第5話 波乱万丈の大会予選 その4
【 リン 】 ライフ:3200
パワード・スピノサウルス《バースト1回》
攻撃2000(+1000)/防御2000(+1000)
【 サクラバ 】 ライフ:4000
グレーター・パイロドラゴン
攻撃2400/防御2200
いきなり相手側に強大なドラゴンを出された9回戦の2ターン目。
リンはスピノサウルスを召喚し、さほど多くない手札で強化を図る。
カードゲームは基本的に先攻は有利とされているが、とにかく手札の量に余裕がない。
状況を打破するためにリンが使ったのは、【ヴァリアブル・ウェポン】。
全身を白銀の機械装甲で守る【バイオニック・アーマー】とは真逆に、この装備品は全体的に黒い。
正体不明の黒い物体が体にまとわりつき、そのまま鎧になったかのような形状で、スピノサウルスの頭部は黒い骸骨を模したものに覆われている。
Cards―――――――――――――
【 ヴァリアブル・ウェポン 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットが強化効果を受けている場合、その数値を2倍にする。
1回でもバトルを行うと、その後、このカードは破棄される。
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「真っ黒で怖い感じになるから、ステラが使いそうな装備だけど……
でも、かなり強くなったね! 頼んだよ、親分!」
「グォオオオオオオーーーーーーーッ!」
使い捨てではあるが、非常に強力な効果。
他のリンクカードも装備できる【アルテミス】はもちろん、自前のスタックバーストで強化できるスピノサウルスとも相性が良い。
「攻撃と防御が4000まで伸びた……ふむ、それでどうするのかね?」
「もちろん、攻撃するに決まってるでしょ!
【パワード・スピノサウルス】、攻撃宣言!」
「グルァアアアアアアアッ!!」
リンが攻撃を宣言すると、黒い骸骨をかぶったスピノサウルスの両腕から、ビキビキと鋭い刃が伸びる。
このリンクカードは名のとおり、多目的に変形する魔術的な武装。
地上最大の哺乳類とされるアフリカゾウですら、恐竜が振るう巨大な刃の前では肉塊と化すだろう。
しかし――
「ほっ、ほっ、ほっ……まだまだ、その程度ではババア1人も倒せんよ」
表情を崩さずに迎え撃つサクラバの手に、2枚のカードが収められていた。
リンの背筋にゾクリとしたものが走ったが、もはや攻撃を宣言してしまった後。
両腕から刃を生やしたスピノサウルスが敵陣へと突っ込んでいく。
「私がここまで、どうやって勝ってきたか知りたいかい?
その目で見るといい――カウンターカード【ウォール・オブ・ドラゴン】」
「ガフゥウウウッ!」
そして、サクラバからのカウンター。
指示を受けた赤いドラゴンは2枚の翼を正面で交差させ、完全な防御態勢に入る。
Cards―――――――――――――
【 ウォール・オブ・ドラゴン 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーが所有する【タイプ:竜】1体を目標に発動。
ターン終了時まで、目標のユニットの攻撃力を防御力に加算する。
その後、次の自ターン終了時まで、目標のユニットは攻撃力がゼロまで低下する。
――――――――――――――――――
竜タイプ限定、しかも、デメリット付きのカード。
防御力が大幅に増加するとはいえ、このカードを扱うのは非常に難しい。
だが、サクラバがこれを使用した理由は、その手に収められた2枚目のカードにあった。
「【グレーター・パイロドラゴン】でガード。
そして――スタックバースト発動、【超高熱防御鱗】」
「ええっ!? そのドラゴン2枚持ってるの?」
「ほっ、ほっ、★3レアをバーストできるのは、お嬢ちゃんだけじゃないよ」
「グァアアアアアーーーーーッ!!」
サクラバが微笑んだ直後、リンの耳に苦しげな悲鳴が突き刺さる。
巨大な刃で武装し、今まさにドラゴンを切り裂こうと突撃していたスピノサウルス。
その体がいたる箇所で発火し始め、あっという間に紅蓮の業火に包まれたのだ。
これが【グレーター・パイロドラゴン】のスタックバースト能力、【超高熱防御鱗】。
攻撃してきた相手ユニットに防御力と等しいダメージを与える自動反撃効果だ。
一見、使いづらそうなカウンターカードの効果が乗った今、ドラゴンの防御力は4600。
よって、スピノサウルスに与えられるダメージも同数にまで跳ね上がり、攻防4000を上回る炎に襲われていた。
「親分!!」
「ここまできれいに決まったら、もう抜け出せないねぇ」
「まだ……まだ何とかなる! してみせる!」
「ほう?」
業火に包まれたスピノサウルスの姿に、サクラバは静かな笑みを浮かべる。
しかし、リンが叫びながらカードを取り出すのを見ると、すぐさま真剣な表情へと切り替わった。
「カウンターカード、【タクティカル・ディフェンス】!」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:ターン終了時まで、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
――――――――――――――――――
最初に兄と戦った日から、これまで何度も危機を救ってきた起死回生の1枚。
焼き尽くされる寸前だったスピノサウルスは両腕を振るい、まとわりつく炎を切り裂いて離脱。
どうにか一命を取り留めたが、使い捨ての【ヴァリアブル・ウェポン】はボロボロと崩れ去ってしまった。
「おやおや、しぶといねえ。偶然にも私のカードと似たような効果だ」
「お婆ちゃんほど凶悪じゃないよ!
そのドラゴン、ステータスが低下しないんでしょ」
「ほっ、ほっ、そのとおり。
次のターンで何が起こるか分かっていたのかい」
「今の炎でスピノ親分がやられたら、次のターンにあたしを守るユニットはゼロ。
その状態でドラゴンの攻撃を受けるしかなかった……そういうことだよね」
【ウォール・オブ・ドラゴン】は非常に強力だが、硬直して動けなくなるというデメリットがある。
それは攻撃力の消失という形で数値化され、ガードした次のターンは攻撃ステータスがゼロになる。
しかし、【グレーター・パイロドラゴン】は自前のユニット効果によりステータスの低下を受けない。
突っ込んできた相手をスタックバーストで焼き払い、本来ならば受けるはずのデメリットを無視して反撃する。
単純なドラゴンの強さだけではなく、特性を熟知しているがゆえの戦略だ。
「あの状態から抜け出すなんて……
ここまで8回戦って、この子の炎に耐えたのはお嬢さんが初めてだ。
リンちゃんだね、名前は憶えておくよ」
「これで終わりみたいに言わないで!
さっきも言ったけど、あたしは負けないからね!」
「でも、召喚と攻撃が終わって手札は1枚しか残ってない。
もうやることもないからターン終了。違うかい?」
「ぐっ……たしかに……ターン終了」
優しげで人が良さそうな顔をしながら、痛いところを付いてくるサクラバ。
相手の言葉に乗って冷静さを失えば、本当に勝てなくなってしまうだろう。
リンはスピノサウルスと共に敵陣を睨みながら、相手側のターンに備える。
「(くぅうう~、あたしのターンだったのに防御カード使わされたし!
ほんと何なの、このお婆ちゃん……強すぎだって)」
「それじゃあ、私のターン。ドロー。
坊や、起きる時間だよ」
「グルルルルルル……ゴァアアアアッ!」
まるで寝かせていた子供を起こすかのように、ドラゴンの防御態勢を解かせる老婆。
やがて、ズンッとバトルフィールドを揺さぶる衝撃。
風車のように巨大な翼を広げた火炎竜は守りから一転、立ちはだかるものを焼き尽くさんとばかりに大地を踏み鳴らしたのだった。




