第7話 かけがえのない仲間
「あ~……疲れたぁ……」
ミッドガルドの中間キャンプ、ガルド村。
友人たちが集まるコテージに入るなり、リンはぐったりとした顔でソファーに座り込んだ。
すでに来ていた兄は椅子に座り、どこぞのボクサーのように真っ白になっている。
「おーい、兄貴ー? 死んだの?」
「ああ……燃え尽きたぜ、真っ白にな……」
どうやら、ユウは敗退したらしい。
話を聞くと9回戦、先ほどリンとサクラバが激戦を繰り広げている頃に負けてしまったという。
「ユウ殿も明日からは、わたしと一緒にみんなの応援でありますな!」
「うおお、ちくしょう!
リンにだけは追い越されたくなかったのによぉ~!」
一緒に応援する仲間ができて喜ぶソニアと、頭を抱えるユウ。
デッキが整っていなかったためか、メンバーの中では真っ先に敗退してしまったソニアだが、それでも5回は勝っていたのだ。
始めて3ヶ月の小学生が6回戦まで進出できただけでも快挙だろう。
「相手がさぁ、すっげー美人だったんだわ。
歳は俺とそんなに変わらないけど、なんつーか、カリスマっていうの?
キリッとした女騎士って感じで……」
「「もしかして、プロセルピナ(殿)!?」」
その言葉を聞いたリンとソニアは同時に声を上げ、ソニアが最後に『殿』を付けた。
ラヴィアンローズで女騎士の姿になるのは、それほど難しいことではない。
しかし、9回戦まで勝ち抜きそうな強者となれば、真っ先に思いつくのが例はギルドリーダーだ。
「知ってるのか、お前ら!
まあ、このへんじゃデカいギルドの代表だもんな。
俺もうっすらと名前を知ってる程度だったが、戦ってみたら強いのなんの」
「へぇ~、たしかにきれいな人だったからね。
兄貴のことだし、鼻の下でも伸ばしてプレイミスしたんじゃないの?」
「そそそそそ、そんなことはないぞ! そんなことは!」
「ま、この先で戦うことになったとしても、仇は取ってあげないよ。
もうほんと……強い人ばかり残るから、ぜんっぜん余裕がないし」
リンはそう言うと、激戦の疲れを少しでも癒すため、ソファーの上で横になった。
例の女騎士、プロセルピナが勝ち進んでいるというのも気になるが、明日には自分が脱落しているかもしれないのだ。
戦いの熱を冷ますかのように天井を見上げるリンは、9回戦の後、サクラバと話し合ったことを思い出す。
■ ■ ■
「え……あたしにカードを?」
決着が付いた後、サクラバからの申し出でカードのトレードをすることになったリン。
今日の試合は終わったため2人は場所を変え、公共エリアのカフェ付近で休憩しながらコンソールを開いた。
トレードはフレンド同士でしかできないため、この老婆がリンにとって2人目のギルド外フレンド。
サクラバが交換用に提示してきたのは、1枚のリンクカードであった。
Cards―――――――――――――
【 エレメンタル・コア 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装着時に攻撃力+600か防御力+600の一方を選ぶ。
【タイプ:竜】のユニットに装備させた場合、両方の強化効果を得られる。
――――――――――――――――――
「へぇ~、そのまま使ってもいいけど、竜に装備させると強いんだね。
どうして、あたしにこのカードを渡すの?」
「それはねぇ、この1枚。
勝利につながるはずだった1枚を、リンちゃんが奪ったからさ」
「え? あたし、そんなことは――」
慌てて否定しようとしたが、静かに見つめてくるサクラバの視線に言葉が詰まる。
何か意味があるのだ。決して物理的に奪ったわけではない。
リンが彼女から奪い取ったのは――おそらく、このカードを使う機会。
「そっか! スピノサウルス!
リンクカードを壊されちゃうから装備できなかったんだ」
「ほっ、ほっ! 狙ってやってるのかと思ったけど、そうじゃなかったのかい。
私がドラゴンに騎士を乗せて攻撃したとき、完全じゃないと言っただろう?
そのとき、手に持っていたのがこれなのさ」
攻撃力3900まで強化されていた【グレーター・パイロドラゴン】。
しかし、リンが3枚目のスピノサウルスを使ってスタックバーストしたため、防御力4000の壁に弾かれた。
わずか100ポイントの差だ。ドラゴンが何かを装備していたら、敗北を喫したのはリンのほうだろう。
「うう……意識しなきゃいけなかったんだろうけど、そこまで考える余裕がなくて。
そうだね、スピノ親分が元気いっぱいだと、相手はリンクカードを持ってても使えなくなるんだ」
「あの恐竜をどうにかしてから、これを装備させて終わらせようと思ってたんだけどねぇ。
さすがに、あそこであんな引きをされちゃ無理だよ」
「あはは……あれは本当に運。カードの引きが良かっただけで」
「いいや、それは違う。
あのとき最後に使ったカード、私に見せてくれるかい?」
「あ……ああ、うん」
リンはコンソールからデッキを呼び出し、【折れた剣の伝説】を表示させてみせる。
サクラバは年老いた顔を歪め、じっくりとカードの効果を読んだ後で深く息をつく。
「いやぁ、なんとも……使いにくいカードだねぇ。
私には使いこなせる自信がないよ」
「ええっ、そんなにダメなカードなの!?」
「ダメとは言ってないさ。
でも、このカードは装備が壊された上で、もともと装備してたユニットが生き残ってなくちゃいけないんだろう?
そんな状況が、どれくらいあると思う?」
「うっ……た、たしかに……すごく少ない、かも」
サクラバが指摘したとおり、【折れた剣の伝説】の使いどころは非常に限定される。
装備品が破棄されるということは、かなり高い確率でユニットもろとも倒されてしまっているからだ。
都合よく装備品だけを失う状況など、このゲームでは滅多にないことだといえる。
「さっきの試合では、すごく強力な使い捨てのカードを、もう一度使ったから勝てた。
でも、そのためだけにデッキに入れるにしては、ちょっと冒険が過ぎるねぇ。
あれだけ強いカードがそろってる中で、どうしてこれを組み込もうと思ったんだい?」
「それは……えっと……」
リン自身、デッキの構築には熟考を重ねた。その上でデッキに入れたはずなのだ。
しかし、この1枚は少し違う。
1回でもバトルをすると壊れる【ヴァリアブル・ウェポン】を回収する貴重な手段だが、それ以外の使い道はほとんど考えていない。
「そのカードはね、ちょっと特別。ミッドガルドの冒険で使ってたカードなんだ。
すごく強い敵に囲まれたときがあって、ものすごくピンチだったんだけど……
ギルドの仲間が協力してくれて、みんなで力を合わせて乗り越えて」
リンは水晶洞窟での出来事を思い出しながら、ラヴィアンローズの公共エリアを眺めた。
大会期間中ということで、相変わらずお祭りのような賑わいだ。
仲間たちと集まって試合について語りあう者も多い。
そして、リンにも――かけがえのない友人たちがいる。
「だから、あたしも仲間のために何かできるカードが欲しかった。
持ってるカードが少ないから、これくらいしかなかったけど……
でも、すごく役に立ってくれたんだよ。
仲間を助けたこともあるし、さっきもあたしを勝たせてくれた」
「ほっ、ほっ、ほっ! リンちゃんは嘘つきだねぇ」
「……え?」
「大切な思いがこもってるカードなんだろう。
それじゃあ、運の良さなんて関係ない。
私はこの歳になって思うんだが、歩いてきた道の長さに価値の差なんてないのさ。
まだ若くて短い道でも、そのデッキで戦ってきたリンちゃんには、それが存在のすべて。
お互いが信じる最大の存在をぶつけあって、私は負けたんだよ」
そう言って、サクラバはトレードの画面を操作し、自分のカードを差し出す。
「さ、何でもいいから★2を出して、これを受け取っておくれ。
見てのとおり、老い先短い年寄りだ。
未来があるリンちゃんの大切なデッキに、ほんの少しでも欠片を残せるとうれしいねぇ」
「お婆ちゃん……」
■ ■ ■
気が付くと、リンは寝転がっていたソファーから起き上がり、コンソールを操作してカードを見つめていた。
淡く輝く水晶のようなイラストが描かれた【エレメンタル・コア】。
ドラゴンの使い手であるサクラバから受け取った、今日の記念になる1枚だ。
「正直……あたしなんかより、お婆ちゃんのほうが大会に相応しかったのかもしれない。
でも、勝ちは勝ちだよ。
このカードをデッキに入れられるように、もっと頑張るからね」
予選の期間中はデッキを組み替えられないため、リンが敗退するか、本戦に出場するまでは新規のカードを使えない。
どうせなら、後者のほうが――いや、絶対に後者がいいに決まっている。
湧き上がってきた感情に奮い立つリンの体から、不思議と戦いの疲れが抜けていくようだった。
「なんや、お兄ちゃんのほうは負けてしもたんか~、あはは!」
「うるせ~! 相手が悪かったんだよ!」
「プロセルピナと当たるなんて、たしかに運がなかったけれど」
「ここまで勝ち進んだら、もう誰と当たってもおかしくありませんよね」
いつの間にか仲間たちも来ていたようで、コテージの中は賑やかな声で満たされる。
ソニアとユウが敗退し、勝ち進んでいるのは残り4人。
それでも、ここに集まるメンバーたちの笑顔と絆は、大会前と少しも変わっていなかった。




