第1話 大会前のミーティング
学校から帰るなり、すぐさまログインして”リン”になった涼美。
しかし、早すぎたせいかフレンドは誰も来ておらず、時間を潰すためにルームでペットの世話を始める。
動物たちの翼や毛並みを櫛で梳いてやり、ワイバーンの鱗をブラシでこする。
フェアリーズの3人娘はホースで水をかけてやると良いらしく、特に植物タイプの【アルルーナ】は頭から思いっきり浴びることを好む。
キャッキャと喜ぶ幼女モンスターたちは、リンの兄が言ったとおり幼稚園の様相を呈していた。
「んふふ~、気持ちいい?」
「……ぷぅ」
「しばらくイベントだし、次に行くのは火山みたいだから。
植物が活躍できそうなタイミング、あんまりなくてごめんね」
「ぷぃ」
緑色の葉やツタに包まれた女の子が、水を浴びながら小さくうなずく。
【アルルーナ】は植物モンスターであるアルラウネの幼体。
のんびりとマイベースに過ごし、浜辺で太陽に向けて葉を広げたまま動かないことが多い。
カードとしてはフィールドに召喚されたとき、プレイヤーのライフをわずかに200回復させる。
スタックバーストは【アルルーナ】の防御力と同じ数値だけ、ユニット1体の攻撃力を下げるというもの。
どこかで使ってあげたいのだが、できればもう少し植物系のユニットが欲しい。
「さて、と……これが一番大変なんだよね」
他のペットを世話した後、リンはデッキブラシを手にして巨大なスピノサウルスに歩み寄った。
ネレイスやコボルドたちにも手伝ってもらい、体長15mの大型恐竜をゴシゴシと磨いていく。
実際、こんな大変なことをする必要はない。
ユニットは仮想世界で生きているため、世話どころかエサやりすら必要ないはずだ。
しかし、リンにとっては大切なスキンシップ。
かけた情熱のぶんだけ、彼らとのつながりが深まると信じている。
「ウチのエースなんだから頼んだよ、親分!
大会で女神さまと同じくらい頑張ってもらうからね」
「ガロロロッ」
「ワイバーンちゃんも、久しぶりに活躍できるかも。
あのかっこいい姿になれるといいね~」
「ピャァ~!」
せっせとスピノサウルスを磨く主人の隣で、ワイバーンの子供が翼を広げて答える。
愛するユニットたちに囲まれながら、リンは大会への意欲を燃やしていた。
■ ■ ■
「さて、大きなイベントが来たことだし、ミッドガルドの探索はしばらくお預けね」
1時間後、連絡を取りあったメンバーはガルド村のコテージに集合していた。
戦いの意欲に満ちあふれた面々を見ながら、リーダーのクラウディアも楽しそうに言葉を続ける。
「とはいえ、このコテージはメンバーのログイン状況に左右されないし、みんなで集まるにはちょうどいいわ。
対戦が終わった後、来られるようならここで結果を報告しあいましょう」
「りょうかーい、頑張ろうね!」
「我々にとっては初陣!
あいにく我が空軍は発足した直後で、いまだ不完全ではありますが……
シルフィードの名に恥じぬよう全力で戦い! 華やかに空で散る所存!」
「いや、散っちゃダメだよ。
ソニアちゃん、まだ若いんだから」
イベント初参加となるリン、そしてクラウディアの妹であるソニアは、期待と緊張に染まりきっていた。
大会の要項はすでに発表されており、あとはデッキの準備をして開催日を待つだけだ。
Notice―――――――――――
【 ファイターズ・サバイバル 大会ルール 】
最後の1人になるまで戦い続ける勝ち抜き形式の決闘大会。
プレイヤーであれば出場条件は無し。
1対1でランダムにマッチングされ、負けた時点でリタイアとなる。
決闘1戦につき制限時間は30分。
制限が過ぎた時点で決着が付いていない場合は残りライフの多いほうが勝利。
対戦相手が現れなかった場合は不戦勝となる。
・予選
予選期間は5日間。
決闘の合間に10分間の休憩とマッチング集計を挟み、1日に3戦が行われる。
期間内でのデッキ組み換えは禁止。
・本戦
予選通過者によって行われる決勝トーナメント。
参加者はスタジアムに招かれて戦い、ワールド最強の1人を決定する。
本戦中でのデッキ組み換えは禁止。
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「参加するだけで『統合パック』を1つ。
さらに1回勝つごとに500ポイントもらえるらしいぞ」
「15回勝てば7500ポイント。
カードのボックスが2つも買えますね!」
「そんなもんで満足してたらあかんで~。
みんなで本戦まで行って、根こそぎいただいてまおうや」
リンの兄で、唯一の男性メンバーであるユウ。
そして魔女の姿をしたステラと、巫女服を着たサクヤ。
ラヴィアンローズで経験を重ねてきた彼女たちも、力を見せるときだとばかりに目を輝かせている。
「対戦者がランダムになる以上、私たちも分断されるわ。
たった1人の戦いになるけれど、みんなで全力を尽くしましょう」
「もちろん! クラウディアなら上位に行けそうだよね」
「ふふっ、私を誰だと思ってるの?
今回も本戦までは1ダメージも受けないつもりよ」
「「「おおお~~~~~~~~っ!」」」
当然だとばかりに言ってのける『鋼のクラウディア』に、そろって声を上げる一同。
無論、その発言は虚勢ではなく、ジュニアカップの予選を1ダメージも受けずに通過したという経歴が自信を裏付けている。
そんな猛者と対抗するかのように、他の面々も戦意をあらわにした。
「うちもそろそろ、かっこええとこ見せなあかんと思っとったところや。
この中の誰かと当たってしもたら堪忍なぁ、ふふふふ」
「ああ、手加減しないぜ! たとえ見知った相手でもな!」
「私もです。実を言うと、ここのメンバーとも本気で戦ってみたいと思ってました」
「ほぉ~、ステラも言うようになったなぁ。
どれくらい育ったんか、試合で当たったら久々に揉んだるわ」
このギルド【鉄血の翼】は初心者を2人抱え、メンバーもたったの6人。
しかし、それぞれが刃物のように鋭く、戦いと向上心に燃える若者たちだ。
その中でも、特に底が見えていないのはサクヤ。
ステラが連れてきた熟練の上級者であり、非常に貴重なキツネの耳と尻尾を身に着けている。
リンはまだ、彼女がどんなカードを使うのかまったく知らない。
「とりあえず、あたしたちは行けるとこまで頑張ろうね」
「御意! 死して屍拾う者なし、なのです!」
「いやいや、生きて次につなげようよ。
なんでそんなに死に急ぐかなぁ」
グッと手を握って振り上げるソニアと、その言動に苦笑するリン。
経験の浅い2人はできる範囲内で、腕に自信のある者たちは高みを目指してイベントに挑む。
こうして大会前のミーティングは終わり、数日後にイベントが幕を開けたのだった。




