第25話 エルダーズ
ガルド村のコテージ通り。
名のごとくギルドの拠点であるコテージが立ち並ぶ場所であり、多くのプレイヤーが行き交う場所だ。
コテージのレンタル料は20000ポイント。
さらに1年ごとに5000ポイントの更新料が必要であり、さらに所属するメンバーが誰も利用しなければ2週間で契約破棄となる。
今のところ毎日のようにリンたちが来ている【鉄血の翼】は問題ないが、維持には経済力と共にギルドの勢いが必要なのだ。
「すみません、先月はどうしてもバイトが忙しくて……!」
「言い訳になりませんわ。
リアルとの両立ができなかったのは、あなたの責任です!」
そのコテージ通りに女性の怒声、そして男性の哀願する言葉が響く。
いったい何事かと集まってくる人々。リンとソニアも騒ぎの中心に目を向けると、声の主らしき女性は高校生くらいの若い見た目。
髪は長く、ゆるい縦ロール。衣服は金属製の軽装鎧で、いかにもファンタジー世界に出てきそうな女騎士であった。
対する男性は20代半ばほど。
明らかに年の差がある2人だが、男性のほうが一方的に気圧されて顔色を変えている。
「わたくしのギルド、【エルダーズ】に所属するためのルールを、もう一度確認してみましょうか。
たった1つだけのはずですが、まさか忘れていませんよね?」
「はい……ルールは……月に1枚、レアカードを手に入れることです」
「月に1枚ぃ!? レアカードって★3だよね?」
男性の口から明かされた条件に、リンを含めた通行人たちにザワザワと動揺が走る。
パックから引くなら、よほどの運がない限り大量購入は必須。
ミッドガルドで野生モンスターを捕獲する場合でも、ソニアは1枚手に入れるために2週間かけたのだ。
それを毎月要求されるなら、ノルマをこなすために長時間のプレイを強いられるだろう。
「や、やっぱり無理ですよ、月に1枚なんて!」
「他のメンバーは文句も言わずにクリアしていますわ。
もちろん、わたくしもです。
スケジュールと目標達成の管理ができなかったのは、あなたがそうしようと努力しなかっただけ。
いずれにせよ、約束したことを守れなかった人に用はありません」
「ちょっと待ってくれ!
あと1週間! 1週間待ってくれたら用意するから!」
「いよいよ話になりませんわ。
仮に待ってあげたとしても、次の期間は3週間しかない。
当然ながら無理をして、さらに次のスケジュールにも支障が出る。
そんな浅はかな自己管理能力だから破綻するんです」
そう言いながら女騎士がコンソールを操作し始めると、男性に焦りの色が濃くなっていく。
これから何が行われるのか、なんとなく見ている者たちにも予想できた。
「ちょ、待ってくれよ! たかがゲームじゃないか!
そこまで厳しくしなくたって……!」
「わたくしたちは本気でやっているのですが?
マイペースに遊びたいなら、その趣向に合ったギルドへの参加をお勧めしますわ。
少なくとも、あなたは精鋭たる【エルダーズ】に相応しくありません」
そうして女騎士は彼に対し、ギルドからの除名処理を行う。
視覚的には分からないが、それが実行されたことは男性の反応を見れば明らかだった。
「ほ、本当に追放しやがった、この女!
ちくしょう、なんてギルドだよ!
俺が今まで毎月レアカードを集めるのに、どれだけ苦労したのか……!」
「もちろん分かっていますわ。
たしかに辛いノルマですが、そういうギルドだと知りながら選んだのは、他でもないあなた自身。
いずれにせよ、あなたはもうウチのメンバーではありません。
このコテージの扉をくぐることはできなくなりましたので――さようなら」
「くっ、くっそおおーーーーっ! ふざけやがって!」
男は激高して掴みかかろうとしたが、その手が触れる直前でシステムによりブロックされる。
フレンド同士ならば体に触れることは可能なはずだ。
しかし、もはや男性にはそれすら叶わない。
「あらあら、暴力ですかぁ? まったく恥の上塗りですわね。
すでにフレンドからも外してありますので、あなたは何もすることができません。
こうして人目がある前で無様な姿をさらしたいなら、どうぞご自由に」
「ぐうぅうっ! うぅ……うわぁああ~~~~~~~っ!!」
やり場のない怒りと屈辱に叫びながら、男性は逃げるように走り去っていく。
一部始終を見ていた通行人たちは、何とも言えない哀れみの表情で彼の背中を見送るしかなかった。
「結局、あの程度の人でしたか……みなさん、見世物は終わりでしてよ」
女騎士はパンパンと手を叩き、集まってきたプレイヤーたちに解散をうながす。
ざわめきながらも散っていく民衆の中、リンは踏みとどまって彼女に視線を向けたまま。
最終的には男性が手を上げてしまったため擁護できないのだが、しかし、納得することもできなかった。
少し迷ったあと、リンはソニアに待つよう声をかけてから歩み出て、女騎士に言葉をかける。
「ねえ、さっきの人……仲間だったんでしょ?」
「そうですね。
今となっては、そうだったとしか言えませんが」
「どうして!? なんで同じギルドの中でノルマを課したり、守れなかった人を追放したりするの?」
「それが、わたくしのギルドの決まりだからです。
そして、あの人は条件を飲んだ上で加わり、約束を守れなかったから追放された。
何か問題でも?」
「問題というか……仲間って、そんなもんかな?
レアカードだって1枚ごとに思い出とか、手に入れたときの特別な気持ちがあって。
それをノルマにしてたら、本当に楽しむことなんて――」
「そこまでよ、リン」
リンが感情のままに言葉をぶつけようとしたとき、背後から静止の声が掛かる。
今となっては聞き慣れた声の主。
そこに立っていたのは、妹を横に従えたクラウディアであった。
「あなたは……クラウディア!
久しぶりですね、あのとき以来でしょうか?」
「ええ……こうして会うのは、あれ以来。
ウチのメンバーが失礼したわね――プロセルピナ」
すでに観衆が散っていったガルド村のコテージ通り。
騒ぎの現場に残ったリンの前で今、2人のギルドリーダーが正面から向かいあっていた。




