譲れないものがあります
どうやら金髪縦ロールは最低限の魔法だけで立ち向かってくるつもりらしい。プライドか。油断か。どちらにせよ僕にとってはチャンスだ。
魔法で顕現させた剣を振りかざしながら走ってくる金髪縦ロール。
普通の人間が、肉眼で捉えらるのはまず不可能と言っていい速度だ。しかし、僕には【魔眼】がある。
時間を引き伸ばし目の前の光景を深く読み取る能力だ。長くは使えないが、役には経つ。
焼き切れるくらいに脳を高速回転させ、僕は頭上から振り下ろされた剣を最小限の動きで避けた。
「……おいおいマジか」
その剣の軌道は明らかに、僕の腕を獲りにきていた。さすがに命までは獲られないだろうが、僕が特異体でなければ、確実に腕が叩き斬られていただろう一振だ。
縦ロールは攻撃を躱されたことが想定外だったのか、目を見開いて一瞬の硬直を見せる。
僕は隙をつくように、そのまま深くしゃがみ込むと、足を払うように蹴りを入れた。……が。
「ぃッ痛……」
彼女が使った身体強化の魔法ゆえだろう。
まるでコンクリートの壁を蹴ったかのように堅い。
一方、僕の脚には肉の内に、何かが拉げるような感覚があった。
もしかしたら足の甲の骨にはヒビが入ってしまったかもしれない。悪ければ粉砕骨折も考えられる。
なんで攻撃した側の僕がダメージを受けなきゃなんないんだよ!
痛みに怯む僕を縦ロールが見逃すはずもなく。
その細腕で僕を持ち上げ、地面に叩きつける。
「ぐあっっっっっっっっっ!?」
肺の中にあった空気が無理やりに吐き出され、呼吸が止まる。あまりの衝撃でバウンドしてしまった僕は、そのまま蹴り飛ばされ、数メートルほど転がった。
「……はは、ちょっとずるくないですか?」
僕は嫌な汗を拭いながら、笑ってみせる。
呼吸を整え、痛みから意識を逸らす。
歯を食いしばり、はにかんでいるように見せかけた拙い笑み。
所詮はただの強がりだ。
しかし、鈴音お嬢様の従者として、強がらなければならない義務がある。
情けないところは見せられない。例え格好悪くても、惨めでも、恥ずかしくても。
自分自身に屈するところだけは見せてはいけない。
「あら。なんのことですの?」
挑発的に笑う縦ロール。
まったく、いい性格をしてるぜ。
ああ、くそ。
だんだん痛みが増してきた。
じんじんと、脈を打っているのが分かる。
「俺はあと3回変身を残してるんだぜ? 降参するなら今のうちだぞ」
僕は素の口調で、吐き捨てるように言う。
脅しているようで、それは懇願だったかもしれない。
「わたくしは4回ですわ」
「……。」
ちくしょうッ!
初めより負けるとはわかっていたが、あまりにも理不尽だ。気を抜けば、今にも下がりそうな口角を無理やり引き締めて僕は息を吐く。
「いきますわ」
「……っ!」
風を斬るように剣を振るう縦ロール。
僕は迫る追い打ちをどうにか躱し続ける。
あの刃に呑まれれば、僕は一撃で絶命する。
縦ロールだって、それが分かっていないわけではないだろう。しかし、それは苛立ちか、それともまた僕が躱すだろうという嬉しくない信頼か、少しずつ彼女の剣速が上がり、容赦のないものへと変わっていく。
「シュッ!!!」
息を吐くようにして繰り出された長剣の突きが頬を掠める。あまりの速さに、吐出した鮮血が止まって見える。
彼女の剣は見えている。ほとんど直感に近い反射ではあるが、ギリギリ躱せている。
「けど、勝ち筋は見えねえな」
僕は蹴り出された脚を潜ると、距離を取り、汗を拭う。
荒れた呼吸を整えるように息を吐き、縦ロールを睨む。
頭に過ぎったのは敗北の二文字。
男として生まれた僕に勝ち目がないことくらい分かっていたはずだ。こうして対峙してみてわかった。文字通り痛いほど。
血が足りていないのか、視界がぼやける。
頭はフラフラと揺れ、膝は今にも折れそう。
あの縦ロールは頭に血が昇っているようだし、このまま続ければ、死ぬ可能性もある。
だったら無駄な抵抗はやめて──
そう思ったとき、ふとお嬢様の顔が浮かんだ。
夢を語る楽しそうなあの顔が。
「──負ける訳にはいかねぇだろうがッ!」
本当は決闘なんてどうでも良かった。
あんな奴の気まぐれに付き合う必要はない。
それでも僕が今ここに立っているのは、お嬢様が僕を連れてきたから。
これから先、僕の人生は僕だけのものじゃない。
僕の敗北はお嬢様の顔に泥を塗ることになる。
僕は期待されてここに立っているんだ。
だったら負けられねぇよな。
「おい、縦ロール。悪いけど、本気で行かせてもらうぞ」
「へえ。いいですわ。何処までできるか、楽しみですわね」
僕はニヤリと笑う縦ロールに手をかざし、一言。
「【瞬奪】」
突如、縦ロールと僕の右手が明るい光に包まれる。
「……? 何ともないようですが? もしかして奥の手とやらも失敗ですの? うふふっ。所詮は無能。飼い主に似て哀れなものですわね」
「そんなことねえぞ。種は撒き終わった。──さあ、第2ラウンドといこうぜ」
僕は足を引きずりながらも、縦ロールに対峙する。相変わらずその剣戟は、魔眼を使って尚、見切るのに精一杯だ。
縦ロールの方もいよいよ本格的に僕を倒そうとしているようで、彼女の動きはもはや人間のそれではない。
「ちょこまかと鬱陶しいですわね!」
回し蹴りが僕を襲う。
柔軟性を活かし、顔面を狙ったその足を僕は腕をクロスして受け止める。
「くそっ、痛え……」
折れてはないだろうが、打撲だ僕。
ビリビリと電気が走るような衝撃を受け、肩の辺りまで感覚がなくなる。
僕はその足を掴んで放り投げるが、縦ロールはふわりと舞う花弁のように音も立てずに着地してみせた。
「きゃーっ!」
「嘘っ! ねえ、あれって……!」
外野が騒ぐ。
何に対する騒ぎなのかは分からないが……いや、まああれだろうな。
なんて、雑念が過ぎる。
そんな僕を見逃すはずもなく、大地を蹴り上げて、体当たりのように突っ込んできた縦ロールが剣を振るった。
頬を掠め、鮮血が舞う。
土汚れでボロボロ。
僕は全身を覆う痛みに耐えながら、俯いた。
「……まさかここまで差があるなんてな」
嗚呼、今の僕は酷いくらいに醜いだろう。
金髪縦ロールの連撃の中で、ひとつ、またひとつと、傷が増えていく。
服は裂け、指は折れ、頬からは血が流れる。
僕が目指す頂きはこんなにも遠い。
もはや体力も尽きかけ、朦朧とする意識。
だが、負けるつもりもない。
お嬢様が前を向く限り、どんなに理不尽な力の差を前にしても折れない。
そう決めたから──
「希璃くん危ないッ!」
その時、警告を促すお嬢様の声が響いた。
太陽の光を反射する鋼の刃。
それが僕の腕を貫いた。
「──っあああああああああああああッ!」
右腕に激痛が走る。
思わず吐き気を催すような熱と倦怠感が襲った。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。
一瞬何が起きなのかわからなかったが、どうやら縦ロールの突き出した剣は僕の右腕を穿ち、地面に縫い付けているようだった。
ドクドクと血が流れる。
無機質な眼を向ける彼女の魔剣は僕の血で赤く染っている。
「……っ!」
後ろから、鈴音お嬢様の声にならない悲鳴が聞こえた。唖然とする表情。その双眸からはポロポロと雫が落ちている。
「降参ですの?」
冷たい目が跪く僕を見下ろしている。
だから僕は、頑張って。頑張って泣くのを我慢して。
笑った。
「……っくくくく。おいおい、馬鹿なこと言うなよ。僕の勝ちだ」
「……何を言ってるんですの?」
もはや利き腕は使えない。
足だってもうほとんど動かない。
でも、まだ左腕が残ってる。
「お前なんて、片手で十分だ」
僕は左腕に力を込め襟首を掴むと、剣を引き抜こうとする縦ロールの上体をこちら側に倒す。
幾ら身体強化が施されていても、体重が重くなるわけではない。
重心を崩された縦ロールはうつ伏せの形で、僕に背中を晒すように倒れた。
「捕まえた」
僕は口で手袋を外して右腕を振りかぶると、その手に能力を顕現させる。
「【情溺】」
これは僕の奥の手であり、もっとも凶悪な能力だ。発動条件は、素手で相手の素肌に触れること。
そしてその効果は──
「あひぃんっ!」
性的感動上昇&付与である。
先程遣った【瞬奪】で、既に下着は剥ぎ取ってある。本人は気付いていなかったようだが、既にパンツは僕のポケットの中。
蹴りを放った際に周囲が見せた反応も、縦ロールがノーパンだったがゆえだろう。
種を巻いたとはそういうことだ。
僕の能力は不本意ながらセクハラの方面に長けている。
魔眼だって、パンチラチャンスの時には自分の意思に関係なく発動してしまう。
そういう星の元に生まれてしまったのだろう。
でも、だからこそ。
僕は快感がときに痛感を超える苦痛をもたらすことを知っている。
臀を叩かれる度に嬌声を上げる縦ロールは、もはや正気では居られないだろう。
一撃ごとに、意識が飛ぶほどの快感である。
幾ら身体強化されていたとしても、常人では耐えられない。
僕はペシペシと臀を叩く。
その度に金髪縦ロールの身体は痙攣し、白目でビクビクと震えた。
「……いや、これだと降参してもらえないし、少し感度を下げるか」
廃人になられても困る。
震える縦ロールはヨダレを垂らし、だらしなく歪めていた唇を噛み締めてこちらを睨みつけた。
「おはようございます、レディ。いい夢を見られましたか?」
「くっ、殺しなさい!」
「それは降参して頂けるということでしょうか」
「しませんわ! わたくしは最後まで誇り高くあるんですの。たとえどんな辱めを受けても、心までは屈しません! わたくしに勝ちたければ、殺しなさい!」
まるで女騎士のようなことを言う。
……魔女なのに。
セリフは立派だが、鼻水を垂らしながら言われても説得力がないな。
僕の方も、そろそろ本格的にやばい。
もはや痛みは感じない。ただ猛烈な倦怠感と、目眩は感じていて、いつ倒れてもおかしくない。
ここまでやったのだ。
あとは降参させるだけなのだか……。
「こっからは根比べですね」
──そして物語は冒頭へと戻る。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、高評価励みになりますので、もし少しでもいいなと思っていただけたら、どうぞよろしくお願いいたします。
では、次のお話もお楽しみに!