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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
10/36

第10話 不言の巫女

 タイトルは「いわずのみこ」と読みます。ダンたちが牢獄で出会ったアラビア魔女の女の子が活躍します。

「ところで……どうして言葉を発そうとしないんだ?」


ダンは未だ姿も声も聞こえない斜め前の独房に向かって言った。


「う、うーんと……喋ることが出来ないみたいですよ?」


シルフィが説明した。


「喋ることができない? なにか……その……」

「生まれつき、そういう一族みたいです」

「そういう一族?」


どういうことだ。


「なにも……答えてくれなくなっちゃいました……」


そうか。なにか訊いちゃあいけないことだったのかな。


「あの……魔女さん。あなたの魔法でどうにか脱獄とか出来ないんですか?」


シルフィが訊く。だがすぐにシルフィの残念そうな声が聞こえた。


「無理みたいです……首を横に振っちゃいました……」

「だろうな。魔法系種族を閉じ込めておく牢屋だ。それ相応の結界も張られているんだろう」


だがここでシルフィが驚いたような声を上げる。


「で、でも、外との連絡は取れるみたいですよ!?」

「外との連絡? どうやってだ?」


アヌビスの整備のため、コックピットに乗り込んでいたジャーファルのもとに、通信が入る。コックピットのスクリーンにシルフィの姿が映し出されたのだ。


「し、シルフィ!?」


ジャーファルは驚いて半開きのコックピットから転げ落ちそうになるが、何とか持ち直した。


「ジャーファル、久しぶりです!!」


シルフィは画面の向こう側で敬礼のようなポーズをとる。


「シルフィ、どうしたんだ? つーかそもそも、まだアヌビスは起動してないのにどうやって通信を?」

「それは……話せば長いです! でも……大変なことになっちゃいました」

「大変なこと? なんだそれは」

「革命軍だってバレて……捕まっちゃいました……」

「なんだって!?」


ジャーファルはまたしてもコックピットから転げ落ちそうになる。


「くっそう、帝国め、ただじゃあおかねぇぜ」

「落ち着いてください! 帝国側も一枚岩じゃあないみたいです」

「つーと?」

「うーんと、そうですね。帝国内部でもクーデターの動きがあって……私たちはそのクーデター派によって捕まっちゃったみたいなんです」

「複雑だからわからねぇな。だがとにかく、シルフィが悲しい思いをしてるのは事実なんだろ?」

「そういうことです!」

「分かった。すぐ助けに行くぜっ! ……って、うわぁ!」


ジャーファルは驚いて後ずさる。半開きのコックピットハッチからディーナが乗り込んできたのだ。


「さっきからどうもうるさいと思ったら……なに? シルフィから通信?」

「あっ、お姉ちゃん!」


シルフィは嬉しそうに声を上げる。


「帝国に捕まったんだって?」

「どっから聞いてたんだよ貴様」


ジャーファルがツッコミを入れるがディーナはそれには答えない。


「それで……脱出できそう?」

「無理そうです……」

「そう。じゃあちょっと待ってて?」


ディーナはそう言うが早いがアヌビスのコックピットハッチを閉めた。


「あっ、おい、おまっ、何をするつもりだ!?」


ジャーファルがだいぶ戸惑いながら言う。


「何って……シルフィとダンを助けにいくつもりに決まってるでしょ? あんただってそれを考えてたくせに」

「そ、そうだけど……勝手に発進したら規律違反だ。それにそんな短絡的な行動、お前らしくねぇぞ……!」

「はぁーあ、みんな忘れてるかもしれないけど私はこの艦の正規のメンバーじゃなくて客人だよ? ……それにちゃーんと策は考えてあるんだから」

「はぁ!? いつ考えたんだよ」

「え? さっき」


そう言うとディーナは指示を飛ばした。


「ディーナ・オルレアン。アヌビス、只今参上っ! なーんてね」

「ま、待て、それは俺のセリフだ! というかここのパイロットは俺だろ?」


ジャーファルはそう言いながらもレバーを引いてアヌビスを無断発進させた。


「ありがとうございます! 魔女さん!」


シルフィは覗き込んでいた水晶玉を転がして向かい側の独房に返却した。

向かい側の独房にいる浅黒い肌の十二、三歳くらいの年齢の魔女はその水晶玉を受け取る。頭に白い頭巾をかぶった小柄な少女だ。


「しっかし妙だな。水晶玉を使って外部通信ができる魔法なんて見たことも聞いたこともないぜ」


隣の独房のダンの声がする。

すると魔女は手元の紙に、ペンで何やらを書き始めた。水晶玉のお礼にシルフィが送った紙とペンである。この魔女はどうやら言葉を発することが出来ないようなので、筆談用だ。背後の壁には、彼女がシルフィから紙を貰う前に意思疎通に使っていた文字が無数にも彫り込まれている。

どうやら魔女は書き込み終わったようだ。

『私たちの家、バスラ家に代々伝わる門外不出の魔術のうちのひとつ』

と、紙にはご丁寧に説明が書かれていた。そして、魔女の名前も、ファーストネームは分からないにしろ、とりあえず苗字はバスラさんだということが分かった。


「バスラさんは……どうしてここに捕まってるんですか?」


シルフィは、さっきの筆談内容をダンに伝えてから質問する。

バスラはふたたび筆談を始めた。

『私たちの一族は、代々帝室に使え、その運命を予言してきた。しかし、ある時、私はこの宮殿が焼け落ちる光景を幻視してしまう。それを自らのクーデター計画の発覚と捉えたマハムード一派によって、私はここに幽閉された』


「マハムードさんって……」

「マハムードが、どうかしたのか?」


バスラの筆談が見えないダンは訊く。


「クーデターの首謀者は多分マハムードさんです。それから、バスラさん……私たちと一緒に捕まっている魔女さんは代々帝室に予言で仕えていた一族で、マハムードさんのクーデターを予言したとしてここに捕らえられた……と」

「驚いたな……魔術も鍛錬次第では未来まで見えるようになるのか……」


恐らく、これもバスラ家にのみ伝わる門外不出の魔法技術のひとつなのだろう。

それからダンは続けた。


「それじゃあ……俺たちがここから脱出する方法もどうにか……予言でわからないのか?」

するとバスラはすぐに筆談で答える。


『自分の未来に関することは、見ることが出来ない』


帝都・カイロ。宮殿の門の前に、ひとりの少女が倒れ込む。金色の髪をしたエウロペ大陸系の少女だ。彼女はなにか大きな袋に入った荷物を持っている。


「行き倒れだ!!」

「誰か! 運ぶのを手伝ってくれ!!」


すぐさまに門を守っていた兵士たちが駆け寄ってくる。

少女と大きな荷物は、兵士たちによって門内へと運び込まれた。

少女は門の内側すぐにある建物に担ぎ込まれ、そこで半ば無理やりに水を飲まされる。


「大丈夫か? 砂漠に慣れていない旅行者はこれだから……」


兵士は言う。だが次の瞬間、少女の隣に置かれた大きな袋から何者かが飛び出し、あっという間に兵士四人を気絶させた。


「まったく。人の善意を踏みにじるたァお前、本当にシルフィの姉か?」


袋から飛び出してきたジャーファルはやれやれというふうに言う。


「でも、あんただって帝国の兵士を出し抜けるぜとかなんとかって言ってノリノリだってでしょ?」

行き倒れを演じていたディーナは途端に元気になって言った。

「さっ、あとはこいつらの服装を借りて……着替えましょ」

「え……?」

「ん? 私なにか変な事言った?」

「い、いや……その……ここで……ふたりでか?」

ジャーファルは大きめの鶏小屋程度の広さの簡素な部屋を見回して言う。

「うん、そうなるけど……ってジャーファル……まさかあんた変なこと考えてるんじゃあないでしょうね?」


ディーナがジャーファルに詰め寄った。


「こんのっ変態!!」


ディーナの拳がジャーファルにめり込む。


「り、理不尽すぎるだろ……」


兎にも角にも、アラビア帝国の兵士たちの服装に着替えたふたりは建物を出ると宮殿中枢部へと繰り出した。もちろん、さっき倒した兵士たちはロープで縛り付け、しばらくは動けないようにしてある。


「しっかし、いったいなー……」


ジャーファルは、さっきディーナに殴られたひたい部分を擦りながら呟いた。

「まったく、お前ひとりでも充分だったんじゃあねーか?」

「ん? 何か言った?」


 先を歩くディーナは振り返って尋ねる。


「い、いやいや、なんでもないっての! ……やれやれ、だいたい兵士の格好が似合いすぎなんだよなー。さすがは凶暴お……」

「ジャーファル……?」

「嘘です、なんでもないです、ごめんなさい」

「そっ、ならよかった」


 ディーナはにっこりと黒い笑みを浮かべると言った。


「先が思いやられるぜ。俺……」


 一方、ここは同じ宮殿内でも、そのほぼ中心部に位置する広間。

 大理石でできたいくつもの柱が森の木々のように立ち並び、広間の奥、中心部には玉座が据えられていた。その巨大な玉座と対照的に、そこに座っているのは七歳ほどの男の子である。


「陛下、脱出用のトンネルの件ですが……すべて首尾よく進んでおります……」


 玉座の下で、マハムードがそう告げた。


「うむ、大義である」


 皇帝は形式上の台詞を言う。


「マハムード……。あなたが私たちに尽くしてくれていることはよく分かります。しかし……この状況、我々帝室の保身よりも、政治の改革こそ急務ではないでしょうか……」


 玉座の下に控えていた十七歳ほどの少女が言った。


「姫様、ごもっともなご意見です。ですが……すでに我々に不満を抱く反乱勢力は多く、今更改革などを行なったところで時すでに……」

「あらゆる物事に既に遅いということはありません。思い立った時に行えば、物事は全て好機を逃さない。亡き……ズバイダ・バスラの言葉です」

「姫様、バスラ家の時代は終わりました……。物事は予言ではなく、理性によって成されるべきだ」

「あなたの行動原則は理性ではありません! そうでなくては……ドゥンヤザードを追放することはなかった……」

「まだ……悔いておられるのですか……」


 マハムードは言う。


「陛下、どうやらやはり、姉上はまだご乱心気味のようです……もう少ししっかりと休ませることが得策かと……」


 マハムードはそう言うと広間を去っていった。


「シャフリヤール……!」


 マハムードの姿が見えなくなると、姫は皇帝に向かって声をかけた。だが、幼い皇帝は言う。


「マハムードの言う通りだ、姉上。もう少ししっかりと休むといい」

「はい……」


 いくら皇帝の姉といえど彼の言葉に逆らうことは出来ない。姫は打ちひしがれるような心持ちで、広間を後にした。


 牢の外がざわざわと騒がしい。衛兵が交代する時間だろうか。ダンは独房の中でぼんやりとそんなことを考えていた。ダンとシルフィが捕らえられてから一日ほど時が過ぎた。状況は一向に変わらない。ただの変化といえば、斜め前の独房にいるという声のない魔女と幾分か仲良くなったくらいだ。その後得た情報によると、彼女の名はドゥンヤザード・バスラ。年齢は十二歳で、両親は既に他界しているために、帝室の予言巫女的な性格を持ったバスラ家の当主であるとのことだった。だが、今現在はマハムードの計画を予言したため、名目上は前時代的なものを廃するマハムードの政策のために、ここに幽閉されているらしい。

 牢の外の騒ぎは収まったようだ。どうやらなにか言い争っていたようだが、決着が着いたらしい。そして、牢内の通路にふたりの兵士が入ってくる。


「まっさかちょっと強気に衛兵交代の時間だって言ったらすごすごと騙されて退散しちまうとはねー」

「だから言ったでしょ? 暴力的手段は最後の手段。使えるところは頭を使うべしって」

「門の前の衛兵を俺にボコさせた凶暴女の言うことじゃねーや」

「あぁん?」


 へ、兵士……じゃねぇなこいつら……。

 兵士の格好をしたディーナとジャーファルだ。どう見ても。


「ジャーファル……ディーナ……なのか?」


 ダンは思わずに尋ねた。


「おうよ。助けに来たぜ」

「お姉ちゃん!?」

「シルフィ!!」


 隣の独房では感動の再会をやっているようだ。

 まもなく、ダンの独房もジャーファルが持っていた鍵によって開けられた。


「それじゃ、行く……」


 ジャーファルはそこまで言いかけて視界の端に入ったシルフィを見て硬直する。いや、一瞬硬直したかと思うと飛燕のごときスピードで駆け寄る。


「シルフィぃぃぃぃぃぃぃ。怖かったなぁ? 痛いことされてないか? なんなら俺が優しく抱きしめて……ぐはぁ」


 ディーナの肘鉄がジャーファルに命中した。


「んじゃっ、行こっか」

「ディーナ、ちょっと待ってくれ。もうひとり……助けたい人がいるんだ」


 ダンはそう言うとバスラの独房の前に行く。直接その姿を見るのは初めてだ。白い頭巾を被った銀髪のアラビア系魔女娘である。彼女はキョトンとした顔でダン、ディーナ、ジャーファルを見上げていた。


「ドゥンヤ、大丈夫、この人たちは怖い人じゃあない。ちょっと変だけど……」

「俺はともかく、ディーナは恐ろしい女だぜ」


 ディーナの手刀がジャーファルの後頭部に炸裂した。


「ふーん、予言の巫女さんね」


 ディーナは、バスラの筆談を見ながら感心したように言った。

 五人は今、地下牢から出たところの廊下を歩いている。ジャーファルとディーナは兵士の格好をしているからしばらくの間は堂々と歩いていても問題ないだろうし、ダンとシルフィもアラビアの庶民の服装をしているため、しばらくの間は宮殿の使用人としてやり過ごせるだろう。だが、問題はバスラだ。彼女ほどの身分の者だと、多くの人に顔が知れ渡っているに違いない。慎重に進まなくては。

 しかし、T字型の曲がり角に来た時、バスラはなんの前触れもなくダンたちとは反対側に曲がった。


「ドゥンヤちゃん、そっちは外とは反対方向だよ?」


 ディーナが言う。だが、バスラは無言のまま何かを伝えたそうな表情をすると四人にくるりと背を向けて歩いていってしまった。


「私たちを案内しようとしてるの?」

「もしくは……彼女自身になにかしたいことがあるのか……」

「私、ついていくべきだと思います。ドゥンヤさんひとりだけだと心配ですし……」

「同感だ」


 四人はバスラの後をついて歩き始めた。

 バスラは、どうやら宮殿の中心部の方へと向かっているようだった。何度も衛兵に見つかりそうになり、ひやひやしたが、ディーナやジャーファルが彼女を衛兵たちから隠すように前に出たため、なんとかその場をやり過ごすことが出来た。

 やがてバスラは、宮殿の中心部に近い、日当たりのよい廊下にある、扉の前で立ち止まった。そしてなんの前触れもなく、その扉をノックする。


「どうぞー」


 やや無気力気味の声がした。

 バスラは無言で扉を開け、部屋に入る。

 それから、扉の入口付近でじっとダンたちを見つめた。ダンたちにも入るように言っているのだろうか。


「なに? 入ってきて無言のつもり? 一体どこの誰が……」


 と、そこまで言って、天蓋付きベッドに座り込んでいた声の主は目を丸くした。


「ドゥンヤ……!?」


 バスラはこくりと頷くと、いつ書いたのか、メモをダンにそっと渡した。

『私は、言葉のせいでうまく説明できない。あなたたちが代わりに説明して』

 メモにはそう書かれている。


「ドゥンヤ……どうして……? それに……あなたたちは?」

「俺たちは……アラビア革命軍の関係者です……。ドゥンヤザードさんには地下牢で捕まっていた時に色々助けられて……」

「革命軍が私になんの用なわけ?」


 部屋の主の少女は警戒心を最大限に含んだ声で尋ねた。よく見ると美しい少女だ。多分、カマルとは別方面の美しさを持っている。聡明系美少女といったところかな。


「あなた様がどこの誰かは存じ上げませんが、我々はあなたに危害を加えるつもりはありません。……むしろ……この国の皇帝、いや、宮殿に迫っている危険を警告するためにやって来ました」

「宮殿に迫っている危険? それはあなたたちではなくて?」


 少女はあくまでも警戒を解かない。


「いいえ。真に帝国に弓引こうとしているのは神官マハムード。この国の宰相です」

「マハムードが……」

「彼は、自らの協力者以外のほぼ全ての人間を確実に始末するため、宮殿地下に大規模空洞を作り、それを爆破して皇族や貴族連中をまとめて始末し、その罪を我々革命軍に着せ、その討伐の大義名分としようと画策しています」


 少女は息を飲んだ。


「そして築いた新体制に、自らはトップとして君臨する心づもりでしょう……。それから、宮殿が焼け落ちる光景を幻視した予言の巫女、ドゥンヤザードを幽閉し、自らの計画が漏れないように工作もした……」

「そうだったのですか……」


 少女は言った。


「ドゥンヤザード、それは本当ですか?」


 バスラはこくりと頷いた。


「正直、あなたたちだけならば私はその言葉を信じていなかったでしょう。でも、ドゥンヤは頷いた。私は……ドゥンヤの声なき言葉を信じます」


 それから少女は立ち上がった。


「すぐにでもマハムードとその一派を捕らえさせます。罪状は国家反逆罪でいいでしょう」

「あの……」


 と、ダンは遠慮がちに言った。


「なんでしょうか」

「あなたは……そうとう高貴なお方とお見受けしましたが……そろそろお名前を明かしてくれては……」

「いいでしょう。私はシェヘラザード・ギザ。ギザ朝アラビア帝国第二十一代皇帝、シャフリヤール六世の姉です」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 四人とも驚いたが、最も驚いて声まであげたのがジャーファルだった。そんな四人を横目に、ドゥンヤは一枚のメモをダンに渡してきた。

『ありがとう』

 そこには、そう書かれていた。


「陛下、姫君のご乱心は治る見込みがないと見受けられます。そこで……しばらく療養のため、どこか保養地に行かされてはいかがでしょうか……?」


 広間にて、マハムードは皇帝にそう献策した。


「うむ、好きにするとよい」


 皇帝は形式上の言葉を言う。


「では、仰せのままに……」


 だが、マハムードが皇帝に向かって深く頭を下げた時だった。広間の扉が開け放たれ、そこからアラビア帝国兵士たちが入ってくる。


「マハムード・サマルカンド。あなたを国家反逆罪で捕らえます」


 兵士たちを率いて入ってきたシェヘラザードが力強く言う。


「姫君、これは……?」

「見ての通りです。陛下、このマハムードは、あまつさえ陛下を裏切り、宮殿を物理的に破壊して我々を排除しようとした。証拠は、地下通路に行けばわかるでしょう。この者の言葉に騙されてはなりません。国賊はマハムードです」

「陛下! 見ての通り姫君はご乱心のご様子。早急にどこか然るべき場所にお連れするご準備を……!」

「シェヘラザード!」


 皇帝は言った。


「……大義であった」


 それを合図に兵士たちは一斉にマハムードを取り囲む。

 やや遅れて広間に入ってきたダンは、その様子を見てバスラに言った。


「良かったな、ドゥンヤ。お前の予言は阻止することが出来た」


 だが、バスラは首を横に振り、一枚の紙切れに書かれたメッセージをダンに渡す。

『一度決まった運命は、もう変えることができない』


「え……」


 次の瞬間、地面が大きく揺れた。


「なっ……これは……!」


 咄嗟にマハムードの方に目を向けると、彼は手に筒状のスイッチのようなものを持ち、それを押していた。


「ば、爆弾のスイッチを携帯していやがったのか……!」

「姫君、あなたの勝ちです。ですが……それは一時的なもの。これからの歴史書に、あなたはこう書かれることになるでしょう。『乱心のあまり、宮殿を爆破した、帝政末期政治の腐敗の象徴』……と」

「くそ……こうしてはいられないな!!」


 ダンは、ガネムたちを捕らえに行ったシルフィたち三人に合流しようと、広間の扉に向かおうとする。おそらく……あの三人ならば、まだ残っている地下トンネルの作業員たちの安否を確認しに行くだろう。

 だが、そんなダンの腕をバスラが掴んだ。


「ドゥンヤ、離してくれ。俺は……地下に取り残された人たちを助けなくては……」

「だめ。地下の状況は絶望的。鋼鉄のサソリが見える」


 バスラは言葉を発した。よく見ると瞳に星のような光が点々と灯っている。


「ドゥンヤ……お前、喋れたのか……!」


 だが、バスラが何も答えないままに、瞳に灯った星の光は消えていった。

 バスラは戸惑うダンにメモを渡す。

『私は、予言の時だけ、言葉を発することを許されている。なぜなら私は不言いわずの巫女、ドゥンヤザード・バスラだから』


「そうか……だがすまない。俺は、危険だと分かっていても、たとえ絶望的だと分かっていても、行かなくちゃあいけないんだ。……多分、あいつらもそうだろう」


 バスラは、掴んでいたダンの腕をさらにぎゅっと強く握った。

『私も行く』

 その表情は、そう言っているように見えた。


 広間がある場所よりも下層は、さらに被害が甚大だった。廊下の天井は崩れ、所々で道を塞いでいる。


「くそっ、ここもダメか……!」


 ジャーファルが目の前の塞がった廊下を見て悪態をつく。


「これじゃあ地下で働いてる人たちの状況も絶望的な気がするけど?」


 ディーナは言った。


「でも、真っ先に助けに行こうって言ったのはお姉ちゃんですよね?」

「べ、別に私は……ただ、見捨てられないっていうか……」

「さすがお姉ちゃんです!」


 と、そこで背後から三人に呼びかける声が聞こえてきた。


「シルフィ! ジャーファル! ディーナ! 無事か?」


 見ると、ダンがバスラの手を引いて走ってくるところだった。


「ダン! ドゥンヤ!」


 ディーナが声をかける。


「俺も手伝う。ディーナ、地下通路への入口は?」


 ダンは三人に追いつくと言った。


「ここが最後だけど、もう全部だめみたい。なにか破壊できるくらいの魔法が……」


 と、言いかけたディーナの目の端に閃光が走る。見ると、崩れ落ちた天井が粉々に砕かれ、そこには道ができていた。


「ドゥンヤ……お前……」


 目を見張るジャーファルの視線の先には、右手のひらを前に突き出すバスラの姿があった。


「お前……意外と戦闘魔法向きでもあるのね……」


 五人はバスラの魔法によって作られた簡易的な通路を進んでいく。人が1列になってようやっと進めるような狭い通路だ。先頭を行くのはディーナである。


「なるほどねー、一度決まってしまった運命は……変えられない……か」


 ディーナはしみじみと呟いた。


「なんっつーか、予言っていうとすんごいチートかなにかに聞こえるけど、意外と使い勝手の難しい能力なんだな」


 運命が変えられないのなら、先のことは分からない方がいいのかもしれない。ジャーファルの言葉にダンはそう感想を抱く。


「でも、予言通り宮殿は燃えちゃいましたけど……これから、どうするかです。……ん? 宮殿が燃え……」

「あっ」


 シルフィの言葉を聞いたダンが唐突に立ち止まったため、後ろにいたバスラがつんのめりそうになる。


「ドゥンヤ、確か、お前の予言じゃあ宮殿は焼け落ちるんだったよな?」


 ダンは振り返ってバスラに尋ねる。

 バスラは無言で頷いた。


「あっ、でも、宮殿は崩壊こそすれど燃えてはいないよね?」

「あっ、おい、馬鹿! 急に止まるんじゃねぇ!」


 今度は、立ち止まったディーナにジャーファルがぶつかりそうになる。


「なにあんた、私にぶつかってラッキースケベでもしようって魂胆? いっくらこのディーナ・オルレアンちゃんが美少女だからってそれはないんじゃない?」

「こ、こじつけだろ! ……というかお前は色々育ちすぎで魅力なんてこれっぽっちも感じねーんだよ。見ろ、あのシルフィの無駄のないプロポーションを! まっ、スリーなんちゃらをステータスの類だと誤解しているお前なんかに……ぐはっ」


 ディーナの拳がジャーファルに振り下ろされ、さらに続けざまに膝蹴りが炸裂した。


「それに……気になることがあるんだドゥンヤ。お前の言った鋼鉄のサソリってのは……?」


 ダンが質問しかけた時、またしても地面が大きく揺れた。


「くっ、今回はでかいぜ!」

「あんたの煩悩並みにね!」

「関係ねーだろうが!」


 ここは、宮殿の外。地面を突き破り出現したそれは、怪物か、魔獣のごとき咆哮をあげた。

 その姿は悪魔。黒い鋼鉄の鎧に覆われた巨大なサソリの姿をしている。


RB(ライドビースト)アンタレス。破壊します……」


 サソリの体内で、少女は呟いた。

 ダンたちの危機はまだまだ続く……! 次回の更新日は3月19日です。

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