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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
12/36

第12話 騒乱の気配

 アラビア編は完結です。今回は繋ぎエピソード的な……?

 マハムード一派の主要人物は捕らえられ、しばらくの後、公平な裁判によって裁かれることが決定した。そして、皇帝の姉であるシェヘラザード姫は、皇帝自身の手で摂政に任命され、新たな国づくりを行うことを帝国国民に宣言した。


「まずは、我が帝国にもエウロペ大陸の近代国家と比べても遜色のない成文憲法の制定を……それから議会を開き、国民の意見を広く採り入れます。皇帝や、それに私の権限は最小限にとどめるつもりです」

「いいのですか……?」


 シェヘラザードの言葉にディーナは尋ねた。

 宮殿の広場にはアラビア帝国の王侯貴族、および革命軍のメンバー、そしてヴァイスフリューゲル隊の面々が集まっていた。たった今、帝国軍と革命軍の戦争状態の終結の宣言が行われ、また、ヴァイスフリューゲル隊を新生アラビア帝国が支援し、ローマ連邦の軍部を打倒することが秘密裏に決定したのだ。

 今は、それらの条約を結ぶ各種政治的儀式も終了し、皆は宴というつかの間の平和を謳歌している。


「はい、私たち皇族はもう何百年にも渡り権力を行使して来ました。そろそろ、もういいでしょう」


 シェヘラザードは答える。


「私も、しばらく経ち国が安定すれば、摂政の座は降りるつもりです」

「そうですか……」


 ディーナは思う。果たして、自分に彼女と同じような覚悟が備わっているだろうか。軍部を打倒してからどうするか。それについてはこれまであまり考えてこなかった。だが、その時こそが最も重要なのだ。目的は戦うことではない。戦ってその後、どうするかなのである。この人は、きちんとそのプランが出来上がっている。


「あの……姫君……」


 ディーナはシェヘラザードに改めて声をかけた。


「なんでしょうか」

「もし良かったら、これからも私の相談役に……」

「いいですよ。私で良いのならば」

「ありがとうございます」


 翌日、ブリーフィングルームに艦のメンバーおよびディーナ・オルレアンを招集したアリアは、次の目的地を宣言した。


「次のあたしらの目的地はエウロペ大陸、シャルルカン共和国と決定した」

「エルフさんたちの国ですね」


 シルフィは言う。


「そうだ。そして今、この国とローマ連邦軍は戦闘状態に入ったらしい」


 まぁディーナの話だと前々からこのエルフ最大の国家に侵攻を開始することは軍部が計画していたことらしいしな。と、ダンは思う。


「つまり私たちは、シャルルカンのエルフ軍を支援して、軍部の領土拡張計画を阻止する。ということですね」


 オペレーターのレイカが言う。


「そういうことだ。だが、それだけじゃあない」


 アリアは言った。


「エルフ軍だってそんなにヤワじゃあない。軍部はある程度の戦力が必要となるわけだ。おそらくは本土防衛は手薄になるだろう。だからその間に軍部の行為をローマ連邦国民に知らしめる。国民に見限られたとなれば、さすがにこれまでのように勢いよく振る舞うことは出来なくなるだろう。よって我々は軍をふた手に分ける」

「ふた手に……」

「あぁ、一方は主戦力としてシャルルカン共和国の防衛にあたる者たちだ。そして、もう一方は少数精鋭にしたい。なるべく無傷のまま首都に潜入し、現状を訴えるには目立たないように侵入した方がいいからな」

「しかし……艦の方はどうするんですか? 俺たちはヴァイスフリューゲル一隻しか保有していませんし……」

「ダン、なんのためのアラビア帝国だ? どうやらあちらのアリババ艦長も、快くシンドバッドを貸してくれるみたいだぜ?」


 アリアは答える。


「と、いうことはその少数精鋭にはこの俺の出番というわけだな」


 ジャーファルは誇らしげに言った。


「もちろんだ。勝手知ったる機兵母艦シンドバッドの方が戦いやすいだろうからな。それから……」


 と、アリアはディーナの方を見た。


「何かと交渉事に長けてるディーナも行ってやれ」

「え? 私ですか?」

「あぁ、もちろんだ」

「うげっ、じゃあシルフィは……!」


 ジャーファルは助けを求めるような表情をする。


「あたしらと一緒だ。あんたらは戦いに行くわけじゃあないからな。RA(ライドアーマー)は一機で充分だろう」

「分かりました……」


 シルフィは答えた。


「ん? どうしたシルフィ、俺と一緒じゃあないのがそんなに寂しいのか?」

「ち、違いますっ!」


 シルフィはやや怒ったように言った。


「な、なんか俺……悪いこと言ったか?」

「いつもでしょ?」


 ディーナは呆れたように言う。


「シルフィ……」


 ダンはそのシルフィの態度になにか引っ掛かりを感じた。


「なぁ、シルフィ……」


 ダンはブリーフィングが終わると、艦の廊下でシルフィに声をかけた。


「ダンさん……」

「さっきのあれ、なんだったんだ?」


 ダンは尋ねる。


「あれってなんですか?」


 シルフィは逆にダンに訊いた。


「さっきの……ブリーフィングの時、どうにも俺にはシルフィがいつものシルフィには見えなかったんだ。なんていうか、その……元気がないというか……」

「え? 私はいつだって元気ですよ!」


 シルフィは表情を明るくして言ったが、すぐに沈んだようになる。


「……と言っても、説得力ないですよね。実は私、シャルルカンには個人的な理由で行きたくないんです……」

「個人的な理由?」

「はい……シャルルカン共和国は昔……シャルルカン王国という名前の王制国家でした。でも、革命が起きて、王族はみんな殺されてしまったんです。そんな中、生き残った唯一の王族の方と私は出会いました」

「唯一の……生き残り?」

「はい、そう言っていました。彼は名前を変えて、人間世界で人間として生きていたんです。私がそんな彼と出会ったのはほんの数週間だけの期間でした。でも、彼は、私の人生の方向性を決めてくれました。自分で、自分の心に正直に生きていくべきだって……」


 それからシルフィはひと呼吸おいて続ける。


「いいえ、もしかしたら私が勝手にそう解釈しただけなのかもしれません。でも、私は少なくともそう学びました。それからその彼、ゼロム・アウクスブルクさんとは会っていませんが、それでも、ゼロムさんは私の人生の目標なんです。ですから……」

「だから、そのゼロムさんの家族である王族を皆殺しにして成立した国家を助けるのはあまり気の向く仕事ではない……と」

「私って……わがままですよね」

「そんなことは……」

「いえ、自分でも分かっています。戦いにこんな私情を挟んじゃあいけないって。でも……」

「シルフィ……」


 と、ダンは言った。


「確かに、戦うにはそれ相応の覚悟も、それに時には非情さも必要だと思う。でも、そのせいで自分が壊れてしまっては元も子もない。だから……時には心の守りに徹してもいい。それに、彼に教えられたんだろう? 自分に正直に生きろって」


 シルフィは無言で頷いた。


「ま、こんな俺が言うのも難なんだけど……」


 ダンはそう言うと言葉を終えた。


「ダンさん、ありがとうございます……」


 シルフィは言う。


「シルフィ、今後もよろしくな」


 ダンは言った。


 翌日、ヴァイスフリューゲルはエウロペ大陸に向かい飛び立った。その後を追うようにして元アラビア革命軍の保有艦であったシンドバッドが飛び立つ。二隻の戦艦は砂漠の上を並んで飛行していた。それぞれの目的地に向けて進路が別れるのはもう少し先の話である。

 シンドバッドの艦橋には艦長としてアリババ、そしてRA(ライドアーマー)パイロットとしてジャーファル、交渉担当としてディーナ、それから以下のスタッフとして元アラビア革命軍の面々が乗っている。だが、それに加えて、もっと外の世界を見て学んできて欲しいとのシェヘラザード姫の意向により、不言の巫女、ドゥンヤザード・バスラの姿もあった。予知能力を持つ巫女、バスラはシンドバッド隊においても貴重な戦力となるだろう。


「いくら目立たないためとはいえ、元々俺たちが保有していたザムも帝都に置いてくことになっちまうとはなー」


 ジャーファルはしみじみとボヤく。


「帝国は今、不安定な状態にある。少しでも国家防衛のための戦力を増やしておきたいようだからな」


 アリババは言った。


「まぁ確かにそうですけど……」

「ふーん、でもあんた、そんなことよりも本当はシルフィと一緒にいられなかったことに対して不満なんじゃあない?」

「な、なんだと!? まぁ間違ってはいないが……」

「否定はしないんだ……」


 自分で話題を降っておきながらディーナはため息をついた。


「まぁ何? くれぐれも目立つような短絡的な行動はしないでよね?」


 ディーナはとりあえずジャーファルにそう言っておいた。その点が、かなり心配なのだ。単純一直線が取り柄でもあり短所でもあるジャーファルである。いつやらかさないとも限らない。


「俺がそんなことするわけないだろう? な? ドゥンヤ?」


 バスラはそっと顔を背けた。


「な、なんで顔を背けるんだよ……」

「ドゥンヤも心配ってことでしょ?」

「まったく、信用ねーなー」


 どうやら、バスラもジャーファルの扱いを段々と分かってきたみたいだね。ディーナは内心そう思った。


 さて、ここはアラビア帝国の宮殿内のある部屋。スーツ姿の男ふたりがシェヘラザード姫と向き合ってソファーに座っている。


「し、しかし姫……我々となんの相談もなく一方的に革命軍との戦闘を終結させてしまうとは……」

「私とて自国民と戦うのは本意ではありませんでした。それに、戦争が長引けば長引くほど国内は疲弊します。あなた達とてそうなることを望んでいたわけではないでしょう?」


 シェヘラザードは若干威圧するように言う。相手はローマ連邦の外交官、そうすることが何よりも効くのだということを彼女は心得ていた。


「は、それはもちろんでございます……」

「しかし……そうなると我々とあなたがた皇室の間に結ばれた協力関係は……」


 もう一方の男が言った。


「もちろん、あなた方の政府がいかように変わろうとも続けるつもりですよ? ですが、もし、あなた方の政府がやり方を間違えたならば、その時は私も、全力でそれを阻止するつもりです」

「ま、まさか我々が道を誤ることなど……」

「そうはならないことを願っています」

「ところで、革命軍の方を支援していたブリテン王国ですが……そちらの方はどうなされたので?」


 外交官は話題を切りかえた。


「革命軍との和平も済んだのです。そちら側との和平も着実に進んでいます。もちろん、あなた方の名前を出したところ、悪いようにはしないと言っていただきました。お互い物分りが良くて助かりました」


 シェヘラザードは営業スマイルのような笑みを浮かべると言った。


「そうですか……では、我々はここで……」


 外交官ふたりはソファーから立ち上がった。


「もう行ってしまうのですか?」

「はい、我々には我々の仕事もございますゆえ……」


「くそぅ、から恐ろしい女め……」


 外交官は宮殿の廊下に出て、周りで誰も聞いていないのを見るとそう言った。


「どうしましょうか……」


 もうひとりの外交官が言う。


「どうもこうもあるまい。ブリテン王国側の協力まで半ば強制的に受けさせた女だぞ……」

「し、しかしこのままでは我々が得たものは何もなく……」

「あぁ、だがもっとも、ブリテン側とて何かを得られたわけではあるまい。それに、この国とて所詮は我がエウロペ大陸からは外れた辺境、我らの驚異となることはないだろうな」


 ふたりの外交官は、自らの外交の失策を悟りながらも、その後の結果を楽観視し、宮殿を歩いていった。


 そこから遠く離れたエウロペ大陸での話。

 ケンタウルス海に面する海辺の街、ガルグイユの街はずれに、一台の自動車が停車した。運転席にはかつて、ブルーバード隊のメンバーとしてヴァイスフリューゲルと交戦したRAパイロットのテディ、そして助手席にはギムール・ギマラインシュが乗っている。


「多分、この地図によるとここら辺だろう」


 ギムールは紙の地図を広げながら言った。


「テディ、お前はここで待っていてくれ。やっぱり話はこの俺がつけてくる」


 ギムールはそう言うと立ち上がり、地図を畳んで座席に置いて、車から降りていった。

 しばらく歩いていくと、海岸が見えてきた。海岸では三人の人物が小さな船を組み立てに格闘している。ひとりは大人の男、もうひとりは少年、そしてもうひとりは小柄な少女だった。ギムールは、この少女に見覚えがあった。かつての上官にしてあの尊き存在、フローラ・リヨンだ。


「フローラちゃ……」


 ギムールは声をかけようとしてやめた。どうにもそうしない方が正解なような気がしたからだ。

耳を澄ますと三人の会話が聞こえてくる。


「ほら、フローラ、そこの板の抑え方はこうじゃなくて……こう」

「どうですの?」

「だから……こうだよ」

「どれも同じではありませんか?」

「同じじゃないって……」

「ライラック、フローラは女の子なんだからもっと優しく」

「してるって父さん」


 ライラックと呼ばれた少年は父親に言い返した。


「あら、わたくしにそんな気遣いは無用ですわよ」


 フローラは言う。


「じゃあそこの釘を打っておいて……」

「もう終わりましたわ」


 フローラはけろりとして言った。


「魔法使ったでしょ……」

「バレましたわ……」

「僕たちが魔法を使えないからそれは禁じ手だって……」

「でも、作業は早く終わりますでしょ?」

「それは……」

「フローラが来てからというもの、家は結構助かってるんだ。文句を言うんじゃあないよ」

「まったく、父さんはフローラには優しいなぁ……」


 ひと目で分かった。おそらく、あれが海岸に流れ着いたというフローラを介抱したソフィア家だろう。見ている様子からして、かなり貧しい家のようだが、それでもフローラは生き生きとしていた。軍にいた頃や、それよりも前、魔女の名門家として蝶よ花よと育てられていた頃などよりもよっぽどか輝いて見える。


「フローラちゃん、やっぱり君は変わっておられる……」


 初めてブルーバード隊に配属された時からそうだった。リヨン家の令嬢として生まれ持った運命を受け入れていれば将来は安泰だったにも関わらず、敢えて軍に所属するという先の見えない道を選んだ彼女に、ギムールは惹かれた。さらに、あの年齢で艦長という重職を担っていることもあり、戦術に関しては天賦の才を持っていた。だが、対してやや子供っぽい一面も持っていた。そしてわがまま毒舌なようでいて実は仲間思い。こんな人間には、いや、魔女にはギムールは今まで一度たりとも出会ったことがなかった。全てが予測不能だった。それは今回も例外ではない。


「やれやれ、声をかけるタイミングを見失っちまったな……」


 ギムールはそう言うとフローラたち三人に背を向けた。


「ま、答えは今の様子を見ていてだいぶ分かったようなものだが……」


 その日、ギムールはガルグイユの市街地にあるホテルに泊まり、翌日、ふたたびあの海岸近くへと向かった。

 だが、海岸のそばの森の中の道を歩いていた時、突然、声をかけられた。


「あら、こんなところで会うなんて奇遇ですわね」

「フローラちゃん……!?」


 ギムールは振り返る。


「なに幽霊にでも会ったような顔をしているんですの? わたくしはそろそろあなたか、もしくは軍の他の誰かが来ることは予想していましたわよ」

「なら質問は……分かるな」


 ギムールはゆっくりと、呼吸を吐くように言葉を発した。


「えぇ、もちろん。そしてその答えは恐らくあなたの予想の通り、NOですわ」

「だろうね。実は……見ていたんだ。昨日、海岸で……」

「知っていましたわ。あなたの気色の悪い気配は目立ちますもの」

「そうか……それは……」

「気分でも悪いんですの?」

「え?」


 突然の質問にギムールは聞き返す。


「なにか以前の元気がないみたいですわよ」

「いいや、もう俺の出る幕じゃあないなと思ってな。勘違いしないで欲しいが、俺はまだフローラちゃんのことを諦めたわけじゃあない。だが、フローラちゃんが幸せなら……それで俺は満足だ」

「何を言ってるんですの? 戦場で脳みそが八割くらい吹き飛びました?」

「かもしれないな」


 ギムールは言った。


「やっぱり、嫌な顔ひとつしないと罵倒のし甲斐がありませんわね……」


 フローラはさも残念そうに言う。


「そういえば、戦線の方はどうなりましたの? なにか新しい戦争が始まったように聞きましたが……」


 フローラは話題を切りかえた。


「やっぱり、そこは気になるのか……。まぁフローラちゃんの言う通り、我が軍はシャルルカン共和国との戦闘を開始した。だが、その戦争には隣国、ゲルマニア共和国が介入してきたこともあり、戦線は膠着状態。俺はまだ戦地に駆り出されていないが、行くのは時間の問題だろう。リックはすでに戦地で戦っている」


 ギムールは戦況を簡潔に説明した。一瞬だけ、昔に戻ったような感覚を生じさせた。


「そう、まぁわたくしの出る幕もありませんわね。きっと……。ヴァイスフリューゲル隊が復活でもしない限りは……」

「まさか、フローラちゃんが生きていたからといって奴らも都合よく生きているとは言いきれないだろう。まぁ俺とて奴らとはいつか本当の決着をつけたい気持ちに変わりはないが……」

「もののたとえですわよ」


 フローラは笑って答える。


「ま、ライラックはわたくしがまた戦場に出てしまうのではと心配しているみたいですが……」

その時だった。

「フローラ!!」


 声がした方向をふたりは見る。


「噂をすれば。ですわね」

「フローラ、こんなところにいたのか。探したよ。それで……その人は?」


 ライラックだ。彼はギムールを見て首を傾げた。


「あぁ、気持ち悪いストーカーですわ」

「ストーカー!?」


 ライラックはフローラを庇うようにギムールの前に立ちはだかった。

 冗談でも誤解を招くような言い方はやめてもらいたいものである。


「嘘ですわよ」

「え?」

「彼は軍の人間、わたくしと同じ隊に所属していたストーカーですわ」


 やっぱり、ストーカーなのは変わらないじゃないか……。


「で、ストーカー……。フローラを軍に連れ戻しに来たというわけか」


 ライラックは警戒を解かないままに言った。


「俺はストーカーじゃあなく、ちゃんとギムールという名前があるんだが……まぁとにかく、一応ここに来た目的はそういうことになるな」

「それなら、僕も行く」

「「え?」」


 フローラとギムールが同時に驚いた声を上げた。


「あ、えっと……ごめんなさい。もしかしたら、フローラの役に立てるかな……と」

「役になんか立ちませんわ」


 フローラは即答した。


「だいたいライラ、あなた、戦場に出た経験はありまして?」


 ライラックは当然ながら首を横に振った。


「そんな者が戦場に出たとしても死ぬだけですわよ」

「ごめん……」


 ライラックは素直に謝った。


「じゃあフローラ、戦場に出たらせめて手紙でも送ってくれ。そうじゃあないと、僕は君が無事なのか確かめるすべもない」

「へ?」


 フローラはキョトンとしてから彼の言っていることを理解して言った。


「何勘違いしてますの?」

「え?」

「わたくしはこの人と一緒に戦場に出るなんてひと言も言ってませんわよ」

「え……」

「わたくしはこんなのと一緒にいるよりも、ライラと一緒に大人しくこの街で暮らしていた方が性に合っていると、最近気づき始めましたの。だからそんなことは心配しなくても大丈夫ですわよ」

「そうか……良かった……」


 ライラックは安堵したようにため息をついた。

「今回ばかりは、あなたの勘も外れたようですわね」

「あぁ、外れてよかった……」

ライラックは安心しきって言う。

「ライラとやらの勘は……そんなに鋭いのか?」


 ギムールは何の気なしに尋ねた。


「えぇ、だいたい当たってますのよ。失せ物の在り処とか、危険を察知したりとか」

「そのせいで街の人には重宝されたりもして……」

「都合よく使われているだけですわ。ライラも失せ物探しにお金くらい取ればいいのに」

「悪いよ。ただの勘だし」

「ただの勘……ね」


 ギムールはなにか引っかかることを感じたが、それ以上は追求しなかった。


「それじゃあ俺は行くよ。軍の方にはフローラ・リヨンに軍へ戻る意思はなかったと伝えておく」

「頼みましたわ」


 ギムールは手を振るとフローラたちふたりと別れ、森の中の道をひとり歩いていく。


「やれやれ、これは本当に俺の出る幕はねぇや……」


 ギムールはそっと呟いた。


 シャルルカン共和国は、ローマ連邦の北部に接する森林地帯に広がる小国だった。しかし、人間規模で見れば小国かもしれないが、彼らよりもはるかに人口の少ないエルフにとってしてみれば最大の国家だったのだ。ローマ連邦はここさえ平定してしまえば残りのエルフ領はあっさりと恭順するであろうと思っていた。だが、現実はそう上手くはいかなかった。エルフ領を自身のローマ連邦領と接する土地への緩衝材としていたゲルマニア共和国軍が介入してきたこと、そしてそれに呼応して各地のエルフからなる国家郡も援軍を派兵したことにより、シャルルカン共和国軍は本来の規模の三倍ほどにまで膨れ上がっていたのだった。さらに、シャルルカン共和国軍には外部からの協力者もあった。彼らは、たった四機のRAを保有しているだけだったが、それは全て魔動機であり、さらにそのうちの一機は、これまでに見た事のないような未知の戦力を保持している特殊機体だということだ。


「シャルルカン共和国における戦況はだいたい分かりました。ですがやはり、この謎の勢力、および未知の戦力を持っているという一機が気になりますね……」


 ブリーフィングルームでテーブルの上に表示されている地図を見ながらダンは言った。今、部屋にはダンとアリア、それにシルフィとザルトのみがいる。


「あぁ、そうだな。奴らは何処の馬の骨かも分からないにも関わらず、その戦力ゆえに共和国政府の信頼を勝ち取り、最前線に投入されているそうだ」


 アリアが収集した情報から戦況を分析して説明する。


「さて、次に……我々がどうやってこの混沌とした紛争に介入するかだが……」

「混沌とはしているが、シャルルカン軍はもはや連合軍の体裁を取っている。 あたしらが奴らに合流するのは比較的容易といっていいだろう。だが、念には念を入れて……だ」


 ザルトの言葉を引き継ぐと、アリアは地図の一点を指し棒で指し示した。


「ここが今、この戦争の最前線となっているところだ。よってあたしらはここに戦力を投入し、連邦軍を蹴散らす。そうすれば一気に彼らの信頼を得て連合軍に加わることも容易となるだろう」

「それで……私たちは今、森林地帯の上空を誰とも遭遇することなく飛行しているわけですね」

「そういうことだ」


 シルフィの言葉にアリアは頷く。


「だがもうそろ戦場のはずだぞ?」

「了解、それじゃあ……行ってきます!」


 ダンは敬礼をすると部屋を出ていった。


「あっ、待ってください、ダンさん! 抜け駆けはなしですよ!」


 シルフィもそれに続く。


「さぁーて、あたしらも艦橋に戻るとするか」

「そうですね」


 ダンとシルフィはそれぞれに格納庫にある自分の機体のコックピットへと乗り込んだ。


「ハイペリオン。ダン・アマテ、行きます!」

「ジャンヌアロー。シルフィ・オルレアン、発進します!」


 ふたりはそれぞれにレバーを引き、カタパルトから艦の外へと射出される。

 下界を見ると、一面の緑の海だった。


「なんか、最近砂漠ばっかりだったので新鮮な気分ですね」


 シルフィからの通信が入る。


「あぁ、まったくだな。本来はこっちの方が見慣れた風景だったろうに」


 ダンは、エウロペ大陸生まれのはずなのに砂漠慣れしかかってきていたことに今気づいた。おそらく、シルフィも同じだろう。


「それに、すごい見通しも悪く感じます」

「同感だ」


 森林地帯がここまで難関ルートだったとはな……。ダンは少し意外に思った。今まで海上や砂漠での戦いしか経験していなかったからだ。


「シルフィは……森林での戦いは……?」

「訓練の時や、魔獣と戦った時以来です。戦場は初めてで……」


 と、そこでアリアからの通信が入る。


「気をつけろ、ふたりとも、もうそこは戦場のはずだぞ」

「え……?」


 その時だった。一筋の閃光がハイペリオン目掛けて飛んでくる。ハイペリオンはそれをシールドで防御すると周りを見回した。


「駄目だ。見えない、どこに隠れて……!」

「ダンさん、光です、光を見てください!」

「光……?」


 慌てて下界の森を見ると確かに気の間にチロチロと光が見えた。光学兵器が使われているということだ。

その矢先、木々の間から煙が上がった。


「なるほどな、戦場らしくなってきた」


 ダンはハイペリオンのバーニアを噴かせ、煙の方へと下降していった。

 エルフの共和国編スタートです! 次回の更新日は4月2日です。

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