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魔法戦線ハイペリオン  作者: 龍咲ラムネ
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第1話 翔べ! ハイペリオン

 毎週更新のアニメ感覚で楽しめる作品を目指して作りました。カクヨムでも不定期連載しています。

 フェニーチェ、それがその街の名前だった。エウロペ大陸南部に位置する半島の付け根にあるその街は、古くから港町で栄えたことで有名な街である。海から立ち上がった斜面上に、中世の昔から残っている市街地が積み上がるようにして築かれていた。

 そんなフェニーチェの街のちょうど海を見おろせる高台の低い石壁の上に、ひとりの少年が腰をかけていた。はね放題の赤茶色の髪をした少年だ。彼は、木のボードの上に画用紙を固定して、そこに鉛筆で絵を描いていっている。

 彼の名はダン・アマテ。年齢十七歳、街の孤児院で育ち、今、本来ならば学校に通っているべき時間である。だが、彼はそれをしていなかった。ちょうど学校を抜け出してきたところである。

 ダンは海が好きだった。空の青さを反射してキラキラと輝く海が、そこに浮かぶ船が好きだった。だから時たまこうして学校を抜け出し、フェニーチェの美しい海の様子を絵に描いているのである。

 そして今日は運のいい日だった。街の港に、珍しい船が停泊していたのである。

 いや、それは船と呼んではいけないのかもしれない。美しく曲線を描いたボディラインに両側に伸びたウイングはさながら鳥が広げた風切羽のように見える。機兵母艦だ……。と、ひと目でわかるデザインである。

 機兵母艦、それはこの世界の特異性を表すオブジェクトのうちのひとつだった。科学力と魔法力の融合ともいえる技術で作られたその船は、海上はもちろん、海底や、はたまたま空中をも自在に移動することが出来た。そして、母艦というからには艦載されているものがあるのだが、またそれも特異なものであった。

 ライドアーマー、通称RAとも呼ばれる人型巨大機動兵器である。数年前より極秘で開発が進められ、実用化は去年、すなわち星暦1927年だったが、そこから1年もしないうちに瞬く間にエウロペ大陸中の列強国が入手し、増産を開始した。本来、世界各地に現れる魔獣と呼ばれる怪物への対抗手段として開発されたRA(ライドアーマー)は、こうして人類種、いや、人間以外の異種族までもが保有する兵器のひとつとなったのである。今では、RAの保有量が戦争の勝敗を決めると言われる程である。

 ダンは、間近で機兵母艦を見られるまたとない機会にいてもたってもいられなくなり、石壁から飛び降りると街の坂道を勢いよく下っていった。

 だが、曲がりくねったフェニーチェの街の路地は、全速力で走るのには全くといっていいほど適していなかった。

 途中、カーブを曲がったところでダンはひとりの少女と正面衝突してしまったのである。


「だ、大丈夫ですか……?」

 

 ダンは咄嗟に体制を立て直すと目の前でしりもちをついた少女に手を差し伸べる。


「大丈夫じゃないです。痛いです……」

 

 少女はダンの手を取らずに立ち上がった。その目は心做しか涙目になっているようにも見える。


「ご、ごめんなさい……。船が見えたものだから急いでいて……」

 

 ダンは正直に謝った。多分悪いのはこちら側だ。細い路地やカーブの多い街はやたらと走り回るものではない。


「船……ですか?」

 

 少女は尋ねる。

 おそらく、ダンと同い歳くらいだろう。金色の髪にエメラルド色の瞳をした綺麗な少女だ。地元ではあまり見た事がない。


「えっと……港に戦艦が、機兵母艦が来ていたもので……」

 

 少女の表情が一瞬変わったように見えるが、すぐに元に戻った。その表情が何を意味しているかは、ダンには読み取れなかった。


「そうだったんですね! で、でも、近くには行けないと思いますよ? 港は今、JAC(ジャック)の人達で封鎖しているので!」

 

 JAC……確かJustice Attack Crewの略で、魔獣討伐を目的とした組織のはずである。国際評議会傘下の組織で、多数のRAを保有していながら各国の軍とは独立した中立組織であるJACは、RAが本来の目的とは違った軍事利用に転用されるのを憂いながら、正義、すなわちJusticeの名のもとに魔獣討伐を続けている。


「あなたも……行ってきたんですか?」

 

 ダンは尋ねた。


「え、はい、そうです、行ってきました!」

 少女は何故かぎこちなく答える。

 どうしたのだろうか。さっきの表情といい、この子にはなにかがある。ダンはそう直感した。


「そうだったんですね。……あ、俺はダン・アマテっていいます。よろしくお願いします」

 

 ダンは名乗った。この少女が何者であれ、ここまで話しておいて名を名乗らないのは失礼というものであろう。


「私は、シルフィ・オルレアンっていいます! よろしくお願いします!」


 少女もダンの言葉にそう返す。


「そうですか。それじゃあまたいつか会う時が来たら……」


 ダンはシルフィと名乗った少女に別れを告げると路地を下っていった。

 一方、シルフィもダンに手を振ってから路地を上がっていく。

 港は、シルフィが言った通り、木柵で封鎖されていた。JACの灰色と黒の軍服を身につけた男たちが数人、その柵の前を護っている。


「シルフィの言った通りだな……」


 ダンは思わず呟いた。

 だが、ここからでも機兵母艦のスケールは十二分に味わうことが出来る。

 その全長は二百メートルほどもあるように見えた。

 ダンはさっきまで描いていた紙を裏に返すと、そこに機兵母艦の様子を描き始めた。

 だが、そんなダンに港の警備をしていたひとりのJACエージェントが声をかけてくる。


「おい、お前、何を描いている?」

「え?」


 やってしまった……とダンは気がついた。相手にとって機兵母艦は軍事機密。それを目の前でスケッチするなど、スパイ行為のようにも見えたのだろう。


「あ、あの、俺は……絵を描いていただけで?」

「本当か?」


 ダンはしぶしぶまだ全然形になっていない絵を男に手渡した。

 最悪だ。絵を書くために学校を抜け出したのに、その意味がなくなっちまった。

 男はしばらくダンの絵を見つめていたがやがてそれを返した。


「まぁ危険はないだろう。だがくれぐれも二度と同じことをするなよ?」


 助かった……。

 そして紙を受け取るとその場から退散した。

 せっかく描こうとしていた絵を完成前に他人にまじまじと見られた。それだけでダンのやる気を失せさせるには充分だったのだ。

 ダンは学校に帰ろうと来た道を戻り始める。

 だが、道の途中で、ダンはふたたびシルフィと会ってしまう。

 どうやら向こうは気づいていないようだったが、彼女は街のある店の裏口からちょうど店内に侵入するところだった。


「何をやっているんだ?」


 ダンは疑問に感じ、彼女が消えてしばらくしてから自らも同じ店の裏口に足を踏み入れる。

 中は、物置のようになっていた。人の気配はない。シルフィはどこに消えたのだろうか。そう思っているとダンの目に、部屋の奥から光が漏れているのが飛び込んできた。

 彼はその光源を確かめようと部屋の奥に向かっていく。そこには、地下へと続く階段が伸びていた。


「階段……?」


 ダンは不思議に思いながらも恐る恐る階段を下りていった。

 階段はやがて途切れ、地下通路のような空間に出た。

 一本道の先に、光源はある。

 あれは……。


「シルフィ!」


 ダンは声をかけた。

 光が立ち止まる。


「だ、誰ですか!?」


 声の主、いや、シルフィ・オルレアンは若干うわずり気味の声で尋ねてくる。光源はシルフィが持つ懐中電灯だった。


「俺です。ダンです」


 そう言いながらダンはシルフィの方に歩いていった。


「ダン……さん?」


 シルフィはキョトンとする。おそらく、ここにダンが現れるのが予想外だったのだろう。まぁ逆の立場を想像すればそれは無理もない。


「たまたま……見てしまいまして……」


 ダンは正直に白状した。


「じゃあ見なかったことにしてください!」

「へ?」


 シルフィの予想外の言葉に変な声が出てしまう。


「私のやっていることは極秘任務なんです。ですから、見なかったことにしてください!」


 いやいやいやいや、それが通用するか? 普通。それとも冗談のつもりなのか? これは。


「極秘任務? なんなんですかそれは?」


 ダンは訊く。


「私は、この先で極秘に製造されていたRAを受け取るためにここに来たんです! ……って、あっ!」


 シルフィはしまったという顔をした。


「い、今の言葉も忘れてください!」


 いくらなんでも極秘任務に向かなすぎるだろうこの人。人選ミスもいいところだな。


「で、どこの組織なんですか? 所属は……」

「JACで……って、あぁまた!」


 ここまでくると確信犯を疑いたくなるね。


 一方その頃、フェニーチェ沖二十キロメートルの海底に、一隻の機兵母艦が停泊していた。黒っぽい船体から二本の船首が伸びた戦艦だ。


「いよいよ……か」


 と、その戦艦のブリッジにいた男は呟く。顔は銀色の仮面に覆われて見えないが、長い黒髪に黒いロングコートを着た背の高い男だ。

 前方のモニターには三人の人物からの通信が映し出された。三人ともパイロットスーツを着込み、RAに搭乗している。


「アルファ、ベータ、ガンマ……行けるか?」


 男は尋ねた。


「はっ、もちろんです。マスター」


 アルファと呼ばれた黒髪短髪の男は答える。


「当然だぜ!」


 と、ベータという名の金髪の少年。


「………」


 ガンマという黄緑色の髪の少女は無表情のまま何も答えない。だが、それが彼女にとってのOKサインだということを仮面の男はよく知っていた。


「そうか……では『神聖なる夜明けのために……』」

「「「神聖なる夜明けのために……」」」


 三人は復唱した。

 海底に停泊した黒い艦から三機のRAが射出された。


「ここは、かつて古代ディオ教の信者たちが、旧帝国からの迫害を逃れるために地下に作った地下通路なんです」


 洗いざらい喋ってしまいもう全てを割り切ることに決めたシルフィはダンに説明した。

 旧帝国、というのはかつてエウロペ大陸南部を統治していた巨大国家のことだ。現在は革命により連邦共和制国家となっている。フェニーチェの街も連邦共和国の領土のうちだ。


「それで……JACはこの先に地下格納庫を作り、新しいRAの開発に着手したんですね」


 シルフィは頷いた。


「ごめんなさい! そこまで喋るつもりではなかったんですが……」


 シルフィの言葉はダンにではなく彼女自身の上官に言ったように聞こえた。


「いいんです。俺だって忘れることは出来ませんが、誰にも言わないくらいのことならできますよ」


 それでもシルフィについていっているのは彼の持ち前の好奇心のためだ。最新鋭のRAを近くで見るのは非常に興味がある。

 いや、それ以前に興味があるのは、目の前にいる彼女がどうしてこの任務に抜擢されたかだ。


「そんなことより……どうしてあなたはこの任務を?」


 ダンはあまり失礼にならないように慎重に訊いた。


「それは……」


 と、シルフィは深刻そうな顔をしてから答える。


「極秘任務で街を歩き回っても一番怪しくない見た目の私が適任だって言われたからです!」


 確かに、シルフィは一見すると育ちのいいご令嬢に見えなくもない。JACのエージェントだとは言われなければ思いもしないだろう。

 だが、ダンが納得しかけた時だった。

 地面が大きく揺れ、地下通路の天井がガラガラと音を立てて崩れた。


「なっ、地震か!?」


 ダンは咄嗟にシルフィを庇うようにして地面に倒れ込む。

 ふたたび地面が大きく揺れた。


「こ、これは地震じゃあないみたいですよ!?」


 シルフィは直感する。地震の揺れ方とは違う。むしろ、なにか外から衝撃が加えられたかのような揺れ方だ。

 三回目の揺れが襲う中、ダンはシルフィの腕を掴んで走り出した。


「ど、どこに行くんですか!?」

「格納庫です! この先にあるんですよね!?」


 シルフィは頷く。


「おそらく……ここよりは新しく作られた格納庫の方が安全でしょう。それに、任務だって達成出来る」

「分かりました!」


 断続的な揺れが襲う中、ふたりは地下通路を駆け出した。


 フェニーチェの上空には三機のRAがバーニアから粒子を放出しながら飛行し、街へと攻撃を加えていた。


「ベータ、あまりやりすぎるな。今回の目的は虐殺じゃあない」


 プラズマライフルを街目掛けて連射するベータの青いRAを横目にアルファがたしなめた。


「分かってるっての! でも、そうでもしなきゃあ出てくるもんも出てこねぇだろ?」


 その時、ベータのRAの横を緑色の機体が抜ける。ガンマのものだ。


「おいっ、ガンマ、どこ行きやがる!」

「見つけた」

「あぁ!?」


 端的にしか言葉を発しないガンマにベータはキレそうになるが、それをアルファがたしなめた。


「待て、ガンマの透視能力は特別だ。彼女に従おう」


 格納庫へとたどり着いたダンは目を見張った。目の前に、RAがある。それは、遠くで見るよりももっとずっと神々しく見えた。

 全高は十二メートル程だろうか。灰色のボディにところどころオレンジ色のパーツがプロテクターのように装着されている。そして顔に当たる部分には黄色く光るツインアイ。頭部にはまるで昔の騎士の鎧についていた羽飾りのようなオレンジ色のエッジが取り付けられていた。左腕は赤いシールドにおおわれている。


「RAZ-28 ハイペリオンです」


 シルフィは説明した。


「ハイペリオン……」


 ダンは機体名を復唱する。確か「高みを行くもの」を意味するエーゲ語をブリテン語読みにした言葉だ。

 だが、その時、一際大きな揺れが襲い、格納庫の天井に大きなヒビが入った。


「まずい……ここもいずれ崩壊する……!」


 それからダンはシルフィに訊いた。


「シルフィ、ハイペリオンをここからどうやって持ち出すつもりだったんですか……!?」


 シルフィは格納庫の壁に設置されている計器類に目を向けた。


「それが……あの上に教会に偽装された射出口があったはずなんです! ですけど……」


 そう言ってから天井の大きなヒビを見た。

 また何度か衝撃が加わりヒビは広がっていく。


「こうなったら強行突破するしかないみたいですね!」


 ダンは決意するとハイペリオン目掛けて走った。


「ちょっと、ダンさん!?」


 そう言いながらもシルフィは壁のスイッチを押してダンを追った。

 すぐさまハイペリオンの胸部にあるコックピットハッチが開く。

 ダンはハイペリオンの胸の前を通る通路への階段を駆け上がり、そのコックピットに飛び込んだ。

 シルフィもそれに続く。そして彼女が壁のスイッチをいじるとハッチは閉じられた。

 一瞬、当たりが真っ暗になるがすぐさま光が戻る。コックピット全面を覆うように映像が投影されたのだ。映画産業ですらモノクロ映像しか流せないというのに、こちらの映像はフルカラー、しかもかなりの解像度、まるで窓かなにかの向こう側の景色のようである。

 ひとり分のコックピットにふたりで乗り込むのはさすがに窮屈だった。成り行きでダンの方が座席に座っているが、すぐさまシルフィは言う。


「ダンさん、代わってください。私ならこれ、操縦できます」

「分かりました……」


 だが、そう返事をした時、彼の頭の中にあるイメージが飛び込んでくる。

 なんだ……これは……いや、分かるぞ。俺にも……。

 その時、ハイペリオンの頭上がとうとう割れた。鋼鉄の体めがけて瓦礫の山が崩れ落ちてくる。


「ハイペリオン。ダン・アマテ、行きます!!」


 ダンは咄嗟に操縦桿を大きく引いていた。


「え、え……?」


 隣ではシルフィが明らかに戸惑っている。

 それはそうだ。普通、こんなことを言っても誰も信じてはくれないだろう。だが、ダンには何故か操縦方法がイメージとして脳内に直接流れ込んできていたのだ。

 ハイペリオンは右アームを動かして左アームに装着されたシールドから剣の柄のようなものを引き抜いた。そしてそこから光の刃を展開させる。ビームセイバーだ。

 それからハイペリオンはビームセイバーを天井に突き立て、瓦礫を払った。

 青空が見え、そこには緑色のRAがこちらを見下ろして空中に静止していた。頭部の両側に伸びた二本のアンテナは棍棒のようにも見える。ハイペリオンと同じツインアイを持ったRAだ。

 ダンはそのRAをしっかりと見据えるとハイペリオンの背中のウイングを展開させ、そこから水色の粒子を噴射、空中に飛び上がった。

 二機のビームセイバーがぶつかり合う。


「あ、あれがハイペリオンかよ……」


 戦いの様子を離れて見ていたベータは思わず呟く。

 だがそんな彼の横を黒いRAが抜いた。


「おい、何をやっている! 俺たちも加勢するぞ!」


 アルファだ。

 ハイペリオンはガンマの機体と空中でぶつかり合いながらその名の通り、天高く上がっていった。

 二機を追跡して、ベータとアルファの機体も追ってくる。


「ど、どうして操縦方法を知っているんですか!? それも量産機じゃあなくて魔動機相手に……!」


 シルフィは次々と浮かんでくる疑問を一挙に口にした。

 今、ハイペリオンが相手にしている三機はおそらく、工場で大量生産された量産機ではなく、個人が持つ魔力を最大限に引き出すため、ワンオフで作られた機体、魔動機なのだ。このハイペリオンももちろん魔動機である。

 だが、魔動機相手に互角に戦える初心者はまずいない。操縦技術に関しては天才的と謳われているシルフィですら、その操縦方法を覚えるためには一年の期間を要したのだ。


「分かりません……。でも、イメージが勝手に入ってくるんです」


 ハイペリオンは今、ガンマのRAのビームセイバーを抑えながらベータのRAが撃ってくる光弾をかわし、戦っていた。

 そこで、ガンマとベータにアルファから通信が入る。


「ガンマ、ベータ。マスターからの指示だ。ハイペリオンのパイロットは誰だか知らんが、機体を奪うのは難儀だろう。撤退するぞ」

「で、でも!」


 ベータがすぐさま反論する。


「これは命令だ。それにガンマ、お前なら戦闘データのひとつやふたつくらい、手に入れただろう?」

「………」


 ガンマは何も言わない。だが、何も言わないのが彼女のOKサインだ。

 三機は突如踵を返すとハイペリオンから遠ざかっていった。

 ダンは追撃しようとするが、そこで通信が入った。


「待て、追うな、シル……ん? 誰だお前」


 モニターの向こう側の眼帯をした女はキョトンとする。


「ごめんなさい! 彼、民間人さんなんです!」


 横からシルフィが言った。


「民……じゃ、じゃあ、さっきの操縦は……」

「俺が……やりました」


 ダンはなんか罰が悪くなる。無関係なのに暴れ回ってしまった。自身を守るため、多分正当防衛だろうが向こうからしたらとんだことをしてくれたということだろう。

 しかし、それ以前の問題だった。


「本当か?」


 相手は疑いの眼差しを向けてくる。


「本当です!」


 代わりにシルフィが答えた。


「まぁにわかには信じ難いがシルフィの言うことなら本当だろうな。いい、とりあえず帰艦しろ。ん? いや、そっちの民間人は乗員じゃないから帰艦……じゃあないな。するとなんだ? いらっしゃいませか?」

「艦長、通信の無駄遣いはやめてください。魔動エネルギーには限りがあるんですから……」


 横から男の声が入り、通信は遮断された。

 あ、今のが艦長だったんだ。と、ダンは思う。戦艦の艦長というよりは海賊の女キャプテンといった雰囲気の人物だった。

 艦に帰艦、いや、ダンの場合は初めてやってきたのだが、とにかく戻ったふたりは、そのまま副艦長を名乗る頬傷のある男の案内で艦橋まで通された。声からして、先程艦長にツッコミを入れた人物であろう。

 艦橋は、ダンがイメージした通りだった。

 全面のモニターには屋外の様子がRAのコックピットのごとく鮮明に映し出された、部屋をぐるりと囲むように計器類が並び、オペレーターがそれを睨みつけている。そして、真ん中の椅子にはあの、女海賊のような艦長が腰掛けていた。

 シルフィが姿勢を正して敬礼したので、ダンもそれに従う。


「いい、楽にしろ」

 艦長は言った。


「あたしはこの艦、ヴァイスフリューゲルの艦長、アリア・グラスゴーだ。少年、お前はなんという?」

「ダン・アマテです……」


 ダンは緊張しながらも答えた。


「そうか。RAの操縦経験は?」

「ありません」

「ないのか?」


 アリア艦長は聞き返す。


「はい、孤児として育ったので……」

「そうか……。その年齢からすると、今は学生か?」

「はい、ですが、あんまり学校には行っていません」

「どうして……?」

「……絵を描くのが好きなんです。だから、よく学校を抜け出して……絵を……」

 そういえば今日描いた絵はどうしたのだろうか。いつの間にか無くなっている。おそらく、地下通路を走っているうちに鉛筆共々どこかに落としてきてしまったのだろう。

「友達は?」

「いません。友達ができるほど学校には通っていないので……」

 どうしてそんなことを訊くのだろうか。

「ひとりか……。それなら、選べ」

「はい?」

「このまま全てを見なかったことにして街へ戻るか。それとも、ここでハイペリオンのパイロットとしてあたし達と一緒に戦うか」

「艦長……!」


 副艦長が諌めようとするが、グラスゴーはそれを制した。


「この子の操縦技術は天才的、いや、操縦経験がないにもかかわらずあんな戦いが出来るといえるなら、超常的だ。あたしとてみすみす逃したくはないのさ」

「ですが、何処の馬の骨かも分からないやつなんぞに……」

「何処の馬の骨? ダンは孤児だよ。昔のあたしと一緒さ」


 え、この人も……。ダンは驚く。そして不思議とシンパシーを覚えた。何故だろうか。孤児院にいた周りの孤児達には全くといっていいほど抱いたことのないシンパシーだった。


「で、どうする? あたしは強要はしないよ」

「俺は……」


 ダンが言いかけた時だった。


「艦長! 大変です! 連邦政府から通信が!!」

「すぐに繋いでくれ!!」


 艦橋前方のモニターにスーツ姿の男が映し出された。


「我々はローマ連邦共和国軍ローマ半島軍区司令部である。……ただ今のフェニーチェ市街地への攻撃に関して、我々はJACヴァイスフリューゲル隊に関与ありとの疑いを確認した。疑念が晴れるまでは、直ちに我々連邦の領域内から立ち去るように。さもなくば攻撃もやむなしと判断せざるおえない」

「そんな……! 私たちは街を襲った相手と戦ったのに……!」


 シルフィは避難の声をあげる。


「なるほどな……。まぁ確かに敵の正体が判明していない以上あたしらに疑いが向くのもやむなし……といったところか」

「では、艦長……」

「仕方ない。争いを避けるにはそれしかないさ」


 だが、ここでダンが手を挙げた。


「あの……艦長」

「なんだ?」

「話を……つけられてはどうでしょうか?」

「話を?」

「はい。今回襲撃してきた敵対勢力の正体や目的が掴めない以上、ひとりになるよりは、どこかの国家と共同戦線を張った方が得策かと思います。それに、こちら側には疑いを早く晴らすという利益もありますし。向こう側にだって上手く行けば敵の正体をつかめるという利点がある。利害の一致点はあるわけです。どうにかして話し合いに持ち込めはしないでしょうか」

「だが、もし決裂したらどうする?」


 副艦長は言う。


「その時は……」


 ダンはしばらく考えてから答えた。


「……いえ、いずれ真実は明らかになります。もし、明らかにならないのであれば、俺たちが世間に公表すればいい。敵の存在を証明できるものが何かしら手に入れば世論だって俺たちに味方せざる負えないでしょう。ですから……」

「いや、そうするまでもないかもしれないぞ?」


 アリアは言う。


「は、はい?」

「シルフィ。お前なら思い当たるんじゃあないか? 話をつけてくれそうな人物が」

「あっ……」


 シルフィは何かに気づいたというふうに口を大きく開けた。

 副艦長も納得したように頷いた。


「そうか、それならいけるかもしれないぞ……」

「あの……どうしたんですか? 皆さん揃いも揃って……」


 ダンだけが状況を掴めずに訊く。


「ダン、シルフィの苗字、オルレアンでなにか心当たりはないか?」

「え……」


 オルレアン……。って、いや、まさか……。


「ディーナ・オルレアン……」


 思い立った名前に一同は大きく頷いた。


「そう、連邦議会議員最年少にして現JAC長官の娘、ディーナ・オルレアンはここにいるシルフィ・オルレアンの姉なのさ」


 そうか、政府とJACの両方を知るディーナならば、力になるかもしれない……と。

 完全に趣味全開で書いた作品です。次回の更新は1月15日です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 趣味全開! いいじゃないですか。 [気になる点] 段落や、会話文前後など。 一行空ければ、より読みやすいと思います。 一度試されてみられるのも、いいかも知れませんよ~。
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