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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
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第9話 帝都への潜入

 いよいよアラビア帝国の内部事情が分かってきます。今日もダンとシルフィのドタバタ珍道中です。

 一週間は、割とすぐに過ぎた。ダンとシルフィは一旦ヴァイスフリューゲルに戻っていたが、予定の日が来たのでふたたびカイロに足を踏み入れる。この前受付をおこなった建物の前に張り紙が出されていた。

 遠目から見ると、三人ほどの名前が書かれている。


「おかしいな……定員は十名じゃあなかったのか?」

 ダンは首を傾げながら紙に近づいていく。

 その時、シルフィが声を上げた。


「あっ、ありましたよ! ダンさん!!」


 シルフィの言った通りだ。紙には「ダン・アマテ」「シルフィ・オルレアン」「カマル・コンスタンティーヌ」の名前があった。どうやらとりあえずはダンたちは採用されたようだ。だが、カマルってのは誰のことかな? 何か嫌な予感がする。


「あら、あなたたちが採用されるなんて天変地異かなにかの前触れかしら?」


 嫌な予感が的中した。声に振り返ると、この前この場所で出会ったあの少女が立っていたのだ。


「あなたが……カマル……さん?」


 ダンは恐る恐る尋ねる。


「他に誰がいるっていうのぉ? これだから田舎者は……」

「そうか、それはよろしく……」

「ダンさん! 行きますよ!!」


 シルフィは怒ったように言うとダンの手を掴んでカマルから逃げるように歩き始めた。


「あの、ちょっと、シルフィ?」

「なに普通に挨拶しようとしてるんですか? 仮にでも相手はあの時のアイツですよ?」


 どうやらシルフィはカマルのことがよっぽど気に入らないらしい。珍しいな、シルフィがここまであからさまに人を嫌うなんて。


「で、でも仮にも仕事仲間だ。挨拶くらいは……」


 するとシルフィは立ち止まる。


「ダンさんは他人に甘すぎます!!」

「そうかな……」

「そうです! お姉ちゃんとジャーファルが喧嘩をした時だって、ダンさんがもっとはっきり止めてくれていたら……」

「それは……ごめん」


 ダンは謝った。だが、その態度はもっとシルフィの怒りを買ったようだ。


「そういうところですよ! すぐに……そうやって謝って逃げようとする。……もっと……自分に正直になってください!」


 ダン、シルフィ、そしてカマルの三人が宮殿の門の前に着くと、待ち構えていた兵士と思わしき男に宮殿内部に案内された。

 いくつもの曲がりくねった廊下を歩き、やがて奥まったところにある部屋に入る。天井付近に小さな窓があるだけの簡素な部屋だ。家具や調度品の類もなにも置いていない。

 やがて、さっきの兵士とは別の男が部屋に入ってきた。白っぽい服装、頬には赤いタトゥーの入った二十代後半くらいの男だ。


「君たちが……我々の公募に応じてくれた数少ない3人か」

「やっぱり俺たちだけだったんだ……応募したの……」

「そうみたいですね……」


 ダンとシルフィは小声で話す。だとすると、このカマルとかいう少女はどうしてここにいるのだろうか。謎が深まる。


「私はガネム・ブライダ。お前たちの監督役を……神官のマハムード様直々に仰せつかった。以後、よろしく頼む」


 神官マハムード。アリババから聞いた話によると、現在、いや、もう既に数年も前からこの国の政治を取り仕切っている神官で、アラビア帝国の行政決定権はほぼ彼に一任されているようなものだという。それほどの権力者がどうして宮廷の下働きの管理などをするのだろうか。謎はどんどん増えていく一方だ。


「よろしくお願いしまぁす」


 カマルが相も変わらずに裏声っぽい声で言う。

 だが、ガネムはそれには答えずに続けた。


「さて、仕事の説明だが……君たちにやってもらうことは、宮廷の地下通路の掘削だ」

「地下通路の……ですか?」


 想像していた仕事と全然違っていた。もうちょっと庭仕事や書庫の整理といった感じの穏やかなものを想像していたんだがな。それに、地下にいたんじゃあ地上の情報を探ることはなかなかに難しいだろう。


「さよう。我々や皇帝陛下が有事の際に宮殿を脱出するための地下通路の掘削工事だ。既にこれまで採用した人員は作業に取り掛かっている」


 なるほど、それで今まで宮廷に働きに行った人々は戻ってきていないのだ。そんな大工事、一ヶ月やそこいらでできるようなものではないだろう。

「それで……いつからなんですか? 私たちの仕事は?」


 シルフィが尋ねた。


「今日にでも取り掛かってもらうつもりだ」

「今日……!?」


 いくらなんでも急すぎるだろう。何をそんなに焦っているというのだ。この国の為政者たちは。


「では、早速だが案内しよう。君たちの仕事場に……」

「はぁーい」


 戸惑っているダンとシルフィを横目に、カマルだけが返事をした。

 歩き出したガネムに、三人はついていく。

 ガネムに従い、再び迷路のような宮殿を歩いていくと、やがて地下へと続く階段に出た。そして数十メートルほど下っていくと、やがて広いトンネルのような空間に出る。これがガネムの言った地下通路というものなのだろう。トンネルは一本ではなく、いくつにも分岐していた。


「どうして……こんな迷路みたいなんですか?」


 ダンは何気なく尋ねる。


「もし、敵勢……そうだな、革命軍なんかが攻めてきてもこれならばどこが出口につながっているのか、外部の者には分からないだろう?」


 革命軍が来ることを帝国側は過剰に恐れている? ということはつまり、帝国はダンたちや革命軍のみんなが思っているよりももっとずっと弱体化してきているということなのか?

 ガネムは三人を案内してトンネルを数度曲がった。そして、先が行き止まりになっているトンネルにたどり着くと言った。


「三人とも、君たちの持ち場はこのトンネルだ。道具はそこにあるだろう? しばらくはまっすぐ掘り進めていてくれ。私はほかのトンネルも見回っているからある程度まで進捗したら次の指示を出す」


 それからガネムは歩き去っていってしまった。

 壁の所々に下がっているランプのおかげで薄明るい地下空間の中に少年少女が三人きりで取り残される。


「とりあえず……始めようか」


 ダンは壁に立てかけてあるつるはしを手にとって言った。ちょうど三人分用意されている。


「そうですね! 私、実は穴掘りって未経験なんです!」

「奇遇だな。俺もだよ」


 シルフィもダンに従ってつるはしを手に取った。

 だが、カマルは動こうとしない。


「カマルさん、どうしたんですか?」


 シルフィにまた怒られそうだなと思いながらも、ダンは尋ねた。


「はーぁ、やってられないよこんなこと!」

「え?」

「だいたいなんなの? あたしはせっかく豪華な暮らしが出来ると思って宮廷の使用人に応募したのに、いざ来てみると仕事は穴掘り? 聞いたことないじゃない!」


 さっきまでの人格が嘘のような口調だ。


「まぁあなたたち田舎者はせいぜい頑張りなさい? どうせお金が無いから応募したんでしょう? そうやって一生地べたに這いつくばって生きているのがお似合いねぇ」

「あなたの目的って……」

「何度も言わせないでよ! あたしはてっきり豪華な生活が出来ると思ってここに来たわけ!」


 あぁ、アホだ。本物のアホだ……。


「ダンさん、そんなところで油売ってないで手伝ってください!」


 シルフィが怒ったように言う。やっぱり、シルフィは不服なのか、ダンがカマルなんぞと話すことが。


「分かってるってシルフィ、今行くから」


 ダンも、明らかに不満そうな表情をしているカマルを尻目に作業に取り掛かった。


 ガネムは、地下通路へと続いていた階段を上がり、ふたたび宮殿地上部の廊下を歩いていた。アラベスク模様の彫刻が壁一面に刻まれた豪華さと繊細さを融合させたようなデザインの廊下だ。


「ガネム、どうだ? 計画の進行は順調か?」


 柱の陰から声をかけてきた男がいた。黒地に白い模様の入ったローブに長めの黒髪の男だ。


「はい。全て計画通りに進んでおります」

「そうか、それはよかった」


 そう言ってから黒服の男は続けた。


「諜報部への情報によると、今回採用した中に革命軍のスパイが紛れ込んでいるらしい。だがちょうど良い……それも計画のうちだ」

「さようですね。それに、まさか彼らも情報隠蔽のため、トンネルの横穴諸共始末されるとは思っておりますまい」

「いかにもだ」


 黒服の男はトンネルへと続く階段をちらりと見て言った。


 既にトンネルを掘り進めて数時間ほどが経った。ガネムは一向に戻ってくる気配がない。


「そろそろ疲れましたぁ……」


 シルフィがうんざりしたように言った。


「そうだな。そういえばここは……休憩とかないのかな」


 ダンは言う。労働に励むふたりの後ろでは万年休憩時間のカマルがイライラした顔つきでこっちを見ていた。


「あんた達、いくら田舎者といえどよく耐えられるよねぇ。だいたいなんなの? あのガネムとかいう男、見回ってるとか言いながら全然来ないじゃないの」


 確かにそうだな。そんなにもこのトンネルは縦横に巡らされているということなのか?


「シルフィ、休憩時間のこともある。ガネムのこと……探してきてくれないか?」

「あいあいさー!」


 シルフィはつるはしを置いて敬礼のようなポーズをとると、とてとてと駆け出していった。


 一方、ここはウジャートの街からそう遠くない谷間。機兵母艦ヴァイスフリューゲルが停泊している。

ヴァイスフリューゲル艦内ではその乗員やアラビア革命軍のメンバーたちが忙しなく動き回っていた。以前、ブルーバードとの戦いで損傷した箇所の修理、および燃料や物資の補給を行なっているのだ。

艦橋ではアリアとアリババが作業の様子が映し出されたモニターを横目に話をしていた。


「では……あなたのところのジャーファルを……あたしの艦に……?」


 アリアは驚いて聞き返した。


「えぇ、名目上は目付け役。実質は戦力として使っていただきたいのです」

「それまたどうして……。あたしらのところにはもう魔動機が二機ある。それにまたさらに一機が加わるとなると……」

「我々との間に大きなパワーバランスの差が生じると……言いたいのでしょう?」


 アリアは頷いた。


「それなら心配はいりません。一般的に量産機は魔道機と比べ、性能が悪いと思われがちですが、実際はそうではない。量産機は使い方とパイロット次第です。そして我々の側にはその両者が都合よく揃っている。そしてあなた方は今のところ量産機を保有していない。ですからより扱いに慣れた魔道機であるアヌビスをこの艦に載せることこそが得策と考えたというわけです」

「そうか……。それで、ジャーファル本人は納得しているのですか?」

「彼なら問題はないでしょう。なにせ、あなたのところのジャンヌ-Χ(カイ)のパイロットにぞっこんなわけですから」


「はっくしょん!」


 ジャーファルはRA(ライドアーマー)の燃料となる魔法鉱石の入ったコンテナを押しながらくしゃみをした。


「はぁ? なに風邪? 私には伝染さないでよね?」


 その後ろで同じようにコンテナを押しているディーナが言う。


「うるせぇな。どうせ馬鹿だから風邪なんてひかねぇだろ?」

「馬鹿はあんたでしょ! だいたいなに? あんたが鉱石の量をちゃんと覚えてなかったから私たちはこうしてまたやり直しになってるんでしょ?」

「一緒に運んでたお前の責任でもあるだろ?」

「私はRAパイロットでもなんでもないから分かるわけないじゃない!」

「はいはい、責任転嫁責任転嫁。こんなのを姉に持ったシルフィが可哀想だぜ……」

「シルフィは関係ないでしょ!?」


 ふたりは今日も、相も変わらずに言い合っていた。


 さて、当のシルフィ本人はというと、ガネムを探して迷路のように張り巡らされた地下通路内をさまよっていた。


「ガネムさーん! ダンさーん! どこですか?」


 いや、正確には迷子になっていた。


「また迷子になっちゃいましたぁ……。私ってだめな子ですぅ……」


 シルフィは泣きそうになる。だが歩いているとあるものにつまづいて転びそうになった。


「いてっ……。えっと……これは……」


 と言って足元を見るとなにか筒状のものが半分ほど地面に埋まっていた。シルフィはそれを掘り起こしてみる。


「まさか……。たっ、大変です!!」


 さらに目を向けると、前方に続くトンネル沿いに、その筒状の物体は無数にも埋められていた。


 しばらくして、シルフィはダンたちの元に息を切らしながら戻ってきた。あんなに迷子になっていたのに戻ってこられたのは、危険を察知した時の彼女の本能のようなものだろう。


「どうした!? シルフィ」


 ダンはその尋常ならざる様子に尋ねる。


「た、大変です。こんなものが……」


 と言ってシルフィはさっき手に入れた円筒型の銀色の物体を差し出した。


「これは……!」


 間違いない。魔法共鳴式爆弾、たったひとつの破壊力こそ小さいが、その真の危険性は爆弾同士が共鳴して爆発することにある。無数に仕掛けることによってひとつが爆発すれば他の爆弾も連鎖反応のように次々と爆発していくという代物だ。


「こんなもの……一体どこで見つけてきたんだ?」

「分かりません。必死になってここまで来たから忘れちゃいました」


 なんてこったい。だが、こんなものがこのトンネル内に仕掛けられていたとなると……。


「まずいな。誰が仕掛けたのかは知らないが、近い将来に俺たちは……いや、俺たちだけではなくこの地下通路で作業している者は全員、仲良くオダブツってわけだ」

「ちょ、ちょっと……もうあたしこんなところ嫌だ! 帰る!!」


 カマルは半ば半狂乱になる。


「ダンさん、どうしましょう……?」

「うん。まずは……」


 誰が仕掛けたのか推理しなくてはな。それによって今後起こす行動も変わってくる。


「シルフィ、その爆弾、どうやって見つけてきた?」

「えっと……これにつまづいて……」

「そうか……。つまり、よくよく地面を見れば分かりやすい場所に仕掛けてあるということだな?」

「はい」


 それなら犯人は分かったも同然だ……。


「よし分かった。爆弾をしかけたのは宮廷内部の人間だ。そしておそらく、ガネムも一枚噛んでいる」

「ちょっと待ってよ。どうしてそんなにすぐに答えが出るの!?」


 カマルが訊いてきた。


「まず、シルフィがつまづくような目立つ場所に仕掛けておいた場合、本来ならトンネルを見回っているはずのガネムにとっくのとうに見つかっているでしょう。それに、もし職務怠慢だったとしても、犯人はそんなリスクは冒さない。そう考えると、この計画は宮殿内部で進められ、ガネムが一枚も二枚も噛んでいる可能性が高い」

「でも……目的はなんですか? 私たちを爆弾で吹き飛ばすことによって向こうにはなにか利益があるんですか?」


 シルフィが訊く。


「トンネルをどのように掘り進んだか口封じのため……。いや、そんなことをしてはトンネルが埋まってそもそも作っていた意味がない……」

「多分、トンネルの上にある宮殿さんも壊れてしまいますしね」


 そう、その通りだ。ん? だが待てよ? 目的がそれだとしたら?


「もしかしたら……宮殿を壊すことが目的かもしれない……」

「え?」

「これは……ガネムたち一派による帝室へのクーデターかも……」

「確かに、脱出用のトンネルという名目を使えば、それなりの予算も得られるかもしれませんが……」


 シルフィは珍しく思慮深げに言う。


「でも、そしたらそもそも普通にクーデターを起こした方が早いんじゃあないでしょうか?」


 ごもっともだ。普通にクーデターを起こして皇帝やそこら周囲の人間を幽閉するなり処刑するなりする方が遥かに簡単な方法だろう。でもまさか……。


「俺たちがここに来ることは想定内だとしたら? 皇帝が死に、帝国の政権を奪取したあとで革命軍に罪を着せ、討伐し、権力を磐石なものにする……」

「ダンさん……」

「あぁ、とんでもないことに……」

「そうじゃあないです!」


 と言ってシルフィはカマルの方をちらりと見た。

 あ、まずい。勢い余って自分たちが革命軍のスパイであることを白状してしまった。くそぅ、先にやらかすとしたらシルフィの方だと思ってたのにな……。


「あ……あんたたち……革命軍なの?」


 カマルは唖然とした表情で言った。


「いや……その……それは……」

「そーぅ? つまりあたしが今こんな目に遭っているのも元はと言えばあんたたちがここに来たからってわけだ……」

「それはこじつけです……!」


 ダンは言い返す。自分たちが来なくたって計画は進行していただろう。あの求人は革命軍のスパイを呼び込むための餌だったのだ。


「ねぇ、あたしを酷い目に遭わせた人がどうなるか知ってる? あんたたちの話によるとどうやら、クーデター計画は上の者たちは知らないってことだよね?」


 ダンは頷いた。何を始めるつもりなのだこいつは。


「だったら覚えてなさい? すぐにあんたたちは破滅して、あたしは永遠の幸せを手に入れてみせるから!」


 カマルはそう言うが早いがダンたちに背を向けて歩いていってしまった。


「ま、待て! 下手に動くとお前自身にも危険が!!」


 だが、その声はもう既にカマルの耳には届いていなかった。


「ダンさん、どうしましょう……?」

「決まっている。あいつを止めるしかない」


 カマル・コンスタンティーヌは地下通路から地上の宮殿に出ると、廊下をひたすらに歩いていた。

 許さない。自分をこんな屈辱的な目に合わせたあのふたりを絶対に許さない。

 彼女が生まれたのはアラビアのある大商人の家。幼い頃から生まれ持った財産と美しい見た目により欲しいものは全て手に入れることが出来た。それに、彼女の道を邪魔する者がいれば、より上の者に取り入り、排除してきた。生まれつきの美貌により、少しでも笑いかければ大抵の人は彼女の思う通りに動いてくれた。

 だからこそ許せなかった。自分の思うとおりに動いてくれない者たちが……。排除しなくてはならない。

 そして運はやはり巡ってきた。廊下の向こう側で話をしている人物を見つけたのだ。


「マハムード様、軍備拡張の件ですが……」

「分かっている。近頃は反乱軍の動きが活発化しているからな……」


 マハムード。カマルでも名前くらいは聞いたことがあった。この国ナンバー2の権力を持つ男だ。黒いローブを身にまとったやや髪の長い男である。


「あの……マハムード様……!」


 マハムードが話していた男と別れる頃合を見計らい、カマルはすかさずに声をかけた。


「君は……何者だね?」

「カマル・コンスタンティーヌ、本日採用されたばかりの地下通路掘削係です」

「ほう? そんな君がなぜ持ち場を離れている……?」

「申し訳ありません。ですが……火急の用件でして……」

「……というと?」

「労働者の中に革命軍のスパイがいます」

「なんだと……?」

「あたし、その人たちの顔もきちんと知っています……」

「そうか、報告をありがとう。要件はそれだけかね?」


 本当にダンたちを貶めるためにはそこまでで充分だった。だが……もしここでもうひと押しすれば宮廷で出世が出来るかもしれない。


「それから……宮廷内にクーデター計画があります」


 マハムードの表情が一瞬変わった。だが、すぐに元に戻る。カマルはそれに気づかなかった。


「いいだろう。ついてきたまえ」


 マハムードは静かにそう言った。


 ダンとシルフィは、カマルを追跡して宮殿の廊下を歩いていた。


「すいません! さっきここを……黒髪の少女が歩いていきませんでした? 歳は俺たちより一歳くらい歳上の……」

「あぁ、その子ならさっきマハムード様に連れられてあっちの方に歩いていったよ」

庭師と思わしき男はそう答えて指を指す。

「ありがとうございます!」


 ダンとシルフィはその方向に急いだ。


「あいつ……何考えてやがるんだ。国のナンバー2に取り入るなんて……」

「きっと良くないことです!」


 シルフィは即答した。まぁその通りだな。いいことでないことだけは確かだ。


 カマルは、マハムードによって薄暗い倉庫のような部屋に通された。壁沿いには棚が並び、書物やなにかの入った箱が所狭しと積まれている。


「カマル・コンスタンティーヌといったね?」

「はい……」


 マハムードの問いにカマルは頷く。


「要件は簡潔に言おう。……そのクーデター計画の主導者は私だ」

「はい……? で、ですがマハムード様はこの国ナンバー2の権力者……どうして……?」

「この国は変わらなくてはならない。各地で反乱の火の手が上がり、我々はその対応に追われている。その理由は何故か。それは……今の国家が非常に弱いからだ」


 マハムードはひと呼吸置くと続けた。


「皇帝は幼く、また貴族の連中は古い考えに囚われ、ローマ連邦の役人共が国家に取り入ろうとしている。そんな国はもうおしまいだ。私は……自らの手で全てを作りかえなければならない」

「それで……宮殿を爆破して……」

「古い連中を全て始末する。その象徴である宮殿もな。ついでに反乱軍に罪を着せ、討伐の大義名分も作る。掘削をしている連中はほとんどが庶民出身だ。彼らが革命軍のせいで亡くなったとなれば市民も我らを支持するであろう」


 それからマハムードは話を切り替えた。


「君は……功労者だ。そして選択肢がある。我々の協力者となるか……それとも……?」

「もちろん、協力させていただきます。それで……あたしにできることは?」


 カマルは即答した。命懸けの駆け引きだが、自信はある。当初の予定とは正反対の立場だが、もし、クーデターが成功すれば自分は新しい政権から取り立ててもらえるかもしれない。そうすれば欲しいものにはこれまで以上に不自由しなくなるだろう。


「君が賢明で助かったよ。それじゃあ早速、その悪い革命軍のスパイを捕まえにいくとしようか」


「またまた迷子になっちゃいましたね……」


 宮殿の奥深くにある薄暗い廊下を見回しながらシルフィが言った。


「あぁ、俺に関してはまたではないがな……」


 目の前には階段が伸びている。上ってみるべきだろうか。

 だが、その時だった。


「いたぞ! スパイだ!!」

「え!?」


 彼らの背後の曲がり角から、シャムシールを構え、頭に白いターバンを巻いた兵士たちが三人現れたのだ。


「大人しく投降しろ! そうすればこの場で殺すことはしない!」


 この場で殺さない。だが、捕まったら殺される可能性はあるということか。


「シルフィ、逃げ……!」


 と、階段を登りかけたダンは立ち止まった。階段上からも兵士たちが降りてくるのだ。そしてその真ん中に、なんとカマルがいる。


「カマルさん、どうしてあなたがここに……」

「どうして? あなた達を捕まえるために決まってるでしょ? さぁ、さっさとひっ捕らえてしまいなさい!」


 兵士たちがシャムシールをさやに収めるとダンたちに飛びかかってきた。


「ダンさん……!」

「シルフィ、ここで抵抗しても殺されるだけだ。一旦捕まって奴らの隙を伺おう……」


 ダンは小声でシルフィに言った。

 ふたりは抵抗もしないままに縄をかけられ、捕縛される。



「ダンさん……ダンさん……」


 壁の向こう側から声が聞こえてくる。


「シルフィか」


 ダンは壁面に向かって声をかけた。

 出入口側には鉄格子のはめられた厚い土壁の部屋だ。隣の独房との境目の壁には、天井付近に小さな窓があけられている。


「ここからどうするつもりですか?」

「その事なんだがな……」


 と、言ってからダンは鉄格子の外側をちらりと見る。人の姿は見えないが、この牢に連れてこられるとき、入口には兵士たちが待機していた。それにこの厚い土壁、守りは完璧だ。どうして脱獄するものかな……。


「シルフィ、そっち側はどうだ?」

「どうって……何がですか?」


 シルフィは聞き返す。


「なにか……見えるものはないか? 脱獄に使えそうなものとか、あるいは逆に弊害になりそうなものとか……」

「いいえ。ですが……向かい側の独房にも、誰かいますよ?」

「人がいるのか?」


 ダンは自分の向かい側の独房に目を向ける。しかし、そこは空き部屋のようだった。


「はい。……い、いえ。人間ではないみたいです」

「人間じゃあない? じゃあなんなんだ?」

「魔女……と。ほ、本人はそう奥の壁に彫り込んでいます!」

「魔女……。というかシルフィ、コンタクトをとっているのか? その魔女と」

「はい! ちょうど私と同じくらいの年齢っぽいですし……」

「分かった。シルフィ、じゃあその魔女に伝えてくれないか? お前はどうしてここにいるのか。そして、なにか脱獄する方法を思いつかないかってな」

「あの……ダンさん?」

「どうした?」

「魔女さん、ダンさんの声もバッチリ聞こえてるみたいですよ?」


 そりゃ、そうか。斜め前の独房だしな。

 魔女族の皆さんは個性豊かな方が多いですね。次回の更新日は3月12日です。

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