第21話 巫女さんと行く大渓谷の旅 その6
【 オボロカヅチ 】 残りHP:7500
攻撃5100/HP7500
【 ソニア 】 ライフ:4000
キラージョー
攻撃1700/防御1500(+600)
装備:側面防御用シュルツェン
キジャク
攻撃200/防御200
双子滝をくぐった先にある、高い岩に囲まれた陸地。
そこには苔むした岩が並んでいて、滝の音と小鳥のさえずりが聞こえる静かな場所。
いわゆる『禅』を感じるような自然の静寂に満ちた空間だった。
しかし、そのエリアに踏み込むと凶悪極まりないモンスターが襲ってくる。
まさに今、朧雷神と呼ばれる正体不明の怪物が現れ、高圧電流をまとう4枚の翼を広げていた。
「ウルオオオオオオオーーーーーーッ!」
咆哮するだけで、もはや荒れ狂う暴風のような威圧感。
翼からは小規模な稲妻が乱射され、あちこちで火花を上げる。
ただの威嚇なのでダメージはないのだが、水棲モンスターである【ネレイス】は怯えきってスピノサウルスにしがみつき、水辺の王者ですら動けないまま敵を睨みつけていた。
飛行と水棲に対して絶対的優位を誇る雷の使い手。
リンたちの中で、このモンスターに立ち向かえるユニットは1体しかいない。
サメ型の機械兵器である【キラージョー】を使役するのは、齢10歳のソニア・シルフィード。
「うっ、分からせてやるとは言ったものの、これはまずい……先攻を取られました!」
「ソニアちゃん、落ち着いていこう!」
声をかけることしかできず、水棲モンスターを引き連れているリンには、どうにもならない相手だ。
防御力6000までガチガチに固めた【アルテミス】なら問題なく倒せるだろう。
しかし、この日は新しいデッキを試すために女神を連れてこなかった。
「ウウウウウ……オオオオオオオオーーーッ!」
野生モンスター側のターン。
【オボロカヅチ】は刃物のような4枚の翼を広げ、まとった電流を収縮していく。
危険な一撃が来ることは、誰の目から見ても明らかだ。
「くっ……あの手を使うしかない!
ガードするのです、【キジャク】!」
「ギィ!」
「ええっ!? その子でガードするの?」
ソニアが防御に選んだユニットは、先ほどから彼女の隣を飛んでいたカササギ。
攻防200しかない★1コモン。しかも飛行タイプであるため、相手の凶悪な効果をまともに受ける。
そもそも、単純にダメージが貫通するだけでもソニアは即死。
どれを取っても圧倒的に不利なはずなのだが、彼女は奮然と立ち向かい、1枚のカードを取り出す。
「わたしは天空の支配者を目指すと、ついさっき決めたソニア・シルフィード!
大気を操れるのは、お前だけではないのです!
カウンターカード発動、吹き荒れよ狂風――【ワールウィンド】!」
Cards―――――――――――――
【 ワールウィンド 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのユニット1体を手札に戻し、行われていたバトルを強制終了させる。
その後、使用者は手札に戻したユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを受ける。
リンクカードや他のユニットなどが付随していた場合、それらも全て手札に戻すことができる。
――――――――――――――――――
カードが発動すると同時に、【オボロカヅチ】の翼から激しい稲妻が放たれた。
それは広げた翼の数に等しく、計4本の雷撃が小さな【キジャク】を飲み込んでいく。
しかし、ダメージを受ける直前に竜巻が発生。
風の渦に吸い込まれたカササギは、光の粒子へと姿を変えながら巻き上げられて戦線を離脱。そのまま勢いよくソニアの体に激突する。
「うぐ……っ!」
衝撃に耐えるソニアだったが、受けたダメージはわずか200ポイント。
【ワールウィンド】はバトル中のユニットを緊急脱出させる代わりに、回収したユニットの基礎攻撃力と同数のダメージをプレイヤーが受ける。
それゆえステータスが低い★1コモンと相性がよく、★2以上に向かって使うと自滅しかねない危険なカードだ。
今回は上手く使ったため、かなり被害を抑えた状態で敵の攻撃を凌いでいる。
「わたしのライフは3800、まだまだこれからです!
温存してきたデッキの最大火力を今こそ!
【キラージョー】、攻撃と同時にスタックバースト発動――【シャーク・カノン】!」
「ギギギィイイーーーーーーッ!」
金属の牙が並ぶサメの口が大きく開き、尻尾から胴体、胴体から頭に向かって青い光が駆け上がる。
その光が先端へ達するたびに、口内で溜め込まれていく膨大なエネルギー。
それはまるで、【キラージョー】自身が1門の砲塔になったかのようだった。
攻撃に防御ステータスを合算させるという、シンプルながらも強力なスタックバースト。
機械ユニットと相性が良い【側面防御用シュルツェン】を装備している今、上乗せされる防御力は2100。
計3800にまで跳ね上がった攻撃力は、★3ユニットを持たないソニアにとって最大級の一撃だった。
「撃て!」
姉と同じ言葉で――しかし、姉とは違って敵を指さすようなポーズで攻撃宣言するソニア。
砲塔と化した【キラージョー】の口から瑠璃色のレーザー光線が放たれ、【オボロカヅチ】に突き刺さる。
「グルアアアアアーーーーーーーーッ!」
おぼろげに漂う闇と雷光を固めたようなモンスターだったが、攻撃は有効なようで苦しそうに悶える声が響いた。
渾身の一撃を受け、敵のHPは残り3700。次のターンもスタックバーストを決めれば倒せる数値だ。
しかし、そのためには相手の攻撃を切り抜けなければならない。
「オオオオ……ウォオオオオオーーーーーッ!」
甲冑のような顔からは表情が読めないが、【オボロカヅチ】は明らかに激高していた。
再び相手のターン、強力な電流を4枚の翼にみなぎらせた渓谷の主は、今度こそ侵入者を粉砕せんと光り輝く。
「正念場です! 【キラージョー】でガード……するしかないっ!」
ここへ来る道中でも大きなワシと戦い、強敵との連戦でデッキの半分を消耗しているソニア。
金属製のサメが前に出て、主人を守るべく防御態勢を取った。
が、【オボロカヅチ】に与えられたレアリティ補正は3倍。
プレイヤーからの援護を受けられない代わりに、野生モンスターは暴力的なまでのステータス強化を受けている。
他のカード効果が加算されていない、5100という単純に上から潰すための攻撃力。
それは4本の稲妻となってソニアたちを襲い、ついに【キラージョー】は雷鳴の餌食となった。
「ギィイイイーーーーーーーッ!!」
金属の体は電撃に飲まれてショートし、黒煙を上げながら爆散。
さらに、貫通した3000もの大ダメージがソニア自身に直撃する。
「ああああああーーーーーーーっ!!」
「ソニアちゃん!!」
少女の悲鳴に、リンは思わず1枚のカードに手をかけた。
それは全てを無に還し、竜を、そして神をも消し飛ばすことができる究極の1枚。
まさに決戦兵器、最後の手段としてデッキに入れてきたのだが――
しかし、マントをはためかせながら立つソニアは、その身に宿る闘志を捨てていなかった。
残りライフ800。全てのユニットを失い、敗北寸前の窮地に追い込まれながらも、身長150cmほどの小さな女の子が逃げずに戦い続けている。
「まだ……まだです……我が軍は不滅なり!
カードとの因果に恵まれないまま月日を過ごし、わたしが持っている三ツ星のレアカードは、たったの1枚。
ですが、今こそ――この1枚にわたしの全てを込めて、我が左目の封印を解く!」
そう言って、ソニアは左の目。
右が青く、左が赤いオッドアイの左側を片手で覆う。
その直後――花が咲いた。
手の下から赤い光があふれ、左目がメラメラと燃えるように紅蓮の炎を開花させる。
「め……目が燃えてるーーーーっ!?」
「あ~、そういうアイテムなんやな、あれは」
リンたちが唖然とする中、左目に炎を宿した少女は1枚のカードを手に取った。
それこそが彼女にとって、たった1枚の★3レア。
ソニアに詠唱用のアイテムは必要ない。
全ては脳と体に刻み込んであり、カードを手に取れば自然と秘文が口から出てくる。
「我 ここに再び契りを訴えたり
紅蓮の炎は死の楔を溶かし 冥府の者をも退けん
今こそ再誕せよ 不死鳥のごとく――【リザレクション】!」
使用者の言葉に応じ、何もなかったはずの地面から真っ赤な爆炎が吹き上がる。
そして、雷に包まれた怪物と対峙するかのように、燃え盛る炎の中から――
先ほど倒されたはずの人造兵器、【キラージョー】が再誕したのだった。




