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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
16/36

第16話 新たなる仲間

 何気に進展回です。ヴァイスフリューゲル側も、ローマ連邦側も。

 アルファ・プロメテウスとベータ・プロメテウスはヴァイスフリューゲルの艦橋にいた。その向かいには、アリア・グラスゴー、ダン・アマテ、シルフィ・オルレアンが並んで立っている。


「アリア艦長、これから……よろしくお願いします」


 アルファは片手を差し出した。


「あぁ、よろしく頼むぜ」


 アリアはそれを握り返す。

 一方、ベータの方はむっつりとした表情でヴァイスフリューゲル隊のメンバーから顔を背けていた。

 ふたりは挨拶を済ませると早々に艦橋を出ていった。


「いったい……どういう風の吹き回しなんですか? あのふたりがヴァイスフリューゲル隊に加わるなんて……」


 ふたりの姿が見えなくなるとダンは艦長に尋ねた。


「なぁに、戦力増強のためだよ。仲間は多い方がいいだろ?」


 アリアは答えた。


「それだけの理由で……」

「まぁお前たちがあいつらを信用していないのはとてもよく分かる。だがな、あたしにはあいつらが他人だとはとても思えないんだよ」

「どういうことですか?」


 シルフィが訊く。


「ダン、確かお前の話だと……彼らは造られた人間だといったな?」


 ダンは頷く。そうだ、確か彼らプロメテウス兄弟三人は新人類であるネクストチルドレンの誕生を促すために人工的に造られた人間だということだった。


「あたしも半ば……そういうもんなんだ」

「え……?」


 突然の告白にダンは戸惑った。


「まぁ驚くのも無理もないだろうね。あたしだって自分の出生をあまり明かしてこなかったのだからな。せいぜいお前に言ったのはあたしが親のいない子供だったというくらいだろう?」


 ダンは無言で頷いた。そうだ、それはダンがこの艦に初めて乗った時に聞かされた話だ。


「あの話にゃもうちょっと複雑な事情があるんだ」

「もうちょっと複雑な事情……ですか?」


 シルフィが聞き返す。


「あぁ。あたしの人生で確認できる最古の記録は、ブリテン王国のある街で、孤児院の前に捨てられていたということだ。当然のことながらあたしはその孤児院で少女時代をすごした。だがな、ある時そこに、どこかの研究員を名乗る男たちがやって来て、あたしを馬車に乗せて人里離れた研究施設へと連れていったんだ。当時のあたしには何が何だか分からなかったんだがな。そこであたしはある手術を受けた」


 そこまで言ったところでアリアは右眼の眼帯を外した。その瞳の色は、焦げ茶色である左眼とは違い、鮮やかな真紅色をしていた。


「あたしの右眼にはレイスという魔法種族の右眼が移植されたんだ」


 レイス、聞いたことがある。個体数こそエルフや魔女などよりも少ないが、別名『暗闇の種族』と呼ばれる種族であり、人気のない墓場などを単独で行動することが多い魔法種族である。他種族との交流を極度に避けるため、未だに謎が多い。


「そのおかげであたしには強力な魔力が備わった。だが、それと引き換えに、トラウマともいえる記憶も植え付けられた。今でも研究所みたいな雰囲気の場所はどうも苦手でね……」


 アリアは最後の言葉をやや冗談めかして言ったが、ダンたちは笑えなかった。艦長にそんな過去があったなんて……。今で一ミリたりとも予想すらしてこなかったことだ。


「まぁなんだ」


 艦長はふたりが黙りこくってしまったのを見て言った。


「そんなわけであたしには人工的に研究所で誕生したあのふたり、いや、ガンマも含めた3人がどうにも他人には見えないってことだ」


 アリアはそう言って眼帯を付け直す。


「それから、このことはあんまり他人に言いふらすんじゃあないぞ。あたしは誰かの同情を買いたいなんて毛頭思っちゃいないんだから」

「分かりました。でも、艦長にそんな過去が……」

「あぁそれ、そういうのが同情っていうんだよ」


 言いかけたダンをアリアが遮った。


「すみません……」

「ま、いいってことよ。あんたらのそういうところは別に悪いことじゃあないからな」


 アリアは明るく答えた。


 それからしばらくして、ヴァイスフリューゲルに新たな来客があった。アルカイド渓谷の戦いではダンたちの指揮官として戦ったエリシア・オーデンセである。

 艦橋にて、アリア、ダン、シルフィの三人は彼女を迎えた。


「知っての通り、我らはアルカイド渓谷の戦いにて勝利を収めた。しかし、戦争は終わったわけではない。確実なる勝利を収めるためには、ローマ連邦軍自体に多大なる打撃を与えなくてはならない。現在、数部隊ほどがローマ軍に落とされたエルフ軍拠点の奪還に動いている。だがそれも、戦局を有利に進めるきっかけにはなっても、完全な勝利への道には続かないだろう。そこで我々は、ローマ連邦シャルルカン方面軍の総司令官を直接討つことに決めた」

「そいつはまた大きく出たねぇ」


 アリアはしみじみと言う。


「いかにもだ。そしてこの作戦はアルカイド渓谷の勝利の勢いが収まらぬうちに始める必要がある。始めるなら今が好機というわけだ」

「あの……それなら連邦首都にいるジャーファルたちにひと暴れしてもらって連邦軍部を直接叩いてもらうというのは……」

「いいや、お前たちの別働隊にはお前たち自身の目的があるんだろう? それを無理に変える必要はない」


 シルフィの提案にエリシアは言った。

 シルフィはほっとしたような表情をする。エルフ軍ならばそういうことを命じてくるかもしれないと予期し、事前に訊いたのだろう。意外にもシルフィは、こういう時に機転が利く。


「作戦はまた……アルカイド渓谷の戦いと同程度かそれ以上の大規模なものになるだろう。それに私の配下のRA(ライドアーマー)部隊には新たに二機が加わるしな」


 プロメテウス兄弟のふたりのことである。


「それに……私の新しい機体ももしかしたら完成してるかもしれませんしね」

「「えぇ!?」」


 ダンとアリアは驚いた。今までひと言も聞かされなかったぞそんなこと。確かに、シルフィのジャンヌ-Χ(カイ)は使い物にならなそうだしどうするんだろうとは疑問に思っていたが……。


「あれ、言いませんでした?」


 シルフィはけろりとして言う。


「あ、あぁ、聞いて……いないぞ……」


 アリアはかなり戸惑って言う。


「ガウリールっていう可変機さんなんですが……エルフ軍の技術とジャンヌ-Χの技術の融合機体として造られているRAで……」

「あー、その事なんだが……」


 と、ここでエリシアがシルフィの言葉を切った。


「完成と作戦、どちらが先になるかまだ分からない。だからシルフィには今度の作戦は、エルフ軍のドールで出てもらおうと思う」

「分かりました……」


 シルフィはしゅんとして言った。


「なぁに、心配するな。お前ほどの腕前なら、慣れないタイプの機体でもすぐに操縦をマスターできるさ」


 エリシアがそんなシルフィを慰める。


「そうですか? ありがとうございます……」


 シルフィはまだなんとなく納得がいかないという感じだったが、そう言って感謝の意を伝えた。


「さて、ところで、新しく私のRA隊に加わることになるふたりなのだが……」


 エリシアは辺りを見回す。


「今、どこにいる?」

「あぁ、今は確か、アルトの案内でこの艦での自らの居室に連れていかれているはずだが……」


 と、アリアは言った。


「分かった。挨拶がしたい。……ダン、案内を頼む」

「え、俺ですか?」

「あぁ、お前だ」


 突然指名されて戸惑うダンに、エリシアはさも当たり前だという感じで言った。



 プロメテウス兄弟のふたりは艦内の通路をアルトの案内で歩いているところを発見された。


「アルト、ちょっと兄弟に話がしたい。はずしてくれないか?」

「はい」


 エリシアが言うとアルトはその場から去った。


「あの……俺もはずしましょうか?」


 エリシアを案内してきたダンは言う。

 だが、エリシアは首を横に振った。


「いや、お前はいい。むしろこの場にいてもらいたい」

「は、はぁ……」


 ダンは何が始まるのだろうかと首を傾げた。


「さて、お前たちがプロメテウス兄弟だな。私はお前たちの所属するRA部隊の隊長、エリシア・オーデンセだ」

「なるほど、お前が我々の新しいマスターってわけか」


 アルファが握手を求めたので、エリシアはその手を握った。


「けっ、俺は認めねぇぜ、マスター以外のマスターなんて」


 ベータは顔を背けた。


「お前が認めようが認めまいが戦場では私の指示に従ってもらう」


 エリシアは厳しい口調で言った。


「それからこちらがダン・アマテ。まぁお前たちも知っていると思うがハイペリオンのパイロットだ」


 エリシアは続いてダンを紹介した。


「そうだったな。確か……ケンタウルス海での会合以来だった。お前もこの部隊の一員なんだろう? よろしく頼む」


 意外にもアルファは友好的で、握手を求めてきた。ダンはそれに従う。

 だが、ベータの方は友好的とはいかなかった。


「お前なんかと共闘するなんて……!」

「ベータ……!」


 アルファがたしなめるがベータは構わずに言った。


「アルファ、お前だって分かるだろう? こいつのせいでマスターは俺たちを捨てた。だからこいつは俺たちの敵だ」

「なるほど、そのマスターというのはお前たちにとってそれほどの存在か?」

「当然だ。俺たちを拾ってくれた親のような存在でもある」


 ベータは答えた。


「そうか、しかしそんな者に捨てられるとは、お前たちも哀れなものだな」

「なんだと……!?」


 エリシアの言葉にベータが突っかかった。


「そうだろう? 彼はお前たちを使い捨てにしたということだ。ベータ・プロメテウス、お前はそれをこの少年に八つ当たりしているに過ぎない。まぁ所詮それほどの人間ならば見捨てられるのも当然……か」

「貴様! 俺の事をなんだと!!」

「そうだな。己が力で立つこともできない赤子といったところか」

「エリシアさん……!?」


 ダンはエリシアを止めようとするが、エリシアは構わずに続けた。


「ダン、お前は黙っていろ。……いいか、ベータ、お前はマスターなしでは何も出来ない。それでは赤子同然ではないか。もし、赤子と言われるのが悔しければ、己が意思でしっかりと立ち上がることだな。それが出来ないうちは……私たちの後方支援でもしているといい」

「貴様……!」


 ベータは今にもエリシアに殴りかかりそうな勢いになるが、アルファがそれを制した。


「行くぞ、ダン……」


 エリシアはふたりに背を向けて歩き始めた。

 ダンは慌ててそれに従う。


「いいんですか……? これから共闘する相手にあんなこと言ってしまって……」

「構わない。あぁいう者にはあれほど言わねば効かぬものさ」


 エリシアは答える。


「それに私は、何ひとつ嘘偽りを言ってはいないぞ? あれは脅しでもなんでもなく、ただの事実だ。あ奴らが自分で立ち上がることを知らぬ間は、前線はこれまで通り我ら三人で務め、彼らには後方を担当してもらうつもりだ」


「ちくしょう! ふざけやがって、あのアマめ!!」


 ベータは自らのために用意された部屋の壁を拳で殴った。


「ベータ、少しは落ち着け」


 そんなベータをアルファが宥める。


「アルファ、お前は悔しくはないのかよ! あんなことを言われて!」

「俺だって悔しいさ。だが……」


 と、アルファは続ける。


「彼女の言うことにも一理あると思ってな」

「はぁ!?」


 ベータは信じられないという顔をした。


「俺たちは今まで、マスターに頼りすぎていたのかもしれない。だからそれで自分たち自身は1歩も成長していなかった……。そんなことに気がついた気がしたよ」

「どういうことだ? マスターは俺たちのために……!」

「だが、俺たち自身はどうだ? 俺たち自身に、俺たちは見えていたのか?」

「それは……どういう……」

「これ以上は俺にも上手く言えないし分からない。でも、いずれ分かる時がくるだろうよ」


 アルファは言った。

 ベータは、まだ納得がいかないという顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。


 ローマ連邦共和国の首都が置かれているパリは、ものものしい雰囲気に包まれていた。街中の至る所に軍直属の量産型RA、ゾルが警備用に配備され、日昼夜問わず市民たちを監視していた。もし、怪しい動きがあればその現場に直行し、治安維持の名目で制圧するという算段だ。


「パリって……もう少し華やかな街だと思っていたよ」


 街中で時々確認できるRAを見ながらライラックは呟いた。


「えぇ、もう少し前まではライラの思うとおりの街でしたわ」


 隣にいるフローラが答えた。

 ふたりは、ギムールの運転する自動車でパリの街中を走っている。


「フローラちゃん、あんまりそういうことは言わない方がいいぜ。どこで誰が聞いているのか分からない」

「あら、わたくしは曲がりなりにも軍の人間ですわ。それでも行動に制限がかかっていて?」

「軍の人間とて例外ではない。この前はバフェル軍務大臣暗殺計画を企てたとして軍人が数十人あまりも処刑された」

「まったく、物騒になりましたわね」


 フローラは他人事のように言った。


「あの……まだ分からないんだけど……」


 と、ここでライラックが言う。


「どうしてふたりはそんなことを思いながらも軍に?」

「「それは……」」


 とふたりは顔を見合せた。


「たとえ今、間違っている方向に向かっているとしてもこの国は変われる。わたくしはそう信じていますわ。だからそれまでの間、この国が壊れないように守り抜く、それが軍人の務めだと思いますの」

「そうだな。ライラック、お前はまだフローラちゃんと出会って日が浅いから分からないかもしれないが、彼女はそういう人間、いや、魔女だ。だからこそ俺はそんなフローラちゃんのことが……」

「それ以上おっしゃったら車から突き落としますわよ」


 フローラはぴしゃりと言った。

 車は、しばらく行くと、パリの中心街にある大きな建物にたどり着いた。屋根の上にはガーゴイルと呼ばれる妖獣の彫像が彫られた古い建物だ。


「さて、ここが軍務省だ。ライラック、フローラちゃんがしばらくサザーム・ジェノバ元帥に会っている間、俺たちはここで待つぜ」


 ギムールは言う。


「サザームさんって……確か前に首都防衛軍区の長官だった……」

「そうだ。ついこの前、軍の最高司令官である元帥に昇級なされた」


 ギムールは説明した。


「すごい……。フローラはそんな人にまで……」

「あぁ、なにせ以前は『ブルーバードの魔女』の異名を持つほどの名将として知られていたからな……」


 ギムールはそう言って軍務省の建物を見上げた。


 フローラは、サザームの執務室で、彼を前にして立っている。


「やはりな。君はどこかで生きているのではないかと思っていたよ……」


 サザームは大きな机の向こう側に座ったまま言った。


「わたくしをふたたび軍に召還しようとギムールを差し向けたのもあなたですわね」


 フローラは言う。


「いかにもだ。しかし……君は一回は断ったと聞いた。その後、どんな心境の変化があったのかい?」


 サザームは尋ねる。


「そうですわね。ヴァイスフリューゲル隊の一部、もしくは全員が生きている可能性がある……と言ったら信じてくださいます?」


 穏やかだったサザームの表情が一瞬だけ固まった。フローラはそれを見逃さなかった。


「まぁ他の者の言葉なら信じなかっただろうが、彼らと直接対決をした君の言葉なら信じるに値するだろう。君は……そんな彼らと最後の決着をつけるつもりなのかい?」


 ふたたび元の表情に戻って続けたサザームの言葉に、フローラは頷いた。


「ところで……君の所属なのだが……」


 と言ってサザームは机の中から書類の束を取り出す。


「君の部隊はブルーバード隊の生き残りであるRA隊を主力に……艦船はブルーナイトを……」

「その件ですが……」


 フローラはサザームの言葉を遮った。


「わたくし自身に決めさせてもらえはいただけませんでしょうか?」

「君自身に……?」

「はい、無茶を言っているのは分かっていますわ。ですが、ヴァイスフリューゲル隊はたとえ生き残っているのがひとりだけであろうと数値上の上で機械的に決められたメンバーで勝てるような相手ではありません。そこで……わたくしが直に見聞し、そのうえで艦の乗員を決めようと思いますの」

「全員をか?」

「はい、もちろん元帥から頂いた書類は参考にいたしますわ。でも、そのうえで主力のRAや戦艦はわたくし自身が選び、戦いに臨むつもりです。もし、許可がいただけないというのでしたら……わたくしはこの仕事を降りることも考えざるおえませんわ」

「そうか……そこまで言うのならばいいだろう。勝算はあるのだろう?」

「えぇ、もちろんですわ」


 フローラはサザームの執務室を後にした。

 ひとり残ったサザームは窓の外に目をやり、呟く。


「そうか……ヴァイスフリューゲル隊は生きていた……か。さすればおそらくは、あのディーナ・オルレアンも何処かに……」


 パリの郊外にある下宿に、ディーナ・オルレアンおよびジャーファル・べシャール、そしてドゥンヤザード・バスラは潜伏していた。

 三人は別々の部屋を取っていたが、時折、食堂に顔を出し、そこで情報交換をしている。


「やっぱり……首都の警備の破れ目を見つけることは難しい……か」


 その日も、情報交換の場で、ジャーファルが言った。


「まぁでも、ここまで自由が効かない街になってみると、市民たちにも言い出せないまでも心の奥底には不満が溜まってきているとは思うけど……」

「だがそれを焚き付けちまったら俺たちは間違いなく見つかって殺されるぜ」

「特に私はね」


 ディーナは自分のことをやれやれと言う風に言った。


「やっぱいっそのこと、首都のRAを全部ぶちのめして軍務大臣のバフェルをぶち殺すくらいのことが必要じゃねぇか?」

「バフェルひとりをどうこうしたところで変わる問題じゃあないでしょ?」


 短絡的な提案をするジャーファルをディーナがたしなめた。


「分かってるさそれくらい。俺たちだって新聞のひとつやふたつを発行できればこんなめんどくさい発信の仕方を考えなくて済むのになー」


 三人はため息をついた。

 だが、そこでディーナがハッとする。


「ねぇ、ジャーファル、あんた今なんて言った?」

「え? 新聞のひとつやふたつ発行できれば……」

「それだよ!!」


 ディーナはぽんと手を叩く。


「いや、しかし……俺たちが? どうやって新聞を?」

「どこかの新聞社に私たちの意見を売り込んで載せてもらえばいいでしょ!? そうすれば市民たちにも自然と……」

「無理だな。まず、新聞社が俺たちのことを警察に通報するかもしれない。それから、出版物や印刷物にはすべて軍の検閲が入っている。そう簡単に監視の網目をかいくぐることなんて……」

「うーん、そこはちょっと荒療治で……」

「荒療治?」

「そ、ドゥンヤちゃん? ちょっとあんたたちの古い友達にも協力してもらうことになるかもしれないけど、いい?」


 ドゥンヤは分かったという風にこくりと頷いた。


「はっ? 今ので分かったのか? ドゥンヤ」


 ドゥンヤはまた頷く。


「当たり前でしょ? ドゥンヤちゃんはあんたなんかとは頭の作りが違うんだから」

「ぐぬぬ……解せぬ……」


 ジャーファルは納得がいかないという表情をした。


 翌日、ライラック・ソフィアは、パリを離れて、RAパイロットたちの訓練が行われるという屋外の訓練場に向かった。ギムールとフローラは、どうも自分たちの新たな部隊編成のための仕事があるらしく、同行はしなかった。彼は、軍士官学校所有という馬車に乗り、現地へとたどり着いたのだった。

 軍に入るには、大きくふたつの方法がある。ひとつは、軍の士官学校に入り、そこから軍人への道へ進むこと、そして、もうひとつは既に軍人である人間からの推薦を受けることだった。ライラックは、この訓練にていい成績を残せば、フローラからの推薦をもらえると約束されたのである。

 訓練場は、広い草原地帯だった。所々に岩山や崖が聳えており、そこはRAにとってもいい隠れ場所となっている。おそらく、訓練用のRAたちはああいった地形を活用して模擬戦を行なっているのだろう。 

 ライラックがやや高い崖の上にたどり着くと、そこにはもう既に訓練生たちが集まっていた。皆、灰色地に白いラインの入った訓練生用パイロットスーツに着替え終わっている。ライラックも例外ではない。教官の姿はまだ見えなかった。

 崖の上からは草原に仰向けに寝かされて待機させられている数機の訓練用のゾルの姿が見下ろされた。実戦用の機体との違いは、武装がない事だった。プラズマライフル型の武器から発射されるのはペイント弾である。訓練後に機体についたペイント弾を落とすのはもちろん訓練生たちの当番制である。

 ライラックがやや緊張気味に周囲を観察していると、ある会話が耳に入ってきた。


「おい、違うぞ。俺はこんなものを買ってこいなんて言った記憶はねぇ!」

「ご、ごめんなさい……!」


 なにやら不穏な空気を感じて見てみると、そこには数人の訓練生にたかられるひとりの少女の姿があった。サラサラとした黒髪を腰元まで伸ばした大人しそうな少女である。軍人というよりは文学少女といった雰囲気だが格好から見るに彼女も訓練生のひとりなのだろう。

 彼女の足元には、数枚のハムサンドが叩きつけられ、ぶちまけられていた。


「まぁなんだ。俺たちは怒っちゃいねぇよ。お詫びにお前のぶんの昼食を差し出せば済む話だ」

「で、でも、それがなかったら私は……!」

「口答えするのか?」

「すみませんっ」


 たかりのリーダー格と思わしき少年が少女の肩掛けカバンの中からブリキの弁当箱と水筒をひったくった。


「ふーん、これだけしかないの? 大将の娘が聞いて呆れるね」


 リーダー格の隣にいる赤髪の少女が言う。彼女はそう言うとひったくった水筒をあけて、中身を少女にぶちまけた。


「はははっ、水も滴るいい女ってね!」


 続いて、弁当箱も地面に叩きつけられた。

 ライラックはしばらくそれを見ていたが、周りの者は誰も止めようともしない。自分たちの話に夢中になっているか、あるいは積極的にその様子に関わろうとしないか……。そう思うと彼はなんとなく気分が悪くなり体が勝手に動いていた。

 気がつくと少女とたかりの間に割り込んでいた。


「な、なんだお前は?」


 リーダー格が言う。


「理由は分からないけど……そうやって他人を寄ってたかって責め立てるのは……よくないと思う」

「あんた……クローネの知り合い?」


 赤髪の少女が訊く。


「知らない子だけど、見て見ぬふりはできない」

「そうか、それはかっこいいこったな!」


 と、次の瞬間、リーダー格の少年の拳が飛んできた。


「ぐはっ」


 ライラックは殴られて後方に飛ばされる。


「興が冷めた。行こうぜ」


 たかりの集団はぞろぞろと去っていった。


「あ、あの……大丈夫ですか……?」


 リーダー格の渾身の一撃が意外に強く、脳震盪を起こしそうになっていると、クローネと呼ばれていた黒髪の少女が訊いてきた。


「あ、あぁ……なんとか……」


 ライラックは殴られた額をさすりながら立ち上がる。


「あの……ごめんなさい! 私なんかのために……お怪我を……」


 クローネは必死に頭を下げる。


「いいや、怪我は……してな……」


 と、言いかけてライラックはやめた。実際、少しコブになっている。


「ま、まぁとにかく大丈夫だよ。君こそ……大丈夫? 風邪とか……ひかない?」


 ライラックはびしょ濡れになっているクローネの黒髪を見て言った。


「私は大丈夫です。いつもの事ですから……」


 ライラックはクローネに自身のカバンからタオルを取り出して渡した。


「いつも……あいつらに?」

「は、はい。でも、私が悪いんです! 私が……この仕事には向いていないのに、お父さんの勧めで士官学校になんて入ったから……」

「そんなことはない! ……と思う……」


 ライラックは何故かタオルを受け取ろうとしないクローネの髪をやや無理やりに拭いた。


「あの、それではあなたのタオルが……濡れて……!」

「いいんだ。なんならあげるよ」


 ライラックはクローネにタオルを半ば無理やりに渡した。


「あの……ありがとうございます。よかったらお名前を……」

「あ、あぁそうか。僕はライラック、ライラック・ソフィアだ」

「そ、そうですか。私はクローネです。クローネ・コペンハーゲン」


 クローネはようやく意を決してタオルを受け取りながら言った。

 クローネさんはかなり気に入ってるキャラです。次回の更新日は5月7日です。

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