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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
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第15話 戦う覚悟

 15話になりました。もうすぐ、例の方たちが帰ってきます。

 アルカイド渓谷における戦闘は、膠着状態だった前半戦から一転、敵の指揮官のひとりであった魔動機のパイロットとその配下である数十機の量産機部隊が一瞬にして壊滅状態になったことにより、エルフ軍の有利でことが進んだ。やがて、ゲルマニア軍の猛将、フリッツ・ネルトリンゲンらの活躍もあり、エルフ軍はローマ連邦軍の拠点であったアルカイド渓谷を奪還することに成功した。

 渓谷の地下には軍事拠点とするべく基地が掘られていた。RA(ライドアーマー)や、その他機密文書等はローマ軍撤退の折に全て持ち去られていたため、戦況を一変させるような成果こそ得られなかったが、エルフ軍はアルカイド渓谷占領後、すぐにその基地を自分たちの拠点として整備を始めた。

 そんな中、ダンは、RAパイロットの宿舎として整備された区画で、自身の部屋として用意された小さな部屋のベッドに座り込み、呆然としていた。

 考えれば考えるほど、あの時、機体が暴走状態になった時の記憶がありありと浮かんでくる。忘れようとしても、勝手にイメージが蘇ってくる……。あれは、ただ単に機体の暴走状態だったというだけではない。俺自身の暴走状態でもあったのだ……。そうでもなければあんなことはしていなかった。俺は、危うくシルフィを殺しかけていた……。

 部屋の扉が開いた。見ると、そこにはエリシアが立っていた。


「ダン、ついてこい」


 エリシアは言う。その表情からは意図が読めない。

 廊下を出てしばらく歩いていくと、やがてエリシアが言った。


「ダン、お前はあの力をなんのために使う?」

「え……?」

「エルの言った『絶対なる力』。つまり、アブソリュートシステムのことだ」

「俺は……あの力を使うつもりはありません」


 ダンは答えた。もうこれ以上、自分の周りの人を傷つけたくはない。


「そうか、つまりお前には、RA乗りとしての資格なんてないということだな」

「はい……!?」

「そういうことだろう。まさかお前も、RAという兵器が、安全至極のものであるとは思っておるまい。我々、エルフや人間の何倍もある図体に物理的な力、それにパイロットの魔力量を必要以上に引き出す能力、その全てをとってしても、万一のことがあれば敵ではない周りの人間をも殺しかねない。お前は今まで、そういう兵器に乗って戦ってきたのだぞ?」

「それは……」


 ダンは口ごもった。


「いいか。あらゆる恐ろしい道具も、それを使う者次第だ。その覚悟がないのなら、お前はRAに乗る資格はない」


 やがてふたりは、基地の中の広場状に掘られた穴蔵へとたどり着いた。廊下を含め、地下に急遽掘られた基地は、所々岩盤が露出しており、そこを鉄骨で補強してある。

 エリシアは広場の隅に立てかけてあったレイピアを手に取ると、ダンに向かって投げた。ダンはそれをキャッチする。エリシアは別のレイピアを手に取り、鞘を抜いた。ダンも同じようにそれに従う。


「さぁ、私を殺す気でかかってこい」


 エリシアは言った。


「ですが……!」


 よく見るとこのレイピア、本物だ。人を斬ることも刺すことも出来る。


「出来ないか。ならば私から行こう」


 エリシアが斬りかかってきた。


「なっ、何をするんですか! これ、本も……」

「逃げるな! 防御しろ!!」


 避けようとするダンにエリシアが叫ぶ。

 ダンは必死に、エリシアの剣さばきを受ける。手を動かして対応するのがやっとだ。


「いいか、ダン。RAに乗って戦うというのはこういうことだ。貴様自身はコックピットに守られているが、それでもこんな風にいつ死ぬか分からない。鉄の板1枚挟んだ向こう側では、これよりもはるかに危険な戦闘が繰り広げられているのだからな」


 ダンのレイピアが弾き飛ばされた。エリシアはすぐさま自身のレイピアをダンの喉元まで1センチばかりという距離の空中に突き立てる。


「戦場なら今、お前は死んでいた。お前のような生半可な覚悟では、何も守ることが出来ないということだ」


 そう言うとエリシアはレイピアを引っ込めた。


「もう一度やろう。ダン、レイピアを拾ってこい」

「はい……」


 ダンは頷くと自身が取り落としたレイピアを拾い、ふたたびエリシアと向かい合った。


「いいかダン、お前はなんのために戦う! なんのためにRAに乗って戦場を駆けるんだ!」


 エリシアが斬りかかる。


「それは……!」


 ダンはエリシアの攻撃を必死に防御しながら答える。


「俺は……みんなを……艦のみんなを、そして、シルフィを守りたい! 今まで、孤児として居場所のなかった俺にようやく出来た、友人であり家族のような人たちだから!!」


 そしてダンはエリシアに攻撃を加えた。エリシアはすぐさまそれを弾くが、ダンはなおも攻撃を加える。

 やがてエリシアが言った。


「ダン、分かってきたようだな。お前は……守るためにRA乗りになった。それならばあの力も壊すためではなく守るために使えるはずだ。まぁもっとも、その覚悟を持ってしてあの力を封印するというのなら私は反対はしない。ただ……今の気持ちを忘れるんじゃあないぞ」


 エリシアはそう言うとレイピアを引っ込めて鞘にしまった。ダンもそれに従った。


「ありがとうございました……」


 ダンは頭を下げる。


「フン、私はお前たちの指揮官として当然の仕事をしたまでだ。貴様に感謝される筋合いはない」

エリシアはそうとだけ言うと行ってしまった。


 同じく、アルカイド渓谷の基地内にある別の部屋。薄暗いそこには、エル・ア・ジュネットおよびプロメテウス三兄弟、そしてハルードの姿があった。


「エル・ア・ジュネット……。お前には重大な軍規違反があったとエリシアから聞いた。本当なのか?」


 ハルードは問う。


「そんなことは……!」


 すかさずにベータが反論した。だが、エルはそれを制して言う。


「いや、いいんだ。いかにも、その通りだ」

「否定は……しないんだな」


 ハルードは意外に思ってそう言った。


「私は……間違ったことをしたとは思わない。あれは人類種の革新のため、必要なことだったのだ。だが……罰は受けよう。軍規違反であることは私自身がもっとも分かっている」

「分かった。では沙汰を言い渡す。エル・ア・ジュネットおよびガンマ・プロメテウス両名は重大なる軍規違反のため、我々エルフ連合軍から除名をする」

「なん……!」


 またもや反論しようとするベータをアルファが片手で制した。


「いいだろう。だが、ガンマは……」

「構わない」


 エルが言いかけるとガンマは答えた。


「私もあの場にいた。罰を受けるべき」

「分かった、行こうガンマ」

「しかしそれなら俺たちも……!!」


 アルファが去ろうとするエルとガンマに言う。


「いいや、お前たちは軍規違反をしていない。ここに残れ。神聖なる夜明けのために……な」

エルはガンマを伴って部屋を出ていった。ハルードもそれに続く。

「くそっ、マスター、どうしちまったんだ! あんなダン・アマテとかいう人間の何がどうだっていうんだよ!!」


 三人の姿が見えなくなるとベータが言った。


「ベータ……」


 アルファは言った。


「お前の気持ちはよく分かる。俺にもマスターがどうしてあそこまでハイペリオンとそのパイロットに固執するのかが分からない。……だが、俺たちはマスターによってここまで生かされてきたと言ってもいい。その意思を尊重するのが我々の役目だ」

「分かってる。でもよ……」

「ベータ、マスターが何を持って我々をここに残したのか分かるか?」


 ベータは首を横に振った。


「マスターの望みはハイペリオンだ。それにおそらくはそのパイロットのダン・アマテ。マスターが何をもってそう思うかは俺にも分からない。だが、何を望んでいるのかは大体わかる」

「な、何を望んでいるってんだよ」

「ベータ、我々は彼ら、確か……艦の名前はヴァイスフリューゲルと言ったな。彼らの元で戦う」

「はぁ!? 俺は認めねぇぞ。どうしてそんな……!!」

「お前の気持ちは分かる。だが……俺たちはそうするしかもう道はないのだろう」


 アルファは遠くを見つめるように言った。


「は、はぁ……あたしらの所で戦う新しいメンバーに……アルファとベータ・プロメテウスを……ですか?」


 ヴァイスフリューゲルの艦橋でアリアは言った。今、彼女の目の前にはハルードが、そして、右隣にはアルトが、左隣にはザルトが立っている。

 ヴァイスフリューゲルはアルカイド渓谷近くの森林地帯に停泊していた。


「あぁ、彼らはそう言っていた」

「しかし……どういう風の吹き回しなのでしょうか。インフィニットクルセイダースと我々はとても仲睦まじいとは言い難い関係性、それに……今回、エルが追放されたのは間接的とはいえダン様が関わっていたこと……それが何故……」


 ザルトはもっともな疑問を口にする。


「それは分からない。彼らの目的が何かあるのか……。あなたたちには拒否権がある。引き受けるか否か……」

「分かった。引き受けます」

「艦長……!?」


 艦長の判断にザルトは驚いた声を上げる。


「ザルト、確かに彼らは目的が不明なこともあり一概に信用していいとは言い難い。だが……あたしらの目下の状況を見てみろ。ダンのハイペリオンは暴走の危険があることが分かったし、シルフィのジャンヌ-Χ(カイ)は多分もう戦闘では使い物にならないだろう。使えるRAが足りないんだ。見ず知らずのエルフ軍の誰かを招くという手もあるが……それよりは一応戦場で何度か相見えている相手の方が扱いやすいだろう? それに、あたしらだって相手のことをよく知れるチャンスじゃあないか」


「しかし……」

「なぁに、それに彼らふたりを受け入れてくれるエルフはあまりいなさそうだしな」


 ザルトはまだ何か言いたげだったがアリアに従った。


「ま、そういうことだ。あたしらはもう準備できてるぜ」


 シルフィ・オルレアンは休憩所と思わしき基地の一室でひとり、コーヒーを飲んでいた。戦場だからなのか飲み物のバリエーションが異様に低い。備え付けの飲み物用タンクにはコーヒーと水しか入っていなかった。


「ここにいたのか……」


 と、エリシアが入ってくる。


「エリシアさん……」


 シルフィは顔を上げた。


「シルフィ、どうだ? 気分は……」

「あまりいいとは言い難いです……」


 シルフィは答える。


「そうか。まぁ無理もないな。私とてお前と同じ立場だったら同じような気分になっていたかもしれない」

「エリシアさんが……ですか?」

「あぁ、ダンのこと、好いているんだろう?」

「えっ、そっ、それは……」


 シルフィは顔を赤らめて背けた。


「隠さずとも知っているぞ。あの時、お前は通信を繋げっぱなしだったんだからな」

シルフィはテーブルに突っ伏した。なんという初歩的なミスをしてしまったのだろう、私は……。

「まぁ別にそれをよそに言いふらすつもりなど毛頭ないが……」

「で、でも待ってください! 同じような気分になっていたかもしれないって……エリシアさんにも好きな人がいるってことですか!?」


 シルフィは顔を上げた。


「なっ、ばっ、いるわけないだろう? 例えの話だ!」


 今度はエリシアが顔を背ける。


「ふーん、怪しいです……」

「バカっ、私は戦士だ。恋や愛などとは無縁だぞ」


 それからエリシアは咳払いをすると話題を切り替えた。


「と、とにかくだ。お前が何も臆することなくダンに気持ちを伝えたことは尊敬に値する行為だ。……これからもダンを支えてやって欲しい。彼自身お前が必要だろうからな」

「そっ、そうなんですか!? それは……ありがとうございます!」


 シルフィは頭を下げた。


「感謝される筋合いなどない」


 だが、シルフィは直後ふたたび沈んだような表情になった。


「でも……支えるといっても、私のRAは……壊れちゃいました」


 シルフィの機体、ジャンヌ-Χは装甲だけでなくフレームまでもが破損し、おそらくは以前のように戦場を駆け巡り翔び回ることは出来なくなってしまった。


「いいや、問題は無い。ここに来たのはそのことを伝えるためだ」

「へ?」

「シルフィ、お前にエルフ軍が製作していた新型のRAを譲渡しようと思う」

「え? いいんですか?」

「構わない。お前ほどのRA乗りをむざむざと機体破損くらいで失いたくはないからな。このことは私がシャルルカン政府に進言し、許可も取得済みだ。あとはお前の意思次第というわけだ」

「もちろん、そのRAさんに乗りたいです!」

「よし、ならばついてくるといい」


 エリシアはシルフィを先導するように部屋を出ていった。シルフィもそれに続く。

 しばらく迷路のような基地内を歩いていくと、格納庫へと出た。そこでは多くの作業員が作業をしている。そして、そのちょうど真ん中に、ジャンヌ-Χと同じピンク色のRAが直立不動の姿勢で立っていた。頭部には三本のアンテナ、そして背部のウイングはまるでヴィシュヌ大陸の神像についている光背のような形状をしていた。目に当たる部分は緑色のツインアイだ。全体的な印象としてはジャンヌ-Χをよりボリュームアップさせたような見た目をしている。


「SSSX-43 ガウリールだ」


 エリシアが説明した。


「ジャンヌ-Χは可変機だったからな、お前には可変機が扱い慣れているだろうということで急遽エルフ用だった機体をお前用に改修した」

「そんなことが……できるんですか!?」


 まだジャンヌ-Χが破損してから一週間ほどしか経っていない。それから政府に許可を貰い、機体の改修を行うなど可能なのだろうか。


「あぁ、ジャンヌ-Χの機体データをいくらか参照し、また、使えそうなパーツは補強用に流用した。最終調整はまだだが……それさえ終わればすぐに扱えるようになるだろう」

「凄いです……! RAがそんなに早く出来上がるなんて……!」


 シルフィはただただ驚くばかりだった。


「RAという技術自体、その発展及び導入、そして普及期間が他のあらゆる技術に比べて急速なものだった。これくらいのことはわけもないことだ」


 エリシアは答える。そして続けた。


「それに、あのエル・ア・ジュネットの言葉が本当ならば、敵方のローマ連邦だってあのアブソリュートシステムと同じ力を備えたRAを既に開発しているということになる。こちらとて、あれほどの力に対抗出来るものは造れないとしても、戦力の増強はしたいものだからな」

「そうでした……」


 シルフィは思い出してまた沈んだ気持ちに戻る。

 それを見てエリシアは言った。


「なぁに大丈夫さ。ダン・アマテはお前が思っているほどヤワな男じゃあない。彼を好いているのなら、信じてやれ」

「はい!」


 シルフィは大きく頷いた。


 アルカイド渓谷がエルフ軍の手に落ちてしばらく経った頃、ローマ連邦領ケンタウルス海沿岸の港町、ガルグイユを、ギムール・ギマラインシュがふたたび訪れていた。

 彼は、海岸に建てられた木造の質素な家の扉をノックする。

 しばらくして姿を現したのは、黒髪の大人しそうな少年だった。年齢は十七歳ほど、この家のひとり息子、ライラック・ソフィアだ。


「ギムールさん……!」


 ライラックは驚く。またふたたび会うことはないと思っていたからだ。


「ライラか……。フローラちゃんは……いるか?」


 ギムールは尋ねる。


「いますわよ」


 ライラックの背後から声が聞こえ、小柄な黒髪ショートボブの少女が出てきた。


「フローラちゃん!」


 ギムールは嬉しそうに声を上げるが、フローラに睨みつけられたので咳払いをして誤魔化す。


「し、失礼……」

「どういたしましたの? まさか、とうとう本当にストーカー気質が発症したのですか?」

「い、いや……それもあ……嘘だ、それはなくて、今回ここに来たのは……」

「早く言いませんと殺しますわよ?」


 フローラは凶器として使えそうなものがないか辺りを見回す。

 そんなフローラを横目にライラックが気を使って言う。


「あの……長くなりそうだったら、家に上がっていってください。とても……狭いですが……」

「いいんだ。おそらくはすぐ終わる話、いや、報告だ。そういえばライラック、君のお父さんは……?」

「あぁ、今、出かけています」

「報告? なんですの?」


 フローラが食いついた。


「実は……先日、エルフ領シャルルカン共和国の領内、アルカイド渓谷での戦闘にて我々ローマ連邦軍は大敗いたしました」

「それは……ご愁傷さまですわね」


 フローラは他人事のように言う。


「その戦いにはかつてブルーバード隊にて我らと共に戦ったリックも参加しており、生還した彼の話によると……かのJAC(ジャック)ヴァイスフリューゲル隊のRAが敵方として参加していたと……」


 フローラの表情が変わる。


「それは……確かですの?」

「はい。少なくともリックははっきりとそれを見た……と」

「ライラ」


 フローラは覚悟を決めたように言った。


「私は行かなくてはなりませんわ。ヴァイスフリューゲル隊のRAが1機でも残っていたのならば、まだ決着はついていなかったということ。後のことは……よろしく頼みましてよ」

「フローラ……! でも、それは……!」

「あまりに急すぎる。それはわたくしにも分かっていますわ。でも、それでも、私には時間がありませんの。今すぐに行って決着をつけなくては……。その後で、必ずここには戻ってきますわ。約束ですわよ」

フローラは小指を差し出した。ライラックはそれを見て、自身の小指と絡める。

「分かった。約束だ。必ず戻ってきて……」

「あ、あー……固く誓いあっているところ悪いのだが……」


 と、そこでギムールが口を挟む。


「なんですの? せっかくいいシーンでしたのに……やっぱりギムールにはおしおきが必要なようですわね」

「ご褒美です……ってそうじゃあなくて、ライラック、お前にちょっと確かめたいことがある」

「僕に?」


 ライラックは目を丸くした。


「そうだ。お前……確か、他人より勘が鋭いとか言っていたな」

「はい……」


 ライラックは戸惑いながらも頷く。


「前回、俺と出会った時は珍しくその勘が外れちまったようだが、今回、俺はこうしてフローラを迎えに来た。お前の勘は、やっぱり当たっていたというわけだ」

「そういえばそうですね」

「そこで、だ。お前……RAに乗れるか?」

「はぁ!? 無理に決まってますわ! このライラックはRAなんて乗ったことはおろか、実物を見たことも触ったこともないんですのよ!!」


 フローラが抗議するように言う。


「そうです。僕は……RAの実物を見たことすらありません。それに、どうしてさっきの勘の話題からここまで話が発展したのかもさっぱり……」

「悪かったな、ふたりとも。俺の説明不足だった。いいか、この研究資料を見てみろ」


 ギムールはそう言うと自身が持ってきた黒い革カバンを置いてその中から分厚い紙束を取り出した。


「驚きましたわ。あなたがそんな知的活動にも精を出していたなんて……」


 フローラが感激するように言う。


「これは……『ネクストチルドレン』に関する資料だ」

「ネクストチルドレン?」


 ライラックは聞き慣れない言葉を反芻する。


「そう。まぁ端的に言えば人類の進化形態……とでも言うのがいいんだろう」

「人類の進化形態……ですか?」

「いかにもだ。かつて、この地球が氷河期のうちの氷期だった頃、過酷な自然環境に耐え抜くため、魔法という手段を使って生き残ることを選択した人類の集団がいた。それが……フローラちゃんのような魔女や、エルフといった魔法種族の祖先となった人々だというのは、ふたりとも知っていることだと思う」

「学校の歴史科で真っ先に習う内容ですわね。きっとそこら辺を歩いているフナムシでも知っていますわ」

「だが……それらの魔法種族は魔法と同時に特異な特徴も獲得したがために人間ほど世界各地に広まることはなかった。例を挙げるとすると、魔女は女性しか産まれず、単為生殖をするために、遺伝的病気が発生しやすいことや、エルフは人間の五十倍ほどの寿命を持つがために、世代交代が遅いといった点だ」

「それは、学校に入って四年目くらいに習う内容ですわね」

「だが……魔法種族ではない人間からの新たな魔法種族への進化、それが過去の話ではないということが最近、科学界の裏側では言われているんだ」

「ここからは習っていない話ですわ……」

「それこそがネクストチルドレン。この世界に次に現れると言われている魔法種族だ」

「で、それが今回の話とどう関係しているんですの?」


 フローラが質問する。


「ネクストチルドレンは……これまで色々な学者が存在を提唱してきたが、誕生することはなかった。しかし、もし今新たに魔法種族が誕生するならば人類にとって大きな利益になる。戦場では一般の兵士よりも活躍出来るだろうし、それに、もしかしたら優れた予知能力のようなものだって発現することがあるかもしれない。そこで、世界中の科学者は人類の進化を促進するため、人工的にネクストチルドレンを生み出すという計画を進め始めたんだ」

「人工的に……って、でもそれって倫理的にはアウトなんじゃ……」


 ライラックが指摘する。


「まったくもってその通りだ。だが、科学の世界においてはしばしば倫理よりも利益、そして先に発見、発明するという名誉の方が優先されることがある。今回の場合もその例に漏れなかった。ある者は人工的に新たなる人間を作り出すことに成功したし、またある者はブリテン人の孤児だった少女の右眼に、魔法種族・レイスの右眼を移植してより強化したその力を与えた……それにより、これから現れるであろうネクストチルドレンの特徴も段々と分かるようになってきた」

「そんなことが……」


 ライラックは息を飲んだ。

 ギムールは続ける。


「まず、彼らは普通の人間よりも勘が鋭いんだ。それはもう予知能力と言ってもいいほどにな。そして、RAに乗れば、操縦経験がなくともその勘で脳内へとイメージが湧き上がって、天才パイロット級の操縦技術を発揮する」

「そう……だいたい分かってきましたわ。あなたが何を言いたいのか。……でも、もし違っていたら、どう責任を取りますの? 戦場で散った命は元には戻りませんわ」


 フローラが過去を思い出すように言った。


「いいや、なにも今すぐにとは言わない。君自身の意思もあるだろうしな。そこで、だ。ライラック・ソフィア、もし良かったら……俺たちと共にパリへと向かい、そこでRA訓練に参加してみないか? そこでの力量しだいで、今後の方針を決めようと思う」

「それは……」


 ライラックは口ごもった。


「まぁ無理にとは言わない。お前にだって今の生活があるだろうしな」

「いいえ、僕は……行きます。もし、それでフローラを守れるのなら……あっ、その、ごめん……」

ライラックは言いかけてからフローラに謝った。

「別にいいですわよ。わたくしだってこんなギムールとふたりきりでパリに行くなんて想像しただけで悪寒が走りますもの。あなたがいてくれるおかげでようやくやる気がわいてくるというものですわ」

「それは……ありがとう」

「それじゃあ計画変更ですわね」

「計画変更?」


 フローラの言葉にライラックは聞き返す。


「えぇ、わたくしだけなら今すぐ発ってもいいですけど、ライラはお父様にお別れを言いませんと、それくらいの時間は許可しますわ。出発は……明日に延期ですわね」


 それでもとても急ピッチだ……。ライラックは思った。


 ライラックの父、オーギュストは、ライラックとフローラの話をその日の夕飯時に聞かされるが、特に反対することはなかった。息子や、一時期から実の娘のように大切にしてきた子供たちが自分で選びとった道なのだ。特に反対せずに受け入れることにしたのだろう。

 ライラックは、もし、軍に入っても毎月手紙を出すことを約束した。

 父は、必ず待っている。手紙だけでなく、顔が見たい時はいつでも戻ってきて構わないと答えた。

 その日の夕食はいつもより長く感じられた。


 翌日、日が昇るとすぐに、ライラックとフローラは海辺の家を発った。父は見送りに来てくれ、その姿が見えなくなるまでふたりは手を振り続けた。

 やがて、父の姿が見えなくなるとフローラは口を開いた。


「ライラ、行きますわよ」

「そうだね」


 ふたりが行く道を、朝日が照らしていた。その先には、ギムールが乗ってきた車が停めてあった。

 ガウリール、ついついガヴリールと誤字ってしまいがち。次回の更新日は4月30日です。

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