第10話 予選最終日の死闘 その3
【 クラウディア 】 ライフ:4000
要塞巨兵ダイダロス《ゴリアテ MkIIIと合体》
攻撃2300/防御6000
【 ステラ 】 ライフ:4000
デスモドゥス
攻撃1300(-650)/防御1100(-550)
装備:シャドウ・ディスプレッサー
「以上で私はターンエンド。さあ、どう出るかしら?」
クラウディアの陣営に完成したのは、まさに彼女のデッキを象徴する絶対防御。
20mもの巨体を誇る機動要塞を戦車型のユニットと合体させ、砲撃形態へと変形。
防御力6000に達した強固な守りは、挑んだ者に反射ダメージを与えるという唯一無二の効果を帯びている。
「私のターンですね。ドロー」
対するステラの陣営は白い霧に包まれ、残像を帯びた吸血コウモリが羽ばたく。
残像を作り出している装備品【シャドウ・ディスプレッサー】のデメリットにより、そのステータスはわずか3桁。
しかし、魔女は手札を確認すると、ためらうことなく攻撃の指示を出した。
「【デスモドゥス】、攻撃宣言!」
「攻撃がすり抜ける可能性に賭けようっていうの?
いいわ、【ダイダロス】で受けて立つ!」
ガードを宣言したクラウディアだが、コウモリの羽音というのは非常に静かだ。
霧の中に紛れ、ところどころに残像を残しながら飛行する影。
暗殺者のように翻弄する【デスモドゥス】は、鋭い鉤爪を凶器に忍び寄り、ターゲットの背後を狙って襲い来る。
が、その攻撃は要塞戦車の巨体に阻まれ、またしても装甲を引っかいて火花を散らす結果となった。
「うっ、また50%を外すなんて……」
「本当に不運ね。このところミッドガルドでは好調だったのに。
それじゃあ、終わらせるわよ――【ダイダロス】! 衝撃反射神器装甲!」
霧の中で巨大な要塞戦車が輝き、その機体に膨大な量のエネルギーを充填させていく。
わずか650の攻撃力で挑んだ結果、ステラに跳ね返るのは5350もの壮絶な反射ダメージ。
最大値のライフを一撃で吹き飛ばす波動がチャージされ、グォングォンと音を立てながら膨れ上がる。
「カウンターカード! 【音波撹乱】!」
Cards―――――――――――――
【 音波撹乱 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:ターン終了まで、【タイプ:動物】のユニット全ては攻撃宣言ができなくなる。
――――――――――――――――――
「キィイイーーーーーーーッ!」
パキィンと弾けるような高域の音波と、霧の中から聞こえたコウモリの叫び声。
その直後、【ダイダロス】は目標を見失ったかのようにチャージを中断し、機体から急激に光が失われていく。
「な……っ!?」
ステラのことだから何かあるだろうと構えていたクラウディアも、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
その対面では、霧の中を飛翔するコウモリがステラの陣営へと戻っていく。
魔女の手中にあったのは、今まさに効果を発動して消えゆく1枚のカウンターカード。
「今のは、まさか……攻撃そのものを、なかったことにしたの?」
「はい、かなり強引な手段なので、この子をビックリさせちゃいましたけど」
「…………っ!」
数々の戦いを経験してきたクラウディアも、これには絶句するしかなかった。
人間の成人男性ほどはあろうかという体躯の大コウモリを従え、魔女は即死級の反射ダメージを回避してみせたのだ。
【音波撹乱】は動物ユニットの攻撃を防ぐカウンターカード。
水晶洞窟でステラがやってみせたように、攻撃してくる相手を封じるのが一般的な使いかただ。
では、すでに攻撃宣言やガードが行われている最中に、このカードを使うとどうなるのか。
答えは見てのとおり。バトルの処理が最初まで遡り、コウモリの攻撃は【音波撹乱】で無効化。
そもそも、攻撃を宣言できない状態だったと、ラヴィアンローズのシステムに判断されたのである。
「ふ……ふふふふ……あははははっ!」
しばらく固まっていたクラウディアは、こみ上げてきた笑いを響かせる。
たった3桁の攻撃力しかないコウモリにしてやられ、自慢の★4が戦意を失ったのだ。
「見事ね。只者じゃないことは分かっていたけど、想像以上。
私がリンに声をかけたとき、あなたも居合わせたのは偶然だった。
でも、あなたほどのプレイヤーが仲間になってくれて本当にうれしいわ、ステラ」
「ふふふ……ちょっと褒めすぎです。
私なんて、サクヤさんに比べたら足元にも及びません」
真っ直ぐな言葉で褒められて恥ずかしくなったのか、三角帽子のつばを下げて目元を隠すステラ。
しかし、その言葉にクラウディアは背筋に冷たいものを感じる。
2年前には何も知らなかった初心者のステラを助け、これほどの魔女に育て上げた者がいるのだ。
しかも、クラウディア自身が作ったギルドの中に。
「まったく……何が起こるか分からないものね。
私はただ、★5を探すためにギルドを作ったのに」
「ふふっ、本当にいい仲間たちだと思います。
この大会では敵同士ですけど、終わったらまた一緒に冒険しましょう」
「ええ、もちろん」
「あの~……」
交わされる言葉の中、第三者の声が横から差し込まれる。
それを放ったのは2人の間に立つ、イベント進行役のウェンズデーであった。
「お2人とも、会話が盛り上がっているところで申し訳ないのですが、ステラ選手のターンが長引いていますので」
「あっ、すみません。まだターンを続けます」
どうやら試合の進行上、今の会話は長すぎると判断されたらしい。
制限時間は半分以上も残っているのだが、意図的な遅延行為はルール違反とみなされる。
「失礼したわね、続けましょう。
コウモリの攻撃を止めたのは見事だけど、次のターンも挑戦するチャンスはあるかしら?」
「この霧は便利ですが、絶対ではありません。
なので、これからチャンスを作ります! ユニット召喚!」
杖を突き出してフィールドに魔法陣を輝かせるステラ。
そして、その中から召喚されたのは――
Cards―――――――――――――
【 ダークネス・ゲンガー 】
クラス:レア★★★ タイプ:X
攻撃X/防御X
効果:召喚するときに相手プレイヤーのフィールドにいるユニット1体を指定し、そのユニットと同じタイプ・基礎ステータス・効果を得る。
スタックバースト【バーストキャプチャー】:特殊:上記の効果の対象になったユニットと同じスタックバーストを発動する。
――――――――――――――――――
「【ダークネス・ゲンガー】のコピー能力発動!
対象は【要塞巨兵ダイダロス】!」
「なっ!? 私のスーパーレアをコピーするつもりなの?」
「すでにリンの【アルテミス】で実験済みです。
このカードは、あらゆるユニットをコピーします。
それがたとえ、選ばれた人にしか扱えない★4であっても!」
★4スーパーレア、それは一部の限られた者にだけ与えられる奇跡のカード。
ゆえに、相当な天運がなければ所有することすら許されない。
だがしかし、その姿を模倣することは可能なのだ。
実体を持たない【ダークネス・ゲンガー】が巨大に膨れ上がっていき、その体を頑強な装甲で覆っていく。
やがてステラの陣営に完成したのは、黒魔術によって生まれた漆黒の機動要塞。
霧の中にそびえ立つ暗黒の巨兵が、変形前の姿でオリジナルと対峙する。
「は、ははっ……ほんと……観客がいないのは、もったいない試合よね」
20mに及ぶ巨大な機械ユニットが2体。
想像を絶するような光景を見上げて、クラウディアは乾いた笑いを口にした。
【ダークネス・ゲンガー】は★3レアカードなので希少だが、それなりに使い手がいるカードだ。
しかし、こういった大会の公式戦でスーパーレアをコピーした事例など滅多にない。
このゲームを数年プレイし続けて、1回拝めるかどうかの貴重な試合。
それを見ている人間が、この場にたった2人しかいないのだ。
「これでターンエンド。
ふふふ……分からなくなってきたでしょう、試合の結果が」
霧の向こうで微笑む魔女は、まさに予選最大の強敵。
もはや、一瞬の油断も許されない。
クラウディアは真剣な顔でデッキに手をかけ、自身のターン開始とドローを宣言した。




