第13話 侵略戦争ウォークライ その1
「おい、バカ兄貴! あたしのヨーグルト食べたでしょ!」
ある日のリビングルーム。
真宮涼美は、テレビを見ていた兄の勇治に怒鳴りつけた。
「ああ、食った」
「なっ、どうしてそんなに堂々としてられんのよ!」
「お前だって俺のポテチ食ったじゃねーか、お互い様だ!」
「うう……たしかに食べたけど……それはそれ、これはこれ!」
「自分だけ棚に上げるんじゃねぇー!
俺にだって怒る権利はあるだろうが。
そもそも、お前が人のおやつに手を出さなければ――」
「ちょっと、何の騒ぎ? またケンカしてるの?」
兄妹の騒ぎは家中に響き、すぐさま母親が飛んできて仲裁に入る。
お互いの言い分を伝えたところ、どちらも間違っていると指摘され、2週間のお風呂掃除と皿洗いの刑を科せられたのだった。
「(ん……? どうして、こんなこと思い出してるんだろ?)」
VR世界で物思いにふけっていたリンは、空に浮かんだ数字を見やる。
先ほどの戦いも勝利し、今は運営側が次の試合を準備している待ち時間。
残りの参加者は118名、いよいよ最後の15試合目が始まるのだ。
基本的には1戦ごとに参加者が半分ずつ減っていくのだが、リアル世界の事情なども絡んでくる。
試合の時間にログインできなかったり、対戦中に回線が切れて戻ってこなかったり、双方1ダメージも与えられないまま30分が過ぎてしまったり。
そういった場合は敗退扱いになってしまうため、実際には半分よりも多くの者が減っていく。
幸か不幸かリンの戦いに不戦勝はなく、これまでの14戦すべてを決闘で制してきた。
初戦の氷使いミナに、恐ろしい強さの老婆サクラバ、21世紀を生きる武士ホクシン。
先ほど戦った14試合目の相手も。
「みんな強かったし、いろんなデッキと戦えたなぁ……」
この5日間、乗り越えてきた14戦のすべてがリンの力となっていた。
初心者である彼女にとって課題だった『ちゃんとした試合経験と勝利』を何度も得たことで、プレイヤーとして大きく成長。
特に9試合目で強者のサクラバを乗り越えたことは、リンに自信と勇気を与え、その後の試合でも心の支えになってくれている。
「それでは、いよいよ予選最後の勝負!
本戦への出場を賭けた、第15試合を開始しま~す!」
「よし! 気合い入れていこう!」
ウェンズデーのアナウンスを聞き、自分自身を励ますリン。
参加者380万人のうち、本戦に出場できるのは60名弱になるだろう。
その限られた枠をめぐって、ついに予選の最終日、最後の戦いが幕を開ける。
待ち構えるリンの向かい側で、粒子になって降りてきたプレイヤー。
その人物は白銀の軽装鎧に身を包み、ゆるい縦ロールになったロングヘアの女騎士。
「あ……っ!」
「あら? あなたは、クラウディアのところの」
大規模ギルド【エルダーズ】を率いる少女、プロセルピナ。
毎月レアカードを1枚ずつ集めるという厳しい規則を課し、守れなかった者を退団させてしまう冷徹なリーダーだ。
そんな彼女もまた強者なのだろう、ここまで来ると本当に実力のあるプレイヤーしか残っていない。
「予選最終戦、第15試合!
西側はプロセルピナ選手、東側はリン選手です」
「クラウディアから聞いているかしら? プロセルピナです。どうぞよろしく」
「リンです、よろしく……ウチの兄貴が挑んで負けたみたいだけど」
「お兄様? 失礼ですが、どのようなお方?」
「えーと、真っ黒な革の服で、頭に赤いバンダナを巻いたむさ苦しいヤツ」
「そういえば、そんな方もいらっしゃったような……
でも、ごめんなさい。
これまで踏み越えてきた相手なんて、いちいち詳しく憶えておりませんの」
その言葉に、リンはピクリと反応する。
兄を軽く扱われたからではない。
今までの対戦者に敬意を払わず、ただの障害物として見下すような発言。
それは相手から多くを学び、この5日間で得た思い出を大切にしているリンとは真逆であった。
「そう……私もその中に入らないように、絶対勝たなきゃね」
「それは、わたくしがあなたに負けるということですかぁ?
今日はずいぶんと良い服を着ているみたいですけど。
正直、ここで会うこと自体が意外でしたわ」
「たしかにね、それはあたし自身でも驚いてる」
連ねてきた14戦を全勝しなければ、こうして会うことはなかったはずだ。
しかし、プロセルピナとの再会はリンの戦いに別の意味をもたらす。
「別にウチの兄貴が負けても構わないんだけどさ。
とっても個人的な理由で、あなたを本戦に行かせるわけにはいかない!
ここで、あたしがブッ潰す!」
「なるほど、できるといいですね」
リンが叩きつけた挑戦状を、せせら笑うかのように受け流すプロセルピナ。
クラウディアは言った。ギルドに制約を設けることは決して悪ではないと。
だが、もうそんなことは関係ない。
どうして同じギルドにいた彼女たちが袂を分かつことになったのか、実際に会ってみるとよく分かる。
もう一度、クラウディアの言葉を借りるならば――クソむかつく。
初心者である自分が見下されるなら仕方ないが、これまでの対戦者ですら軽んじるような態度を、リンは決して許せなかった。
「それでは~! 決闘スタート!
先攻はプロセルピナ選手です」




