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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
13/36

第13話 エルフの共和国

 アマゾンキンドルで書籍版を出版しました。ぜひ読んでください。

 森林の中では、一機の金色のRA(ライドアーマー)が三機のゾルに囲まれていた。金色のRAはドール、エルフ軍の主力量産型RAである。


「く……待ち伏せ攻撃……しかも一体三か……」


ドールのパイロットである女エルフは呟いた。

乗っているのが魔動機であればもう少し上手く立ち回れたのに……と彼女は思う。魔法種族であるエルフは、人間よりも遥かに魔動機の扱いは長けている。だが、魔動機製造は量産機よりも遥かに技術面で難しく、また、予算もかかる。このドールは、量産型魔動機の試作機として開発された量産型の機体だが、機体としての性能は存分に発揮できていない。本来魔動機はパイロット自身の魔力量との相性が鍵になる機体。それを無理やり平均化して量産化したところで、なかなかパイロットと機体との相性は合わないのである。

 エルフは覚悟を決めてドールのビームセイバーを振るい、ゾルたちに突撃していく。だが、三機のゾルは無慈悲にもプラズマシンガンを乱射してきた。

 ドールはそれをかわすため、空中に飛び上がる。だが、機体装甲の数箇所に被弾してしまった。

 さらにゾルの中の一機がトドメをさそうとビームセイバーを抜いて突撃してくる。ドールはなんとかそれを自身のビームセイバーで防御した。


「せめてあと二機くらい味方がいれば……」

 

 だが、願いが通じたのか目の前のゾルのメインカメラが空中から飛んできた光弾によって破壊される。ゾルはそのまま地面に落下した。

 エルフは咄嗟に空を見る。すると、そこには二機のRAの姿があった。一機は灰色の人型。そしてもう一機は、鳥型……というのだろうか? とにかく見たことのない形状だ。

 人型の方が地面に着地をし、残りの二機のゾルと向き直った。そして左腕の赤いシールドからビームセイバーを抜く。


「味方……なのか? 未だ戦場で見たことのない機体だが……」


 エルフは呟く。

 その時、ドールに通信が入る。


「大丈夫ですか? エルフさん」

 

 金色の髪をした人間の少女だ。今助けに入ってくれた二機のどちらかのパイロットか?


「大丈夫だ、かたじけない。そちらはどこの部隊の所属か?」


 エルフは問う。


「え、えっと……まだどこにも所属していないんです。強いて言うなら、JAC(ジャック)ヴァイスフリューゲル隊でしょうか……」

「JAC、確か連邦に反旗を翻して全滅させられた人間の組織だと記憶していたが?」

「そうです。それの生き残りです」

「そうか。まぁいい、なんだかよく分からないが助けてくれたことには感謝する」

それからエルフは、ゾルたちと戦うハイペリオンをちらりと見て言った。

「あとはお前たちに任せる」


 そしてバーニアを噴かし撤退しようとする。


「あっ、待ってください! まだ話したいことがあるんです!」

「私はもうない」


 ドールは二機を置いて行ってしまった。

 シルフィはダンに通信を入れた。


「エルフさん、行ってしまいました……」

「行った? どうして……」


 二機のゾルを相手取りながらダンは訊く。


「私、なにか悪いことを言っちゃったんでしょうか……。『あとはお前たちに任せる』なんて言われちゃって……」


 なんて無責任なエルフなんだ……。


「せっかくエルフ側と通じるツテができそうだったのにな……」


 ダンはそう言いながらも目の前の二機から自身の機体を離れさせる。


「シルフィ、一旦帰艦しよう」

「えと、帰艦しちゃうんですか!?」

「向こうに話す気がないのならばこちらから何を言ったところで無駄だろう」

「分かりました……」


 シルフィはまだ名残惜しそうだったが、ダンの言葉に従った。


 ヴァイスフリューゲルに帰艦すると、ダンは先程のことをアリアに報告した。


「戦場で交渉しようとしても出会ったエルフはどうにも閉鎖的。街で情報収集しようにもエルフの国ではあたしら人間は目立ちすぎる。八方塞がりたぁこういうことを言うのかねぇ」


 アリアは艦橋でしみじみと言った。


「しかし、それならどうしてゲルマニアや、ましてや謎の勢力なんてものはエルフ軍に参加出来ているのでしょうか……?」


 ザルトがもっともな疑問を口にする。


「おそらく、今回出会ったエルフが特別閉鎖的だったか……あるいはもっと別な理由があるのかもしれません」

「別な理由?」

「それは……分からないですが」


 ダンは正直に答えた。情報量が少ない以上答えられることもほとんどない。


「分かった。まぁ今後も作戦を続行することがもっとも無難だろう。何度か戦場で会い見えれば向こうとて話を聞いてくれるかもしれないしな」


 アリアはそう結論づけた。


 ダンたちに助けられたエルフは、自身の野営地に帰投した。

 森林地帯にそそり立つ岩山をくり抜いて作ったその基地は、岩と岩に囲まれた外部から見えないところにRAの発着場が存在していた。

 エルフは、コックピットから降りると、タラップを下って天然の格納庫の地面に降り立つ。


「戻ったか。エリシア」


 背の高い男エルフが声をかけてきた。


「はっ、ただいま戻りました。ですが、また新たに謎の機体が二機ほど……」


 エリシアと呼ばれたエルフは答える。


「謎の機体……? 敵か、味方か?」

「それはまだ……。しかし今回は私を助けてくれました」

「そうか……それなら協力を持ちかけても良かっただろう? 我々とて軍勢はもっと必要なのはお前もよく分かっているはずだ」

「しかし信用ができません。もしかしたら連邦側のスパイかもしれない」

「その時は……その時だ。我がシャルルカンの法に則って速やかに処断する」

「ですがそれではもう……」

「遅いかもしれん。だが、我々にはそれほどに兵が必要なのだ」


 男エルフが言い終わるのとほぼ同時に格納庫に別のエルフが入ってきて報告する。


「申し上げます。ハルード・ヨハネスブルク様、インフィニットクルセイダースのエル・ア・ジュネット様がお呼びです」

「フッ、言ったそばからこれだ。集まった兵たちは少なくとも今のうちは我々の戦力として戦っている……」


 ハルードはそうとだけ言うと伝令に付き従って格納庫を去った。


「ハルード様、私には……できません。あなたのように人間を信じようとすることが……」


 エリシアはひとり呟く。


 ハルードが伝令に案内されて基地内の薄暗い部屋に入ると、そこには既に、仮面の男、エル・ア・ジュネットが待っていた。部屋の真ん中には魔法ホログラムの地球儀が青白い光を出して浮かんでいる。


「エル……何用だ?」


 ハルードはエリシアが思っているよりもこの仮面の男を信用はしていない。だが、それを相手に取られないように尋ねた。


「おそらく……そのうちに魔獣攻撃隊JACの残党を名乗る組織が我々の軍に加わろうとしてくるだろう。そしたら是非とも拒まずに仲間に入れてやって欲しい」


 エルは言った。


「ほう? わざわざそんなことを言うとなるとエル、お前はそのJACとやらを相当に信用しているようだな」

「まさか。だが、私とはある程度縁ある存在なのでな」


 エルは答える。


「分かった。そうしよう。要件はそれだけか?」

「いいや、それだけならわざわざお前を呼び出したりはしない。私がお前を選んだのは、それ相応の理由があったからだ」

「回りくどいことは言わずに要件を言ってくれ、こちらは忙しいんだ」

「ならば言おう。もしそのJACなる組織が我々の味方になった時には、是非ともお前の指揮下に置いて欲しい。理由は訊くな。だが、頼んだぞ。エルフ軍大佐、ハルード・ヨハネスブルク」

「いいだろう。ならば私もひとつ問う。お前が……我々に協力する目的はなんだ?」

「それは答えられない。だが、お前たちに都合の悪いことにはならないはずだ」


 エルの口角がニヤリと上がった。


「そうか。だがもし愚かなことを考えているのなら、私はお前を断罪する」

「分かっているさ。私とて命は惜しくないが、無駄遣いはしたくないからな」


 翌日、昨日三機のゾルとの小競り合いがあった場所にハイペリオンとジャンヌ-Χ(カイ)が降り立った。


「今日は……この辺りで戦闘が行われている気配はありませんね」


 シルフィが言った。


「そうだな。昨日のアレはおそらく戦略的戦闘ではなく小競り合い程度のものだったのだろう。戦っていたのが三機のゾルと一機のドールだったところから見るに、連邦軍兵士三人が人質を得ようと半ば衝動的に目に入ったドールを襲ったというところだろうな」


 そこで、艦にいるアリアからの通信が入った。


「ふたりとも、戦闘こそ行われていないがRAの気配、二機だ。用心して進む……いや、偵察するように」

「偵察するんですか?」


 ダンが尋ねる。


「そりゃあな。もしエルフ軍だとしたら交渉をするチャンスだ。もしローマ軍だったら……見つからないようにその場を退避しろ。無駄な戦闘はする必要はない」

「あいあいさー、です!」


 シルフィは敬礼っぽいポーズをとった。


「よし、その二機はお前たちがいるところから近くに見える岩山方面に百メートルほど進んだところの水場のそばにいる」

「分かりました。すぐに向かいます」


 地上を歩行している限り、木々の向こうに隠された岩山は見えないが、さっき空を飛んでいた時に見えていたので大体の方角は分かる。二機のRAは慎重に木々をかき分けながら進んでいく。

 やがて、木の向こう側に池と、二機の金色のRA、ドールが地面に膝立ちの姿勢で停まっているのが見えた。


「エルフだ……」


 ダンが呟いたその時だった。


「ダンさん! 見ては行けません!!」


 ジャンヌ-Χの平手がハイペリオンの顔面に直撃し、ハイペリオンはバランスを崩して木々を倒しながら自身も地面に倒れ込んだ。


「おい、シルフィ、何をす……!!」

「ダメです! メインカメラのスイッチを切ってください!!」

「お、おう……」


 ダンは訳が分からないままに言われた通りにした。コックピットが闇に包まれる。


「あ、あの……シルフィ、一体何が……?」

「お風呂です!」

「え?」

「池で、女のエルフさんが……その……」

「分かった。それ以上は言わなくていい」


 なんてこったい。普通こんな屋外で入浴をするか?

 だが次の瞬間、シルフィが悲鳴をあげた。


「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「どうした!?」

「お、男の人もいました! というか明らかにこっちに気づかれました!!」


 数分後、ふたりは池のそばに引きずり出されて正座させられていた。首には「私は他人のお風呂を覗き見しました」という札がかけられている。


「まっ、まさかお前たちがそんな趣味をしていたとはなっ」


 顔を赤らめながら怒っているのは……確か、昨日森の中で戦闘中に遭遇した女エルフだった。服を着込んでいるがかなり慌てて着たらしく、エルフ特有の緑の衣装は所々が乱れている。


「いや、ですからそれは誤解で……」

「う、う、うるさいっ。私たちエルフが定期的に泉の水で身を清める習慣があるのはお前たち人間でも知っていることだろう!!」

「知りませんでした……はい……」

「フン、所詮は信用できん人間の言葉。知らなかったでは済まされんぞ」

「あの……お怒りの気持ちはよく分かるのですが……」

「分かってたまるか!!」

「その……我々との共闘をですね……」

「断る!!」


 女エルフは即答した。


「ですよね……」


 だが、さっきから黙っていた男エルフが口を開いた。


「待て、お前たちはどこから来た?」

「アラビア帝国です!」


 シルフィが答える。


「アラビア帝国?」

「あ、元々は魔獣攻撃隊JACのメンバーだったんですが、訳あってアラビアに逃れて、そこから……」

「JAC?」


 男エルフは引っ掛かりを感じたように言う。


「あの……どうされました? ハルード様」

「いいや、もしかしたら本当に味方かもしれんぞ? 風呂を覗いたことに変わりはないが」

「それは誤解です……」


 女エルフが顔を赤らめながらダンをキッと睨みつけた。


「あ、すいません……」

「とにかくふたりとも、我々に協力する意思があるのならば風呂を覗いたことも不問にしてやっていい」


 あくまで誤解は解けないパターンね……。


「し、しかし風呂を覗くような輩ですよ? また今後、どんな変態行為を……」

「次の時は断罪すればいいだけの話だ」


 ハルードの案内でダンとシルフィはそれぞれのRAに乗り、岩山の基地へとたどり着いた。そこでRAを降り、改めてハルード、そして女エルフのエリシアと対面する。


「改めて自己紹介をしよう。ハルード・ヨハネスブルク。エルフ軍RA部隊指揮官のうちのひとりだ」

「わ、私はエリシア・オーデンセ。よろしく頼む……」


 エリシアは顔を背ける。


「えぇと、ダン・アマテです。RA機体名はハイペリオン」

「シルフィ・オルレアンです! RAはジャンヌ-Χです!!」

「そうか。お互いによろしく頼む。ところで……お前たちの仲間はお前たちだけではないだろう?」


 ハルードが話題を切り出した。


「はい、森には、俺たちの艦が……」

「分かった。そこの艦長とも話がしたい」

「でしたら俺たちのRAの回線を……」

「いいや、その必要はない。我々の技術ならばこの基地自体に魔法通信回路を取り付けるなど容易なことだからな」


 ハルードはそう言うと三人を伴って基地の奥へと移動していった。


 ハルードの案内によりたどり着いた部屋は目の前に大きなモニターのある通信用の部屋といった感じの場所だった。

「エリシア、すぐに回線を繋げてくれ」

「はっ」


 エリシアはハルードの言葉に従うと、やがてモニターにアリアの姿が映し出された。


「あ、あーと……突然通信が飛んできて状況が掴めないんだが……」

「あなた方のRAパイロットふたりはこれより私の指揮下で戦うことになった」

「ちょっと待ってください。協力するとは言いましたが、そんなことはひと言も……!」


 抗議するダンにエリシアが一枚の紙を見せた。

『文句を言ったらお風呂を覗いたことをバラす』

 紙にはそう書かれていた。ごめんなさい……。


「それは……本人たちには同意済みなのか? さっき抗議の声が……」

「何も聞こえなかった。いいですね?」


 エリシアがアリアを威圧する。


「お、おう……」

「そういうことだ。同意を願いたい」

「分かった。その点については異論はないが……あたしらはどうすりゃあいい? まさかずっと外で指をくわえて見ていろと言うんじゃあないだろう?」

「そうだな……本来ならそう言いたいところだが我が隊には残念ながら戦艦がない。よってお前たちの艦を接収する。艦長はこれまで通りあなたでよろしい。だが、指揮官はこれよりRAパイロットでもあるこの私だ。それでいいだろう?」

「ま、断るなんて選択肢はあたしにはないんだろう?」

「断ったらこのふたりの恐ろしい秘密を……」

「艦長、断らないで!!」

「お願いします!!」


 エリシアが言いかけたのでダンとシルフィは必死に艦長へ頼み込んだ。


「わーかった。お前たちがそこまで言うんならそうするよ。だがなんだ、エルフさんよ。戦場では上下関係なんてあまり関係ない。こだわりすぎると死ぬことになるぜ……」


 アリアはそう言うと通信を切った。


「まったく、無礼な艦長ですね。やはりこのあかつきには……」


 エリシアがダンとシルフィを見やるがハルードはそれを制した。


「待て、彼女の言うことはもっともだ。思いのほか話の分かる奴かもしれないな……」

「私は……そうは……」

「エリシア、ふたりに今後の作戦を説明してやってくれ。艦長の方には私が説明する」

「分かりました……」


 ふたりをまだ完全に信用しきっていないものの、ハルードの命令だ。エリシアはその言葉に従った。


 エリシアの案内で別の部屋に向かったダンとシルフィはこれまでの戦況とこれからの作戦について説明される。


「今、我々はここ、シャンムール砦を拠点にローマ連邦軍の拠点、アルカイド渓谷の奪還を狙っている。しかしアルカイド渓谷数箇所にある連邦軍の基地、砦は最前線であるため敵側も戦力を集中させており、今のままでは攻め落とすことは困難だ」

「今のままでは……ということは、俺たちが作戦に参加すれば……」

「無理だろうな。お前たちのような軟弱そうな少年少女では戦力の足しにもならん。あの艦長とやらは多少は腕っ節がありそうだがそれでも、だ」

「そんな、酷いです!!」


 シルフィはエリシアの言い様に口を尖らせて抗議する。


「事実だ」


 それをエリシアはひと言で突っぱねた。


「それじゃあどうすれば戦況はこちら側に傾くのですか?」


 ダンは尋ねる。


「ゲルマニアだ」

「ゲルマニア……?」

「フリッツ・ネルトリンゲン。お前たちとて名前は聞いたことがあるだろう。ゲルマニア軍の指揮官のひとりで自身もRAを駆る猛将だ。彼の援軍が今、本国よりこちらに向かっている。その配下もゲルマニア軍では精鋭揃い。我々エルフほどとは言わんが、かなり有望な戦力となろう」

「なぁ、シルフィ、エルフってみんなこんな感じなのか……?」


 ダンは小声で訊く。


「いえ……少なくともゼロムさんはもうちょっと謙虚でした……」


 シルフィは答えた。


「作戦中に私語は慎め」

「はいはい……」

「とにかくだ。我々の次の作戦行動はゲルマニア軍が到着し次第ということになる。もっとも敵がいつ攻め込んでくるかも分からないため、防衛戦は必要となるだろうが……」

「しかしその分だと戦線は膠着状態……といったところでしょうか」

「あぁ、その通りだ。我々もそうだが、今のままでは戦力は互角、よって敵側もいつ援軍を呼び、それが到着するか分からない。もし我々よりも先に敵側の援軍が到着すれば……」

「攻め落とされるのは俺たちの方に……」

「そういうことだ」


 機兵母艦・ヴァイスフリューゲルにハルード・ヨハネスブルクがやって来た。彼の乗ってきたドールは艦の格納庫に格納され、彼自身はアリアのいる艦橋へと向かう。そして、エリシアがダンとシルフィにしたように、今後の作戦についての説明を行う。


「以上が、作戦の概要だ」

「するってーと、あたしらは援軍が来るまでずうっと待機ってことかい?」

「そういうことになるな。もちろん、小競り合いくらいの戦いならばこれまでも、そしてこれからも何度となくあるだろうが」

「なぁに、その程度ならこれまでだって幾度となく経験済みさ」

「分かった。頼りにしている」


 ハルードはそうとだけ言うと艦橋を出ていった。


「彼、一体どうしてこの艦を自身の指揮下に起きたいなどと……」


 ハルードがいなくなるとザルトが言う。


「さぁね。ま、あたしの艦長としての権限もこれまで通りだろうし形式上のことだろうさ」


「お前の言う通り、JACヴァイスフリューゲル隊は私の指揮下に入ったぞ」


 シャンムール砦の廊下にて、ハルードはすれ違いそうになったエルにそう声をかけた。


「早かったな、彼らが来たのも……」


 エルは答える。


「会わなくていいのか?」

「どういう意味だ?」


 エルは問い返す。


「お前がそこまで肩入れをするということは、彼ら、過去にお前と何かあったのだろう」

「そうだな、かつて何度か戦場で相見えたことがある。お互いに顔を見たこともな。だが、今はまだいいだろう。時が来たら自ずと再会することになるさ」

「フン、分からんやつだなお前という人間は……。いや、本当に人間なのか? お前」


 エルの仮面がピクリとハルードの方を向く。


「いいや、いいだろう。お前の言う通り人間だということにしておいてやる」


 ハルードはエルとすれ違い、廊下を歩いていった。


「ハルード、お前……」


 エルは呟く。


 月が森の木々を照らしていた。そんな中、木が途切れて広場状になったところに、空を斬る音が響く。エリシアが剣を振るっているのだ。


「こんなところにいたのか。エリシア」


 声をかけてきたのはハルードだった。


「はい、鍛錬は欠かせませんので」


 エリシアは答える。


「お前はもう少し丸くなったらどうなのだ。それではトゲトゲしすぎていて……」

「必要ありません」


 エリシアは即答する。


「私はオーデンセ家を守る者として、ただ、強くあるのみ」

「そうか。まぁ私とてお前の家の境遇に無関係とは言い難い……」

「そんなことは……!」

「いや、いいんだ。私の一族がどんな所業をしてきたのかは私が一番よく知っている。かつての王族を手にかけたのも、そしてかつて貴族階級であったあなたの家族を手にかけたのも、全ては私の一族、ヨハネスブルク家に他ならない……」

「確かに、私はヨハネスブルク家が憎いです。ですが、あなたに憎しみを感じたことはただの一秒たりともない。あなたは……ヨハネスブルク家にありながら一族の宿命から逃れることのできた唯一のお方」


 エリシアは剣を振るいながら話している。


「そこまで持ち上げられる必要は無いんだがな、処刑人の一族、その中の落ちこぼれというだけだよ、私は」

「いいえ、それは立派なことです。あなたは自分で運命を切り開かれた」

「それは君も……」

「私はただ憎しみに身を任せて敵を倒すだけです。それ以上でも以下でもない」


 エリシアは剣を下ろした。


「それでは、私はもう寝ます。明日も何があるかは分かりませんゆえ」

ハルードはエリシアが立ち去った後もしばらく広場に残り、月を眺めていた。

「いくら私が違うとはいえ、私は処刑人の一族として恨まれる宿命を背負っている。覚悟は出来ているさ……」


 ハルードはひとりそう言った。


 森林地帯上空を一隻の機兵母艦が飛行していた。白い箱型のボディーをした戦艦だ。

 その艦橋には、ひとりのがっしりとした大男が立っている。さながら絶対に倒れない壁のような雰囲気を醸し出しているこの男こそ、ゲルマニア軍の猛将、フリッツ・ネルトリンゲンである。


「予想はしていたが、主戦場はやはり森林地帯。敵はそれを活かしてのゲリラ戦としてくるだろうな」

フリッツはモニターに映し出された緑の海を眺めながら言った。

「はっ、さようで……」


 一応艦の艦長である男がそう答える。


「だが我々にそのような戦略は通用しない」

「いかにも」

「RA隊を出せ!! このような戦場で艦を前線に出せば撃ち落とされるだけだ。あとは我々だけで行く」


 フリッツはそう宣言すると艦橋を出ていった。それに、数名の男が従う。彼らは皆、フリッツ配下のRAパイロットたちだ。


「フリッツ・ネルトリンゲン。ジークフリート、出陣!!」


 フリッツは自身のRAに乗り込むとレバーを大きく引いた。箱型の機兵母艦のカタパルトから、白と灰色の装甲に覆われた大型のRAが出撃する。


「ただいま入った情報です! フリッツ・ネルトリンゲン率いるゲルマニア軍がシャルルカン共和国内に到着、RA部隊がこちらに向かっているとのことです!」


 シャンムール砦の中央管制室でエルフのオペレーターが言った。


「よし分かった。すぐさま我々もRA部隊を全機発進させて合流しろ。それから、アリア艦長のヴァイスフリューゲルにも連絡を」


 ハルードは指示を飛ばす。


 ハルードからアリアへと情報は瞬時に伝わり、アリアはダンとシルフィにRAを発進させるように指示を飛ばした。


「ダン・アマテ。ハイペリオン、行きます!!」

「シルフィ・オルレアン。ジャンヌアロー、発進します!!」


 ふたりの若きRAパイロットは自機をカタパルトから射出させる。

 二機のRAは緑の海を見下ろす上空へと出た。


「シルフィ、いよいよ本格的な先頭だ。気を引き締めていこうぜ」

「もちろんです! ダンさんこそ気を緩めないでくださいね!」

「当たり前だ。これまでになく大規模な戦闘になるだろうからな。敵味方含めて……」


 だが、ダンはまだ知らなかった。この戦場で彼は、思わぬ人物と再会し、ハイペリオンに秘められた真実を知ることになるということを……。

 物語ももうすぐ中盤です。次回の更新日は4月16日です。

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