない。元王太子に敬語で話され、むず痒いようだ。
何せ、敬語を使わなくていいと、いの一番にお願いしてきたくらいだ。
去る背中が見えなくなってから、改めて紅茶を飲む。
ルルーミネはラズベリーが好きらしいから、この紅茶も好きなのだろう。似た風味の茶は、モンポット国にもあった。
だが、いくら思い返しても、その茶を飲んだルルーミネの変化が分からない。
ラズベリー、青いサルビア、公爵の悪評。あの場でレイドが言っていたルルーミネが表情を出したという状況。
茶と同様に、変化があったとは思えない。
いくら嫌悪していたとしても、何一つ分からない事があるだろうか。
レイドだけがその変化に気づいていた。恐らく、そういう事だろう。
「……心配する必要などないのに」
ルルーミネに対する悪印象がなければ、エイダンがスノーのお気に入りだったのでは。
わざわざ茶と菓子を持って訪ねてきたレイドは、消えそうな声で呟いた。正直言って、その可能性はない。
幸運続きで、現状が呑み込みきれないようだ。
だが、あの場で最も高貴な相手に臆さず、短期間でルルーミネの変化を把握し、生首に恐怖するより安堵する。
軟禁中でも聞こえるルルーミネの暴走に隠れているが、レイドの執着もなかなかのものだ。
彼くらいでないと、スノーの愛情は受け止めきれないだろう。
そして、もしもがあったとしてと、過去は変えられない。
レイドがスノーのお気に入り。その事実を喜んで受け入れればいいのだ。
罪人となったが、王族という重荷がきえて楽になったエイダンのように。
冷めきった紅茶を飲み干し、監視役にティーセットを渡す。どこから持ってきたかは分からないが、元に戻しておいて欲しい。
久しぶりの紅茶の余韻を味わいながら、読んでいた書物を取り出して続きを再開した。
エイダンはジェナスに依存していました。
ジェナスはキャンディに依存していました。
ジェナスの考えがおかしいと気づき、エイダンは依存から抜け出せました。
しかし、キャンディの悪行を聞いても、ジェナスは考えを変えません。
それが、二人の行く末を大きく変えました。




