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買い物できずに場面展開
再び走り出した馬車の中。リュシオンとメランコリーにしつこく注意されているルルーミネだが、機嫌はいい。
何せ、レイドに膝枕をしているからだ。
とは言っても、レイド本人はまだ気を失ったままだ。高熱を伴う全身の発赤は青果店で買った果実で下がり、落ち着いたからかあどけない寝顔を披露している。
膝上で独占できて、とても素晴らしい。
優しいレイドは、店先で騒ぎを起こした事にきっと落ち込むだろう。
だが、リュシオンが迷惑料もかねて店の品全種を四個ずつ買ってきたから、問題にはならないはずだ。
気のいい店主だったから、魔側でレイドの相談相手にいいかもしれない。自分との時間を邪魔しない、分を弁えた人ならレイドの友人になって欲しい。
スノーの血は独占したいと疼くが、それは失敗する確率が高いと亜人専用の歴史書に載っていた。
現状を最低限に、好意を更に上げ、尚且つ自分の愛情表現に慣れてもらう事が今後の目標である。
「ルル。聞いているのかい?」
「リューくん、聞こえていないみたぁい」
「ルルー!」
幸せな時間を邪魔しないで欲しい。聞き流しながら、指でレイドの頬を軽く突いた。
柔らかい感触が指先に伝わる。自分の表情が豊かなら、ずっと微笑んでいただろう。
「うーん、全身からラブラブオーラ出しているなぁ。オレ達も戯れようか、我が最愛」
「もぉ、リューくんったらぁ」
やっと二人の世界に入った。これで邪魔されず、レイドを堪能できる。しかし、自分の胸が邪魔でなかなか見にくい。
苦戦しながらも眺めていると、暫くして小さな呻き声が上がった。
そのまま、ゆっくりと目が開いていく。きょとんとするレイドと目が合い、胸が一段と高なった。
「お目覚めですね、レイド様」
見つめ合うこと数秒。真っ赤になったレイドが悲鳴を上げて飛び起きた。
「すすすすすすいませんすいません!」
「私の膝、お嫌?」
「いえ、むしろ……じゃなくて! 恐れ多いです!」
「そんな事ありませんわ。もっと、私を知って触れてくださいませ」
「ひょえっ」
狭い馬車内で反対側に離れる様も可愛いが、やはり近くの方がいい。
招き寄せるように腕を広げると、気を失う前を思い出したか口をパクパクさせて戸惑っている。何とも愛らしい。
「あ、レードくん起きたぁ? ちょっと聞きたい事があるんだけどぉ、レードくんってどういう恋愛したいのぉ?」
「ふぇ!? メランコリー様!?」
「恥ずかしいかもだけどぉ、言わないとルルちゃんは止まらないよぉ? 全力で事を進めようとしちゃうのぉ」
「そんなの俺の心臓が持たないです! えっと、ですね……」
メランコリーの問いに、レイドはモジモジと恥ずかしそうにしながら答える。
「その…………いろんなことを話して、楽しんだり励ましたりし合って…………遠出とかもして、一緒にいて安心できるような、そんな風にお互い思い合えるようになりたいな、と」
ルルーミネは頭を回転させる。
卒業パーティーから今まで、いろいろと話した。
自分を卑下するレイドを励ました。
ドクマール魔帝国まで遠出している。
レイドが近くにいないと、嫉妬で落ち着かない気がする。つまりは、側にいて安心できる。
何より、レイドはルルーミネに好意を持ち、ルルーミネもまたそれ以上で返している。
「つまり、そのまま私達に当てはまりますわね。すぐに婚約して同衾いたしましょう」
「どっ……!?」
「ルルちゃんストップ〜。話飛びすぎぃ」
再び気絶しそうなほど赤くなるレイドに、メランコリーが苦笑する。どこか変だっただろうか。ルルーミネは首を傾げた。
それよりも、二人の世界に入ったメランコリーがなぜ戻ってきたのか。
リュシオンに視線を移し、その理由を把握する。
耳に手を当て、小声で話していた。
念話だ。世界で流通する伝達の魔法道具を自身の魔力で行う、難しい分類の魔法。
それを使いこなしてリュシオンに気軽に繋げる相手など、一人しか思いつかない。
ドクマール魔帝国の皇帝、ルルーミネの父親であるアンドロス・ドクマールだ。
城に着くまで、まだ一時間強はかかる。待ちきれなくなったようだ。
だが、リュシオンから告げられた言葉は、ルルーミネの考えを超えていた。
「父上が、早く会いたいからと今から空間魔法で引き寄せるそうだ」
「は?」
聞き返す前に、ペガサスの嘶きと軽い振動が馬車に伝わった。
景色を確認すると、城壁を背後に敬礼する騎士達が映る。
城というのは、聖側では白色を基調としていたが、魔側では黒色の強い灰色を基調としているらしい。
ぼんやりと考えていると、無意識に抱えていたレイドが慌てふためいた。
「ドクマール魔帝国の王城! まっ、身だしなみを直さないと……!」
すぐに状況を理解して、行動する決断力。素晴らしい能力だと、心で満面の笑みをしながら手を離す。
手櫛で髪を整え、服のボタンなどを確認。真剣に準備する姿も、胸に響く。ルルーミネも軽く服装を正した。
扉を開けると同時に、騎士達が敬礼から辞儀へと変える。全員同じ角度で頭を下げる光景は、王族として当たり前だろうが一貴族には異質に思える。
ルルーミネでさえそう思うのだから、レイドが身体を大きく震わせた事もおかしくない。それにしても、可愛い反応だ。
騎士達に見守られ、リュシオンとメランコリーの後を歩く。緊張で足取りが重くなっているレイドを抱え込もうとしたが、断られてしまった。
物悲しいが、城で働く者がルルーミネを眺めるものだから、余計な混乱を避けたのだと理解する。賢い。
そうして、玉座の間の前までたどり着いた。脇に控える兵士が扉を開け、中に入る。
途端、膝をつきそうなほどの重圧がかかった。
「よく帰ったのう、ルルーミネ」
へたり込んで唖然とする兵士、何とか耐えるルルーミネ達。
そこへ、何ともないように声をかけるは、豪華な玉座で腕を組む壮年の男。
リュシオンによく似た顔と銀髪は威厳を放ち、王たる風格を現している。父、アンドロスだ。
アンドロスは惚けた様子で首を傾げる。
「おや? 余は、息子と義娘が娘を連れて帰ると聞いていたが? 一人多いのう」
アンドロスが見つめる先はレイドだ。自分にかかる以上の重圧が彼を襲っている。
父を止めようと声を上げようとした時、後ろからレイドが歩み出た。
ついに皇帝登場




