第7話 アラビアへ飛べ!
アラビア編本格始動です。新キャラがまたまた登場!
「うわー、ここがアラビアの市場か……」
ダンは思わず、目の前の光景に感嘆していた。
土壁の街並みに囲まれた広場に所せましと並んだ屋台。そこには今までに見たこともないような食材が並んでいる。それから見渡す限りの人、人、人。皆、原色系のカラフルな服装だ。
「感嘆するのはいいけど、私たちの本来の任務、忘れないでよね?」
隣からディーナが忠告してくる。
「俺は別に忘れてるわけじゃあないが……」
と言ってダンは反対側に顔を向けた。
「ひゃあ、おいしそうです! これ、いくらですか?」
そこではシルフィが何かの食べ物の屋台を前に、目を輝かせている。
「うーん、お嬢ちゃんかわいいからまけてあげるよ」
「シルフィ!!」
ディーナがすぐにそっちに直行する。
「まったく、今日は買わないからね?」
まるで保護者だ。
「しかしダンさん、こんな街で果たして本当に革命軍と接触するための情報なんて得られるんでしょうか」
アルトがダンに尋ねた。
「でも、この前の行商人の話じゃあこの街に行けば何かしらの手掛かりはあると……」
ダン、シルフィ、ディーナ、アルトの四人は、アラビア革命軍との接触をはかるために、行商人からの情報で知ったウジャートという街で調査をおこなっているのだ。
ディーナはシルフィを引きずって戻ってきた。
「それで、どうするの? 聞き込み? 反乱軍の皆さん居ますかーって?」
さすがにそんなことをしてはまずいだろう。いくら弱体化しているとはいえ帝国に見つかればしょっぴかれること請け合いだ。それに自分たちはこの街の人からすれば怪しい外国人。二、三軒も訊き込みをすれば噂は山火事が燃え広がるがごとき勢いで街中に広まることになるはずだ。
「そういえば、あの行商人はどうして革命軍の手掛かりがこの街にあると知っていたんだろう」
「商人の情報網は侮れないよー」
ダンの疑問に、ディーナは答える。
「なるほど、商人の情報網ですか……」
「ん? なんか思いついたの? アルト」
「いえ、ただやはり……さっきシルフィ様がやろうとしていたこともあながち間違いではなかったのかもと……」
「なるほどねー、話しやすいお客という体で接触をはかり、さりげなーく会話に質問を混ぜ込んで情報を聞き出すと……」
よく今の断片のような情報からアルトが言わんとしていることをそこまで想像できたものである。
「そういうことです」
「それならっ、先鋒は私たちだねっ」
そう言ってディーナはシルフィの肩に手をのせる。
「どうしてだ?」
「だって、あんたらみたいな男ふたり組が行くよりも、私たちみたいな美少女ふたり組が行った方が商人さんたちだって話しやすいでしょう?」
自分で美少女言うな。だが、言い返せないのが悔しい。
「そうですか、それなら僕たちは引き下がるとしましょう」
アルトは素直にそれに従った。
「そうですね……じゃあ俺たちは……」
ダンはさっきからいい香りを立てている屋台に顔を向けた。最近、ヴァイスフリューゲルは物資不足でろくに食事もとれていないんだよな……。
だが、すぐにダンのたくらみに気が付いたディーナに言われる。
「ダンちゃん? ここで迷子になるといけないから、その場所、絶対離れないでよね?」
「わ、分かった……」
くそう、しばらくの間食糧難は続きそうだ。
「あのー、すみません、それ、もっと見せてもらっていいですか?」
ディーナはきれいな万華鏡が並んだ屋台の店主に尋ねる。
「もちろんいいぞ? もしよかったら、旅の記念に」
どうやらディーナは外国からの旅行者だと思われているらしかった。ちょうどいい。
ディーナは手前に置いてあった万華鏡を手に取ってのぞいてみる。その向こうには、赤や青の宝石のような世界が広がっていた。
「ねぇシルフィ、あんたものぞいて……」
と、横にいるはずのシルフィに声をかけてハッとする。
シルフィがいない。
まさか迷子? それとも……?
時間は、一分ほど前に遡る。
「あのー、すみません、それはなんですか?」
「あぁ、これかい? カレイドスコープとかいってな、エウロペ大陸から伝わったものだよ」
ディーナが万華鏡屋の屋台のおじさんと話している。
だがそこで何気なくディーナとは反対方面に顔を向けたシルフィに、あるものが目に止まる。
「あっ、お猿さんだ!」
それは、猿回しの曲芸だった。エウロペ大陸ではまず見られない生き物だ。
好奇心に駆られたシルフィは、すぐに猿回しの曲芸の前にできた人だかりへと突っ込んでいく。
「さぁさぁ、次は猿の輪くぐりだ! 誰か、この輪っかを持ってみたい人はいないかい?」
猿使いは直径五十センチメートルほどの、柄が付いた輪っかを見せて言った。
「はーい、私、やりたいです!!」
シルフィは元気よく手を挙げる。
「よし、じゃあそこの外国人のお嬢さん!」
シルフィは輪っかの柄を持たされた。その中を猿が何度もぴょんぴょんと移動する。
外国人の珍しい客が猿回しの体験をさせてもらっているということで、周りにはさっきにも増して人だかりができてきていた。
「あの……店員さん、さっきまで私の隣にいた女の子知りません? 私の妹なんですけど……」
ディーナは万華鏡屋のおじさんに尋ねる。
「あれ……そういえばいなくなってるな……。お嬢ちゃんに見とれて気づかなかったや」
「まぁお上手……じゃなくて! 知らないんですね?」
「あぁ、すまないね……」
ディーナは辺りを見回す。猿回しの周りにできた人だかりはさらに人数が増え、シルフィの姿を覆い隠していた。
「あぁもう! すぐに迷子になる!」
ディーナがそう言いながらシルフィを探して歩き出した方角は、猿回しの曲芸とは反対方向だった。
「お嬢ちゃん、ありがとうな。おかげで大儲けだ」
猿回しの曲芸師は、シルフィがひととおりの演目を終えるとそう言って彼女の頭をポンポンと叩いた。
「ありがとうございます!」
「ほら、これはほんのお礼だよ」
そう言って曲芸師のおじさんは投げ銭をひとつかみ取ると皮袋に入れてシルフィに手渡した。
「え、良いんですか!?」
「もちろんだ。さっきの売り上げは半分くらいお嬢ちゃんの功績みたいなもんだからな。どうだ? これからもうちで働く気はないか?」
「うーん、せっかくのお誘いですけど、私には本職があるんで」
「そうかい、それは残念だなぁ。まぁまた気が変わったらぜひ、俺のところに来てくれ」
「はい! りょーかいです!!」
シルフィは敬礼のようなポーズを取ると姉のいるはずの万華鏡屋の屋台に向かって駆けていった。
「あの、お姉ちゃ……ん?」
ディーナがいない。
「あ、あれ……? あの……」
シルフィは恐る恐る屋台の主人に声をかける。
「あっ、君は確かあの美人さんの妹の……」
「はい、シルフィっていいます! あの……お姉ちゃんは……?」
「お姉さんならさっき、君を探してあっちの方に……」
大変だ。屋台の主人が指さした先はさっきまでシルフィがいたのとは反対方面である。
「えぇ、お姉ちゃーん!!」
シルフィもすぐさまその方角へと駆け出していった。
「なるほど、ディーナ様の監督不行き届きのせいで我々は貴重な仲間をひとり失ってしまったと……」
「シルフィ……かわいそうに……」
ディーナからの報告を聞いたアルトとダンは口々に言った。
「あのね……あんたたち……」
「大丈夫だと思うよ。いくらシルフィがおきらくごくらく天然おつむだったとしても、この短時間のうちにそう遠くへはいけないはず。きっとまだ近くにいるさ」
ダンが言う。
「ありがとう。……で、それはそれとして……」
と、ディーナはふたりをにらみつけた。ふたりとも、鉄串にささった肉の塊をほおばっている。
「さっきから何を食べているわけ?」
「いえ、ディーナ様とシルフィ様はしばらく戻ってこないと踏みまして……」
「そこの屋台で買ってきた」
ふたりは答える。
「ディーナ様、腹が減っていては戦はできませんよ」
ディーナの頭に怒りマークが浮かび上がった。
「ちょっと貸しなさい!」
そしてダンの鉄串肉を奪い取るとかぶりつく。
「まるでハイエナだな……」
「やかましいわ!」
「うえぇ……本当に迷子になっちゃいましたー……」
シルフィはウジャートの街を涙目になりかけながらうろうろとさまよっていた。いつの間にか市場を外れて薄暗い裏通りに来ていた。
「お姉ちゃーん、ダンさーん、アルトさーん」
呼びかけるがもちろんのことながら返事はない。通りの隅の方には乞食が座り、何か物欲しそうにこちらを見てくる。
「うぅぅ……寂しいです、悲しいですぅ……」
シルフィはこみ上げてきそうな涙を必死にこらえながら歩いていたが、やがて何かにぶつかって立ち止まる。
「よぉ嬢ちゃん、寂しいんだって?」
見ると、ガラの悪そうな男三人組だった。
「はい、そうなんです。お姉ちゃんとはぐれちゃって……」
「ほーぅ、なかなかかわいい顔をしてるじゃねぇか……」
真ん中の男がシルフィの顎の下をくいっとつまんだ。
「ほめてくださってるんですか? ありがとうございます!」
シルフィはあっけらかんとして言った。
「こ、こいつ……俺たちをなめてやがりますぜ?」
「まぁ待て……」
右側の男が言うが、それを真ん中の男が制した。
「なぁお嬢ちゃん、俺たちがそのお姉ちゃんとやらを探してやる。だが、タダじゃあねぇぜ?」
「あっ、お金ですか? お金ならここに……」
そう言ってシルフィはさっき猿回しの曲芸師からもらった皮袋を取り出して見せた。
途端、男たちの顔色が変わる。
「そ、それ、本物か?」
「本物ですよ?」
「貸しやがれ!!」
真ん中の男がシルフィから袋をひったくり、その中身をジャラジャラと出した。コインが地面に転がり落ちる。
「ほ、本物だ……」
シルフィはすぐさま地面に落ちたお金を拾ってあげようとするが、男はそんなシルフィの腕を掴む。お金は、後のふたりが自分たちで拾い集めた。
「待て、この金はもう俺たちのもんだ。お前は触るんじゃあねぇ」
そしてシルフィの手を離すと彼女に背を向ける。
「行こうぜ! これで俺たちもしばらく遊んで暮らせそうだ」
だが、そんな三人をシルフィが呼び止めた。
「待ってください! お姉ちゃんを一緒に探してくれるって言いましたよね?」
男たちは首をかしげる。
「あぁ? 知らねーなー。なぁに寝ぼけてるんだい? 寝言はママに抱かれて言いな」
男たちはぎゃははと笑い始める。
しかしそこでシルフィは、彼らに向かって歩き始めた。
「だましたんですね? いいですか? 人をだましたり嘘をついたりすることは、人の物を盗むことと同じくらい悪いことなんですよ?」
「ほう? 俺たちに説教を垂れるつもりかい? 嬢ちゃんよ……」
真ん中のリーダー格の男がシルフィの腕をがっしりと掴むと顔を寄せた。
「まぁいい。そのかわいい顔に免じて許してやるよ……」
それからニヤリと笑って続ける。
「その代わり、俺たちのもとでたっぷりとしつけ直してやるがな」
男は、シルフィの腕を掴んだまま歩き始めようとする。
「ちょっ、ちょっと、何するんですか? 人が嫌がることをするのは……」
「やい、てめぇら! 大の大人が女の子ひとりによってたかって、大人げねぇぜ!!」
シルフィの声は突如背後から聞こえてきたその声に遮られた。
そこには、おそらくこの国の人であろう浅黒い肌をした少年が立っていた。ややはね気味の黒髪に琥珀色の瞳、そして額にはなぜかV字型のタトゥーが入っている。年齢はシルフィと同じくらいのようだが、やや身長が低い。
「ガ、ガキが……俺たちに何の用だ?」
そう言いながら男たちはシルフィを突き放し、ガンを飛ばしながら少年のほうに歩いていく。
「へっ、何の用もパンの耳も……今言ったとおりだぜ!!」
独特の言い回しをする少年だ。
「やっちまえ!!」
男たちはいっせいに少年にとびかかった。
シルフィは次に起こるであろうことを想像してぐっと目をつぶる。大の大人3人と小柄な少年、勝負は目に見えているようなものだ。
やがて、シルフィはふたたび腕を掴まれ、恐る恐る目を開けた。だが、そこにいたのはあの男たちではなく、少年のほうだった。
「大丈夫か? けがはしてねぇな」
少年はきょとんとするシルフィの腕を掴み、優しく立ち上がらせた。
「あ、あの……あの人たちは……?」
シルフィはやっとのことで声を出すと訊く。
「あぁ、あそこでのびてるぜ」
少年が親指で後ろを指さすと、そこにはさっきの三人が気を失って倒れていた。
「ありがとうございます! 助けてくださって……」
「いいってことよ。んなことよりお前、観光客だろ?」
少年は決めつけてきた。
「いえ、そういうわけじゃ……」
「いいんだぜ? 隠さなくても。どうだ? 俺がこの街を案内してやるよ。ついてきな」
少年はシルフィの答えも聞かずにずんずんと先へ歩いていってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ名前も何も聞いてないのに……」
「ジャーファル」
少年は言った。
「ほへ?」
「ジャーファル・ベシャール。それが俺の名前だぜ」
「ジャーファルさん、ですね? 私は……」
「ジャーファルだ。さんなんて余計な敬称はいらねぇ」
「で、ですが……」
「いい」
「じゃあジャーファル、私は……」
「シルフィ・オルレアンだな」
「し、知ってるんですか!?」
シルフィが驚いているとジャーファルはおもむろにシルフィの名前の入った皮財布を取り出してニヤリと笑った。
「あっ、それは私のです!」
「スリにはご用心、ってな」
そう言ってジャーファルはシルフィの財布を投げて返した。
シルフィはジャーファルの案内で街中の名所を見て回った。
「いいか? あれがこの街の中心にあるモスクで、その前の噴水の広場には市場が集まっている」
「ふーん、ってこの市場!」
間違いない、ディーナとはぐれてしまったあの市場だ。どうやらジャーファルに案内されるうちに最初の場所に戻ってきてしまったらしい。
「あ? どうした?」
「ここの市場で私、お姉ちゃんとはぐれちゃったんです!」
「お姉ちゃん? ふたりで市場を回っていたのか?」
「いえ、あとは……ダンさんとアルトさんと……」
「分かった。探してやるよ」
ジャーファルはすぐに答えた。
「え、あ、ありがとうございます!」
シルフィは頭を下げた。
「顔を上げろよ、シルフィ」
そう言ってジャーファルはシルフィの手をそっと握った。
「シルフィ、俺はお前が好きだ」
「は、は、はい!?」
「さっき……路地裏でひと目見た時からお前に惚れたんだ」
「ジャーファル……」
シルフィは何故だかわからないが顔が紅潮していくのを感じた。
「……だから……俺と結婚してくれ」
「ぴゃっ」
シルフィが顔から湯気を出しながら後ろに倒れそうになる。それをすかさずにジャーファルが抱き留めた。
「安心しな、シルフィ。すぐに答えを出せとは言わない。だからじっくり考えていてくれよな」
「は、はい……」
シルフィは耳の奥の血管がごうごうと流れる音を聞きながら、ほとんど上の空でそう答えた。
そこから百メートルほど離れた地点を、ダン、ディーナ、アルトの三人がシルフィを探して歩いていた。
「シルフィ~!」
「シルフィ様ぁ!!」
と、そこでディーナが衝撃的な光景を目にして立ち止まる。
「ん? どうしたんだ? ディーナ」
「ちょ、ちょっとふたりとも、あれを見てよ……」
震える声で指さす先には、シルフィともうひとり、現地の少年と思わしき人物の姿があった。年齢はダンと同じくらいだが身長はそれよりも小柄だ。
「ディーナ様、どうやらとうとう先を越されてしまったようですね……」
「うるさいっ」
そしてディーナはシルフィのほうへ向かっていこうとする。
「あの、ディーナ様、どちらへ?」
「決まってるでしょ!? 自分の妹が男に襲われようとしてるんだよ!?」
いや、まだそうと決まったわけじゃ……。と、言いかけたダンだったが、すぐにその言葉を封印した。こういう時のディーナは何を言ったところで無駄なのだ。やれやれ。
さて、そんなことはいざ知らず。偶然にもディーナたちのほうへ目を向けたジャーファルはハッとする。
ディーナたちに気が付いたからではない。彼の目に飛び込んできたのは、その後ろにいる男たちの一団だった。頭に白いターバンを巻き、腰にはシャムシールというアラビアの伝統的な刀を差している。間違いない、憲兵たちだ。
「シルフィ、逃げるぞ」
「へ? な、なんですか?」
「憲兵たちだ。見つかる前に逃げるぜ」
ジャーファルはまだぽやーっとしているシルフィに声をかけるとその腕を握って走り始めようとする。
「え、ちょ、ちょっと待ってください? 憲兵さんって……もしかしてジャーファル、何か悪いことをしちゃったんですか?」
「さてな。悪いのはあいつらだろ?」
ジャーファルはすっとぼける。
「だめですよ? 悪いことをしたらちゃんと謝らないと」
「シルフィ~、お前は本当に純粋ないい子だなぁ~」
ジャーファルはシルフィに抱き着きたくなる衝動に駆られたが、その気持ちを抑えて速足で逃げ出した。気づかれなければこっちのもんだ。
一方のディーナはそんなふたりの姿を見て、疑惑を確信へと変えた。
「あいつ、逃げ出したってことはやっぱりやましいことがあったってことだね?」
間違いない。こうなったらこのディーナ・オルレアン様があの不届きなガキをとっ捕まえて二度とこんなことができないようにしやる。
「ダン、アルト! なにもたもたしてんの? 早く追いかけるよ?」
ダンとアルトは顔を見合わせてからディーナに従った。どうもなんか違う気もするんだけどなぁ。
ジャーファルは市場から外れた、人通りは少ないが明るい通りの曲がり角に来るとシルフィの手を離して向き合った。
「さぁ、ここまでくればもう大丈夫だぜ?」
「あの……」
と、シルフィはジャーファルに声をかける。
「どうした?」
「どうして、ジャーファルは憲兵さんに追いかけられてるんですか?」
「あー、そうだな……」
ジャーファルは少し考え込むような顔をする。
「ま、お前には言ってもいいか、俺の未来のお嫁さんだしな……。実は俺は……」
「やぁっと見つけた。さぁ観念なさい?」
ジャーファルの言葉をさえぎってひとりの少女が路地に参上する。後ろに、ふたりの少年を従えていた。
「あっ、お姉ちゃん!」
シルフィの顔がパッと明るくなる。
「シルフィ!」
ディーナは飛びついてきたシルフィをぎゅっと抱きしめる。
「お前が……シルフィのお姉ちゃんか?」
ジャーファルは尋ねた。
「あんたは? まさかとは思うけどうちのシルフィに……」
「ジャーファルは私を助けてくれたんです!」
「え?」
ディーナは目を丸くした。
「な、なーんだ。そんなところだったかー。ま、私はそんなとこだろうと思ってたけど?」
「ディーナ、お前……」
「ダンさん、それ以上言わないでください……」
ダンとアルトは小声で言った。
「なるほどなー、それなら話は早いぜ。お姉さん、いや、お義姉さん、シルフィを俺の嫁にください」
「へっ、はっ、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「無理を承知なのはわかっています。ですが、ひと目見た時から俺には、この人しかいないと思いました。ですから、ぜひ……」
「じょ、冗談だよね……」
「いいえ本気です」
ディーナが気を失って後ろに倒れそうになったので、すかさずにダンがその体を支えた。
ディーナはハッと我に返って言う。
「だ、だめに決まってるでしょう!? だいたいあんたもシルフィもまだまだ子供じゃない!」
「でも、シルフィはいいと……」
「言ったの!?」
「え、わ、私は……」
言っていない。でも、いやだとも言っていない。
「いいんだ。言わなくても分かるぜ」
ジャーファルはすぐにシルフィの言葉をさえぎった。
それを聞いたディーナは目をきらりと輝かせる。
「はっはーん、怖いんだ。シルフィに本当のことを言われるのが……」
「そんなことは……!」
「いいよ? シルフィ、本当のことをびしっと言ってやりなさい」
「私は……ジャーファルはとてもいい人だと思います! 怖い思いをしてる時に助けてくれましたし……」
「でも、今はそのジャーファルに怖い思いをさせられてない?」
「お、おい、待ちやがれ。それじゃあまるで誘導尋問じゃねえか!」
「ちょっと、今はシルフィが答えようとしてたところでしょ!?」
「やかましい! ……さてはお前、シスコンってやつだな?」
「はぁ!? なにそれ、だいたいあんた、私やシルフィなんかよりも身長低いくせに生意気じゃあない?」
「身長は関係ねーだろ! それともなんだ? そこまで言わないとこの俺に欠点が見つからないってか。へっ、やっぱり完璧美少女なシルフィは完璧ハンサムのこの俺にふさわしいぜ!」
「そういうのは身長をもうちょっと伸ばしてから言いなさいよ!!」
「うるせえ、身長はこれから伸びるんだよ! お前と違ってな!」
「あんたと多分二歳くらいしか変わらないんだけど!?」
「二歳も老けてるの間違いだろ?」
「このぉぉ!!」
「まぁまぁ、待って、落ち着こうかふたりとも」
ディーナがジャーファルに殴りかかろうとしたのでダンがすかさずに止めに入る。
「えぇっと、とにかくシルフィは無事に戻った。とにかくそれでいいじゃあないか。ジャーファルがシルフィを助けてくれたのも事実みたいだし……」
「お前はそっちの凶暴女と違って話が分かるやつみてーだな」
ジャーファルはそう言ってダンに一方的に肩を組む。
「あぁん、誰が凶暴女だって!?」
ディーナは火でも吹き出しそうな形相でジャーファルをにらみつけた。
「なるほど、凶暴……」
「ダン、あんたもなの!?」
「嘘です、冗談です……」
怪獣の逆鱗に触れたくはないのでダンはそう言って続けた。
「それにディーナも、シルフィが見つかってよかったじゃあないか」
「まぁそれはそうだけど……」
ディーナはようやっとに怒りの矛を収める。
「すげぇやお前、凶暴女を手なずけてやがるぜ」
「あぁん!?」
だめだこりゃ……。
と、そこでシルフィが思い立ったように言った。
「そういえばジャーファル、私たち、アラビア革命軍の皆様を探しているんですけど……」
「んえ?」
ジャーファルはぎくりとしたような声を上げる。
「やめなさいシルフィ、こんなのに訊いても分かりっこないって」
「うるせえ、そんくらい知ってるっての! なんてったって俺はそのアラビア革命軍のメンバーなんだからな!」
「はぁ!? あんたが? 一体どういう風の吹き回しで? だいたい普通もうちょっと隠すでしょ? そんなこと……」
「だから俺はさっきシルフィにそれを言おうと……」
「だからそれでさっき憲兵さんに追われてたんですね!」
「そういうことだ」
「分かりました。それじゃあその……仲間のところに案内してくれませんか? 俺たちはあなたたちと交渉をするために来たんです」
ダンが言う。
「交渉? まずお前らは何者なんだ?」
「俺たちは……」
「魔獣攻撃隊JACヴァイスフリューゲル隊。あなたたちのリーダーに会って、ある盟約を結ぼうと思っているんです」
ダンが答える前にディーナが言った。さっきまでの体たらくが嘘のようだ。おそらく、政治家としてのスイッチが入ったのだろう。
「そ、そうか、それなら……案内するぜ」
ジャーファルはディーナのスイッチの切り替えに半ば困惑しながらも答えた。それからダンに小声で訊く。
「なぁお前、あの凶暴女に何をしたんだ?」
「いや、なにも」
「あんたたち? ちゃーんと聞こえてるんだからね?」
あ、元に戻った。
ウジャートの街を見下ろす高台に三機のRAがあった。灰色の機体に古代ナイル文明の王冠のような形の頭部、そしてヘッドパーツの真ん中に入ったスリットには赤色の単眼が光る。アラビア帝国軍の量産型RA、ヌビアだ。三機のうち一機は、頭部が金色をしていた。指揮官専用機である。
「指揮官、本当にやるのですか?」
一機のヌビアのパイロットが指揮官専用機に通信をかけた。
「あぁ、やむをえまい。ウジャートの街はずっと我々の反乱軍引き渡し要請を拒絶し続けてきたのだ。この際、奴らに、帝国に逆らうということがどういうことかわからせてやろうじゃあないか」
「し、しかし……これはよもやすると虐殺行為……」
「反乱分子をかばうなど、我々に歯向かっているも同じこと。そして帝国に歯向かうものを鎮圧するのが我々、軍の役目ではないのか?」
「はっ」
三機のヌビアは背中のノズルから魔法粒子を噴射し、空中へと飛びあがった。
ダンたち四人は、ジャーファルの案内で、ウジャートの街にある居酒屋の中庭へと通された。
その中庭の真ん中には、何か大きなものがカラフルな布に覆われて隠されていた。高さは最も高いところで二・五メートルほど、そして長さは十二メートルくらいはある。
「ねぇ、これってもしかして……」
ディーナが気がついて言った。
「あぁ、そのもしかしてだぜ」
それからジャーファルは勢いよく布をはがした。
「XXXR-07 アヌビス。このジャーファル・ベシャール様のRAだ」
深緑色の装甲に金色のラインが入ったRAだ。
「わぁ、すごいです! ジャーファルもRA乗りだったんですね!」
シルフィは感心したように言う。
「シルフィ、そう言ってくれるなんてお前は本当に……」
「はいはい、そこまでそこまで」
ジャーファルがシルフィを撫でまわしそうな勢いだったのですぐにディーナが割って入る。
「それで、どうするの? あんた、まさか自分のRA見せてごまかすわけじゃあないでしょうね?」
「ごまかしてどうするんだ? ちゃんとこれに乗っていくつもりだぜ?」
「RAに? 人間五人も乗せて?」
RAの狭いコックピットに乗るのは三人が限度というものだろう。
するとジャーファルが気づいたように言う。
「あっ、言われてみりゃあそうだな。それじゃ、シルフィ、一緒に行こうか」
そしてシルフィの肩を抱こうとするので、すかさずにディーナがその間に割って入った。
「だ、だったら私も行く」
「なんで俺がお前なんかを乗せてやらなきゃあならないんだよ」
「私だって別にあんたと乗りたいわけじゃあないよ? ただ……シルフィがあんたに何かされないか心配だから……」
「やい、シスコン!」
「誰がシスコンじゃこの馬鹿!!」
「やめてください!」
ふいに叫んだシルフィにふたりはハッと目を丸くする。
「ふたりとも……けんかをしないでください。ふたりとも、私の大好きな人なのに……けんかなんてしたら……私、とっても悲しいです」
「シルフィ……」
「お姉ちゃん、私、ジャーファルと一緒に行きます。大丈夫です、ジャーファルは何かする人じゃあありませんよ?」
ディーナは頷いた。
「分かった。でもその代わり、もし、本当にシルフィの身に何かあったら、そん時はただじゃあおかないからね」
「お前との約束っつーのは癪だがシルフィのためだ。分かったぜ」
ジャーファルはそう言うとRAのキーを取り出した。そしてスイッチを押し、コックピットハッチを開かせる。
ちょっとラブコメっぽい話になりました。次回の更新は2月26日です。