第4話 波乱万丈の大会予選 その3
「決闘スタート! 先攻はリン選手!」
『ファイターズ・サバイバル』、予選3日目の第3試合。
かれこれ8回も連勝を重ねてきたリンだが、先に進めば進むほど相手が強くなっていく。
9回目の決闘となれば当然、お互いに勝ち続けてきた猛者同士が激突するのだ。
380万人もいたイベントの参加者は、すでに13172人にまで激減。
この試合が終わると、さらに半分以下まで減って4桁の人数しか残らなくなる。
「(さて……どうしたもんだろ)」
そんな過酷な戦いの中、先攻から始まったリンは5枚の手札を見ながら考える。
対戦者の名はサクラバ。
女性プレイヤーなのだが、1回戦で会ったミナとはまったく逆。
真っ白な髪に、やや曲がり始めた腰、しわが刻まれた肌は明らかに高齢者のものだ。
「ほっほっ、老眼鏡がなくてもハッキリと物が見えるし、どれだけ歩いても疲れない。
いい時代になったもんだねぇ、30年は若返った気分だよ」
「(いったい、いくつなんだろ……このお婆さん。
今は9回戦だよ?
ここまで8連勝しなきゃいけないのに、どうやって……)」
VRの世界であるがゆえに、身体能力など必要ない。
重い病気やケガの治療に、精神的なリハビリとしてVRの医療利用が研究されているほどだ。
つまるところ、これは頭脳と頭脳の勝負。
年齢など関係なく、より卓越した知力と勝負運が物を言う。
少なくとも今が9回戦である以上、このサクラバという老婆は8人ものプレイヤーを倒してきたはずだ。
「(スピノ親分は手札にいるけど、相手が何をしてくるのか分からない。
ここまで勝ち続けてきたからには、お婆ちゃんも武器を隠し持ってるはず。
それなら、最初は様子を見て慎重にいこう……)」
「お嬢さん、使うカードは決まったかね?」
「大丈夫。待たせちゃって、ごめんね。
ユニット召喚! 【アルミラージ】!」
Cards―――――――――――――
【 アルミラージ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1600/防御900
効果:このユニットは攻撃ステータスでガードすることができる。
スタックバースト【殺人兎】:永続:プレイヤーに貫通ダメージを与えるとき、攻撃ステータスの半分を加算する。
――――――――――――――――――
「キィイーーーーーッ!」
しばらく考えた結果、リンが召喚したのは頭から螺旋状の角が生えたウサギ。
ミッドガルドで捕獲した★2モンスターである。
攻撃力でガードできるという効果により、実質的に攻防1600。
相手に何をされるか分からない以上、初手に出すユニットとしては手堅い。
「あたしは、これでターンエンド!」
「ふむふむ、可愛いウサギさんじゃないか。
デッキからカードを1枚ドロー。
それじゃあ、ウチの子もお見せしようかねぇ――ユニット召喚」
年老いたサクラバは、派手な召喚ポーズを取ることなくカードを掲げる。
それはまるで、駅員に切符でも見せるかのように。
スッと自然に差し出したカードから、まばゆい光が解き放たれる。
その光は全方位にわたって伸び、途方もなく大型のユニットを形成。
灼熱の赤い鱗に巨大な翼、長い尻尾と頑強な四肢。
あまりにも有名で――しかし、これまでリンがお目にかかれなかった伝説上の怪物。
Cards―――――――――――――
【 グレーター・パイロドラゴン 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2400/防御2200
効果:このユニットはステータス低下の効果を受けない。
スタックバースト【超高熱防御鱗】:永続:このユニットがガードしたとき、バトル相手に防御力と同数のダメージを与える。
――――――――――――――――――
「ゴガァアアアアアアアアーーーーーーッ!!」
「ド、ドドド、ドラゴン!?」
口から炎まじりの息を吐き、真っ赤なドラゴンがバトルフィールドに登場した。
後攻1ターン目に、いきなり降臨した★3レア。
1回戦でリンがやったことを、完全にやり返される形でマウントを取られる。
「それじゃあ、軽く炙っておやり。
【グレーター・パイロドラゴン】、攻撃宣言」
「ううっ……ごめん、ウサちゃん!
ユニットの効果を発動して【アルミラージ】でガード!」
「キュイ!」
全長20mはあろうかという巨大なレッドドラゴン。
その口内で火炎が収縮し、今まさに放たれようとしていた。
対するリンの行動は、ただガード宣言するのみ。
どう考えても潰されるだけの防御だが、【アルミラージ】は勇敢にも角を振りかざして身構える。
「ゴァアアアアアアーーーーーーーッ!!」
その直後、壮絶な火炎ブレスがバトルフィールドを覆い尽くす。
ガソリンスタンドが爆発したかのような業火が広がり、ウサギは一瞬にして炎に飲まれた。
「キィイイイイイーー……ッ」
悲鳴を残して消えゆく【アルミラージ】。
相手の出方をうかがうために置かれた先鋒とはいえ、いきなり現れたドラゴンの前ではあまりにも無力。
しかし、そのカード効果により防御力が増していたため、リンへの貫通ダメージは800に留まる。
いつものバトルフィールドでは機械音声が進行を務めるが、今回は大会イベントなため、ウェンズデーが残りライフを読み上げた。
「リン選手、残りライフ3200」
「あらあら、かわいそうに丸こげだよ。
そういえば、ウサギなんて最後に食べたのは昭和の半ばだったねぇ」
「くううっ、昭和って……ほんと何者なの、お婆ちゃん」
「別に特別じゃないよ。そのへんにいる、ごく普通の年寄りさ。
時間が余ってると、ひたすら趣味に使うしかなくてねぇ。
日がな1日、この世界で過ごしてるんだよ」
「その趣味がVRってわけ?」
「テレビのショッピング番組で見て機械を注文したんだ。
ほっ、ほっ、それが大当たり。
なぜか付いてきた高枝切りバサミより、よっぽど役に立ってるよ」
暇を持て余したご老人がゲームに手を出し、ネトゲ廃人になる時代。
体力を消耗せず、目も疲れないフルダイブ型のVRゲームなら、体への負担も少ないのだろう。
しかし、そんな老後に迎えた薔薇色の人生を喜んであげられるような状況ではない。
リンの陣営からユニットが消えてしまったのだ。
「私はこれでターンエンド。さて、どうするかね?」
「どうするもこうするも……
楽しんでるお婆ちゃんには悪いけど、あたしが可愛がってるユニットがやられた以上、絶対負けられない!
今度はこっちからいくよ! ドロー!
そして、ユニット召喚――【パワード・スピノサウルス】!」
Cards―――――――――――――
【 パワード・スピノサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:水棲
攻撃2000/防御2000
効果:バトル相手のユニットが装備しているリンクカード1枚を破棄する。
スタックバースト【水辺の王者】:永続:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:水棲】のユニットに攻撃と防御+1000。
――――――――――――――――――
デッキに3枚入っているがゆえに、今やエースアタッカーとして獅子奮迅の活躍を見せる大恐竜。
これまで行った8回の戦いを、ほぼスピノサウルスで制してきたリン。
紅蓮のドラゴンと対峙するのは、かつて白亜紀の水辺を支配していた王者。
片や人々の伝説が産んだ竜、片や太古の地球が産んだ竜。
炎と水、相対する2体の巨竜が威嚇しあい、牙を向いて咆哮する。
「オオオオオオーーーーーーッ!!」
「グルル……ゴァアアアアアアアッ!!」
「ほぉ~、沼の恐竜じゃないか。
相当強いはずなのに、よく捕まえたもんだ」
「あはは……全然驚かないんだね。
ミッドガルドのモンスターも知ってるみたいだし」
「私は山歩きが好きなんだけど、だんだん体力がもたなくなってねぇ。
自分の足で自然の中を歩くなんて、もうできないだろうと思っていたのに……
ほっ、ほっ、長生きはするもんさ。
ミッドガルドでの散歩は、今じゃ私の日課だよ」
2036年、21世紀の真っ只中を生きる老人は、仮想世界で日々を謳歌していた。
ミッドガルドでの冒険は、必ずしも若者だけのためにあるわけではない。
「じゃあ、これはどうかな?
【パワード・スピノサウルス】、スタックバースト!」
「なんと……2枚目を!」
手札のスピノサウルスを重ねることで、攻防3000に強化。
★3モンスターを複数捕獲していたことには、サクラバも驚きを隠せなかったようだ。
「さらに、プロジェクトカード発動! 【兵器工場】!」
Cards―――――――――――――
【 兵器工場 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーのデッキの中からリンクカードを1枚手札に加える。
――――――――――――――――――
以前、★3レア欲しさにボックス買いをしたとき、新規に入手した1枚。
デッキの中からリンクカードを引っ張り出すのだが、何が来るのかはランダム。
それゆえ、何が来ても良いようにデッキは入念に調整した。
「よし、これならいける! リンクカードを装備――」
そして、リンの手元に来たのは決闘で初めて使うカード。
スピノサウルスの巨体を光の粒子が包み込んでいく。
「一気に決めるよ! 【ヴァリアブル・ウェポン】!」




