15.王国サイド
長年に渡るルルーミネへの誹謗中傷。噂の出処は全てエイダンとジェナスだ。
キティの噂は、キャンディを慕っていた男達が流したらしい。
学生の時の思い出が、今なおも鮮やかに輝いているようだ。
見る影がほとんど無くなったキャンディの願いをすぐに叶える程に。
その手腕は、キティにも受け継がれていた。金持ちの老人から見目麗しい平民まで、キティと体で結ばれた男は多かった。
肉体関係なしに仲を深めていた相手が、エイダンしかいなかった。見境がない。
全ての元凶と言えるキャンディは、激しい拷問でその考えを吐露した。
誰よりも偉くなる。
王妃にはなれなかったが、娘を産んだ時に考えついたのだ。
娘が王妃になれば、自分はそれよりも偉くなれる。
たったそれだけの為に、持てる全てを費やしたのだ。
自分を否定したカーマイン公爵家へ狙いをつけ、嫡男に接触して都合のいい嘘を吹き込む。
裏の繋がりで得た協力者と共に、カーマイン公爵家令嬢を取り替えた。
嫡男に拒絶される妹。頃合いを見て、自分によく似た赤髪の娘が本物だと公表する。そうすれば、嫡男が自分達親子をカーマイン公爵家へと入れてくれる。
壮大な、それでいて杜撰さもある公爵家の乗っ取り計画だったのだ。
一週間でなんとか集めた情報を、アンドロスとミルティはただただ無言で聞いていた。
しかし、静かに怒っていると雰囲気から察せられる。部屋の温度が、どんどん下がっていくようだ。
「ほう? まさかまさか、我が娘をそんな下らん事に利用したとはのう……?」
「ふふふふふふふ〜」
怒りを押し込めたまま、アンドロスとミルティは元凶達を眺める。冷や汗を流す国王夫婦。
不意に、エイダンが手を挙げた。覚悟を決めた顔で、アンドロス達を見つめる。
「発言したい事があります」
「ほう。申してみろ」
「ありがとうございます。今更ですが……ルルーミネを蔑ろにして、申し訳ありませんでした」
謝罪と共に、深々と頭を下げるエイダン。予想外の行動に、周りがざわついた。
呆気に取られるアンドロス達。頭を上げたエイダンをジェナスが問いただしたが、エイダンは無視して話を続けた。
「……この一週間、ボクは今までを考えていました。そして、ジェナスを指針に行動していた事に気づきました。幼い頃から両親は忙しく、王族として接しても家族として接する時間は殆どなかったです。そんなボクの傍にいつもいたのはジェナスで、兄の様に思っていました。ただ婚約者を大切にしろとしか言わない両親と、愚痴を聞きながらアドバイスしてくれるジェナス。ボクにとって、ジェナスの方が信頼出来ました」
「エイダン……!?」
国王夫婦は初耳らしく、目を丸くし息子を見た。その視線を確認したが、エイダンは無視する。
その様に、ミルティが納得したように言葉を挟んだ。
「それはそうよね~。親だからって〜無条件で愛せるわけじゃないもの~。それに~ちゃんと信頼があれば~、話し合って~ルルちゃんは酷い思いはしなかったと思うの~」
「おっしゃる通りです」
「それで? 此度の騒動、全ては自分の所為ではないとでも言いたいのか?」
「逆です。ジェナスの不信感に気づかず、追従だけしていた自分の罪がはっきりと致しました。キティへの愛も、ジェナスの強い推しが下地にあったと思うのです。ジェナスの言う事は正しい。盲目的にそう思い込んでいた為、二人が連れ込み宿に消える姿も見ない振りをしていました」
「 み、見ていらしたのですか!? あ、あれは、そう、介抱です!」
ジェナスの叫びが事実だと証明した。周りが侮蔑の視線をジェナスへ向ける。
実妹と思い込んでいた相手と肉体関係を結べるジェナスが、別の生き物の様だった。
見苦しい言い訳も、更に心象を下げていくだけだ。
「ボクの謝罪など、今更ルルーミネに届かないでしょう。それでもと思い、お時間を頂きました」
その言葉からは騙す意志などは全く感じられない。
再度、頭を下げるエイダン。アンドロスはそれを視界に入れつつ、ミルティと話し合う。
「どうしよう、思ったよりもしっかり反省してそうだ」
「私も~そこの睨んでる人達みたいに~抗うと思っていたわ~。反省しているなら~ちょっと罰を変えましょうかね~?」
「うーむ。リュシーやメランと要相談だのう。他三人は予定通りの処罰として、さっさと我が城の牢にぶち込むかのう」
「そうね~」
雰囲気だけ穏やかな会話が繰り広げられる。受け入れられないとキティとキャンディが騒ぐ。
ジェナスから反論がないと見れば、マックスが既に口を塞いでいた。殺気立った目とモゴモゴと動く口が、抗う気だと表している。
そんなジェナスを真顔で眺め、マックスが口を開いた。
「ジェナス。カーマイン公爵位は返上した」
ジェナスの動きが止まる。わなわなと震え、ブリキの様に首を後ろに向けた。
驚愕を浮かべるジェナスを押さえたまま、マックスは続ける。
「二代続けて醜聞を撒き散らしたのだ。当然の結果だろう? 今後も、そこの女達のような輩が集まるだろうからな。前から考えていたが、陛下に止められていたのだ。今回の件で、漸く許可が降りて安心した。それと、返上前にお前の籍は抜いてある」
「……!?」
「愚かな罪人の言葉だけを信じ続けたお前の為に、大好きな母と妹と本物の戸籍にしてやったぞ。長年に渡ってサーシャを愚弄したお前を、もう息子だと思えない。私はこのまま、唯一の娘がいる魔帝国へ移住する。家族三人、仲良く刑を受けていろ」
吐き捨てると共に、押さえていたジェナスを突き飛ばした。勢いでよろめいたジェナスは、そのまま床へとへたり込む。
その顔にはありありと絶望が浮かんでいる。誇りだった地位が消えた事に、大層ショックを受けた様子だ。
そんなジェナスに目もくれず、マックスは置いていた荷物を持ってアンドロス達の前で頭を垂れた。
「これより、お世話になります」
「やだ~そんな畏まらないでよ~。メランちゃんの大切なお父様じゃな~い」
ミルティの言葉に頷くアンドロス。その態度に、マックスの緊張は和らいだ。
「さて、この国での用事は終わりだ。メランも待っておる。早く帰るとするか」
「ちょっと待って~。わたし~言いたい事があるの~」
「もちろん、待つに決まっておろう」
アンドロスの許可を得たミルティは、笑顔のままグレッグとテレサの前に行く。
思惑が分からず困惑する二人へ、声色だけを変えて話しかけた。
「わたしの娘を傷つけた人は許せないの。王子は考え直しだけど、他の罪人達は牢で生活させ、危ない人達が犯罪行為をしないよう、息抜きとなってもらう予定よ。もちろん、死なないように生かし続けるわ」
「は、はい。そうされても仕方ない事をしたと思って」
「まさか、自分達に責任がないと言うつもり? 子に信頼される事もなく、噂は受け身で否定するだけで火消しもしない。明らかな偽者が現れても否定だけして裏も調べず放置。ねぇ、本当に、貴方達には責任がないと思っているの?」
口調を変え、畳み掛けるミルティ。グレッグとテレサは顔色を悪くして聞くしかできない。
「……向いていないんじゃない?」
呆れてため息と共に、本音が吐露された。流石に反論しようとしたが、アンドロスの威圧に気圧される。
その様を眺めた後、ミルティはくるりと振り返ってアンドロスの胸に飛び込んだ。
「言いたい事、終わったわ~」
「なら、さっさと帰るとするかのう」
妻を抱きしめたアンドロスは、空いている手で指を鳴らす。瞬間、アンドロス達が消えた。
エイダン、ジェナス達、マックスも同時だ。
驚く騎士達、ざわめく貴族達。
項垂れたグレッグに、テレサが無言でそっと寄り添った。
王国での関わりはこれで終わり。
次が最終話なので、今日の夕方くらいに上げます。




