第17話 侵略戦争ウォークライ その5
【 リン 】 ライフ:4000
ブリード・ワイバーン《成長1回、バースト2回》
攻撃2400/防御2400
【 プロセルピナ 】 ライフ:4000
ケンタウロスナイト
攻撃2000(+5200)/防御2200(+2200)
装備:魔剣『グラム』
ジェネラル・ウォーリア《バースト1回》
攻撃2000(+1600)/防御1700(+1600)
神殿の守護者
攻撃0(+1600)/防御3000(+1600)
そのとき、プロセルピナは絶望に飲まれて立ち尽くしていた。
ラヴィアンローズの世界でフリー対戦が行えるバトルフィールド。
ギルド内でのトーナメント戦をやってみようということになり、メンバーたちは我こそが最強と意気込んで参戦した。
順調に勝ち進んだプロセルピナであったが、決勝戦で上には上がいることを思い知らされる。
ギルドに入ってきたばかりの、クラウディアという幼い少女。
まだ年端もいかない小学生程度の児童でありながら、彼女は軍服に身を包み、両腕を組んで圧倒的なカリスマ性を放つ。
その背後にそびえ立つのは、超巨大なスーパーレアの機械ユニット。
初代チャンピオンに憧れ、自分なりの騎士デッキを組んでいた当時のプロセルピナには、決して貫けない難攻不落の要塞であった。
「こいつは勝負ありだな」
両手をズボンのポケットに突っ込みながら、中年の男性が苦笑を浮かべる。
彼こそが【エルダーズ】の前身となるギルドのリーダー。
クラウディアとプロセルピナが多くを学び、恩師として尊敬していた人物である。
「もう、これ以上やっても無駄だろう。
クラウディアと戦う手段は、今のお前にはない」
リーダーの的確な言葉を、プロセルピナは青ざめながら拒絶する。
そんなはずはない、何か――何かあるはずなのだ。あの鉄壁にダメージを通す方法が。
彼女には自信があった。騎士見習いとして決闘の腕を磨き、いつか初代王者のように華々しい舞台に立つことを夢見ていた。
現にギルド内トーナメントの決勝まで上り詰め、皆に認められて栄誉を掴むのだと信じていた。
しかし、それは未熟な彼女の思い込みでしかなく、目の前に立ちふさがる【ダイダロス】をどうすることもできない。
皮肉なことに、プロセルピナ自身も腕の良いプレイヤーであるため、勝つことができないのだと理解してしまっていた。
その悔しさと怒りが、やがて彼女の中でどす黒く育っていく種を植え付ける。
「わたくしは……認めない……こんなもの!」
「おい、よせ!」
ギルドリーダーの制止を聞かず、プロセルピナは戦いを続行した。
勝てる確率などゼロに等しいと分かっていながら、しかし、持てる最大限の火力で自軍のユニットを突撃させる。
「認めてたまるものですか!
クラウディアアアーーーーーーーーーーッ!!」
「【ダイダロス】、迎え撃ちなさい」
こちらが全身全霊で攻撃しているにも関わらず、クラウディアはたった一言。
勝利を確信した顔でユニットに指示を出し、当時のプロセルピナが持っていた自信と騎士の誇りを粉砕したのだった――
そして、時は流れて現在。
一流の騎士として成長したプロセルピナは幻想や甘えを捨て、他のプレイヤーを踏み潰すかのごとく予選を14回も勝ち抜いてきた。
この戦いに、必ずあの少女も出てくる。
多大な時間と資金をつぎ込んで完成させた現環境最強の騎士デッキならば、かの鉄壁を乗り越えられるに違いないと、その一心で。
だが、しかし――時として世は残酷である。
2人が所属していたギルドが解散し、クラウディアと距離を置いていた彼女には分からなかったのだ。
あの少女が想像をはるかに超えるほどの成長を遂げ、騎士デッキの攻撃力ではどうにもならないほど厚い壁になっていることを。
そして、目の前の平凡な対戦相手。
この15回戦で踏み潰すべき弱者が、実はクラウディアの鉄壁を越えてしまった特異点であることを。
「あたしのターン、いくよ! ドロー!」
「グァオオオオーーーーッ!」
「ガァアアアアアッ!」
「オオォオーーーーーーーッ!」
【侵略戦争ウォークライ】による真っ赤な旗に囲まれる中で、ついにリンのワイバーンが最終形態まで育ちきる。
攻防4800、先ほどプロセルピナに言われたように、★1コモンのステータスとしては群を抜いて最高峰。
だが、ここに至るまで3ターンもかけた結果、対するプロセルピナの布陣は完璧に整えられていた。
このままでは攻撃を通すことも、せっかく育てたワイバーンを守ることも不可能。
圧倒的な戦力差で追い詰めた女騎士は、せめてもの手向けとして小さな拍手を送る。
「竜の育成、ご苦労さま。さぞかし満足したことでしょう。
ですが、もはやこれまで。
仮に【神殿の守護者】を倒すことができたとしても、あなたの攻撃はそこで終わり。
わたくしのターンでワイバーンを倒して、一方的に蹂躙できますわ」
「まだまだ、あきらめないよ!
プロジェクトカード、【兵器工場】!」
Cards―――――――――――――
【 兵器工場 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーのデッキの中からリンクカードを1枚手札に加える。
――――――――――――――――――
この局面で発動させたのは、デッキの中から装備品を引き寄せるプロジェクト。
任意ではないためランダムになるが、手札に来たカードを見たリンは一気に明るい表情へと転じる。
「よしっ、引けたぁ! 【ブリード・ワイバーン】にリンクカードを装備!」
Cards―――――――――――――
【 バイオニック・アーマー 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに防御+500。このカードが取り除かれたとき、ターン終了までユニットに攻撃+500。
――――――――――――――――――
巨大に成長したワイバーンの全身を、金属製のサイバーな装甲が覆っていく。
ステラとの戦い以来、ついに完成した『機械装甲三頭最終形態』。
機械装甲と真紅の竜鱗が入り混じり、胸元では炉心のようなパーツが淡く光っている。
他のプレイヤーであれば、その姿と迫力に圧倒されていただろう。
しかし、対するプロセルピナの表情はすでに冷めきっていた。
「守りを固めて凌ぐつもりですか?
さっさと他のユニットを出して、少しでも壁を増やしたほうが懸命だと思いますが。
あら、失礼。手札が残り1枚しかないようですわね」
「壁なんて、いらないよ! 言ったでしょ、ブッ潰すって!」
「夢を見るのも大概にしてください。
あなたに残された最後のターンだというのに、よりにもよって装備したのは防御力を高めるカード。
一体どうやって、そんなコモンやアンコモンしかない貧しいデッキで勝ってきたのでしょうね」
プロセルピナは知らない。
心の底から渇望し、憎み、倒すべき目標にしてきた『マスター』が目の前にいることを。
そして、リンが持つ★4スーパーレアは、今回の決闘では決して見ることができない。
なぜなら――
「何か勘違いしてるみたいだけど、防御用のリンクカードが来て喜んだのは、あなたからの攻撃を防ぐためじゃないんだよ。
そっちのデッキに比べたら、たしかにあたしは弱いかもしれない。
でもね、ほんのちょっとだけレアカードを持ってるんだ」
手札に残った最後の1枚を掲げながら、リンは両目に闘志を灯す。
それは勝つことを確信した者の、まっすぐな瞳。
「(くっ……あの目は……クラウディアと同じ……!)」
プロセルピナは努力家であり、他を寄せ付けぬほどの強者であった。
数えきれない決闘の中で積み重ねてきた、古参プレイヤーとしての経験。
それが脳内で警笛を鳴らし、自身でも聞こえるほど心音が高まっていく。
「じゃあ、いくよ――あたしからも最後の手札。
プロジェクトカード発動、対象は【ブリード・ワイバーン】!」
リンのデッキには★3以上のカードが3種類しか入っていない。
今回、彼女の手札に来ていたのは古代の王者でも月の女神でもなく、ただ1枚のプロジェクトカード。
発動させたリンの体が空中に浮かび、両腕を上げてオーラをまとい始める。
その口から無意識に紡がれるのは、一部のレアカードにのみ付属された発動演出。
「我を称える詩はなく 我を封じる術もなし
我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり
神魔 天地 時の記憶をことごとく
三千世界を無に還し 而して我も共に消えん
是より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」
「なっ!? そ、そのカードは……!」
実物を見るのは初めてだったが、そのカードが何なのかはプロセルピナも知っていた。
だが、ありえない。
あまりにも希少かつ強力すぎるため、存在自体が都市伝説のような扱いのプロジェクトカード。
そんなものを中学生程度の小娘が持っているなど、常識の範疇から外れている。
しかし、現にそのカードが目の前で発動していた。
完全体にまで成長した【ブリード・ワイバーン】の攻撃力4800を抽出し、臨界に向かって暴走していくエネルギー。
リンが頭上に掲げた光の玉は、1億5000万kmもの彼方にあるはずの太陽を地球上に引き寄せたかのごとく、全てを焼き尽さんばかりに荒れ狂う。
古戦場の大地が炎を上げて崩壊し、周囲を取り囲んでいた赤い旗が消し炭と化す。
そんな核融合の中心で――太陽とひとつになったリンは、閉じていた両目をカッと見開いた。
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
Cards―――――――――――――
【 全世界終末戦争 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:発動の際にユニットを1体指定する。
フィールド上に存在する全てのユニットに、指定したユニットの攻撃力と同数のダメージを与える。
この効果はバトル扱いではなく、貫通ダメージも発生しないが、ダメージが防御力に達したユニットは全て破棄される。
――――――――――――――――――
そして、全てが光に包まれる。
どれほど高名な破壊神や魔王でも到達しえない、完璧にして愚かなる破壊。
皮肉なことに、その光がもたらす4800ダメージで融解したのは、他ならぬ【タイプ:人間】のユニットたちであった。
【神殿の守護者】、攻撃1600防御4600――消滅。
【ケンタウロスナイト】、攻撃7200防御4400――消滅。
【ジェネラル・ウォーリア】、攻撃3600防御3300――消滅。
より強くあれと武力を求めた結果、人間が作り出した極光に飲まれていく騎士たち。
神をも滅ぼすはずだった【魔剣『グラム』】ですら無に還り、屈強なケンタウロスと運命を共にする。
やがて、少しずつ収まっていく光。
もはや荒野と化した古戦場に人間がいた痕跡はなく、大地を引き裂いたクレーターが残るのみ。
「あ……あああ……そ、そんな……」
一瞬にして全てのユニットを失い、プロセルピナは愕然とするしかなかった。
彼女の陣営にユニットはなく、聞く者がいなくなった【侵略戦争ウォークライ】だけが虚しく響く。
「わ、わわわ……わたくしの……騎士たちが……!」
「ふぅ~っ、これが3ターンかけて組み立てたパズル。
プロセルピナさんのおかげで、かなり計算しやすかったよ」
「……おかげ?」
「なんで、こうなったのか分かる?
あなたが手札を全部使って、【ジェネラル・ウォーリア】のスタックバーストまで披露してくれたからだよ。
それを温存しておいたら、急にステータスが1000も増えて、あたしの計算を狂わせてたかもしれない。
なのに、あなたは全部使い切った」
「そ、それだけ……たった、それだけのことで……!」
「そうだね、それだけのこと。
あたしも今回の大会に参加して初めて、ちっちゃい女の子に同じことを教えられたんだ。
あなたみたいに相手を踏み潰すだけだったら、きっと何も学べなかったと思う。
さて……決闘と関係ない話を長引かせちゃいけないよね」
リンがそこまで言うと、天空から巨大な影が降りてくる。
愚かしくも人間たちが滅び去った後、バトルフィールドに現れたのは1体の竜。
【ブリード・ワイバーン】、攻撃4800防御5300――生存。
「これが答え合わせ。
あのとき防御用のリンクカードを装備させたのは、この子をダメージから守るため。
ついでに兄妹ゲンカで憶えたルールを、あなたにも教えてあげようか」
「う……あああ……っ!」
「手を出すだけ出しておいて、自分だけ無敵なんてありえない。
誰かを傷つけたり、バカにしたりするときは、やりかえされる覚悟が必要なんだよ!
【ブリード・ワイバーン】、攻撃宣言!」
「ゴガァアアアアアアーーーーーーーッ!!」
リンは中学生だが、これだけは分かっていた。
世の中、やったらやり返される。
兄のおやつを取ったら取り返されるし、兄に悪口を言ったときには、向こうにも怒る権利がある。
一方でプライドの高さゆえに、他人を蹂躙すべき障害物とみなしてきたプロセルピナ。
その目の前で、ワイバーンの胸部が赤熱して溶鉱炉のように輝く。
機械装甲に赤く光るラインが走り、胴体から首へ、首から3つの頭部へと伝達する高温のエネルギー。
先ほどの太陽に比べたら生ぬるいが、それでも決着を付けるには十分だった。
「ま……また……また、わたくしは……こんな負けかたを……!」
打ちひしがれたプロセルピナに向かって、容赦なく3本の火炎レーザーを浴びせるワイバーン。
彼女の脳裏に蘇ったのは、クラウディアとの戦いで味わった絶望と無力感。
相手側にユニットがいないため4800のダメージが直撃し、この瞬間――
リンの勝利と、本戦への出場が確定したのだった。




