第20話 大事な大事な1週間 その1
『ファイターズ・サバイバル』の予選が終わり、本戦が行われるまで1週間。
出場する選手たちにとっては、この準備期間が命運を分けるといっても良い。
自分のデッキを強化する最後のチャンス。予選とは違うカードを使えるため、今のうちに新しい戦力を手に入れておくこともできる。
そして、おあつらえ向きに配られた17000ポイントもの報酬。
生き残った『サバイバー』たちがこれをどう使うかによって、試合の流れも変わってくるのだが――
「私はギルドの運営資金に充てるわ。当面の維持費は稼がせてもらったし」
リーダーのクラウディアがこんなことを言うので、メンバーたちは頭が上がらない。
しかも、彼女自身は感謝を求めてやっているわけではなく、あくまでも自主的に出費してくれている。
クラウディアの場合はデッキが完成しているため、今さら大急ぎで戦力を高める必要もないのだろう。
同じく予選通過者であるサクヤは、ポイントを何に使うのかまったく分からない。
そもそもソロプレイヤーの時期が長かったので、ギルドに所属していながらも自由奔放。気がつくと急にいなくなっていたりする。
そんなわけで他の出場者は参考にならず、リンは多額のポイントを抱え込んだまま考え込んでいた。
別に使わなくても良いのだが、この1週間で何かやっておかなければ不安なのだ。
「やっぱ、こういうときに頼れるのは友達だね~!」
「17000ポイント……正直うらやましいですけど、私も12回ぶんの勝利報酬がありますからね。
ショッピングにお付き合いします」
「お2人に比べたら、わたしは5回ぶん……ちょっとしたお小遣いですが、一蓮托生であります!」
まずはショップで何か買えないかということで、ステラとソニアを誘って出かけたリン。
1回勝つごとに500ポイント配布されたため、今は各メンバーの懐が温かい。
試合の真っ最中ほどの賑わいはないが、プレイヤーたちの通り道である公共エリアには多くの人々がいた。
特に目立つのは主な出場選手の顔を並べて、誰が優勝するのかを賭けている者たち。
高名なプレイヤーの画像とオッズの数字が表示され、その中には見知った顔も含まれている。
「さあ、張った張った! 一番人気はベテラン中のベテラン、オルブライト!
続いて貴公子カイン、禍巫女のサクヤも伸びてるよ!」
「えっ? サクヤ先輩が!?」
賭けの対象となっている人気プレイヤーの中に、同じギルドのメンバーが2名。
サクヤの他にもクラウディアに高めのオッズが付けられていた。
「おお~っ、お姉さまも人気なのです!
でも、一番じゃないのは不服だから、ちょっと分からせてくるであります!」
「ま、待ってソニアちゃん! あれはあくまでも試合前の予想だって!
まあ……あたしの名前はないけど」
「リンのことを知ってる人は、まだほとんどいませんからね。
それにしても、さすがはサクヤさん。今のところ上から三番目の優勝候補ですか」
「えっと……あたし、サクヤ先輩のこと全然知らないんだけど、そんなにすごいの?」
「それはもう。高校生プレイヤーの中では、関西トップクラスといわれる凄腕ですよ」
うれしそうに言うステラの向かい側で、共に冒険したことがあるソニアと顔を見合わせるリン。
あの破天荒でお笑い芸人みたいな巫女さんが、オッズの上位に並ぶほどの凄腕だと言われても、いまいちピンとこない。
それもそのはず、サクヤは人前で自分のユニットを見せないのだ。
なにやら禍巫女などという不吉な2つ名で呼ばれているが、どんなカードの使い手なのか全く分かっていない。
「ところで、この賭け事って何を賭けてるの?
まさか、カードとかポイントじゃないよね?」
「賭けリンゴですね。
ミッドガルドで採取できるリンゴは、NPCの村人に売ることができるんです。
そして、ミッドガルドのアイテムは人に渡すことが可能」
「そういえば、サクヤ先輩からグライダーをもらったことがあったよ。
つまり、リンゴで取引して村で売るんだね……って、それはルール的に大丈夫?」
「暗黙の了解といったところでしょうか。
リンゴ1個あたり2ポイントなので、あまり派手にやらなければ運営からは注意を受けないようです」
「えぇ……ほとんど稼ぎにならないのに、よくやるなぁ~」
1000個ほどのリンゴがあれば話は別だが、これでポイント稼ぎをするのは現実的ではない。
それでも、賭け事というのは刺激的なのだろう。
リンたちが話し合っている間も、次々とリンゴが取引されていく。
「ふ~む、お姉さまのオッズは9倍……10個賭ければ配当は180ポイント。
リンゴ……えっと、リンゴは……くううっ!
持っていたら全部お姉さまに賭けるというのに、こういうときに限って在庫がない!
急に微妙なアイテムを要求される、ネトゲあるある!!」
「無理に賭けなくてもいいと思いますよ。
応援する気持ちのほうが、ずっと大事ですし。
私もサクヤさんに賭けるのは控えておきます」
そう言って微笑むステラの表情は、間違いなくサクヤを全面的に信頼し、師として慕っていた。
以前、あの巫女と大渓谷で冒険したときのように、かつて初心者だったステラを導いてくれたのだろう。
そのときの話も詳しく聞いてみたいものだが、今は大会に向けての強化が最優先。
しばらく足を進めると、何度か買い物をしたことがあるショップが見えてきた。
■ ■ ■
「んんん~~~、カードのパックをいっぱい買っちゃうのってどうだろ?
具体的には5ボックスくらい」
「いいと思いますよ。中身にもよりますけど」
「そこだよね。何か当たったらラッキーだけど、この大事なときに散財しまくって爆死したら……」
「リンはまだ手持ちのカードが少ないので、そこまで考えなくても大丈夫です。
ただ、予選ならともかく、本戦で戦うためには多少のレアが欲しいかも……ですね」
「そーなんだよ! 予選が15戦もあった後の本戦なんて、どう考えてもバケモノだらけじゃない!」
そのバケモノの中に自分が含まれていることは棚に上げ、ショップの中でも頭を抱え続けるリン。
5ボックス買ってもレアを引けないことなど、ラヴィアンローズでは珍しくないのだ。
「プロセルピナさんと戦って分かったけど、レアカードだらけのデッキっていうのも、それはそれで強いんだよ。
もちろん、コモンとかアンコモンでも十分に戦えるけど」
「大会の上位になればなるほど、レアを持っている人というか、上手にレアを使える人が勝ち残りますからね。
高級なカードが全てではないといっても、さすがに場所を考えると★2以下では厳しそうです」
プロセルピナのギルドは★3レアカードをかき集めているが、それも決して間違いではないのだと、上位ランクの戦いに足を踏み入れたリンは思い知る。
対戦者が強力なレアカードを使ってくる以上、こちらにも相応の力が必要だ。
――と、そこに元気よく駆け戻ってくる小学生が1人。
「作戦終了! わたしのショッピングは今、終焉を迎えたり!」
「え? ソニアちゃん、もう何か買ったの……って、目の色が変わってる~!?」
先ほどまで炎のように赤かったソニアの左目。
今はそれが黄色に変化し、新しい属性が付与されたことを示していた。
「えっと、属性のエフェクトが付いてるカラーコンタクトだっけ?」
「然り! 『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』シリーズの”雷鳴”!
我がしもべとなった雷の化身【オボロカヅチ】に合わせて、イメチェンしたのであります」
「へぇ~、黄色もよく似合ってますね」
「むむ……そういえば、ステラ殿に闇属性をお勧めせよと、誰かに言われていたような?
たしかに魔女の御姿が魚心ならば、闇属性こそが水心!
さあ、闇を! 今こそ闇を手に入れましょうぞ、ステラ殿!」
「ええっ……ちょっと、ソニアちゃん?」
戻ってきたばかりだというのにステラの手を握り、属性カラーコンタクトの売り場へと引っ張っていくソニア。
あの魔女に闇属性を付与したら、一体どうなってしまうのか。
とても気になるところだが、仲間たちが離れていったため、リンはひとりでポイントの使い道を考えることになる。
「そういえば、コスチュームを買うっていうのもありだよね。
ステラの杖とか、プロセルピナさんの剣みたいに派手なのがあると、少しは違って見えるかも」
前に兄が言っていたが、このラヴィアンローズでは立った姿勢でカードゲームを行う。
それゆえ、ただ棒立ちでカードを扱うと、ものすごく地味に見えてしまうのだ。
見事なパフォーマンスには心理的な効果もあり、実際、プロセルピナが展開した古戦場には気圧されてしまった。
本戦の舞台は観客がいるスタジアムなので、見栄えを良くするのも選択肢のひとつ。
そんなことを思いつき、単独行動になったリンはコスチューム売り場へと足を進めたのだった。




