決闘するらしい
「今後塔に関わっていくにあたって、ここにいる皆さんには3つの進路があると思います。1つ目は新たな階を攻略していく攻略班。2つ目が既に攻略済の階層を解析する解析班。3つ目が塔の攻略方を考えたり解析班の持ち帰った資料を更に細かく分析する研究班です。この三班の他にも──」
初老の男性教員が授業を進める教室で、僕はぷるぷると震えていた。従者の仕事は、主にお嬢様の世話と雑用を熟すこと。
つまり授業中は特に従者が仕事をする訳でもなくお嬢様の後ろに控えて待機することになるのだが、これが思いの外辛い。
何時間も立ちっぱなしだし、変に動くこともできない。他の従者さん達は全員女性で、身体強化の魔法と精神耐性の魔法を自分に掛けている。
……ずるくないか?
僕の方は足が棒になっちゃいそうだ。
授業で話している内容はそれなりに興味深いのが唯一の救いか。
学生時代天文学部に入っていた影響で、少しだけ塔に関する知識もあるので、ギリギリ話にも付いていける。
ちなみにその塔なのだが、どうやら現在日本にある第六塔は62階層まで攻略されているらしい。一体その塔が何階層まであるのかは定かでないが、噂によると50階層から見える星空はこの世の何よりも美しいそうだ。
「塔の内部は俗に言うダンジョン構造になっています。1から9までの階層には敵が犇めき、10階層置きに試練が与えられます。えー、この試練についてですが──」
そういえば、あの縦ロールの名前は津波宮楼と言うらしい。
どっからどう見ても温室育ちのお嬢様なのに名前がクロウなのは皮肉としか思えない。
それともお嬢様にはお嬢様にしかわからない苦労があるのだろうか。
成績は非常に優秀なようで、魔法の腕もかなりのものらしい。
何せ金髪は付与属性という少々特殊な属性で、ゲームでいう【バフ】を得意とする魔女を表わす。これがかなり汎用性の高い魔法で、塔を登る際必ず1人はメンバーに組み込まれるタイプの魔女だ。
そして僕は、そんな彼女から、今日の放課後に決闘を挑まれている。漫画でよくある展開だなあ。
勿論すっぽかすつもりだ。そもそも僕は魔法が使えないわけだし、勝てっこない。
それこそ、漫画の展開では、僕が実は最強で逆にボコボコにする、みたいな感じになるんだろうけど、世界は残酷なのだ。
昔、熊や山賊と闘うための術を教わっていた頃、師匠から散々に思い知らされた。
厳しい現実だが、男は女には勝てない。
胃がキリキリする。
……さて。お嬢様にはなんて言い訳しようか。
僕は必死にノートを執るお嬢様を横目で見ながら、ぷるぷると震え続けるのだった。
☆☆☆
「……遅いですわね」
放課後。
一足先に校庭で待ち構えていた金髪縦ロールこと津波宮楼は、未だに現れない決闘相手に腹を立て始めていた。帰りのホームルームが終わってから、既に30分が経っている。今朝の会話を聞いていた者や噂を聞き付けた生徒たちが、一目見ようと集まって来ているのにも関わらず、肝心の相手が来ない。
「まさか逃げ出した……?」
可能性のない話ではなかった。
何せ相手はあの無能令嬢の従者で、しかも男だ。十分に考えられる。
「それがあなた達の決断ですのね。……何だかがっかりですわ」
白雪鈴音は学園の生徒にとって侮蔑の対象である。
第六塔・魔法育成学校に通う生徒たちは、天才達が数十倍もある倍率の中で競い合い、そしてチャンスを掴み取ったエリート中のエリート達。
そんな中、一人だけ魔法の行使すらできない落ちこぼれがいたのでは当然の仕打ちともいえる。
ここいる者は皆が皆、この学園の生徒であることに誇りを持っている。その想いが強ければ強いほど、白雪鈴音に対する悪感情もまた、増すというもの。
そう。それ故に。
彼女は虐めにあっていた。
それもかなり陰湿で、悪どいもの。
今朝の黒板消しも、たまたま鈴音達が教室に入るタイミングで落ちてきたのではない。
津波がターゲットを明確にした上で行ったことであり、あの教室にはそれを咎めるものは一人も居ない。
彼女達にとって、それは初等部から続く日常であり、もはや変わることのない「運命」ともいえる業。あの教室にいた人間全員が共犯者であり、敵だ。そこに救いはない。
──にも関わらず、白雪鈴音がこれまでに折れたことはない。
むしろ鈴音に仕える従者が次々と辞めていく中で、彼女だけは鋼の意志と覚悟を持ってこの学園に居座り続けた。
どんなに辛くとも。
ここが私の居場所なんだと、そう言わんばかりに。お前らには屈しない、と。興味などない、と。
いつだって澄まし顔で、そこにいた。
しかし、今日の白雪鈴音の表情はいつもと違っていた。それも明確にだ。
理由はわかっている。あの従者だ。
いつも冷めたように開かれていた白雪鈴音の目は、暖かな光を灯していた。キラキラと輝き、喜びに充ちていたのだ。
その瞳には、あの男しか映っていなかった。
「何よ今更……ムカつく」
小さく零すと、やがて目当ての人物がこちらにやってきたのが見えた。
「遅かったですわね」
縄を持つ銀髪の令嬢と、ぐるぐるにされ引き摺られる黒髪の従者。
2人の立場が逆なら完全にマズイ絵面だっただろう。
「よく来たわね」
男は女には勝てない。
そんな現実を前にしても、こうして姿を現したこの男には敬意を払うべきだろう。例え縄に縛られ、無理やりに引き摺られた姿であっても。
白雪鈴音は、はあっとため息を吐いて、男の拘束を外す。縄を解き終えてから、口に着いたガムテープを剥がすと、それをジップロックに仕舞った。……何故?
「お、遅くなってすみませんね。少々準備に手間取りまして……あはは」
土汚れを払いながら、男が軽薄そうな笑みを浮かべる。何度も見てきた、弱者が強者に媚びるときの目だ。
肉付きは良くないが、身長はそれなりに高く、好青年とも呼べる容姿。それ故に余計嫌悪感が増す。
ただ薄らと感じる邪なオーラが津波を警戒させた。
──特異体と言ってはいましたが、確かに何かありそうですわね。
「あまりレディを待たせるものではありませんわ。それで、決闘は受けてくれるんですの?」
「それは……えっと、はい。もちろん受けます」
男は自身の袖を握る白雪鈴音を一瞥してから、不安そうに言う。彼自身には大した覚悟もないのかもしれない。
あくまで従者として、仕える令嬢の為に敵前逃亡だけは避けた、そういうことだろう。別にそれならそれでもいい。津波のやることは変わらないのだから。
「なら無駄話も終えて、そろそろ始めましょう。時間は有限ですわ──【魔剣創造】」
津波は魔力の粒子を集め、一振の剣を顕現させる。1m程の長剣で、少女が扱うには大き過ぎる見た目ではあるが、津波は雲を弄ぶかのようにその剣を振り抜いてみせた。
「貴方も武器の準備を為さっては?」
「……いえ、僕は武器の創造とか、できないので」
気まずそうに言う従者の男。
自分にとって出来て当たり前のことを成せなぬ人間がいるというのは、何とも哀れなことか。
「ねえ、貴方、もしわたくしが勝ったら白雪家を辞めてうちで働きなさいな」
「「えっ……?」」
目の前の男だけでなく、隣の白雪鈴音からも驚愕の声が上がる。
「ひと月70000ペリカで雇ってあげますわ」
「僕は劣悪責務者かよ! カイジくんでさえ、91000ペリカ貰ってるよ!」
「ふふっ……賑やかですこと」
「……悪いけど、その誘いは断らせてもらうよ」
クスクスと笑う津波に対し、希璃はひどく真面目な顔でそう言った。
「正直、お前にはムカついてんだよ。僕にはプライドなんてものは欠片もねぇけど、うちのお嬢様を馬鹿にする奴に靡くことだけは絶対にねえ」
「あらそうですの」
言って。
津波は地面を蹴り上げ、距離を詰める。
これ以上の無駄話は時間の無駄だ。どうせ一撃で片がつく。
男と女。
生まれ持った才能の差が違う。
津波は本気を出すまでもない、と。身体強化の魔法と純粋な剣技だけで仕掛けた。──仕掛けてしまった。
それが油断という、あまりにも傲慢で愚かな行いだったと気づくには、まだ経験が少なかったのかもしれない。
ケタケタと大口を開けて笑う悪魔は、禍々しい気を撒き散らしながら津波に対峙した。
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次回、ようやく戦闘シーン!