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上品なメスガキ


 黒板消し。

 それは黒板に書かれた文字を消すための道具である。チョークで書かれた文字の上を擦ることにより、粉末を吸着。拭き取ることを可能とする。

 形状は長方形で、寿司屋の玉子に似ていると感じた者も少なくないだろう。


 さて。繰り返しになるが、黒板消しは黒板に書かれた文字を消すためのものである。

 ゆえに、お嬢様学校の教室のドアの上に挟まれていた黒板消しが、僕の頭上を目掛けて落下している今の現象は異常事態といって差し支えないだろう。


 誰かが悪意を持って()()しなければ()()ならない。

 ならば()()したのは誰か──


「開け。【魔眼(プラブダ)】」


 僕はその黒板消しが落下する刹那、教室を見渡す。生徒数33人。従者数26人。計59人。


「犯人は──あの金髪縦ロールか」


 それが落ちる寸前、僕は左手の甲でそれを弾く。クルクルと回転しながら飛んでいく黒板消しは、窓際でくすくすと笑っていた縦ロールに吸い込まれていった。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 黒板消しが顔面に直撃してひっくり返る縦ロール。

 パンツむき出しの下品なガニ股。

 対してお嬢様は何が起きたのかも分かっていないようで、不思議そうな顔をこちらへと向けた。


「失礼、鈴音お嬢様。御髪に花弁が……」


 僕は僅かに粉の乗った銀髪を撫でると、そのまま彼女の席へと誘導する。教室は僕が通っていた共学の高校とは違って、どちらかと言うと大学の講義室に似た造りだ。


「ンキィィィッ! 貴方よくもやってくれましたわね!」


 甲高い声で僕を怒鳴りつけたのは先程の金髪縦ロール。細い手足に薄い胸元。背は決して低くないが、何処か華奢に見える。目は切れ長で、香水の匂いも上品。怒り方までお嬢様っぽい。いや、これに関しては猿の方が近いか。


 三次元世界にもいるんだなあ、こういう子。

 

白粉(おしろい)、とてもお似合いですよ」


「白粉!? これ、どう見てもチョークの粉ですわよっ!?」


 白い粉付きの顔を真っ赤にして怒る縦ロール。


「ひとり紅白戦かな」


「黙らっしゃい!」


 縦ロールはやがてドカドカと地団駄を踏み始めた。床を踏み抜くんじゃないかと心配になるほどの威力だ。カルシウム足りてないのかな。


「こちらミルクチョコレートになります」


「いりませんわっ! ちょっと、白雪鈴音さん? 貴女、従者の(しつ)けが成ってないんじゃなくて!?」


 矛先を転じた縦ロールが今度は僕の仕えるお嬢様へと口撃を始めた。

 従者たるもの、確かにお嬢様に恥をかかすものではないな。僕はさっと頭を下げ、極力下手に出ることにした。


「失礼しました、レディ。僕としてもまさか黒板消しが降ってくるとは……。咄嗟のことで少々動揺してしまったのです」


「ふんっ。主が無能だと従者も無能なのね。しかも、寄りによって()()の従者は魔法が使えない『男』。いつまで耐えられるかしら」


 はんっ、と小馬鹿にするように薄い胸を逸らす。

 随分と好き勝手言ってくれるじゃあないか。

 そもそも黒板消しを仕掛けたのはコイツだ。僕の魔眼は誤魔化せない。それなのに自分を棚に上げて言いたい放題である。もしかして、バレていないとでも思っているのだろうか。


 本来なら反論のひとつでもしてやりたいところだが、残念ながら今の僕にそれはできない。

 他国の貴族社会のような厳しい上下関係があるわけではないが、それでも従者は従者。あまりにも逸脱した無礼は働けない。


 そこの縦ロールもまた、数年後には一般人が口を効けないような存在になる。この学園に通う資格がある人間というのは、皆そういう存在だ。



 ……後でサイン貰えないかな。割と高値で売れそう。


希璃(きり)くんは、無能なんかじゃないよ。確かに男の子だから魔法は使えないけど、希璃くんは【特異体】だもん!」


 閉口するしかない僕を見兼ねてか、おどおどとしながらも、必死で反論をしてくれるお嬢様。

 光栄です。


 でも僕の秘密はバラして欲しくなかったです〜。

 それ一応切り札のつもりでした。


「鈴音お嬢様、大富豪やったことあります?」


「えっと、ない……」


「ですよね」


「……一緒にやる人がいない」


「今週末妹を連れてお邪魔させていただきます!」


 思わぬ地雷を踏み抜いてしまったことを悔いていると、縦ロールが訝しげに僕を見ているのに気付く。


「……特異体? じゃあ、貴方もしかして、今わたくしに黒板消しを当てたのも狙ってやったんですの?」


 おっと?

 これは少々マズイ展開だな。もし従者如きが他のお嬢様に牙を向いたとあっては、御家同士の問題に成りかねない。


 僕はもはや失うものなんてほとんど何も残っていないが、お嬢様(この子)はその限りではないのだ。

 墓穴を掘ったお嬢様は、やっちゃった、みたいな顔で瞳を潤ませている。

 仕方ないな。頼れる兄貴分として、ここはきっちり僕の方で誤魔化しておくとしよう。

 


「なっ、なんの事かなあ」


「白々しいですわっ!」


「痛ぁっ!」


 ペシりと腕を叩いただけのつもりかもしれないが、縦ロールはどうやら爪が長かったようで、引っ掻き傷がついてしまった。ヒリヒリする。


 ちなみに特異体だが、まあ要するに【特異体質】を持つ個体のことだ。

 塔の出現により魔法という恩恵を得たのは女性のみだが、時々特別な力を持った男が産まれることがある。僕はそのうちの一人だ。

 親の遺伝だとか、バニシングツイン(双子の片方が亡くなると子宮に吸収される現象)によって、エネルギーがもう片方に流れ込んだとか、色々な理由が考察されてはいるが、真相は明らかになっていない。


 何せ人類が魔法を手にしてから、まだ200年。

 その歴史は浅すぎる。


「鈴音お嬢様、痛いの痛いの飛んでけして貰えませんか」


 『痛いの痛いの飛んでけ』。これは魔法と言うよりは、200年よりも更に昔からあるお(まじな)いの一種。

 女の子にやってもらうと痛みが消える。不思議!


「うっ、うん。わかった。えっと、触ってもいいかな?」


「はい。お嬢様」


「えっと、じゃあ、すりすりしてから……痛いの痛いのお〜」


「イチャイチャするなですわぁっ!」


「痛ぁっ!」


 また叩かれた。今度はハリセン。どこから取り出したの?

 というか、最近のお嬢様は暴力的過ぎないだろうか。

 少し前まで中学生だったことを思えばそれは仕方のないことかもしれないが、もう少し自制心を鍛えて欲しい。


「なんですの、その目は」


「いえ。貴女様が大変賑やかなお方でしたので、僕も少し興奮してしまったようです。──申し遅れました、僕の名前は黒井(くろい)希璃(きり)。3年間この学園にお世話になります、白雪鈴音お嬢様の従者です」


「あらそ。別に男の名前なんていちいち覚える気もないですわ。ちなみにわたくしは……名乗るまでもないですわね」


 嫌味ったらしく声を上げて笑う縦ロール。

 知ってて当然と言わんばかりの態度だが、僕は彼女の名なんて知らない。知ってたらいつまでも縦ロールなんて呼び方してないんだけどな。


「鈴音お嬢様、彼女の名前知ってます?」


「ひゃうっ。もっもう! 急に耳元でしゃべらないで? くすぐったいよ……」


 耳打ちしただけなのだが、顔を赤く染めてもじもじし始める鈴音お嬢様。思春期かよ。

 話進まないからもう少ししゃんとしてもらえます?

 

「イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ! もう許せません! 貴方、わたくしと決闘しなさい! この学園のルールを基礎から叩き込んでやりますわ!」


「え、やだ」


「やだ? 今、やだって言いましたの!? 有り得ませんわ! どこまでも舐め腐りやがって……もう許せません! ボコボコですわっ!」


「え、やだ」


「もう……っ!」


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