第18話 サバイバー
「勝負あり! ライフポイント、0対4000!
勝者、リン選手~!」
「やったぁ~!
って……ウェンズデーさん、無事だったの?」
「はい、私は司会なのでカードの効果を受けません」
全てが焼き尽くされ、クレーターだけが残る大地。
しかし、ウェンズデーが着ているスーツには汚れのひとつもなく、マイクを手に元気な姿で司会をしている。
ひょっとして、この人が戦ったら最強なんじゃないだろうか。
そう首をかしげるリンの隣でワイバーンが光の粒子と化し、コンソールの中に吸い込まれていく。
戦いを終えたユニットは、こうして元のカードへと戻るのだ。
「ありがとう、ワイバーンちゃん。
帰ったら、みんなでお祝いだね!」
初めての大会に参加し、危うい場面もあったが無事に予選を突破。
喜びに満ちたリンとは対象的に、敗北したプロセルピナは地面に膝をついて自失呆然の状態だ。
「ねえ、大丈夫?
ちょっと、やりすぎちゃったかな」
さすがに心配になってかがみ込み、目線の高さを合わせながら言葉をかけるリン。
しかし、相手に立ち上がるような元気はなく、表情も前髪に隠れて見えなかった。
仕方がないので、ひたすらリンのほうから話しかけ続ける。
「この声が届いてるなら聞いてほしいんだけど。
あたしは勝ちたかっただけで、本気でプレイヤーを潰したかったんじゃないよ?
そんなの後味悪いじゃない、せっかく同じゲームを楽しんでるのに。
まあ……いつも兄貴とやりあってるから、そのノリで熱くなっちゃったのは謝る。ごめんね」
「どうして……」
と、そこでプロセルピナからも、まさに蚊の鳴くような震える声で言葉が返ってくる。
「どうして、勝った側から謝られているのでしょうか?」
「ん~、勝ったとか負けたとか関係なくない?
色々言いすぎちゃって、悪いことしたと思ったから謝ってるだけだよ。自主的にね」
「………………」
実際にはリンのほうがよほど色々と言われていたのだが、彼女は敗者に対して謝罪を求めなかった。
本気で戦って決着を付け、結果的に勝者と敗者が生まれた。
ただ、それだけなのだ。
しかし、その考えは勝つことで多くの者を踏み潰し、自分の居場所を作ってきたプロセルピナとは真逆。
実際にリンは本戦への出場権を手に入れ、負けた側は何も得られずに消えていく。
そのはずなのに、勝ったはずのリンは今もなお、言葉で手を差し伸べようとしてくる。
「クラウディアのことを引き合いに出しちゃったけど、プロセルピナさんだって強かったよ。
強いから、ここまで勝ち上がってきたんでしょ?
まあ……あたしは自分が強いだなんて、全然思ってないけどね。
そもそも、このゲームを始めて2ヶ月くらいだし」
「2ヶ月!?」
「うん、初心者だよ。レアカードもさっきのを含めて3種類だけ。
だからデッキはコモンとアンコモンだらけだったの」
「く……ふ……っ」
この瞬間、プロセルピナの中にあった”何か”がへし折れた。
優秀なレアカードをかき集め、現環境で最高の騎士デッキを作り上げたというのに、始めて2ヶ月程度の初心者に負けたのだ。
「ふふ……ははは……わたくしの苦労は、いったい……」
もはや、乾いた笑いしか出てこない。
重ねてきた経験も、デッキのカードも圧倒していた。
あの1枚のプロジェクトカードさえなければ、どう考えても負けるはずがなかったのだ。
では、あれさえなければ余裕で勝てたのだろうか。
自分自身に問いかけてみたが、なぜか『絶対に勝てた』という答えが返ってこない。
1枚のカードを負けた理由にしてしまっては、あのときと――クラウディアに負けたときと同じ結末になってしまう。
今はそれが何よりも恐ろしかった。
「あたしがここまで来たのは、間違いなく今まで関わってきた人たちのおかげ。
もちろん、その中にはプロセルピナさんも入ってるよ。
さすがに本戦じゃ勝てる気がしないけどさ……
せっかくだから負けて元々って感じで、いっぱい勉強してくるね!」
リンが笑顔を投げかけた直後、敗退したプロセルピナは光の粒子になって消えてしまう。
それと同時に崩壊した古戦場も消滅し、周囲の景色がイベント会場へと塗り替わっていく。
観客がいないコロシアムを見るのも、これが最後。
司会のウェンズデーも共に移動しており、隣にはマスコットのコンタローも来ていた。
「お疲れさまでした~! これより結果発表を始めます!」
「5日間で15回も戦った『ファイターズ・サバイバル』。
無事に全ての日程が終了したのだ~!」
リンは直接2人を見ているが、この結果発表は日本サーバーの各所に生中継されていた。
盛り上がりの最高潮を迎えた公共エリアはプレイヤーで埋め尽くされ、ある者はミッドガルドの冒険中にコンソールを開き、ソニアたちはガルド村のログハウスで放送を見守る。
「まずは参加して頂いた皆様に感謝!
本イベントは満員御礼、日本サーバーでは3856286名の方に参加していただけました」
「イベントへの参加、本当にありがとうなのだ~!」
「さてさて、気になる15戦全勝の予選通過者ですが……」
「本当にそんな人がいるの? ボクは心配になってきたのだ~」
頭を抱えて左右に振るコンタロー。
放送を見ている者には分からないが、実際に会場で生き残っているリンはクスクスと笑いをこらえる。
「それでは、発表します!
第1回『ファイターズ・サバイバル』の予選通過者!
15回の戦い全てに勝利したのは――56名となりました~!」
その瞬間、華やかな花火と紙吹雪がバトルフィールドの空に弾けた。
真下でそれを見られる者は56名のみ。
他のプレイヤーは映像を通して歓声を上げ、日本サーバーの各所が驚愕と祝福の声で満たされる。
「いやー、1戦ごとに半分以下になっていくとはいえ、385万から56まで減りましたよ」
「あまりにも少ないのか、むしろ多いくらいなのか、ボクにはサッパリなのだ……
でも、ここまで生き残ったからには相当な猛者ばかり。
まずは予選通過おめでとうということで――『サバイバー』の称号をプレゼントしちゃうのだ~!」
「おめでとうございまーす!」
Notice――――――――――――
【 クエスト達成報酬を受け取れます 】
特級『サバイバーの称号を入手』
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「おおっ!? これが大会上位の称号……『サバイバー』かぁ~!」
リンのコンソールに通知があり、『マスター』に続く2つ目の称号が手に入る。
今度は運だけではなく、実力で勝ち取った”生還者”の栄誉。
それだけでも十分にうれしいのだが、この称号獲得はクエストの達成も兼ねていた。
「えっ、い、10000ポイントのクエスト報酬!?」
このとき初めて、リンは大会の上位報酬がどれだけ稼げるのかを知る。
そもそも、今回の予選は勝つごとに500ポイント。
15戦全勝で7500ポイントもの収入があったのだ。
それに称号入手の報酬が加わり、結果的にリンが得たのは17500ポイント。
2ヶ月前に【アルテミス】を引いたときと、ほぼ同等の高額収入を手にする。
「さてさて、準備期間を挟んで本戦は1週間後です!」
「ただでさえ15回も勝ち抜ける『サバイバー』同士の戦い。
いったいどうなってしまうのか、楽しみでもあり、怖くもあるのだ!」
「ラヴィアンローズ5周年に向けて、この熱気をつなげていきましょう。
それでは、次は本戦の試合会場で!」
「お待ちしてま~す! なのだ~!」




