第6話 ヴァイスフリューゲルVSブルーバード
第6話です。三つ並べると悪魔の数字です。
ハイペリオンに乗っているダンとディーナはコックピットのスクリーンに映し出された映像に目を凝らした。
水平線の果てのほうで光が飛び交い、点滅しているのが見える。
「あれは……戦闘か?」
「えぇっ、ちょっと早く加勢に行かないと大ピンチじゃあない!?」
「言われなくても……!」
ダンはハイペリオンの腰部に装備されたプラズマライフルを右手に持たせると、から魔法粒子を最大量噴射させ、戦場へと機体を直行させる。
「やった! これで二機目です!!」
シルフィはまた新たなゾルを海中に落下させ、叫んだ。バックパックのノズルを破壊して戦闘不能にしただけなのでパイロット自体に命の別状はないだろう。
ジャンヌアローは続いて飛んできた光弾を機体をスピンさせてかわす。光弾は後方にいた別のゾルに命中し、その機体はメインカメラを損傷し、海中に突っ込んでいく。
「これで三機目、幸先いいですよ!」
だが、そんなシルフィが乗るジャンヌアロー目掛けて、ギムールのペルーダがメタルハーケンを発射する。
「えぇい、ちょこまかと! カトンボかよお前は!!」
「えっ、うわっ、なんですかこれは!」
ジャンヌアローは伸びてきたワイヤーをすんでのところでかわす。だが、メタルハーケンは獲物を見つけたタコの足のように執拗に追撃してくる。
「見たか! このギムール・ギマラインシュ様のド派手な戦い方を!!」
「こ、こうなったら!」
ジャンヌアローはメタルハーケンの追撃をかわしながらジャンヌ-Χへと変形する。
「デュアルシフト! ジャンヌ-Χ!!」
ジャンヌ-Χは左肩からビームセイバーを抜くとメタルハーケンを光刃で受け止めた。
「可変機か……。派手だなぁ、気に入ったぜっ!」
ギムールはメタルハーケンをペルーダの腕の甲に戻すと、ビームセイバーを抜いてジャンヌ-Χに切りかかった。二本のセイバーが空中で互いにぶつかり合う。
「シャル・ウィー・ダンスッッ!!」
ペルーダがもう一本のセイバーも抜いて切りかかってきた。どうやら二刀流スタイルのようだ。
「そっちが二刀流ならこっちだって!」
シルフィはジャンヌ-Χの右肩のセイバーも抜かせ、二本のセイバーの柄の部分を連結させた。両刃式に光刃が伸びるツインセイバーだ。
「面白くなってきたなぁ!!」
「然っ全楽しくないですけど、船を守るためです!!」
二機の機体は空中でコマのように何度もぶつかり合った。
一方、海上を進む戦艦の方も、今まさに互いにぶつかり合おうとしていた。
「狙うはあの真ん中のやつだ!!」
アリアは着々と迫りつつあるブルーバードを艦橋のスクリーン越しににらみつけ、叫んだ。
「了解!」
「し、しかし艦長、どうしてあの戦艦なんですか?」
ザルト副艦長が尋ねる。
「どうしてってぇ見てわからんのか。あの艦は確かさっき、普通の三倍のスピードでご登場なすった艦だ。それが作戦の内だったにしろただの抜け駆けだったにしろ、今の作戦はあの艦を中心にして動いている」
「艦長、あの敵艦、尋常じゃあありませんね」
ブルーバード艦内でも、副艦長が言う。
ヴァイスフリューゲルは魔法防壁上とはいえ何発もの砲撃を食らっている。だが、それにもかかわらず、野牛の群れのごとし勢いでこっちに向かって突撃してくるのだ。魔法防壁といえど無敵ではない。通常攻撃だろうと何発も食らえば無効化されてしまう。普通の戦艦ならばそれを恐れてあのような特攻など仕掛けてこないはずだ。
「狙いはわたくしたち……ですわ」
フローラは呟くように言った。
「は……?」
「見てわかりません? あの航行ルートを取ればまっすぐわたくしたちの艦に衝突する。そうやって魔法防壁同士をぶつからせ、お互いの防壁をたたき割るつもりですわ」
「し、しかしそれでは、こちらはおろか相手側とてただでは済まないのでは……?」
「えぇ、ですがこちらは軍としてある程度の指揮系統が存在している。でも自分たちは一隻だけだからそれがない。だからこちらの指揮艦艇をつぶせばあとはめちゃめちゃになる。そう考えたのでしょうね」
「艦長、どうしますか……?」
「もちろん、受けて立ちますわ。せっかくの挑戦、引き受けないと相手に対して失礼ですもの」
それにわたくしには、相手がおそらく持っていないであろう切り札がありますわ……。
「総員、衝撃に備えろ!!」
アリア艦長が指示を飛ばす。直後、艦内に爆弾でも爆発したかのような衝撃が走った。ヴァイスフリューゲルとブルーバードの魔法防壁同士がぶつかり合った衝撃だ。
「よし……このままさらに前進だ!」
「艦長、無理です! そんなことをしたら魔法防壁は互いに割れて……」
と、ここで操縦士はハッとする。
「気づいたみたいだね。でも、それが目的さ」
「了解!」
ヴァイスフリューゲルは後方から魔法粒子を最大噴射させる。
「艦長、どうやらお互いの魔法防壁に亀裂が生じ始めたようです!!」
「よぅし、いいぞ、そのまま最大出力だ!!」
だが、ブルーバード艦内のフローラはあくまでも落ち着き払っていた。
「はーぁ、どうやらこのわたくしが誰だかいまいちよくわかっていないようですわね……」
フローラは憂鬱そうにため息をつくと、右手のひらを突き出して言った。
「魔法防壁、修復。……ですわ」
亀裂の入っていたブルーバードの魔法防壁はみるみるうちに修復されていった。
「か、艦長、敵艦の魔法防壁が修復されていっている模様です!」
レイカは信じられないというふうな声で報告する。本来、魔法防壁が自己修復するというのはありえないことだ。考えられる可能性は、相手の艦に魔法種族が、それもかなり強い魔力を持った魔法種族が乗っていることくらいだ。そしておそらく、ヴァイスフリューゲルにそのような者は乗っていない。
「このままでは我々の艦の防壁が持ちません!」
「さぁ! これであなたたちはおしまい。でも、ここまで善戦したことは褒めてやってもいいですわ!!」
フローラは勝ち誇ったように言った。
「いいや、まだ終わりじゃあないさ……」
アリアは隣にいるザルトにしか聞こえないような呟くような声で言った。
「はい……?」
ザルトは聞き返す。
「終わりじゃあないといったんだ。あたしを……いや、あたしらをなめるんじゃあないよ!!」
艦長はそう言って自身の右眼の眼帯を外す。閉じられた瞼を開くと、その瞳は深紅色だった。
アリアの深紅色の右眼が一瞬、赤い光を放つ。
「魔法防壁を直せるのがてめぇだけじゃあないってことよ!!」
「し、信じられません! 本艦の魔法防壁も修復を始めています!!」
レイカが叫ぶ。
「艦長、あなたは一体……」
ザルトの呟きは戦場の音にかき消された。
「艦長、大変です! 敵艦の魔法防壁が修復を始めています!!」
「ど、どういうことですの……!? 敵艦にも魔法種族が……!?」
一方で、珍しくうろたえるのがフローラだ。
「出力全開! そのまま突っ切れ!!」
アリアは右眼を赤く発光させたまま命令した。
「了解! 出力全開!!」
両艦の間が黄色く明滅した。
そしてついに、魔法防壁が破れた。
「総員、衝撃に備えろ!!」
アリアは命じる。
次の瞬間、ヴァイスフリューゲルとブルーバードが正面衝突をする。
「ぐ……」
艦内がかつてない揺れに襲われる中、アリア以下乗員たちは歯を食いしばって耐えた。
「きゃあぁぁっ!!」
「艦長!」
一方、さっきまで勝ちを確信していたブルーバード艦内は衝撃に備えるのが遅れ、準備、それも主に心の準備ができていないままに揺れに襲われた。
艦橋スクリーンには一瞬、ノイズが走る。
「そのまま、砲撃開始!!」
さらに、魔法防壁が破壊され、いわば鎧を脱がされた武者状態になったブルーバードを容赦ない砲撃が襲う。
「外部装甲に被弾! さらに主砲が損傷!! それから通信システムダウン!!!」
「み、みじめになるだけですからそれ以上報告しなくていいですわ……」
その時、一瞬何か赤いものが見えた気がしてから、艦橋にひときわ大きな衝撃が走り、辺りは闇に包まれる。スクリーンの映像が消えたのだ。
「メインカメラがやられました! 非常灯、点灯します!」
艦橋内が赤い非常用照明によって照らされる。
「艦長、こうなった以上我々は……」
そう言いながら副艦長がフローラの手を取ろうとした。
だが、フローラはそれを払いのける。
「どこに行くというんですの?」
「脱出艇が艦後方にあるのは艦長もご存知でしょう? ここにいても沈められるだけです」
「それで逃げるというんですわね。……素晴らしい考えですわ」
そう言ったもののフローラはその場を動こうとしない。
さらに、副艦長にこんなことを尋ねた。
「ところで……脱出艇は何人乗りですの?」
「少なくとも……戦略的に生き残ることが奨励されている艦橋メンバーが乗る分くらいはあるとは思いますが……」
「つまり……わたくしたち以外には死ねと言っている、ということですわね」
「そ、それは……」
副艦長は言葉に詰まる。
「イリスさん」
と、フローラは副艦長の名を呼びかける。
「確かにわたくしはあなたがた隊のメンバーに何度も心の中で『死ねばいいのに』とか『さっさと戦死しちまえ』と、悪態をついたことがあることがあるは認めますわ」
そんなこと思われてたのか、恐ろしい上官だ……とイリスは思う。
「……でも、本当にあなたたちがわたくしより先に死んだら……そんなことを言える相手がいなくなってしまいますわ。それだったらわたくしは、皆様と一緒に死んだ方が百倍も、いや、千倍もマシですわ!!」
「艦長、あまり賢い選択とは言えませんね……。ですが、我らブルーバード隊、地獄だろうとどこだろうと、艦長にお供するつもりです」
艦橋内は沈黙に包まれた。皆、ヴァイスフリューゲルによるとどめの一撃を待っているようだった。
だが、そんな中、フローラがハッとしたように叫ぶ。
「……って、どうして皆さま静まり返っていますの!?」
「あれ、艦長、我々はこのまま討ち死にを……」
「それは死ぬときの話ですわ! わたくしたちは最後まで戦いぬいて死ぬ、と。そう言いたかったんですのよ、わたくしは」
「し、しかし……この状況でどうやって戦うと……」
イリスの言う通りだ。メインカメラが損傷した以上、敵の状況を目視で確認することはできない。
しかし、フローラはフッと笑うと言った。
「あら、五感のうちのたったひとつがやられただけじゃあありませんの」
「しまっ……。フローラちゃんが!!」
ペルーダに乗り、ジャンヌ-Χと戦っていたギムールは、背後でブルーバードの魔法防壁が破壊されたのを見て叫ぶ。ちょうど、ヴァイスフリューゲルがブルーバードに衝突していくところだった。
だが、今は助けに行くことができない。目の前に可変機という魅力的な敵が……いや、フローラちゃんのが一万倍魅力的だ。すぐ助けに行くぜ!!
ペルーダは、いきなり方向転換するとブルーバード目掛けて降下を始めた。
「あっ、ちょっと待ってください!!」
突然のことに驚いて思わず敵機に呼びかけてしまったシルフィは、すぐにジャンヌ-Χを駆りペルーダを追いかける。
ギムールの目の前で、ヴァイスフリューゲルがブルーバードに容赦のない砲撃を加えていた。
ま、まずい。このままだとフローラちゃんが……!
ギムールはブルーバードに通信をかける。
が、ブルーバードの通信システムが故障をしてしまったのか、接続することができない。
そんな……きっとか弱いフローラちゃんは今の攻撃のショックで……。ギムールの想像は悪いほうへと膨らむばかりだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! フローラちゃんを返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ギムールはそのままヴァイスフリューゲルに特攻を仕掛ける。
「うわっ、なんだあいつは……!」
アリアはそんなペルーダの姿を見て言った。赤い魔動機がこちら目掛けて突撃してくるのだ。しかも飛び交う砲撃をすべてかわしている。
「ご、ごめんなさい! あのRAさん、急にそっちに行っちゃって……!」
シルフィから謝罪の通信が入るがもう間に合わない。赤いRAは彗星のような勢いで迫っていた。
その時だ。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
迫りくるペルーダに体当たりをけしかけるRAがあった。灰色を基調としたボディに一部分はオレンジ色のアーマー、ハイペリオンだ。
「ダン! 助かったぜ……」
アリアはハイペリオンに通信を入れる。
ハイペリオンは勢い余ってペルーダもろともブルーバードに突っ込んでいく。そして2機は、艦の真ん中上部にある普通の船ならば艦橋のある部分にぶつかり止まった。おそらく、メインカメラでも備えられている部分だろう。
「ダンさん! お姉ちゃん! 間に合ってよかったです!」
シルフィからの通信が入る。
「ま、お姉ちゃんの手にかかればざっとこんなものだよねー」
操縦もなにもしていないディーナが答えた。
「いやいや、ディーナは操縦していないだろ」
ダンはツッコミを入れながらハイペリオンを後方に飛びのかせ、ビームセイバーを抜いた。ブルーバードの艦上で地上戦だ。
空中ではジャンヌ-Χが新たに現れた敵に襲い掛からんとするゾルたちを迎撃している。
「俺の……フローラちゃんをよくも!!!」
ギムールはペルーダの二本のビームセイバーを構えなおさせると艦上を走り、ハイペリオンに突撃していった。ペルーダのビームセイバーとハイペリオンのビームセイバー、そしてシールドが、ブルーバード艦上で交わる。
「例えば……目の見えない人は音や匂いで周りの世界を認識している。今のわたくしたちもそれを使うんですのよ」
フローラは、艦橋にいる部下たちに説明した。
「ほら、耳を澄ましてくださいまし?」
副艦長以下ブルーバードクルーたちは言われた通り、耳を澄ませる。
「た、確かに聞こえます。これは……」
「何か金属のようなものが艦の上でぶつかり合うような音ですね」
それもそのはずである。
「フローラちゃんの仇!!」
「させるか!」
「ダン! 右!!」
たちまちフローラの頭に怒りマークが浮かび上がってきた。
「どこの誰ですの……。わたくしの艦の上で殴り合いをしている馬鹿は……」
「あ、あの……艦長?」
「とりあえずあの馬鹿たちは砲撃で追い払って差し上げて?」
「了解!」
ブルーバードの砲台から、ハイペリオンとペルーダ目掛けて光弾が雨あられと発射された。
「あいつ……味方も巻き込む気……?」
事情を知らないディーナは唖然とする。
「いや……メインカメラはさっきやられたはずだ。つまり、敵は見えていないのにやみくもに撃っている」
一方、ダンは真相をまた違った方面で解釈する。
だが、ギムールは狂喜乱舞していた。
「生きていた!! フローラちゃんが生きて……」
と、そこまで言ったところで光弾が命中し、ペルーダは海中に叩き落とされる。
「あ、自滅した……」
その様子を見てダンは一瞬フリーズしかけるが、すぐに気を取り直してブルーバードから離れて空中に飛び立つ。もう、ここにいる用はない。敵は上空に雲霞の如く群がるゾルだけだ。
「ようやく、うるさいのがいなくなりましたわね……」
フローラは安堵したように言う。
「それでは、もう一度耳を澄ましてくれません?」
その直後、ふたたび砲撃が襲う。ハイペリオンが艦上からいなくなったので、ヴァイスフリューゲルはまたブルーバードへの攻撃ができるようになったのだ。
「く、砲撃……」
イリスが歯を食いしばるが、フローラは動じない。
「ほら、砲撃が当たっているのは前方ではありませんこと?」
確かにそうだ。それにオペレーターが見る計器類を見てみても、損傷部はどちらかというと艦の前部が多い。
「つまり……?」
「つまり、敵の砲撃も前からきているということ。どうやら相手は、わたくしたちが思っているよりも、もっとずっと単純な脳細胞をしているようですわね」
「砲撃しますか……?」
イリスは尋ねる。
「いいえ、もっと確実に相手を葬り去る方法がありますわ」
フローラは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
ダンはハイペリオンを駆り、ゾルの軍団と戦闘をしていた。だが、倒しても倒してもキリがない。まだ敵は残り十機ほどいる。
「くそ……まだまだいる……」
「でも、私が出撃した頃はこの二倍くらいいましたよ?」
シルフィから自慢げな通信が入った。
「二倍? じゃあ半分くらいはお前が倒したってことか?」
「ふふーん」
シルフィはたいしたことのない胸を張る。
しかしそこでディーナがあることに気が付いた。
「み、見て!」
ダンが慌ててハイペリオンの向きを変えると、ちょうどブルーバードが海面から上昇し、空中に浮かび上がったところだった。あれが大抵の機兵母艦には装備されているという反重力装置の力か……。ダンは初めて見る光景だ。
「何をするつもり……?」
ディーナが呟く中、ブルーバードはヴァイスフリューゲルの真上にゆっくりと移動した。
「お、おい……いったい何をおっぱじめるつもりなんだ?」
アリアが言った時だった。
「反重力システム、解除! ですわ」
フローラはウインクをしながら命じる。その途端、ブルーバードの巨体がヴァイスフリューゲル目掛けて落下してきた。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
今度は、ヴァイスフリューゲルの艦橋が混乱に包まれる。
「反重力姿勢維持装置、損傷! 艦内空調システムダウン! 予備動力源、機能停止!」
「やめろ! みじめになるだけだ!」
アリアはどこかで聞いたようなセリフを吐いた。
二隻の機兵母艦は海底へと深く沈んでいく。
フローラは相変わらずに非常用照明で赤く照らされた艦橋で深くため息をついた。
「艦長、メイン動力源が損傷しました。もう……浮上することができません」
オペレーターがしんみりと呟く。すでに船体に多大なダメージを受けていたブルーバードに、今の攻撃は耐えられなかったようだ。
「艦内システム、ダウンします」
艦橋内の非常用照明も、だんだんと薄暗くなっていった。
「どうやら、わたくしたちもこれで本当におしまいのようですわね……。花は散り際、きっと綺麗に咲けましたわ……」
薄暗く、光が失われていく中、フローラはそっと呟いた。
「ど、どっちも沈んだ……?」
ダンは海中に沈んでいった二隻の戦艦を見守ることしかできなかった自分を呪いながらもそう言った。
「え……そんなことありえないですよね!? ヴァイスフリューゲルが……私たちの船が沈んだなんて……」
シルフィはかなり動揺しているようだ。
「ね、ねぇ待って!」
と、そこでディーナが言う。
「何か……聞こえない?」
それは、かすかだが、コックピットの中から聞こえてくるようだった。
ややノイズが入っているが、一応人の声のようだ。
やがてその音はダンたちにも発言内容が確認できるほどに大きくなった。
「おい、ダン、シルフィ、ディーナ、聞こえるか?」
「アリアさん!」
「艦長!」
それは、アリアの声だった。
「どうやら通信システムが少しいかれちまったみたいでな。映像がつながらないんだ。……だが通じてよかった」
「艦長、無事なんですね?」
ディーナが安堵したように尋ねる。
「もちろんだ。船の損傷は激しいがなんとかな……。だが、この状態じゃあもう戦えない。ここは一旦撃沈されたことにして、ずらかることにしたぜ」
「分かりました、艦長。ということは……」
「ヴァイスフリューゲルは今、海底を絶賛航行中だ。お前らもすぐに戻って来いよな」
ダンの言葉にアリアは答える。
「分かりました!」
ハイペリオンとジャンヌ-Χはすぐに戦線を離脱した。敵が追ってこなくなったところで、帰艦するとしよう。
「ふーう、危ないところだったなー」
アリアは通信を切ると眼帯を装着した。
「艦長、あなたのその力……」
ザルトは言う。
「んあ? 気にするな」
艦長はそうとだけ言うと艦橋前方のスクリーンのほうに歩いていき、薄暗い海底の様子をじっくりと見つめた。
「しかしそうは言われましても……」
艦長に続いて外を見ながらザルトが言う。
「沈んでいっちまったな……」
艦長が言った。
「はい……?」
「あの艦だよ。結局上がってこなかった」
「そのようですね……」
ヴァイスフリューゲルが息を吹き返し、ふたたび動き始めても、ブルーバードはそのまま海底へと沈んでいき、そのまま見えなくなった。
「誰が乗っていたかは知らんが……なかなかの名将だった。一歩間違えれば逆の立場だったかもしれない」
「そうですね……」
アリアとザルトはそっと目をつぶって黙とうをした。
「ア、 アラビア!?」
ダンとディーナから交渉の顛末を聞いたアリアは艦橋で素っ頓狂な声を上げた。
「はい、ちょうどいいことに今、我々は撃沈されたことになっています。ですが、実は沈んでいないということがばれるのも時間の問題でしょう。ですから、今のうちにアラビアに渡り、勢力を拡大させるべきかと……」
ダンは献策する。
「し、しかしな……」
「私からもお願いします。今回は相手のアラビア革命軍という目的のはっきりした相手ですし、前みたいなことには……」
ディーナも頭を下げる。
「待て待て、顔を上げろ」
それからアリアは考え込むように言った。
「確かに……お前たちの言うことは一理あるし、あたしだってできればそうしたい。だがな……」
「だが……なんですか?」
「だが……この艦は満身創痍もいいところだ。そんなんでアラビアみたいな内紛地帯に乗り込んでみろ。いっぺんで撃沈されちまうぞ」
「そうかもしれませんが……そこをなんとか……!」
ディーナはやけに必死になってお願いする。前に、意見を支持してあげるだけだとかなんだとか言ってなかっただろうか、この人。
「お前、やけにダンの肩を持つな……」
「そ、そんなことありませんよー」
「ほんっと、ふたりでインフィニットクルセイダースとやらのところに行ってきてから何があった?」
「あの……それなら革命軍に修理を依頼したらどうでしょうか。修理してくれたらしばらく、革命軍傘下として軍事行動に参加するとか……」
ダンが提案をした。
「んで、はやばやと和平に持ち込んで、あたしらと革命軍とで同盟締結に持ち込むというわけか」
「はい」
ダンは頷く。
「分かった。それならいいだろう」
アリアは首を縦に振る。
「「ありがとうございます!!」」
ふたりは頭を下げると艦橋から出ていった。
「艦長、よろしいんですか? 相当のリスクが……」
二人の姿が見えなくなると、ザルトはアリアに言った。
「いいも何も、あのふたりが相手じゃあ、何を言っても聞かないよ。……あんたも気を付けなよ」
「は、はぁ……」
「で、これ、失敗したらあんたの責任だからね?」
アリアへの献策を終え、ヴァイスフリューゲル艦内の通路を歩きながら、ディーナはダンに言う。
「えぇ……でも、ディーナだって共犯みたいなもんだろ?」
いや、むしろふたりとも主犯のようなものである。
「でも私は責任を取りたくないし……」
「無責任だなぁ」
「うそうそ、失敗なんてしない。少なくとも失敗するまではそう考えておくべし。……ってね」
「誰のセリフ?」
「ディーナ・オルレアン」
ディーナはさも自慢げそうに答えた。
「まったく、ツッコミ待ちなんだろうけどツッコむのも面倒だな……」
「にしても、あんた……よくしゃべるようになったねー」
ディーナは感心したように言った。
「そんなことは……」
「ある。……だって最初、あんなによそよそしかったんだもん」
「まぁ、ディーナが意外と話しやすい人だってわかったし……」
ダンはディーナから顔を背けながら答えた。
「意外とって何?」
ディーナは若干詰め寄り気味で言う。
「え、いや、それは……」
ダンが答えに詰まった時だった。
「お姉ちゃん! ダンさん!」
背後から声をかけてきたのはシルフィだ。
「ん? シルフィ、どうしたの?」
ディーナが実の妹に問いかける。
「い、いえ、なんか楽しそうだなーって思って。交渉のほうはどうだったんですか?」
「いや、交渉は……」
「アラビアに行くことになったよ」
ダンの言葉をさえぎってディーナが言う。
「アラビア……ですか?」
「そっ、アラビアにね」
「うわぁ、楽しそうです!!」
どうやら純真なシルフィにはそこが紛争地帯だろうとなんだろうと魅力的に映るようだ。
ま、ピクニック気分で行ける場所ならいいがな……。と言いかけてダンは思う。いや、ピクニック気分で行けるような場所に、俺たちが変えてやろう。たとえそれが交渉のための途中段階だったとしてもな。ディーナだってシルフィだって、そのほうがいいはずだ。どうせならローマ連邦だけではなく、世界全部が平和になった方が。
砂漠に、夕日が落ちていくところだ。空が紫色に染まっている。
そんな中、一体の鋼鉄の巨人が夕日を眺めるように仁王立ちしていた。その足元には浅黒い肌をした少年が立っている。
「どうした。ジャーファル」
背後から声を掛けられ、少年は振り返る。
声をかけたのは鼻筋に傷のある男だ。
「アリババさん……」
ジャーファルと呼ばれた少年は言った。
「やっぱり……もうすぐ、何かが来るような気がするんです。俺たちの運命を変えるような何かが……」
「まったく、またお前の勘か……」
アリババと呼ばれた男はやれやれという風に言った。
「だが、お前の勘はよく当たる。もしかしたらそうなのかもしれんな」
夕日が、鋼鉄の巨人のボディに走る金色のラインに反射し、きらきらと輝いていた。巨人の名はRA。アラビアでも、戦火の中心は常にそこにあった。
次回から新章、アラビア編がスタートします。次回の更新日は2月19日です。