第16話 侵略戦争ウォークライ その4
【 リン 】 ライフ:4000
ブリード・ワイバーン《成長1回、バースト2回》
攻撃2400/防御2400
【 プロセルピナ 】 ライフ:4000
ケンタウロスナイト
攻撃2000(+1000)/防御2200(+1000)
ジェネラル・ウォーリア《バースト1回》
攻撃2000(+1000)/防御1700(+1000)
ようやくワイバーンの育成を終えたリン。
しかし、この時点でプロセルピナは先攻3ターン目。
1ターン目の後攻から殴り合いが始まるラヴィアンローズでは、普通なら中盤から後半へと突入している頃だ。
延々と殴り合いをしないままターンを引き伸ばした結果、当然ながらリンだけでなく相手側の陣営にも強力なユニットが揃う。
サービス開始の初期から高い人気と安定性を誇る『騎士デッキ』を使い、プロセルピナは屈強な戦士を次々と並べていた。
「【ブリード・ワイバーン】の最終的なステータス、4800はたしかに強く見えるでしょう。
★1が到達できる領域としては、おそらく最高峰……ですが、多数の欠点を抱えています。
その数値に至るまでターンと手札を多量に消費し、ワイバーン自体は成長以外の能力を何も持っていない」
「そうだね、レアカードを1枚出したほうが強いから使う人は少ないって聞いたよ。
でも、あたしはこの子を信じる」
「ご自由にどうぞ。
ところで、世の中には竜殺しの武器というものもありますが――さらに、その上。
神殺しの剣があることをご存知ですか?」
「神殺しの……剣?」
「正直いって、無知な凡人のあなたにお見せするのは少々もったいないですね。
でも、こうして準備するターンを頂いたのですから、特別に披露してさしあげましょう。
【ケンタウロスナイト】にリンクカードを装備! 【魔剣『グラム』】!」
Cards―――――――――――――
【 魔剣『グラム』 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに攻撃+500。
【タイプ:人間】に装備されている場合、追加で攻撃+1000。
――――――――――――――――――
「でっか……!」
相手のユニットが『それ』を手にしたとき、リンは槍を持ったのだと思った。
しかし、よく見ると巨大な両手剣であることが分かる。
全長3m――あまりにも長く、大きな剣のため、知らない者には槍に見えてしまうのだ。
黒紫の刀身に幾何学的な模様が彫られ、その部分が魔力を帯びるかのように青く発光している。
およそ人間が持ちうる質量の限界というべき大剣を、亜人であるケンタウロスは片手で掴み上げていた。
見た目以上に恐ろしいのは、その能力。
【タイプ:人間】に装備しただけで攻撃力が合計1500も上昇。
さらに『装備されたリンクカードによるステータス変化の数値が2倍になる』という【ケンタウロスナイト】の効果により、上昇値は3000。
「(あれはヤバイね……【ジェネラル・ウォーリア】の強化も乗ってるし、普通に攻撃するだけでダメージは6000……!)」
「まだまだ、この程度で驚かれては困りますわ。
プロジェクトカード、【侵略戦争ウォークライ】!」
Cards―――――――――――――
【 侵略戦争ウォークライ 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:人間】のユニット全てに攻撃と防御+600。
リンクカードを装備している場合、この効果は2倍になる。
――――――――――――――――――
カードが発動した直後、ドォンと古戦場に鳴り響く太鼓の音。
進撃の合図を受け、誰もいないはずの戦場に次々と赤い旗が立っていく。
それはもはや、映画の世界。
立ち上がる真っ赤な旗が海のように大地を染め尽くし、リンとプロセルピナを取り囲んでいった。
このカードの効果を受けるのは【人間】のみ。
もうすぐ育ちきるワイバーンを包囲する人間たちは、まさに知恵と武力で竜を討伐せんと猛っている。
「ちょっ、また★3!? レアカード何枚持ってんの?」
「具体的な数字は控えさせていただきますが、デッキひとつを全て★3で統一する程度には」
「え……最低でも40枚以上ってこと?
どれだけつぎ込んだら、そうなんの……」
無課金のプレイヤーなら、3ヶ月に1枚手に入れば運が良いといわれる★3レア。
しかし、プロセルピナの手札から出てくるのは、どれも厳選されたレアカードばかり。
リンには想像もつかないような時間と資産を注がなければ、この域には辿り着けないだろう。
「もっとも、★3だけが有用でないことも心得ていますわ。
プロジェクトカード、【王宮の勅命】!」
Cards―――――――――――――
【 王宮の勅命 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:攻撃力1000以下、かつ【タイプ:人間】のユニットカード1枚をデッキから任意に加える。
このカードが発動した場合、使用者は以降2ターンの間、他のプロジェクトカードが使用不可になる。
――――――――――――――――――
「あっ! あのカードは……!」
ここに来て、初めての★2アンコモン。
リンにも見覚えがあり、それが使われた場面を鮮明に思い出すことができる。
ドラゴン使いの老婆、サクラバ。
彼女がデッキから【ドラゴンナイト】を引き寄せるときに使った1枚だ。
「手札に加えたユニットカードを召喚! 【神殿の守護者】!」
Cards―――――――――――――
【 神殿の守護者 】
クラス:レア★★★ タイプ:人間
攻撃0/防御3000
効果:このユニットがガードしたとき、相手の攻撃力を-1000。
スタックバースト【ホーリーウォール】:永続:このユニットは【タイプ:悪魔】からのダメージを受けない。
――――――――――――――――――
3度目の角笛が戦場に響き、プロセルピナの陣営に新たな人間ユニットが現れる。
穢れなき純白の鎧に、きらびやかな黄金の装飾。
神の座を守護する聖騎士が、重厚な大盾を手に陣営へと加わった。
兄のユウが使う【ヘビーナイト】とは、まるで格が違う★3防御ユニット。
召喚された聖騎士は、すぐさま【ジェネラル・ウォーリア】と【侵略戦争ウォークライ】の強化効果を受ける。
「防御力は、えっと……今だと4600で、バトルのときには実質5600!?
冗談でしょ……ワイバーンちゃんの攻撃も通らないし!」
「圧倒的な攻勢! 完璧な防衛! まさに無敵、最高峰!
これが、かつてラヴィアンローズを制した騎士デッキの最新型ですわ!」
このターンに4枚、全ての手札を使い切ってプロセルピナは自陣を完成させる。
攻撃力が7200に達した【ケンタウロスナイト】。
5600までのダメージを弾き返す【神殿の守護者】。
それらを支えるレアカードの数々。
初代チャンピオンが王座についてから4年。
彼の代名詞である騎士デッキは進化を遂げ、かつてとは比べ物にならない数値を叩き出すようになっていた。
プロセルピナはレアというレアを徹底的に組み込み、実現しうる最高の完成度へと至る。
「なるほど、ウチの兄貴が負けるわけだ……
こんなレアカードだらけのデッキなんて、滅多に拝めないだろうね」
「ええ。おそらく、あなたには最初で最後の機会です。
しっかりと記憶に留めておくといいですわ」
「まあ……でも、クラウディアに比べたら楽だよ。
あの軍隊デッキと戦ったときは、勝てる気がしなかったし」
「…………っ」
その名を口にしたとき、勝ち誇っていた女騎士の顔が急激に歪む。
どうやら、クラウディアの名は彼女に対して有効なようだ。
リンには議論の心得などなかったが、兄とのケンカで自然と覚えた『相手の怒らせ方』を実践してみる。
「わたくしのデッキには勝てると言いたいのですか?」
「そうだよ、だってプロセルピナさん――
デッキもカードもすごいけど、やっぱり、あたしはクラウディアのほうが強いと思うなぁ」
「――――――っ!!」
美しく整った顔が怒りに染まり、ギリギリと歯を噛みしめる音がリンの耳にも届く。
やがて彼女の口から出た言葉は、明らかに声が上ずっていた。
「はぁ……? 勝てないからといって、悪口で攻撃するのは低俗にも程があります」
「ううん、これは率直な感想。
あたしがそのデッキを使ったとしたら、そんな風にはしない。
クラウディアなら、もっと上手く使うだろうね」
「ど、どうして……クラウディアの名前ばかり!
わたくしとあの子に、違いなどないはずです!」
そう言って否定するが、実際には大きな違いがあるのだ。
プロセルピナはレアカードをかき集め、現環境では最高の水準といえるデッキを完成させた。
さらにはトップクラスのギルド【エルダーズ】を率い、自らが課した『毎月レアカードを入手する』という規則を誰よりも厳守している。
しかし――彼女は選ばれなかった。
どれだけ渇望し、数えきれないほどのパックを開封しても、『マスター』の称号を得ることだけはできなかった。
「クラウディア……クラウディア、クラウディア!
みんな、あの子のことばかり褒め称える。
たった1枚、★4のカードを持っているというだけ……それだけなのに!」
「違うよ、クラウディアは『マスター』じゃなくても十分に強い。
今と同じく、みんなから好かれるリーダーになってたんじゃないかな。
あたしだって、この先ずっとついていきたいと思ってるし」
「いい加減にしなさい!」
女騎士は腰から剣を引き抜き、白銀の刃を突きつけた。
無論、ここではプレイヤー同士の殴り合いなどできない。
あくまでも威嚇にすぎないのだが、それは彼女への精神的な攻撃が有効であったことを証明している。
プロセルピナは、クラウディアに――実際にはクラウディアが★4を持ち、仲間たちから称賛を受けていることに深く嫉妬していた。
どれほど自分が努力を重ねても、あの軍服の少女はさらに上を行く。
自分がどんなに成果を上げても、クラウディアのほうが強く輝く。
『マスター』である彼女に勝つには、自分に厳しく、よりストイックでなければならない。
それを徹底した結果、プロセルピナは周囲の者にも厳しさを求め、意にそぐわない者は見下して排除するようになっていった。
全ては高みのため。あの少女よりも、さらに一歩先に進むため。
「決闘とは関係ない会話を長引かせると、遅延行為としてペナルティが課せられます。
そうですわね、ウェンズデーさん」
「はい、そろそろ手を進めたほうがよろしいかと」
「分かった。ごめんね、悪かったよ。
それで、あたしのターンでいいのかな?」
「ええ、どうぞ。わたくしの布陣は完璧に仕上がりましたわ。
その見た目だけは派手なワイバーンで、せいぜい無駄な抵抗をすることです」




