第8話 カードゲーム始めました その1
「よし、ここがバトルエリアだ」
「わぁ~、すっごい! みんな戦ってる!」
初めてのデッキを組み上げたリンは、兄に連れられてバトルエリアへとやってきた。
体育館をさらに広くしたような場所で、すでに何組かのプレイヤーが戦いを繰り広げている。
「他の人の対戦を見てもいいが、邪魔はするなよ。
まあ、フレンド以外は一定の距離までしか近付けないけどな」
「こうして見ると、ユニットっていろんな種類があるんだね。
なんか、爆発とかしちゃってるけど大丈夫?」
「実際に爆発して物が壊れてるわけじゃないから大丈夫だ。
講習会で炎を浴びたときも熱くなかっただろ?」
そんな会話をしながら歩くだけでも、様々なカードバトルを見ることができた。
本当にそこにいるんじゃないかと思うほど、リアルな存在感を放つユニットたち。
東洋の昔話に出てくるような龍が電撃を放ち、ライオンの体とサソリの尾を持つマンティコアが吠える。
仮想空間で行われるカードバトルは、どれも映画を見ているような迫力に満ちていた。
「よし、そこが空いてるな。
まったく、妹とカードバトルする日が来るとは思わなかったぜ」
「なにとぞ、お手柔らかに~」
「スーパーレア持ってるマスター様が何を言ってやがる!
じゃあ、向こう側に立ってくれ。俺はこっちだ」
通常、カードゲームはテーブルや床に座った状態で、向かい合ったプレイヤーが目の前にカードを並べて戦う。
しかし、この仮想空間まで来て、それを行う者はほとんどいない。
戦うために用意された『フィールド』と呼ばれる場所は、ネットを取り外したテニスコートのようだった。
そこに対戦する2人が立つだけで、プレイヤーのデータやデッキの内容が自動で読み込まれる。
『バトルフィールドへようこそ。
あなたの個人認証が完了しました。プレイヤー、リン。
データから”デッキ1”を読み込んでいます……読み込みが完了しました。
相手のプレイヤーを確認中……対戦者、ユウ。
このプレイヤーと対戦を行いますか?』
ギュイイインという機械音が響き、フィールドが淡く光り始めた。
システム音声が進行を読み上げ、いくつかのコマンドが空中に表示されていく。
その中から、リンは指先で『対戦開始』の文字をタップした。
『双方の読み込みと対戦の承認が完了しました。
リン VS ユウ
これより、システムはバトルモードに移行します。ご武運を』
「あれ……?
兄貴のほうは顔写真が表示されたけど、あたしはコンタローの顔になってるよ?」
「プロフィールの設定をしてないからだろ。
後でやりかたを教えてやるよ」
『バトルモード、スタンバイ。
対戦フィールドを選択してください』
「対戦フィールド?」
「へへっ、びっくりするだろうな。
ここはVR空間だから、こういうこともできるんだ。
対戦フィールド、ランダム」
『相手プレイヤーにより、ランダムが選択されました。
自動選択の結果、ハイランドに決定。
3秒後にフィールドを切り替えます。3……2……1……』
「ふえっ!?」
カウントダウンが終わった瞬間、またしてもリンは呆然と立ち尽くすことになった。
雲まで届く青い山々と、見渡す限りの大草原。
さっきまで大きな建物の中にいたのに、一瞬にして高原地帯に来ていたのだ。
「ちょっ、ここ……さっきの場所じゃないよね!?」
「いいや、さっきの場所から一歩も動いてない。
これがフィールドの視覚効果、見えてるのはVR空間だ。
まあ、バトルを盛り上げるための背景ってとこだな」
「背景って……これが……?」
ただの背景にしては、あまりにも作り込みが徹底している。
高原を吹き抜ける風は優しく、そして涼しく、太陽の日差しや草の香りまで感じることができた。
やや遠くに見えるのは透き通った湖。その近くに風化した古城があり、水面に写り込んで揺れている。
「すっ、すっごーい! これもう、海外旅行じゃない!」
「まさにVRの強みだよな。
フィールドはこれでいいか?
季節とか時間も変えられるし、普通は人類が行けないような場所にも行けるぞ」
「ああ……えっと……今回は、とりあえずこれで!」
「よ~し! それじゃあ、妹の初陣といきますか!」
「オーケー、始められるよ!」
向かいあった2人は、まずデッキからカードを5枚引く。
ここで手札にユニットがいない場合、まともに勝負ができないので引き直しを行える。
今回はそういったこともなく、リンにとって初めての対戦が火蓋を切った。
『バトルモード、スタート。
両者、ライフポイント4000。
先攻は――ユウです。対戦を始めてください』
「俺が先手か! 先攻だからドローは無し。
でも、いきなり引いちゃったなぁ……こいつは初心者泣かせなカードなんだが」
「ええ~、お手柔らかにって言ったじゃない!」
「聞いたけど承諾はしてねえよ!
じゃあ、俺からいくぜ!」
ザッと足音を立て、まっすぐ立った状態で斜め前を向き、2本の指でカードを挟むように持つユウ。
あ……これは、あれだ。『かっこいい召喚のポーズ』が始まるんだとリンは気付く。
「ユニットォオオーーーッ、召喚!」
ヒーローが変身するかのように腕を動かし、体をひねって正面を向いたユウは、手をくるっと裏返す。
それによってカードも表向きになり、光を放って人型のユニットへと変化した。
Cards――――――――――――――
【 ヘビーナイト 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:人間
攻撃100/防御2000
効果:このユニットはバトルを行うたびに防御が500減る。
スタックバースト【アーマーリペア】:瞬間:防御を500増やす。元の防御ステータス以上にはならない。
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現れたのは全身を鋼鉄の鎧で覆い、大きな盾を持った戦士。
フルフェイスの兜で顔は見えないが、かなり体格の良い大男なのだろう。
「い、いきなり防御2000? 固った!
それにしてもさぁ、今のは――」
「言うな……」
「今のポーズ」
「言うなって!」
「今のポーズ、恥ずかしくないの?」
「だから、言うなってーーーーーー!!」
兄の叫びは『言うなってー、言うなってー、言うなってー』と、高い山々に響き渡った。