第7話 マスターの肩書き
「どうだ? 落ち着いたか?」
「う……うん……」
衝撃のSR演出からしばらく経ち、リンとユウの2人は座って話せる屋外カフェへとやってきた。
美味しそうな飲食物を口にすることもできるが、残念ながら味はしない。
VRの世界で食事をする技術は、目下、研究中とのことだ。
とりあえず、本物そっくりに再現されたコーヒーの香りを楽しむことで、リンの気持ちは落ち着いた。
「まあ、俺からもおめでとうと言っておくよ。
まさか、妹がマスターになるとは思ってなかったけどな」
「その『マスター』って肩書きだよね?
騎士のおじさんが持ってる称号みたいな」
「ああ、スーパーレアのカードを持ってる人が名乗れるんだ。
その上がウルトラレアを持つ人。
さらに上が王様級のワールドチャンピオン」
「レアカードを当てるだけで、そんなにすごいの?」
「ああ、すごい。
このラヴィアンローズっていうゲームは、日本だけでもアクティブユーザーが500万人を超えてる。
それだけの人数が5年間プレイしてるのに、スーパーレアは1628枚しか出てない。
もはや、宝くじを当てるようなものなんだよ」
「………………」
「どれだけヤバイものか分かったか?
分かったらニャーとでも鳴いてみろ、妹よ」
「に……にゃあ……」
「喜べ。今日からお前はマスターだ。
初心者ローブ着てる上に、デッキの1つも持ってないけどなぁ!」
「にゃああ~~~~~~~っ!!」
500万人が5年間プレイしていて、まだ1628枚しか当たっていない。
リンは数学もできるほうだったが、さすがに中学2年生が暗算で導き出せる数値ではなかった。
ただ、とんでもない確率のものを引いてしまったという自覚だけが、ひしひしと身に染みる。
そして、そんな奇跡的なことを初心者ローブを着た姿でやってしまったのだ。
めちゃくちゃ人に見られていたのが、今となっては顔から火が出るほど恥ずかしい。
「スーパーレアでこれだけ大騒ぎをするなら、ウルトラレアって……」
「誰も見たことがない幻のカード、それがウルトラレアだ。
どうやって手に入れるのか、まったく情報が出ていない。
実装すらしてないんじゃないかと言われているが、運営はどこかにあると存在をほのめかしている。
ひとつだけ分かってるのは、パックから出たことは一度もないってことだな」
「それじゃあ、このラヴィアンローズのどこかに?」
「隠されているのかもしれない。
見つけて手に入れたら、それこそお祭り騒ぎだぞ。
なにしろ世界初の快挙なんだからな!」
1枚持っているだけでも称号を得られるほどのスーパーレア。
いまだに誰も見たことがない幻のウルトラレア。
そして、頂点に君臨する者だけが持つことを許されるレジェンドレア。
リンの胸は、幼い子供のようにときめいた。
このラヴィアンローズという世界には、まるで宝島のように夢と希望が詰め込まれているのだ。
「さて、貴重なものが手に入ったわけだが、ちょっと教えたいことがある。
少しだけ【アルテミス】のカードを見せてくれないか?」
「いいけど、なくさないでよ?」
「それはできない。絶対にな」
リンが取り出した【アルテミス】のカードに、ユウが手を伸ばす。
その手が触れそうになった瞬間、『LOCKED』と真っ赤な文字が表示され、ユウの指はカードをすり抜けた。
しかし、所有者であるリンには触ることができている。
「こうして、この世界のカードはセキュリティで保護されてるんだ。
今度はそれをテーブルに置いて、少しずつ離れてみてくれ」
【アルテミス】のカードをテーブルの上に置き、持ち主だけ離れてみるという実験。
一定以上離れるとカードは消え、リンのコンソールに移動して再び取り出すことができた。
つまり、カードが主人のところへテレポートしたのだ。
「な、VRって便利だろ?
この世界のカードは落とすことも、人に盗まれることもない。
フレンド登録をすれば『トレード』、いわゆるカードの交換もできるんだが、さすがに★4は対象外だろうな」
「交換できるんだ! ちょっと、やってみてもいい?」
「ああ、俺のところで余ってるコモンとアンコモンをやるよ。
ご大層なカードのマスターになったんだから、いい加減デッキ組めっつーの!」
そうして、リンは初めてのデッキを組み始めた。
足りないカードは兄からゆずってもらい、アドバイスなども受けながら構成を考えていく。
当然ながら、アルテミスのカードはトレード不可に設定されていた。
やがて、出来上がった40枚のカードの束。
それは彼女が生まれて初めて手にした戦いの手段であり、かけがえのない相棒となるものだった。
いよいよ次回からカードバトルです!
以降は1日に1回、毎日更新を目指しますので、よろしくおねがいします!